3月, 2016 | 平和フォーラム
2016年03月31日
「朝鮮学校に係わる補助金交付に関する留意点について(通知)」発出に対する見解
「朝鮮学校に係わる補助金交付に関する留意点について(通知)」
発出に対する事務局長見解
フォーラム平和・人権・環境
(平和フォーラム)
事務局長 藤本泰成
3月29日、文部科学省は馳浩大臣名で「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点について(通知)」を発出した。通知は、「朝鮮学校に係る補助金交付は、国は実施していないが、各地方公共団体においては法令に基づきその判断と責任で実施されている」と冒頭で説明している。馳大臣は、記者会見においても「権限は自治体側にあり、減額しろとかなくしてしまえとか言うものではない」と説明している。しかし、通知はさらに、「朝鮮学校は、北朝鮮と密接に関係する朝鮮総連が影響を及ぼしている」と指摘し、「補助金の公益性、教育振興上の効果を十分に検討し、適正かつ透明性のある執行を確保せよ」と指摘している。これまでも私学助成などでは不正な使途を問われた事例がいくつかあるが、地方自治体に対してこのような通知が発出されたことを知らない。行政法の専門家の中には、「事実上、補助金はやめなさいと言っているに等しい」との指摘もある。朝鮮学校において補助金の使途に不正が行われた事実はない。この時期に、朝鮮学校にだけ突然このような文科省の権限を越えた通知がなぜ発出されたのか、馳大臣は説明していない。
自民党は、拉致問題や核実験を理由に、文科省に補助金停止を要請してきた。国連からも指摘されているが、朝鮮学校に通う生徒の人権と外交上の問題とは一緒にすべきではない。北朝鮮への制裁措置が強化されているが、その一環としての行為だとしたら、人権への国際基準から言っても許されるべきではない。
朝鮮学校の生徒は、2013年4月以降、現政権によって高校授業料無償化措置から完全に外されている。以降金曜日には、子どもたちや保護者、学校関係者、支援団体などが文科省前で抗議行動を行ってきた。各県で、措置適用を求める訴訟も始まっている。国連の人権委員会や人種差別撤廃委員会からも、人権侵害との指摘が行われている。文科省がそのことを知らないはずはない。神奈川県は、朝鮮学校の授業内容は適正であるとして、保護者への学費の補助を実施している。今回の通知に対しても「国際情勢に振り回されず、学習環境を守るのは大事だ」との黒岩祐治知事の談話が伝えられている。これこそが、人権感覚と言うものだ。朝鮮学校に通う子どもたちは、政治に差別され翻弄されて傷ついてきた。そして朝鮮半島を故国とする者たちの民族教育は危機に瀕している。日本が、民主主義国家であり人権国家であるとするならば、民族教育の権利は守られるべきである。日本の戦前と戦後を通して、日本社会で生きざる得なかった歴史を持つ民族に対して、日本社会はどのようにその責任を果たしてきたというのか。
平和フォーラムは、各自治体がこの通知に左右されることなく、その判断と責任において適切に補助金を交付していくことを、日本社会の一員として強く望む。
2016年03月30日
被爆71周年原水爆禁止世界大会参加・賛同の呼びかけ
2016年03月30日
平和軍縮時評2016年3月号 米原子力空母「R.レーガン」被曝と水兵らの提訴 湯浅一郎
2011年3月11日の東日本大震災と福島第1原発事故から丸5年が過ぎた。今だに10万人を超える人々が故郷を奪われたままである一方で、福島第1原発では、溶融燃料の所在も特定できないままの困難な冷却作業が続いている。事故が終息したなどと言える状態ではないが、福島原発事故に関連して忘れてはならない問題が有る。
15年10月1日、米原子力空母ロナルド・レーガン(以下、RR)が、ジョージ・ワシントンの後継艦として横須賀に配備された。「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」代表の呉東正彦氏が米情報公開法により入手した11年3月の東日本大震災と福島第1原発事故当時の同艦の航海日誌によって、RRは、トモダチ作戦(以下、OT)従事中に福島第1原発沖約240kmで被曝したことが判明した。
