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米海軍が神奈川県・横須賀基地に空母を配備したのが1973年。47年が経過した2020年10月1日、ベェルニー公園で「10.1原子力空母ロナルド・レーガン横須賀配備抗議!母港撤回を求める神奈川集会」が開催されました。主催したのは神奈川平和運動センター、三浦半島地区労センターで、平和フォーラム、全国基地問題ネットワーク、平和センター関東ブロック連絡会議が共催しました。 コロナ禍を鑑みて規模を縮小しての集会となりましたが、集会での発言では、政府がめざす敵基地攻撃能力の保有に対する批判をはじめ、防衛費の拡大、日米軍事一体化の現状などの報告があり、政府の方針であった専守防衛すらかなぐり捨てて、
2020/10/2 日本学術会議への菅政権の介入に反対する平和フォーラム見解 フォーラム平和・人権・環境 事務局長 竹内 広人 学者の立場から様々な政策を提言する国の特別機関である日本学術会議が新たに推薦した会員のうち、6人の会員候補の任命を菅政権が拒否したことが、10月1日、日本学術会議総会で判明した。学術会議の委員は、日本学術会議法で「会員は同会議の推薦に基づき、総理大臣が任命する」と定められているため、首相に選任する権利はない。また、1983年の参議院文教委員会において、政府は「学会から推薦したものは拒否しない、形だけの任命をしていく、政府が干渉したり、中傷したり、そうゆうもの
核兵器禁止条約の署名に向けて、日本はまず周辺諸国との関係改善に力を入れよ
渡辺洋介 はじめに 被爆75年となる広島原爆の日を翌日に控えた8月5日、核兵器廃絶日本NGO連絡会の主催により、広島で討論会「被爆75年、核兵器廃絶へ日本はいま何をすべきか」が開催された(注1)。討論会には日本政府、各政党、国連、市民社会の代表者が参加し、核廃絶に向けた日本の取り組みと核兵器禁止条約(以下、核禁条約)への日本の参加をめぐってそれぞれの立場が表明され、議論が交わされた。その中で浮かび上がってきたのは、野党が核禁条約への参加に前向きであるのに対して、日本政府は条約への署名はしないと明言している姿であった。 周知の通り、日本政府は非核三原則を「国是」とし「核廃絶をめ
平和フォーラムも運営委員として参加する食の安全・監視市民委員会の講演会・総会が、9月26日、連合会館で開催されました。 当初4月に予定されていたものの、新型コロナウイルス感染症の影響で延期となり、半年遅れての開催となりました。開催にあたっては、感染症対策をしっかりと行い、参加者も事前予約をお願いしました。 総会に先立ち、講演会では神山代表の開会あいさつから始まりました。続いて当会の事務局長でジャーナリストでもある天笠啓祐さんによる「農薬グリホサート汚染から見えてきたもの」の講演が行われました。農薬全般について解説するとともに、私たちの生活の身近にある食パンからも人体への悪影響が及ぼされ
戦争ができる国づくりをすすめる戦争法が強行採決されてから5年、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会が主催する集会が国会正門前で行われ、3500人が集まりました。 主催者を代表し、小田川義和共同代表が憲法を破壊する安倍政治の継承をやめさせようとあいさつをした後、福島みずほ議員(参院・社民党党首)、辻元清美議員(衆院・立憲民主党)、志位和夫議員(衆院・共産党委員長)ら野党国会議員からの発言がありました。福島議員は、防衛費の拡大、南西諸島での自衛隊基地強化などにふれ、憲法9条破壊を阻止しようと訴えました。辻元議員は、地元高槻市で19日行動を継続してきたことを報告したうえで、
第8回外務省・防衛省要請行動 オスプレイ等の飛行訓練中止を求める
平和フォーラムとオスプレイと飛行訓練に反対する東日本連絡会は9月10日、衆議院第2議員会館で第8回目となる外務省、防衛省への要請行動を行いました。 この間東京・横田基地では、日米合同委員会合意すら無視した、米空軍オスプレイの夜間飛行訓練が繰り返し行われ、基地周辺は住宅密集地であるにももかかわらず、危険なパラシュート降下訓練が実施されています。またこの7月に暫定配備された陸上自衛隊オスプレイや定期機体整備の拠点となっている木更津駐屯地では、危険なオスプレイの飛行訓練やテスト飛行などが増大することで住民生活の安全が脅かされ、不安な日々を送ることに危惧の念が高まっています。 そこで平和
湯浅一郎 福島事故を経験した後も、この国は原発という核エネルギーの商業利用から解放されることができないまま10年近くになる。人類の営みにとって、最も本質的で、かつ克服が困難な課題の一つが生物多様性の回復と保持であるが、生物多様性という観点から見て原発が持つ本質的な問題点を検討したい。 1.放射能を生み出し、膨大な熱を放出する原発 まず原発を建設し、稼働させることが、何をもたらすのかを辿っておこう。原発は、ことごとく市街地から離れた自然豊かな地域で、自然を破壊して作られてきた。日々、死の灰を生み出す本性から、できるだけ生活域から離れたところへの立地となることは必然であった。19