平和軍縮時評2016年7月号 原発再稼働、環境汚染が及ぶ自治体・住民はすべて当事者―海の放射能汚染から考える 湯浅一郎
原発再稼働の動きが止まらない。四国電力は、9月にも伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の商業運転を再開するといわれている。原子力規制委員会の新規制基準に合格し再稼働した原発は、川内原発1、2号機(鹿児島県)、高浜原発3、4号機(福井県)に続き全国で5機目となる。しかし15年4月以来、高浜、川内原発の運転差し止めを求める仮処分につき全く異なる決定が相次ぐなど、司法の場が再稼働阻止の最前線の舞台となっている。特に高浜原発では滋賀県民による仮処分申請に対する大津地裁の裁定により再稼働した3,4号機は現在、停止中である。伊方原発についても広島、松山、大分の各地裁で運転差し止めを求める仮処分が申請されている。
福島第1原発の事故により、大事故は起こりうるという認識は共有されている。そうであるなら、再稼動を言う前に、日本列島にある原子力施設が福島並みの事故を起こした場合、山や海の汚染について個々の立地点ごとの起こりうる事態の客観的評価が最低限、求められる。その評価を公正に行った上で、再稼働に対する当事者性が問われねばならない。
1 宇宙が作る海の豊かさ
日本近海の海洋生物の総出現種数は33,629種で、全海洋生物種数約23万種の14.6%を占め、生物多様性に富んでいる。それを背景として、日本の漁獲量は全世界の2割を占めている。それを可能にしているのは、暖流、寒流がセットになった海流系の存在である。
日本列島は、太平洋の北西部に位置し、世界最大の海流系である北太平洋亜熱帯循環流を構成する日本海流(黒潮)が常に南西から北東に向けて流れている。日本海が存在することで、黒潮は、奄美大島の西方で2手に分かれ、主流はそのまま太平洋岸を流れるが、一部は対馬暖流となって日本海に入る。対馬暖流は黒潮の一部であり、元はと言えば黒潮そのものである。一方、亜寒帯循環流の一部としての千島海流、即ち親潮が、千島列島の太平洋側を南下してくる。黒潮と親潮は三陸から常磐沖で接しあい、その潮境(潮目)では暖流、寒流の魚が親潮域の豊富なプランクトンや魚を食べに集まり、世界三大漁場の一つとなる。日本海では、対馬暖流が北東へと流れ、そこにロシア沿岸を南西に流れるリマン寒流との間で北緯40度線をほぼ東西に走る前線帯を形成する。この結果、日本海を南北に二分する東西に長い潮境が常に存在することになり、太平洋側に類似した暖流と寒流が接しあう構図がみられる。
これらの海流はどれも、規模の大小はともかく、地球という星が受けとる太陽エネルギーの不均一をならそうとする力と地球自転との相互作用でできる海流系の一つ、ないし一部である。レイチェル・カーソンが、1951年、「われらをめぐる海」で、黒潮やメキシコ湾流は、地球という星に固有な海流として<惑星海流>と表現するのが最もふさわしいと評したものである※1。日本周辺海域は、<惑星海流>が大規模な潮境を形成し、世界的な漁場を作り出している。まさに<惑星海流>が恵みの場を産み出しているのである。
海の生物は、このような海流、潮境、栄養塩の供給など物理化学環境を利用して、それぞれの生活史を形成し、人類が生まれてくるはるか前から連綿とした営みを続けている。イワシ、アジ、サバ、サンマなどの回遊魚は、黒潮や対馬暖流により移動しつつ、親潮域で摂餌、成長した後、また産卵のために南へ下ると言う南北回遊の雄大な生活史をくり返している。マグロやカツオ、サケなどは、更に大きな時空間スケールで回遊し、マグロは、世界規模で回遊しつつ、日本列島周辺では黒潮や対馬暖流に乗って移動している。サケは、北海道や東北地方の河川から海に泳ぎ出たあと、ベーリング海や北太平洋の北東部にまで回遊し、数年後に元いた日本の河川に戻ってくる。一方、基本的に海底付近を生息の場とし、空間的には大きな移動をしない底魚もいる。カレイ、マダイ、ニギス、スケトウダラ、マダラ、ハタハタなどは、これに属する。原発事故による放射能汚染は、これら宇宙が作る海の豊かさを直撃する。
2 個々の原発事故による海への影響
このような地球が創る豊かな海に面して福島第1原発を含めて17か所のサイトに原発がひしめいている。どこかの原発で過酷事故が起きた時、海に対していかなる影響をもたらすのかを、福島第1原発事故を念頭に置きながら推測すると、いくつかに類型化できる。
1) 川内原発