RRはニミッツ級の原子力空母で、加圧水型原子炉2基を動力としている。1基の熱出力は約60万kwで合計約120万kwは、福島第1原発1号炉に匹敵する。
航海日誌から判明したR.レーガンの被曝
RRが、OT従事中に被曝し、RR水兵らが東京電力を相手どった損害賠償訴訟を起こしていることはよく知られている※1。RRの航海日誌などからOTにおけるRRの活動領域や、被曝が記載された日時、地点が具体的に明らかになった。航海日誌における関連部分の抜粋訳を資料1に示す。
3月11日まで、RRは、毎年この時期に実施される米韓合同演習に参加すべく、目的地を釜山として太平洋を西に向かっていた。ところが、11日、14時45分、マグニチュ―ド9.0の東日本大震災の発生を受けて、災害救援を行うべく、12日0時から進路は「日本」になり、16時53分には「本州」とされた。同艦の目的は、米韓合同演習から、トモダチ作戦(OT)に移行したのである。OTにおける同艦の任務は、「陸上救援と復旧活動に関与する自衛隊と他のヘリコプターへ給油するための海上プラットフォームを提供する」ことであった。OTは、最大時で人員約16,000名、艦船約15隻、航空機約140機など大規模な兵力が投入され、3月13日から4月30日にかけて実施された※2。
航海日誌に基づく3月12日からのRRの航跡を図2に示す。12日20時には千葉県勝浦沖に到達し、そこから半日かけて金華山沖に至る。この時、航海日誌に放射能に関連する記述はない。しかし米国防脅威削減局(DTRA)の報告書※3は、この日、RRは、福島原発から放出された放射能プルームを検知したとしている。同報告書から推定されたプルームの形状を図2に記入した。これが1回目の被曝である。13日にはすぐに、RR幹部も参加して、海上自衛隊「きりしま」艦上でOTに関する日米合同会議が開かれた※4。14日以降、同艦は、基本的に八戸沖から気仙沼沖辺りの三陸沖沿岸に停滞し、プラットホームとしての役割を担っていた。
更に3月16日20時、RRは大船渡東方約160kmにいたが、その後、目的地を横浜として南へ向かった。23時45分、福島原発東方沖240kmで、航海日誌に「放射能プルームに入る」と記載される。そして17日、「5時7分、放射能プルームを出る」。この間、RRはプルームの中にいたことになる。放射能プルームを出た5時7分の位置を見ると、この間、南方向にはほとんど動いていない。放射能プルームから避難するのであれば、北ないし南にできるだけ早く動くべきなのに、その付近に停滞していたことになる。その後は、7時36分から目的地が消え、横浜行きはなくなり、逆に北上し、12時には大船渡沖に到達している。この行動の意味は、現時点ではわからない。
その後、RRは18日から三陸沖にとどまり、海上でOT支援に従事した。そして、図2には記載していないが、航海日誌によると「3月23日、RRは、フライトデッキの除染(washdown)を行うために、飛行作戦をとりやめた。」そして航海日誌は次のように続ける。「08:20 除染作業(washdown)開始」、「08:38除染作業解除」、「10:10ベルタワー除染作業開始」、「13:02除染作業開始」、「13:33 除染作業解除」。甲板での作業は過酷であったと思われる。作業員の立場からすれば、この除染作業時に相当な内部被曝などを受けている可能性はある。
その後、4月5日にOTから離れるまで、RRは大船渡沖から八戸沖の海域を航行している。
以上のように、RRは、少なくとも3月13日、及び16日深夜から17日未明にかけて放射能プル―ムの中にいたことが、航海日誌などから判明した。これについて前記DTRA報告書は、放射能が検知されたことは認めつつ、低レベルなので人体への健康影響はないとしている。
