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被爆64周年原水爆禁止世界大会・広島大会 1945年8月6日、8時15分、原子爆弾が広島に投下されました。雲ひとつない夏空は、突然の閃光と熱線、爆風が吹き荒れ、まさに地獄と化しました。罪のない市民が、一瞬のうちに命を失いました。その数は、広島だけで14万人にも及んでいます。広島の連綿とつながる人の営みが途切れました。亡くなった人々の、そして家族の無念の叫びは、私たちの想像をはるかに超えています。日本は、罪のない人々の死によって、終戦を迎えました。 ヒロシマは、被爆者の体験を継承し、核兵器廃絶への不断のとりくみを展開してきました。冷戦の時代、「核が平和をつくる」と公然と主張された時代にあっても、
被爆64周年原水爆禁止世界大会・広島大会(2009年08月04日~06日 広島)
原水爆禁止世界大会は、被爆60周年の2005年以来、開会総会にあたる部分を 原水禁・連合・核禁会議の共同開催としていますが、被爆64周年の本年も8月4日、「核兵器廃絶2009平和ヒロシマ大会」として行い、広島県立体育館大アリーナに6,500人の参加者を得て開催しました。 開会あいさつで川野浩一原水禁議長は、これまでの運動を「来年のNPT(核拡散防止条約)再検討会議に結実させなければならない」と訴える一方、「しかし、肝心要のわが国政府の対応はどうか。米印原子力協定に賛同してインドの核保有を認めNPTを骨抜きにし、米国の核先制不使用宣言に反対して『核
原水禁・連合・核禁会議/核兵器廃絶2009平和ヒロシマ大会・ヒロシマからの平和アピール
核兵器廃絶2009平和ヒロシマ大会 熱線と爆風、恐るべき放射線により一瞬にして14万人余の尊い命を奪った原子爆弾が広島に投下されて今年で64年を迎える。今も多くの被爆者が放射線障害に苦しんでいる。今日、核兵器は未だに世界に約2万1千発も存在し、人類は、核兵器の脅威にさらされ続けている。 こうした中、本年4月、オハマ米国大統領の「核兵器のない世界に向けて具体的な措置をとる」との演説や、7月の米ロ首脳会談で両国の戦略核兵器の削減が合意されたことは、「核兵器なき世界」に重要な一歩である。今や、米国をはじめロシア、英国、フランス、中国の核保有五ヶ国はもとより、核拡散防止条約(NPT)未加盟で核保有した
インタビューシリーズ 弁護士 内田雅敏さんに聞く さあ総選挙だ! 政権交代を勝ち取ろう 憲法と人権をないがしろにする裁判官には×を 市民の参加・支援で森林・林業の再生へ 10.3「エネルギー政策の転換を求める全国集会」の準備すすむ プルサーマル計画は政策破綻のつけ回し 重要な米・中のCTBT批准 投稿「フランス核実験被害者訴訟の最終弁論に参加して」 【インタビュー・シリーズ その37】ヤスクニを支える思想と日本社会の問題を語る弁護士 内田 雅敏さんに聞く 【プロフィール】1945年愛知県蒲郡生まれ。1975年東京弁護士会登録。日弁連憲法委員会委員。花岡平和友好基金運営委員会