リビアでの反政府運動と米英仏による軍事介入に関して
考え方のメモ
作成日:2011年4月7日
作成者:八木隆次
この文書は、リビア情勢を考えるために作成しました。目の前で進行する人道的な危機、それをとめるための軍事的介入、軍事介入に反対する立場から提起する対案などについて、ほんの少し考え方を整理したものです。資料として参考になれば幸いです。
1.リビアの概要
リビアはアフリカ大陸の北側にあり、地中海に面しています。正式な国名は「大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国」で、首都はトリポリ、元首はムアンマル・アル・カダフィ革命指導者(カダフィ大佐)です。外務省ホームページのデータによると、民族はアラブ人、言語はアラビア語、宗教はイスラム教(スンニ派)で、政治的には「イスラム教を基調においた社会主義的・民族主義的国家の建設を目的とし、人民主権、直接民主主義に基づいた体制(ジャマーヒリーヤ体制)の確立を目指している」とのことです。
歴史的には7世紀にウマイヤ朝に征服され、16世紀にはオスマントルコに併合、19世紀にイギリスやフランスが干渉し、1911年にはイタリアの植民地になりました。第2次大戦後の49年にリビア連合王国として独立しましたが、69年にカダフィ大尉ら青年将校のクーデターで王制は打倒されました。その後は42年にわたり、カダフィ大佐を元首とする体制が続いています。
カダフィ大佐は強い反米主義をとり、1980年代には幾つかの反米テロを支援したとされました。そのためアメリカのレーガン大統領は86年1月にリビアへの経済制裁を発動し、4月にはカダフィ大佐の殺害を目的にリビアを空爆しました。88年にパンアメリカン航空機の爆破事件が発生すると、リビアの関与が疑われました。この事件に関連して、国連はリビアに対する経済制裁を発動しています。その後もリビアは核開発を進めるなど、アメリカ主導の国際社会と対決する姿勢を示してきました。またアメリカはリビアを「テロ支援国家」に指定しました。
しかし2001年の「9・11同時多発テロ」と、その後のアメリカによるアフガニスタンやイラクへの侵攻は、リビアの外交政策を変化させました。侵攻の危機を感じたリビアは、アメリカとの対決姿勢を転換し、核開発も放棄しました。その結果、03年に国連が、04年にはアメリカが、経済制裁を解除しました。さらにアメリカは06年に、「テロ支援国家」指定を解除しました。その後はカダフィ体制の下で、アメリカやヨーロッパ諸国との関係改善を進めていったのです。
2.反政府運動の激化と米英仏の軍事介入
2010年末にアラブ世界で始まった民主化要求の波は、リビアにも伝わりました。報道によれば最初の反政府デモは、2月15日に東部のベンガジで発生しています。デモは数日の間に大規模化し、20日には首都トリポリにまで波及したようです。同日にカダフィ大佐の次男が記者会見で、デモには徹底的に対抗することを宣言しました。21日にはトリポリで、政府軍の戦闘機やヘリコプターが、反政府デモに対して上空から攻撃を加えたと報道されています。
この報道を受け、国連のパン・ギムン事務総長、アメリカのクリントン国務長官、EUなどが、それぞれ、市民への攻撃を非難し攻撃中止を求める声明を発表しました。民衆に対する武力弾圧はカダフィ体制にも亀裂を及ぼし、リビアの在外公館による政権批判、閣僚の辞任、軍幹部の反政府勢力への合流などが起こり始めました。さらに反政府勢力は「国民評議会」を結成するなど、反政府勢力が優勢になったかに見えました。
しかし、3月に入ると政府軍が反撃を開始し、反政府勢力は各地で撤退しました。こうした中で国連安保理は3月17日に、「国連安保理決議1973」を採択しました。決議は加盟国に対して、リビア民衆の保護、リビア上空の飛行禁止区域の設定、そのためのあらゆる手段の行使を認めるものです。採択に際しては、軍事介入を懸念する中国・ロシア・ドイツ・インド・ブラジルが棄権しました。
3月19日には、アメリカ・イギリス・フランス・イタリア・カナダを中心とした多国籍軍が、リビアに対する軍事介入を開始しました。アメリカ政府の発表によれば、多国籍軍の参加国は13か国、攻撃に参加した艦船は38隻、航空機は350機以上で、最初の24時間に艦船からは124発の巡航ミサイル・トマホークが発射され、航空機は130回の攻撃を行ったとのことです。当初は、アメリカ軍が多国籍軍全体の指揮権を持っていましたが、現在はNATO軍に移管されています。