水兵らが東電を訴える
一方、12年12月21日、米原子力空母RR水兵8人が東電を被告として、南カリフォルニア連邦地裁に10億ドルの基金を作ることを求める損害賠償を提訴した。14年8月21日には原告が223名に増え、第3次訴訟が提訴された。訴状には以下のことが主張されている※5。
- 三陸沖に到着直後の3月13日、放射能プルーム下に入ったらしく、警報が鳴り、飛行甲板で空母の線量は、通常の2.5倍になった。艦上のモニターの空気サンプル全てが異常値となり、警報が鳴った※6。
- レーガンの搭載ヘリが、原発から90キロ地点の護衛艦「ひゅうが」に降りたら、搭乗員の靴からも高放射線が検出された※7。
- 吹雪の中で、飛行甲板員は、金属味を伴う生暖かい雲に包まれた。その中で、5時間、飛行甲板で作業を続けた。
- 救助作業を中止して180キロ以上、離れるよう指令され、退避したが、180キロ地点でも空中線量は通常の30倍が検出された。
- 3月15日、飲料水から放射能が検出された。
- 最も汚染されていたのは飛行甲板上である。3月23日、飛行甲板、及び航空機の除染作業をした。水兵らは、防護服をつけないまま、甲板の除染作業をデッキブラシでやらされた。
- 4月8日、トモダチ作戦は終了。その後も、放射性物質は、通気系統や空冷式電気モーターの内部に残留したと考えられる。換気システムのフィルターの側にベッドがあり、甲状腺がんになった水兵もいる。
- 任務は、飛行甲板担当、航空機整備技術担当、航空機搭乗員が多い。
これまでに、原告2人が、骨膜肉腫、急性リンパ球白血病で死亡しているが、原告の訴える被害例は以下である。
- 38歳、艦隊ヘリ整備士。早い段階で呼吸困難。13年1月に癌の診断。15年4月24日、骨膜肉腫で死亡。
- 26歳、エセックスのヘリ整備。14年9月16日、急性リンパ球白血病で死亡。
- 女性、レーガン飛行甲板兵、体重減、甲状腺異常(乳がん)。
- トモダチ作戦中妊娠。11年10月に多発性遺伝子異変の子が生まれる。
- 女性、脳腫瘍(放射線との因果関係がありの診断)。
- 男性、白血病、甲状腺に包嚢。
- 男性、甲状腺がん、空調の側で寝ていた。
- 男性、精巣腫瘍。
これらの症状とRRの被曝線量との関係が、裁判の中で争われることになるであろう。大気からの降下物による被曝だけではなく、初期の1週間、海水を蒸留した水を使用していたことなどとの関係も重要な要素になると考えられる。
原告の1人にトモダチ作戦当時、艦載機部隊の管理官であった元海軍大尉ステーブ・シモンズ氏は、朝日新聞の取材に対し、以下のように話している※8。
「空母では当初、海水蒸留装置の水を飲んだり、その水で調理した食事を取ったりしました。現場海域に着いてから3日後の11年3月15日、艦長が『水を飲まないように』と命じました。だが既にシャワーを浴びたり、水を飲んだりした後。その後も、甲板の洗浄には海水を使っていました。」
「乗組員は強い放射線にさらされ続けましたが、当時は健康へのリスクに無知でした。私たちは人道支援にあたったのであり、核惨事に対応できたわけではない。東電が正しい情報を出していれば、違った対応がとれたはずです。」
シモンズ氏は、帰国後、体調が悪化し、様々な症状が出たという。
「11年末、車を運転中に突然気を失いました。高熱が続き、リンパ節がはれ、足の筋力が衰えました。髪の毛が抜け、体重も十数キロ激減。トモダチ作戦前は登山をするなど健康体でしたが、症状が現れた時には打ちのめされました。」
他にも、「筋肉を切り裂くような痛みは腕や胸に広がり、全身の腫れや嚢胞、発汗、膀胱不全などを発症」したと言う。外部被ばく線量だけで、影響はないとする米政府側との食い違いを裁判所がどのように判断するのかが注目される。
いずれにせよ、原子力空母RRは、除染されたとはいえ、艦全体が放射能プルーム下に入ったことは確実で、福島事故による放射能汚染と言う履歴をもって、ジョージ・ワシントン(GW)の交代艦として横須賀に配備されたのである。