影響が大きい第1の立地点は、海流(黒潮と対馬暖流)に対して最も上流に位置する川内原発である。唯一、黒潮と対馬暖流の両方に放射能を流入させうる位置にある。川内原発で事故があれば、1か月もたたないうちに、太平洋、日本海の両方の沿岸に放射能が運ばれていく。たった一つの原発事故が、太平洋と日本海の双方の海を汚染し、多くの県にまたがって自治体や漁業者の生活を脅かすことは必至である。海流を考慮すると、最悪の場所に立地していることになる(「平和軍縮時評」2015年5月号参照)。
2) 太平洋側の原発
太平洋側には、房総半島を境に大きく2つの構造がある。鹿児島県から房総半島までは、沖合を黒潮が東北東に向かって流れている。この黒潮に乗れば、放射能は短期間に東へと運ばれ、川内、伊方、浜岡原発での事故は、この構造の中で物質が運ばれることになる。浜岡では、原発の面する沿岸には東向きの沿岸流があり、駿河湾や相模湾、更には東京湾へと放射能が輸送されるはずである。全国1位の生産額がある遠州灘、駿河湾のシラス(カタクチイワシやイワシの稚魚)漁や駿河湾のサクラエビ漁が汚染で台無しにされる。
房総半島の銚子沖から下北半島に至る領域は、福島事故で示されたように黒潮と親潮がせめぎ合う潮境域である。南からの黒潮と北からの親潮のバランスで潮境が移動するため、季節や年による変動が大きい。春は親潮が沿岸に沿って南下し、黒潮との潮境は銚子沖付近にある。2011年3月の東日本大震災の時は、潮境が銚子沖にあり、福島沖には親潮が張り出し、南流が支配的であった。そう言う時に福島第2や東海第2原発で事故があれば、3.11同様に原発から南側を中心に汚染水は拡散する。夏には黒潮が北に張り出し、福島や東海村沖では北向きの流れが支配的である。仮に福島第1原発事故が夏場に起きていれば、福島沖の北向きの流れにより、放射能の大半は宮城県方面に輸送され、金華山沖の暖水塊に閉じ込められたりして、三陸沖のいわば世界三大漁場の本体を汚染していたであろう。これらの事故の場合、既に福島第1原発事故による水産生物の汚染に関するデータがあるので、基本的には同様の現象が発生すると考えられる。
一方、金華山から下北半島までのいわゆる三陸沖海域には、三陸沿岸を南下する津軽暖流水がある。津軽暖流水は、対馬暖流の末裔の1つであり、いわば黒潮の一部が日本海を経由して、北緯40度付近で津軽海峡に入り太平洋に割り込んできている海流である。津軽暖流は、基本的に三陸海岸沿いを南へ向かい、女川原発がある牡鹿半島付近まで到達する。女川原発で事故があれば、多くの場合、南流が支配的で全体としては、南への拡がりが大きいと考えられる。東通原発や六ヶ所再処理工場からの汚染水も、三陸海岸沿いを南下し金華山あたりまで到達し、世界三大漁場の本体を汚染することは避けられない。
3) 日本海側の原発
日本海側の原発(玄海、島根、高浜、大飯、美浜、敦賀、志賀、柏崎、更に泊)では、対馬暖流の存在が常に中心的役割を果たすことになる。日本海の北西部からは、大陸の沿岸に沿って南下するリマン寒流がある。こうした海流や地形に対応して、日本海側の沿岸では、どこも3つほどに類型化される多様な水産生物が漁獲されている。
- 対馬暖流系の回遊魚―マイワシ、マアジ、マサバ、クロマグロ、ブリ、スルメイカなど。
- 定住型の底魚―マダイ、ムシガレイ、アンコウ、ケンサキイカなど。
- 日本海固有水に関わる寒流系の生物―ズワイガニ、ベニズワイガニ、ホッコクアカエビ(甘エビ)。さらにマダラ、スケトウダラ、ホッケなど寒流系の魚は北に行くほどに数は多く漁獲されている。
例えば上流側に位置する玄海原発で大事故になれば、原発を起点として壱岐水道の東西を汚染する。さらに1~2週間程度の時間を経て、沖合の対馬暖流域に入った時には、今度は、日本海に向けて一気に輸送される。仮に1ノット(毎秒50cm)の流れに乗るとしても、1日に44km,1か月で1320kmも輸送される。蛇行などを考慮しも、優に青森県沖まで到達する。福島第1原発事故とは全く異なる広がり方である。
また、日本海は、韓国、北朝鮮、ロシア、日本の4か国が関わり合う国際的な環境である。従って、日本のどこかの原発で大事故があれば、韓国、北朝鮮、ロシアへの越境汚染と言う大きな国際問題にもなりかねない。どこの国がどうということではなく、海は一つであり、つながっている。日本政府は、この点をどこまで考慮しているのであろうか。
4) 内海にある伊方原発