多国籍軍の攻撃で、リビア政府軍の飛行場や航空機は大きな打撃を受け、政府軍が上空から反政府勢力を攻撃することは無くなったようです。また多国籍軍側は、多数の戦闘車両を破壊したと発表しています。それでも政府軍と反政府勢力の戦力には大きな差があり、反政府勢力は劣勢と報じられています。
「国連決議1973」は、多国籍軍が地上からリビアに進行することを禁じています。そのためアメリカやNATOは、反政府勢力に対する武器提供や財政支援を検討しはじめました。一方で米国内では、リビアの反政府勢力にアルカイダが関わっているのではないかとの議論が出てきたようです。
3.反政府勢力とは
リビアの反政府勢力の実態についての報道は、多くはありません。アメリカやNATOも、正確には内実を把握していないようです。時事通信と産経新聞は以下のように報じています。
「スタブリディス司令官は反体制派の組織と個人を注意深く調べていると述べた上で、『指導者層は信頼できるのではないか』とする一方、反体制派の一部にアルカイダやイスラム教シーア派武装組織ヒズボラがいるとの情報があると指摘。ただ、『相当数のアルカイダやテロリストがいるとの証拠はない』とも語った」(時事通信 インターネット版 3月30日8時47分配信)
「オバマ大統領も同日、複数の米メディアのインタビューで、反体制派の指導層は『信用できるように見える』と語る一方で、組織全体に『米国への敵意がないということにはならない』と述べた」(産経新聞 インターネット版 3月31日7時57分配信)
*スタブリディス司令官=北大西洋条約機構(NATO)・欧州連合軍最高司令官(米海軍大将)
報道によれば、反政府勢力は「国民評議会」に統合されつつあるようです。「日本リビア友好協会」(会長・小池百合子衆議院議員)のホームページには、同協会が3月18日に行った会議での、畑中美樹同協会顧問の講演資料が掲載されています。資料によると、「国民評議会」には31人の委員がおり、主な委員は以下の通りです。
●議長 ムスタファ・ムハンマド・アブドゥル・ジャリル 前法相・デモへの暴力に抗議し辞任
●副議長兼報道官 アブドゥル・ハフェズ・ゴー 人権派弁護士・元リビア法曹協会会長
●危機管理委員会軍事責任者 オマル・アル・ハリーリ 元軍人・クーデター発覚で逮捕
●危機管理委員会委員長(首相級) マフムード・ジブリール 国家経済開発理事会委員長
●危機管理委員会外交責任者 アリ・イサウィ 前駐インド大使・デモへの暴力に抗議し辞任
●委員 アフメド・アル・ズベイル・アフメド・アル・サヌーシ クーデター発覚で逮捕
●委員 ファトヒ・ムハンマド・ベジャ ベンガジ大学教授・2月17日革命連合のメンバー
●委員 ファトヒ・ティルビル・サルワ 青年弁護士兼政治活動家
これを見ると「国民評議会」は、従来からの反カダフィ勢力や民主主義勢力と、今回の事態の中でカダフィ体制から離反した勢力との連合体のようです。
4.「人道的介入」と「保護する責任」
(1)国連憲章第7条
リビアへの軍事介入は、「国連安保理決議1973」に基づいています。決議はリビアの現状を、「国際の平和および安全に対する脅威を構成すると認定し、国際連合憲章第7章にもとづいて行動して」とし、文民の保護と飛行禁止区域の設定、そのためのあらゆる措置を認めたのです。
現代の国際法や国連憲章は、戦争や武力の行使を違法化しています。他方で国連憲章は、違法な戦争が起きた場合の措置として、二つの武力行使を認めています。一つは国連による集団的措置であり、二つ目は個別的・集団的自衛権の行使です。この二つの武力行使を認めているのが、国連憲章第7章です。
国連憲章第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略に関する行動」の第39条は、「安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために、勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する。」としています。さらに第41条では国連加盟国に対して経済制裁や外交関係の断絶などの武力を用いない制裁措置を要請し、それでも問題が解決しない場合には 第42条で国連加盟国による軍事力の行使を認めているのです。
(2)主権と人権
国連憲章第7章が想定しているのは、国と国との戦争です。ところが、リビアで起きているのは、政府と反政府勢力の争いです。ここで二つの疑問が出てきます。一つ目は国連憲章第7章を国内政治に適用できるのかということと、二つ目は軍事介入が「内政不干渉の原則」に違反するのではないかということです。
国際社会の構成要素は、主権国家です。国際社会の秩序は、対等平等な主権国家を前提として成立しています。そのために国連は、内政干渉を厳しく制限しているのです。国連憲章第1章「目的及び原則」・第2条・7は、以下のように述べています。
