原子力空母母港化の是非と安全性を問う住民投票条例の採択を求める首都圏アクション/私たちの訴え
2008年3月6日から集められた署名は、52,438筆。この数字には、多くの思いが込められています。
まず、一回目の条例請求を議会が否決したとき、市民は落胆するのではなく、「この町に新しい風が吹き始めた」と思えたことです。昔から基地の街と言われてきた横須賀に、新たな民主主義が芽生え始めたと言えるのではないでしょうか。そして、もう一度住民投票条例の直接請求をしたい、原子力空母の安全性を説明してほしい、という思いから二回目の直接請求に向けたとりくみが始まりました。
前回を上回る署名数を目標に、受任者を増やすことから始め、最終的には4,058名になり、市内各地で奮闘しました。お母さんたちは、「エプロン持って(横須賀中央駅前)Yデッキへ」を合い言葉に、エプロンを着けて、子どもが安心して暮らせる横須賀にしようとうったえました。青年たちも自分たちが横須賀の将来を決めなければと力をあわせて立ち上がりました。仕事で忙しいなか時間をつくって集めた人、地道に戸別訪問をした人、市外から応援にかけつけた人、できる限り多くの友だちにメールを送って住民投票の必要性と一人ひとりの署名の重要さを訴えた人、様々な人が様々な努力により署名を集めました。
しかし、すべての受任者が最初から積極的にとりくむことができたのではありません。最初は、どのように思われるのか気になって、友だちに署名をお願いできずにいた人も、他の受任者が断られてもへこたれず元気いっぱい呼びかけている姿に力強さを感じたり、また、自ら進んで署名を書いてくれる人や横須賀市外に住んでいるけれど応援してくれる大勢の人たちに勇気をもらうなかで、署名を頼もうと思えるようになりました。一人ひとりが仲間に支えられ、また応援を受けるなかで、より主体的に、より積極的にとりくもうと変わっていきました。
あきらめずに頑張る受任者、自ら署名に応じる大勢の市民、他市に住む応援してくださる方々、この存在が、横須賀に民主主義の風を吹かせていました。
そして、署名を集めた後も市民の思いは冷めません。議会に条例制定を求める世論をつくろうと、宣伝をしたり企画を計画したり、日々動いています。一部の市民だけのとりくみではなく、多くの市民が世代を超えて手を取り合っています。
署名のとりくみは、多くの横須賀市民の「意見を言いたい」「意見を聞いてほしい」という思いの表れです。「いつやるの?住民投票」という言葉は、その思いから自然に市民の口から出た言葉です。また、このような市民の自発的な行動は、憲法を市民みずからの手で生かす実践でもあります。
何としてでも条例を制定してもらおうと署名を2回も集め、そして1回目の署名を上回る数が集まったことは、住民投票をすることが多くの市民の望みであることを証明していると思います。また、基地問題において環境や安全面で第一の被害者になるのは市民です。市民の思いを受け止め、それに応える横須賀市議会であってほしいと思います。
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