特異的なのが、閉鎖性が強い内海に立地する伊方原発である。瀬戸内海では潮汐に伴って発生する潮流が卓越している。これは往復流であり、行ったり来たりを繰り返しながら、少しづつ残余の流れ(潮汐残差流)によって移動していく。一方向に流れていた福島と比べ、伊方では海水の移動は緩慢で、高濃度汚染はより長く続く。仮に伊方原発事故で放射能が流出したとすると、福島と同様、まずイカナゴやシラス(カタクチイワシ)が汚染される。伊方の近くには中島など砂堆のある海域が多く、イカナゴが産卵し、夏眠をする生息地となっている。瀬戸内海で激減している小さなクジラ、スナメリクジラも中島周辺から周防灘一帯は、現在も一定の生息が確認されている。餌であるイカナゴが汚染されれば、スナメリクジラも大きな打撃を受ける。
3 改めて福島第1原発事態から考える
ところで、原子力規制委員会による原発事故シミュレーション※2は、福島第1原発についても拡散シミュレーションを行っている(図1)。しかし、この拡散シミュレーションから、実際に起きた沈着量の分布パターンと以下のような汚染被害※3を想像することはほとんど不可能である。
- 強制避難地域に次いで濃度の高い放射能雲が、福島県中通りを南下し、山脈沿いに栃木県北部、群馬県北部・西部、埼玉県西部、更には東京都の最高地点付近にまで拡散し、陸地に沈着している。
- 茨城県、千葉県、埼玉県境の台地上にホットスポット的に高濃度地帯ができている。
- 岩手県から千葉県までの1都8県に及び、岩手県砂鉄川や宮城県三迫川のイワナ、阿武隈川のウグイ・アユ、群馬県吾妻川のヤマメ、イワナ、江戸川のウナギなど基準値を超える淡水魚の出現が続いている。
- 中禅寺湖のニジマス、ブラウントラウト、赤城大沼(群馬県)のヤマメ、イワナ、霞ヶ浦(茨城県)のウナギ、手賀沼(千葉県)のコイなど、水の交換が悪い湖沼では、基準値を超える魚が出続けている。
福島事態の経験から言えることは、ひとたび事故となれば、規制委員会による拡散シミュレーション結果の想定をはるかに超えることを覚悟せねばならない。これは、生物が生存していくために最も基礎的な、何にもまして尊重されねばならない海の生物にとって生きる基盤の喪失を意味する。生物多様性基本法の精神から言えば、あってはならないことである。
4 30km目安の防災計画は被害を過小評価
たった一つの工場の事故で放射能汚染が幾重もの生活権、人権侵害を起こし、社会全体を混迷させることは、福島事故から容易に想像できる。そうした中で、事故が起きたときのことを前提にして、従来10km程度であったものを30kmに広げて地域防災計画を立てたとしても、そこにどれほどの意味があるのであろうか。そもそも原子力規制委員会が、「強制立ち退きを強いる」避難地域策定の参考資料を提供し、地方自治体に防災計画の策定を義務づけるというシステム自体が不当である。避難計画の策定は、今、そこで生きている人々の生活権を否定することである。ましてや、防災計画が立てられていることを条件に再稼動するとしたら、この国では、市民の生活と生存権よりも、経済の拡大を優先させるという本末転倒が、まかり通ることになる。
30kmを目安とした防災計画を策定するだけの原子力災害対策は、原発の過酷事故による被害をあまりにも過小評価している。しかるに川内、高浜,伊方原発の再稼働を巡る手続きにおいて、この問題は全く無視されている。立地自治体と当該県知事のみの意志で再稼働の是非を決めるのではなく、生存の基盤たる環境汚染の影響が及ぶ範囲の住民はすべて当事者であるとの原則を明確にさせることが急務である。そのために、環境汚染の影響をもろに受ける漁業者や農業者の有志による仮処分申請の取組が強く求められる。
日本列島周辺の海は、三陸・常磐の海だけでなく、日本海側を含めどこも生物多様性に富み、豊かな漁場を備えており、それをもたらしているのは海流や変化に富む地形である。福島事態の経験から言えることは、日本列島に核施設を設置する適地は存在しない。宇宙が創る海の恵みに依拠した生存様式を軸に文明の在り方を問う作業が必須である。
注(※)
- 湯浅一郎(2012);「海の放射能汚染」、緑風出版。
- 原子力規制庁(2012);「放射性物質の拡散シミュレーションの試算結果(総点検版)」。
- 湯浅一郎(2014);「海・川・湖の放射能汚染」、緑風出版。
*なお、本時評で述べたことの詳細は、拙著『原発再稼働と海』(緑風出版)を参照していただきたい。
図1 福島第1原発に関する「拡散シミュレーション試算結果」(原子力規制庁)
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