「この憲章のいかなる規定も、本質上いずれかの国の国内管轄権内にある事項に干渉する権限を国際連合に与えるものではなく、また、その事項をこの憲章に基く解決に付託することを加盟国に要求するものでもない。但し、この原則は、第7章に基く強制措置の適用を妨げるものではない。」
また「友好関係原則宣言」(国連総会決議2625 1970年10月24日採択)には、次のように記されています。
「いずれの国も、他国において内戦の行為又はテロ行為を、組織し、教唆し、援助し又はそれらに参加すること、また、かかる行為の実行に向けられた自国領域内における組織的活動を黙認することを、上の行為が武力による威嚇又は武力の行使をともなう場合には、慎む義務を負う。」
「いかなる国又は国の集団も、理由のいかんを問わず、直接又は間接に他国の国内問題又は対外問題に干渉する権利を有しない。したがって、国の人格又はその政治的、経済的及び文化的要素に対する武力干渉その他すべての形態の介入又は威嚇の試みは、国際法に違反する。」
(3)人道的介入
近年、国家の主権よりも、個人の人権を重視する考え方が、提唱されるようになりました。ある国で民族浄化や大量殺害が行われている時に、その国の政府が十分に機能せず、人々を保護できない場合は、国際社会が軍事力を使って「人道的介入」を行い、人々を保護するべきだという主張です。
1990年代に入り、国連安保理は、いくつかの国内紛争に関して「人道的介入」を認める決議を採択しました。91年のイラク北部、92年のボスニア、92年のソマリア、93年のルワンダなどです。
これらの国連決議は、国連憲章や国際法に関する従来の解釈を用いれば、「内政不干渉の原則」に違反することになります。そこで国連安保理は、大規模な人権危機や難民流出は、国連憲章第7章・第39条の規定する「平和に対する脅威」であるという新たな解釈を行い、軍事介入を可能にしたのです。
「人道的介入」を認める考え方は、その後、「保護する責任」という概念で発展していきました。2001年には「干渉と国家主権に関する国際委員会」(ICISS)が、「保護する責任」に関する報告書を国連に提出しました。05年の「国連首脳会議の成果文書」では、大量虐殺・戦争犯罪・民族浄化・人道に対する罪に関しては、国家が「保護する責任」を追うこと、また国家が保護に失敗した場合には、国際社会が安保理を通じて国連憲章第7章の手段を含む集団措置をとる用意があるとしました。さらに06年に採択された「国連安保理決議1674」は、「保護する責任」を再度確認しています。また最近は、「人間の安全保障」の一つとして、「保護する責任」を求める声が上がっています。
5.「人道的介入」と「保護する責任」への批判
しかし「人道的介入」と「保護する責任」に対しては、多くの問題点が指摘されています。
(1)「内政不干渉の原則」への抵触
第一に「人道的介入」は、「内政不干渉の原則」に違反するのではないかという問題です。国際社会は、主権国家を基に秩序を維持しています。「内政不干渉の原則」は、国際社会が年月をかけて、経験的に作り上げてきたものです。そのため安易な「内政干渉」や「人道的介入」は、主権国家の権利を危うくし、結果的には国際秩序を混乱させる要因になるかもしれません。
冷戦中にはしばしば、「内政不干渉の原則」に反し、軍事大国による他国への軍事介入が行われました。ソ連のハンガリー・チェコスロバキア・アフガニスタンへの介入、また米国の中南米諸国やインドシナ諸国への介入です。これらの介入は大規模な戦争の引き金となる緊張を、国際社会にもたらしました。
第39条の「平和に対する脅威」に、「人道的介入」の根拠を求める事は、大国による他国への安易な軍事介入に道を開くことにもなりかねません。冷戦の終結は、大国による軍事介入を終わらせました。新しい国際秩序は、各国の主権を尊重する形で作られるべきだと考えられます。
(2)普遍性と中立性への疑問
第二は、国連安保理の判断の普遍性や、軍事介入する国の中立性に関する問題です。「人道的介入」に際しては国連安保理が、対象となる人道危機が第39条の「平和に対する脅威」に該当するかどうかを判断します。また国連安保理決議の採択に沿って軍隊を派遣するのはそれぞれの国の判断です。「人道的介入」は法解的釈だけではなく、政治的判断で決定されるのが現状です。そのため同じような人道危機に対しても、A国の場合には介入したが、B国の場合は介入しないという事態が発生します。