注(※)
- 「朝日新聞(大阪本社)」2015年10月1日。
- 「平成23年度防衛白書」特集:東日本大震災への対応。
- 米国防脅威削減局(DTRA)報告書「OTにおける艦船乗員の放射線被曝評価」(2014年4月)。https://registry.csd.disa.mil/registryWeb/docs/registry/optom/DTRA-TR-12-041-R1.pdf
- 海上自衛隊第1護衛隊群HP。http://www.mod.go.jp/msdf/ccf1/about/topic/20110617/index.htm
- 原子力空母の横須賀母港化問題を考える市民の会ホームページ。http://cvn.jpn.org/pdf/150207_tomodachi.pdf
- RR航海日誌は、この点に全く触れていない。
- このことは、海上自衛隊の艦船や自衛隊員も被曝した可能性が高いことを示唆している。
- 注(※)1と同じ。
- 資料1:米原子力空母「R.レーガン」の21011年3月、4月の「航海日誌」
a) 3月12日 00:00 目的地が釜山(韓国)から日本に変更。 16:53~ 目的地が日本の本州に変更。 20:00 北緯34度51.8、東経142度37.1(勝浦沖) 3月13日 00:00 目的地なし。 08:00 北緯38度15.7、東経142度59.9(金華山東方) 12:00 北緯38度32.0、東経142度47.8(女川東方) b) 3月16日 20:00 北緯39度02.7、東経143度40.8(大船渡東方) 23:45 放射能プルームに入る。北緯37度25, 東経144度00(福島原発東方230km)。 3月17日 00:00 目的地 横浜。 05:07 放射能プルームを出る。北緯37度24,9, 東経143度53.9(福島原発東方220km)。 06:00 目的地「横浜」消える。 08:00 北緯38度09,7, 東経143度47.9(名取東方210km、福島原発から240km)。 c) 3月23日 08:20 ウォッシュダウンへの対策を開始 08:38 ウォッシュダウンへの対策を保護 10:10 ベルタワーのウォッシュダウン開始 13:02 ウォッシュダウンへの対策を開始 13:33 ウォッシュダウンへの対策を保護
2016年03月29日
「戦争法(安全保障関連法)」施行に対する平和フォーラムの抗議声明
2016年3月29日
「戦争法(安全保障関連法)」施行に対する抗議声明
フォーラム平和・人権・環境
本日3月29日、「戦争法(安全保障関連法)」が施行された。平和フォーラムは、憲法に反する集団的自衛権行使に道を開き、米軍とともに地域的制約なく自衛隊の世界展開を可能にする同法の施行に強く反対する。
安倍晋三首相は、消費税増税先送りの是非を問うとして2014年12月に衆議院総選挙を行い、多数を確保すると、安全保障法制改革の信任を得たかのように主張し、世論の動向に配慮することなく、昨年9月に「戦争法」を強行成立させた。憲法学者のほとんどが、野党が、一致して違憲とする集団的自衛権行使を容認し、反対する者を「安全保障に無責任な勢力」として一方的に断罪する政府と安倍首相の姿勢は、国民の負託を受けて民主主義国家の運営にあたる者としてふさわしくない。
菅義偉官房長官は、「今後とも国民の一層の理解をいただけるよう説明していきたい」と発言しているが、今日まで、そのような政府の努力を見ることはない。「戦争法」が違憲であるかどうかの疑いが晴れることはなく、むしろ懸念は広がっている。
安倍首相は「国民の命をまもるために必要な措置は何か、考えぬいた結果」と、「戦争法」の異議を強調しているが、例えば世界に紛争地で難民などの支援に当たる民間のNGOからは、「軍隊と一線を画すことが、安全につながる。自衛隊の駆けつけ警護は、自らを攻撃対象とすることになる」との主張がある。このように「戦争法」の有効性についても疑問の声があがっているが、政府からは何ら納得できる回答はない。
