声明・申し入れ、2007年

2007年08月06日

被爆62周年原水爆禁止世界大会ヒロシマアピール

被爆62周年原水爆禁止世界大会・広島大会

 1945年8月6日午前8時15分。広島の上空600mで爆発した原子爆弾「リトル・ボーイ」は、ピカッと光り、ドーンという衝撃とともに、原子雲の下は地獄図と化しました。爆心地付近にいた人は、熱線によりほとんどの人が即死あるいは、数日後に尊い命を失い、広島の死没者は14万人に及びました。また、黒い雨の中、助けを求めて広島の街をさまよい歩いた人々、肉親、友人を捜し、広島の街に入った人も放射能の後遺症により、いまも多くの人が苦しんでいます。二世や三世も健康に不安を持ちながら生活しています。

 現在、全国で原爆症認定を求める訴訟が行われています。2006年5月の大阪地方裁判所の判決以降、広島、名古屋、仙台、東京、熊本と、連続して厚生労働省の認定制度の過ちを厳しく批判・否定し、原爆症不認定処分を取り消す判決を下しています。私たちは、国に対して原爆症によって苦しみ続けている被爆者をこれ以上苦しめることなく、被爆者の実態を反映した認定制度に改めるよう訴え続けていく必要があります。また、在外被爆者や被爆二世・三世などに差別なき援護施策を行うとともに、日本の戦争責任と戦後補償の問題として、国家補償を明記した被爆者援護法への改正を早急にすすめなければなりません。

 現在、世界にはなお2万7000発もの核兵器が存在すると考えられていますが、米・ブッシュ政権による「核態勢の見直し」によって、核兵器の先制使用や通常兵器との一体的運用政策が世界に緊張を作り出しています。このような状況の中で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とイランの核問題は生じています。北朝鮮の核問題は六カ国協議が進展し、核兵器廃絶に向けて動きはじめました。非核・平和の東北アジア実現のために、日本政府は北朝鮮敵視政策を改め、日朝国交正常化を実現させなければなりません。さらにいま大きな問題として「米印原子力協定」があります。この協定はNPT(核拡散防止条約)を崩壊させかねませんが、日本などが賛成しない限り発効しない仕組みになっています。私たちは近く訪印する予定の安倍首相が「米印原子力協定」に賛成しないことを強く求めます。私たちはNPTの形骸化を許さず、2010年再検討会議に向けて核軍縮・核廃絶の動きを強めるよう、世界に求め、働きかけていきましょう。

 7月16日の新潟県・中越沖地震は、柏崎刈羽原子力発電所の基礎岩盤に大きなダメージを与えました。私たちはこれまで原発周辺の活断層の危険を指摘してきましたが、電力会社や国は否定してきました。しかし、柏崎刈羽原子力発電所で発生した事象は、活断層の危険を無視して行った安全審査の根本的な欠陥を明らかにしています。国の主張する安全神話は根底から崩壊しました。いまこそすべての原子力発電所と原子力施設の安全性を再点検するために、最新の知見による活断層と原発の耐震性を徹底的に検証することを求めます。私たちは原発の安全審査の再実施を求めるとともに、六ヶ所再処理工場やプルサーマル計画などのプルトニウム利用政策の転換と、高レベル放射性廃棄物貯蔵に反対し、脱原発社会の実現をめざします。

 日本を戦争のできる国へと変貌させてきた小泉政権を継承した安倍政権は、憲法第9条や基本的人権などの憲法改『悪』に向けて、教育基本法の改定や、改憲手続き法、米軍再編関連法などの制定を行い、自衛隊が内外で戦争をするための作業を推し進めてきました。このなかで、麻生太郎外務大臣、自民党の中川秀直幹事長、中川昭一政調会長らによる『非核三原則』を無視する「核兵器保有を容認する」内容の発言、長崎県出身の久間章生前防衛大臣による「原爆投下は、しょうがない」発言など、核兵器廃絶を願う私たちの思いに逆行する発言が大臣をはじめ政治家から相次いで起きました。参議院選挙における与野党逆転という結果は、これを許さない国民の意思を示しました。こうした状況は、私たちのめざす政策の実現の可能性が大きく拡大したことを意味します。いまこそ非核・平和の政治の実現に向けて連帯の輪を広げていくときです。

 私たちは、62年後のヒロシマの地に集い、核による被害の実相とその証言に学びました。そして、すべての核被害者の権利を確立するとともに、新たな核被害者を生み出さないために、『核も戦争もない 21世紀』を子どもたちに贈るとりくみをすすめることを誓いあいました。

 私たちは忘れてはいけない『人類と核は、共存できない』ということを。

 No More Hiroshimas. No More Nagasakis.
 No More Hibakusya. No More War! 

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