現在のアラブ諸国の民主化運動への対応にも、そうした傾向が見られます。シリアでは首都ダマスカスをはじめとした各地で、反政府デモが起きています。アサド大統領は、武力を用いてデモを鎮圧し、多数の死者・負傷者が出ています。イエメンでも政府と反政府勢力との衝突が続き、民間人に多数の死者が出ています。またバーレーンでは反政府デモに対する武力鎮圧だけではなく、政府の要請を受けたサウジアラビア軍などがバーレーンに進駐しました。反政府デモに対する政府側の武力弾圧という構造はリビアと同じです。しかしアメリカもNATOも、事態を黙認しています。
シリアは現在、イスラエルとの和平交渉を進めています。バーレーンには米海軍第5艦隊の司令部が置かれています。イエメンでは政府が反アルカイダ闘争で米国に協力しています。アメリカやNATOが3か国の事態を黙認しているのは、人道よりも国益を優先しているからではないかと、考えられます。
(3)軍事力で人権を守れるのか
第三は、軍事解決の有効性への疑問です。
「人道的介入」や「保護する責任」は、軍隊によって生じた人権危機を、軍隊の力で解決するものです。現在の世界で、最強の軍事力を持つ国はアメリカです。そのアメリカは01年に、アフガニスタンに侵攻しました。アメリカは反政府勢力と協力して、数日のうちにタリバン政権を打倒し、体制変革を実現しました。しかし10年が経過した今日、首都カブールを除いたほとんどの地域は、再びタリバン派に支配されています。03年にはイラクに侵攻しました。やはり2か月弱でフセイン体制を打倒し、新政権を樹立しました。しかし現在でも、反占領勢力による政府とアメリカ軍への攻撃は続いています。アフガニスタンもイラクも、限定的な人道的介入ではなく、本格的な軍事侵攻でした。アメリカは両地域に、常に20万人を超える兵士が駐留させていました。それでも政治と社会の安定を築くことはできなかったのです。
90年代のいくつかの人道的介入も、結果は様々です。イラク北部への介入ではクルド人難民キャンプの状況を改善し、多くのクルド人難民が故郷へ帰郷することができました。一方、92年のソマリア介入では、米軍の介入が事態を悪化させました。92年のボスニアや99年のコソボでは、セルビア人側による民族浄化は止まりましたが、その後にセルビア人に対する虐待が行われました。
民族浄化などの人道危機が目の前にある場合、唯一の解決策として軍隊による「人道的介入」を選択してしまいがちです。しかし「人道的介入」は暫定的・限定的な措置です。事態の一時的な改善はあるかもしれませんが、それだけで問題が解決するわけではありません。また「人道的介入」が事態を深刻化させる場合もあるのです。
6.私たちの考え方
軍事的な介入に頼らない場合、国際社会はどのように対応を取るべきでしょうか。紛争や内戦を停止させるためには、当事者双方が納得する仲介や調停が必要です。人道危機の結果として発生している避難民に対しては、国連やNGOまた近隣諸国の協力によって難民キャンプを設置しなければなりません。キャンプでの生活を安定させるための支援も重要です。さらに、正統性のある議会や元首を選出するための選挙の支援もあります。軍事力による人道的介入は、即自的な効果を生むかもしれません。しかしそれは、紛争の一方の当事者と敵対する行動であり、仲介や調停を困難にしてしまうのです。
私たちは、日本国内で市民的自由と民主主義が実現されること、政府が国際紛争を解決する手段として軍事力を放棄すること求めています。また国際社会に対しても、平和・自由・民主主義が実現すること望んでいます。こうした立場から、私たちはリビアの情勢に対して、以下のように考えます。
(1)私たちは、リビアの人々によるカダフィ政権打倒の闘いを支持します。市民に対して専制と圧迫を加える政府を打倒することは、抵抗権の行使であり、全ての国の市民に認められる基本的人権です。
(2)私たちは、カダフィ大佐による市民への武力弾圧に反対します。カダフィ大佐は政権の座を去るべきです。政府は市民の信託を得て成立するものです。信託を失った政権が、市民に銃口を向けることは許されません。
(3)私たちは、多国籍軍によるリビア空爆に反対します。紛争の一方に加担した軍事介入は、解決への道筋を閉ざすことになります。多国籍軍は、速やかに全ての軍事行動を停止するべきです。
(4)現在、いくつかの国がカダフィ政権と反政府勢力との仲介に乗り出そうとしています。私たちは、停戦を実現するための各国の努力を支持します。
(5)チュニジア領内のリビア国境沿いには、チュニジア政府や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)による避難民キャンプが設置されています。私たちは各国政府・国際機関に対してキャンプへの支援を求めます。