それどころか、政府は参議員選挙をにらんで、PKOに派遣する自衛隊の「駆けつけ警護」や米軍への兵站を担うための日米物品役務相互提供協定(ACSA)改定案の国会提出など、「戦争法」施行にともなう自衛隊の新たな任務については、今秋以降に先送りする方針とされている。野党は「安保法廃止法案」を国会に共同提出しているが、自民・公明多数の中で審議入りの目処も立っていない。政府は、国民の理解をいただくと言うならば、「戦争法」施行に基づく実際の自衛隊の運用方針を示し国会で与野党の議論を開始しなくてはならない。
実際の任務に当たる自衛官や家族からは、不安の声があがっている。任務とされる兵站支援や駆けつけ警護は、戦闘を前提としておりきわめて危険な行為である。自衛隊が、この「戦争法」の施行にともなって戦死者を出すことがあれば、第2次大戦後も世界各地で「自由と民主主義」のためと称して戦争を行い、今日の世界の混乱を招いてきた米国軍と何が違うのか問われることになるに違いない。それは、そのまま日本の戦後が問われることと同義である。
平和フォーラムは、日本国憲法9条の下、集団的自衛権行使を否定し実際の戦闘から距離を置くことで、他国にはできない日本独自の平和への役割があると考える。「戦争法」施行によって「普通の国」にならんとする現政権の理念なき野望に抗し、参議員選挙での野党勝利、「戦争法」廃止、改憲阻止に向けて、全力でとりくんでいくことを決意する。
2016年03月26日
「原発のない未来へ!3.26全国大集会」に3万5000人集まる!
福島原発事故から5年が経過し、チェルノブイリ事故から30年を迎える中、安倍政権は原発推進政策を打ちだし、各地で原発再稼働を強行しようとしています。これに対し、「つながろう福島!守ろういのち!」をスローガンに、3月26日に東京・代々木公園で「原発のない未来へ!3.26全国大集会」が開かれ、3万5000人が集まり、憲法や沖縄基地問題などでも民意を無視し暴走する安倍政権にNO!を突き付けました。
午後1時から開催された集会は、女優の木内みどりさんが司会を務め、主催4団体を代表し、Misao Redwolfさん(首都圏反原発連合)があいさつを行った後、ルポライターの鎌田慧さんと作家の澤地久枝さん(ともに「さようなら原発1000万署名」呼びかけ人)が、原発と戦争を進めようとする安倍政権との対決を呼びかけました。
福島現地から「福島原発告訴団」副団長の佐藤和良さんが「放射能汚染の不安を抱える被災者を政府は強制的に帰還させ、賠償を打ち切ろうとしている。ともに立ち上がってほしい」と訴えました。また、チェルノブイリ原発事故について、ベラルーシから来日したジャンナ・フィロメンコさんが「事故当時、政府は危険を知らせず、被災を拡大した。被災者の権利を守る運動を進めてきた。この危険はすべての原発で起こるものだ」と、連帯を呼びかけました。
愛媛県の伊方原発の再稼働が迫る中、原水禁愛媛県協議会の中村嘉孝事務局長が「いま県民の3分の2が再稼働に反対している。かつてなかったことだ。脱原発に向け、4月23日に大集会を開く」と力強く発言。さらに、元東海村村長で脱原発首長会議世話人の村上達也さんも「茨城の東海原発を動かしてはならない。首都圏で原発を止めることが大切だ」と強調しました。
さらに、福井のもんじゅについて、原発反対福井県民会議の宮下正一さんが「先日、大津地裁で稼働差し止め判決が出され、高浜原発は停止した。もんじゅは爆発したら日本の半分に人が住めなくなるほど危険だ。何としても廃炉へ」と声をあげました。一方、4月からの電力自由化について、国際環境NGO[FoE Japan]の吉田明子さんが「東京電力など原発を進めるこれまでの電力会社の電気はやめ、再生可能エネルギーを選ぶ人を多くしよう」と呼びかけました。
今回の集会に協力した「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」から、福山真劫さん(平和フォーラム共同代表)が立ち、「安倍政権は原発再稼働とともに、戦争法、沖縄の基地建設を進めている。断じて許せない。5月3日に大集会を開き、さらに6月に国会包囲などの運動を積み重ね、参院選に勝利しよう」と訴えました。
沖縄・辺野古新基地建設について、高里鈴代さん(「基地・軍隊を許さない女たちの会」共同代表)が「裁判所の和解勧告で工事は一時的に止まっているが、政府はまだ方針を変えておらず、現地は緊張の中、座り込みを続けている。もう沈黙はしない」と決意を表明。さらに、運動の中心を担う沖縄平和運動センターの山城博治議長も駆けつけ、「ファシズムに対抗するために団結をしよう」と呼びかけ、自ら作詞した「いまこそ立ち上がれ」を熱唱すると、壇上の発言者全員がスクラムを組み唱和しました。
ステージの最後に、3月12日の福島県民集会が開かれた郡山市を起点に、2週間にわたり関東一円でフクシマ連帯キャラバンを続けてきた10数人が登壇し、盛んな声援を受けました。会場に集まった参加者は最後に「つながろう福島!」「原発のない未来へ!」と書かれたプラカードを一斉に掲げてアピールしました(上写真)。
メインステージに先立ち、第2ステージでは「つながろう福島」をテーマに、福島原発作業労働者や畜産農家、福島原発訴訟団や避難者の会などの代表が、それぞれの実態などを報告しました。
第3ステージは「基地も戦争もいらない」をテーマに、憲法・戦争法、沖縄基地問題についての訴えのほか、インドやトルコから来日した反核、反原発運動を進める団体からも報告が行われました。
集会後、渋谷駅周辺、原宿・青山方面、新宿方面の3コースに分かれてデモ行進が行われ、参加者は工夫を凝らしたプラカードや横断幕などを手に、「原発再稼働反対!」「安倍政権を許さない!」などとシュプレヒコールをあげてアピールしました(下写真)。
ビデオ報告はこちら
2016年03月26日
ビデオ報告「原発のない未来へ!3.26全国大集会」
2016年03月12日
原発のない福島を!県民大集会
福島原発事故から5年が経過した2016年3月12日、福島県郡山市の開成山陸上競技場で「2016原発のない福島を!県民大集会」が開かれ、全国から6000人の参加者が集まりました。同日、午前中にはシンポジウム「原発災害から5年 福島の歩み、そして未来」も行われ、「記憶の風化」が進んでいるといわれる福島原発事故が、今なお福島県内で暮らす人々にとって日々の現実であることが議論されました。
「様々な理由で福島に戻れない人たちがいる、その原因が原発事故である」という開会のあいさつから始まった県民大集会では、集会前日に、福井県の高浜原発再稼働に対し大津地裁が「再稼働差し止め」の判決を出したこともあり、福島第二原発の廃炉を求めるとともに、鹿児島県の川内原発も即時停止を求めるように強く訴えていこうとの声を上げる発言に、会場の参加者も気持ちを新たにしました(上写真はプラカードを掲げてアピールする集会参加者)。
特別ゲストの鎌田慧さん(さようなら原発1000万署名呼びかけ人)は、足尾銅山鉱毒農民を例に挙げ、集会後に郡山を起点に3月26日の「原発のない未来へ!全国大集会」へ合流するキャラバン行動にエールを送りました。「謝れ、償え、補償せよ」を掲げて行動するハイロアクション福島の武藤類子さん。被害回復、二度と被害を起さないために活動する津島被害者原告団(浪江町)の今野秀則さん。大熊町で生まれ育ち避難生活について語った愛場学さん。福島に住んでいるからこそ伝えられることがあるという高校生平和大使の鈴木愛望さん。「高浜原発に続いて再稼働を止めよう」とストップ川内原発!鹿児島県実行委員会の向原祥隆さんらが、原発事故から6年目の福島の地で、脱原発への思いを訴えました。
集会後は、市内をデモ行進し、プラカードや横断幕を手に参加者がシュプレヒコールをあげました(下写真)。
2016年03月12日
「原発のない未来へ!フクシマ連帯キャラバン」3月12日~26日に関東各地で
2016年03月10日
原水禁/大津地裁高浜原発3・4号機運転差し止め決定に関する事務局長見解
大津地裁高浜原発3・4号機運転差し止め決定に関する事務局長見解
原水爆禁止日本国民会議(原水禁)
事務局長 藤本泰成
1月29日に再稼働した関西電力高浜原発3号機、2月26日に稼働したがトラブルによって運転が中断していた同4号機に対して、原発が立地する福井県に隣接する滋賀県住民が起こした運転差し止めの仮処分申請に対して、3月9日、大津地裁(山本善彦裁判長)は、「過酷事故対策や緊急時の対応方法に危惧すべき点がある」として訴えを認め、運転差し止めのを命じる決定を下しました。稼働中の原発であったこと、立地自治体以外の住民の申請であったことなど画期的決定であり、原水禁は心からの賛意を表明します。
決定は、福島原発事故について「この事故は収束しておらず、1号機から3号機までの内日に溶融した状態で取り残された炉心部分の搬出作業は見通しが付いておらず、敷地からは毎日大量の放射能汚染水が流出し続けている」「福島第一原子力発電所の事故の結果、福島県内の1800平方キロメートルもの広大な土地が、年間5ミリシーベルト以上の空間線量を発する可能性のある地域となった」と深刻な現状を指摘しつつ、事故後作成された「新規制基準」に対しても「福島第一原子力発電所事故で得られた教訓の多くが取り入れられておらず、過酷事故対策が不十分である」として5項目にわたって指摘しています。その上で、住民及び関電双方の主張を判断し、耐震性能について「十分な資料が提示されていない」、津波対策についても「大規模な津波が発生したとは考えられないとまで言って良いか、疑問なしとしない」などとして「原発の安全性が確保されていることについて、関電は説明を尽くしておらず、過酷事故対策などには危惧すべき点がある」とする判断に至っています。原水禁は、この決定の過程と内容が、社会通念を反映し、かつ科学的・合理的なものとして、日本社会への重要な警鐘であると考えます。
また、決定は、これまで再稼働の要件とされてこなかった避難計画に言及し、自治体任せの避難計画策定を批判し、その責任が国にあることおよび新規制基準を満たせば十分と考えることなく避難計画を含んだ安全確保に意を払う必要性を指摘しています。このことは、原水禁がこの間主張してきた考え方そのものであり、原発稼働に避難計画の策定を求める国際基準に合致したもので高く評価するものです。
この決定を受けて菅義偉官房長官は「原子力規制委員会が十分時間をかけて、世界最高水準のと言われる新規制基準に適合すると判断した。その判断を受けて再稼働をすすめる方針に変わりはない」との見解を示しています。司法の判断と、住民の安全を軽視する政府の姿勢を許すことはできません。何を以て「世界最高基準」とするのか、決定はこの基準では不十分であると指摘しました。そのことへどう答えていくのか。また、「再稼働」の責任の主体が何処にあるのか。政府は明確に,市民に説明しなくてはなりません。
関西電力は「極めて遺憾。到底承服できない」としました。新聞各紙は、電気料金の値下げや関電の経営への影響を報じていますが、決定は、福島原発事故の甚大な被害を考えるなら住民らの人格権が侵害される恐れが高く、発電の効率や経済的利益を優先することはできないとしているのです。大飯原発運転差止請求事件の判決では「たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている」と述べています。関西電力は、この紙法判断の重みを十分に理解しなくてはなりません。
原水禁は、2011年3月11日以降、「一人ひとりの命に寄り添う政治と社会」を求めて運動を展開してきました。経済効率を優先するのではなく、個人の生活の安全を優先する社会でなくてはなりません。大津地裁の決定は、正にそのことを指摘しています。政府、関西電力は、この指摘を真摯に受け止め「原発に依存しない社会」の実現にむけて踏み出さなくてはなりません。原水禁は、そのことを訴えながら、今後も脱原発社会の実現のためにとりくんでいく決意を表明します。