2024年、平和軍縮時評

2024年02月29日

安保法制施行と自衛隊の変質 ―日米韓3か国共同演習とインド太平派遣訓練―

湯浅一郎

 2016年3月29日、「平和安全法制」と名付けられた安保法制が施行されてから9年目になる。存立危機事態という、ほとんどありうべくもない状況を想定して、憲法9条が現に存在する情勢においても集団的自衛権の行使が可能であるという法律が動き出したのである。これを機に、専守防衛を旨として存在が容認されてきた自衛隊は、行動範囲を一気に拡大し、日米に限定することなく多国間の軍事的な共同演習を日常化する動きが、ほぼ同時に動き出した。未だ実態が見えない面もあるが、ここでは、この間、何が進んできているのかを日米韓3か国共同演習の日常化と、インド太平洋派遣訓練という側面から経過を振り返る。

1.安保法制施行の直後から始まった日米韓3か国共同演習

 まず日米韓3か国共同演習実施の経過をたどりたい。日米共同演習は、1978年の旧ガイドライン締結直後から始まっているが、日韓軍事協力は、1980年代までは両国の軍関係者が行き来し、交流行事を定例化するレベルのものであった。1999年以降になると、日本海と日韓の中間水域で捜索救助訓練を2年に1回開催されるようになったが、これは船舶の遭難事故に際し日韓間の共同対処能力を向上させるという人道目的に基づく非軍事的訓練であった(注1)。

 変化が起きたのは2016年3月の安保法制施行直後からである。安保法制の施行からわずか3か月後の2016年6月、ハワイ沖で日米韓3か国ミサイル探知・追尾訓練が初めて実施された。さらに同年10月、米韓安全保障協議会で日米韓ミサイル探知・追尾訓練を定例化することに合意した。同訓練は朴槿恵(パク・クネ)政権時代の2016年11月、2017年1月と3月、文在寅(ムン・ジェイン)政権時代の2017年10月と12月に行われている。しかし、2017年までの3か国共同ミサイル探知・追尾訓練では、韓国軍艦艇は韓国側の日本海上で、日米艦艇は日本近海で、それぞれ別々に北朝鮮ミサイルを探知・追尾し、情報だけを共有するというものであった。日米韓の艦艇が一か所に集まることなかったのである。

 3か国演習の2つ目の形は対潜戦訓練である。2017年4月3日~5日、九州西方海域で海自護衛艦「さわぎり」が米韓海軍と共同で対潜戦訓練を初めて実施した(注2)。自衛隊は、戦術技量及び日米韓三か国の連携強化を図るとしていた。

 その後、対潜戦訓練はしばらくなかったが、状況が大きく変わるのは、2022年5月に韓国の政権が尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権に代わってからである。2022年9月30日、日米韓3か国は、日本海の公海上で潜水艦を探知・追跡する対潜戦訓練を5年ぶりに実施した。訓練は米ロサンゼルス級原潜「アナポリス」を潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を搭載した北朝鮮の潜水艦とみなし、これを探知・追跡しながら情報をやり取りする形で行われた。米空母「ロナルド・レーガン」、海上自衛隊の護衛艦「あさひ」(佐世保)、そして韓国の駆逐艦「文武大王」が参加した。さらに2022年10月6日、日本海の公海上で日米韓合同のミサイル防衛(MD)訓練が行われた。3か国共同演習が2週連続で行われたことはかつてなかったことである。

 そして、一つの極めつけが核戦力部隊を防護する日米韓初の3か国共同空中演習である。2023年10月22日、九州北西の日韓の防空識別圏が重なりあう空域で、核兵器を搭載できる米軍の戦略爆撃機を日米韓3か国の戦闘機が護衛する共同演習が初めて行われたのである。訓練には、米軍から戦略爆撃機ストラトフォートレスB-52HとF-16戦闘機、韓国軍よりF-15K戦闘機、航空自衛隊よりF-2戦闘機が参加し、米軍のB-52Hを先頭に日米韓の戦闘機が左右に3機ずつ編隊を組み、B-52Hをエスコートした(写真参照)。

米戦略爆撃機B52-Hを防護する日米韓初の3か国共同空中演習(2023年10月22日、九州北西の空域)。航空自衛隊のHPより。

防衛省は、その目的を「航空自衛隊の戦術技量の向上並びに米空軍及び韓国空軍との連携の強化」とさらっと言っている(注3)。しかしB-52Hは、米国の核戦力の3本柱の1つである戦略爆撃機の一つで、警戒態勢は低いと推定されるが、同機は87機のうち46機が核搭載可能(注4)である。最大20発の空中発射の核巡航ミサイル(ALCM)を搭載できる。

 今回の訓練で核弾頭は搭載していないが、B-52Hは有事になれば核ミサイルを搭載できる爆撃機である。空自戦闘機は、その核戦力部隊を防護しているわけで、自衛隊が核戦争を遂行できる部隊の一員となり、その後方支援をしていることになる。これは、日本の安全保障を米国の拡大核抑止に依存するといった次元から、自らが米核戦力と一体となり、その一員となって行動することを示している。この点が、国会や報道でほとんど問題になっていないことは驚くべきことである。しかも、今、後述するようにキャンプ・デービッド声明に基づいて、このような演習が日常的に恒例のものになろうとしているのである。

2.訓練期間が長期化し、派遣部隊・派遣人員が増えるインド太平洋派遣訓練

 安保法制が施行されてから、自衛隊が極東という地理的制限を無視し、自衛艦の長期にわたる海外展開が日常的になってきている。その典型が2017年から始まったインド太平洋派遣訓練である。軽空母化された「いずも」型護衛艦を中心として、2か月半にもわたりインド洋から西太平洋に至る広大な海域において、海自艦船が日米共同演習はもちろんのこと、沿岸各国海軍との共同演習を繰り返すことが始まったのである。さらにこの6年間で、派遣期間、参加人員、参加艦艇、訪問国などが拡大している。これは、砲艦外交の定着を狙った危険な動きであり注視せねばならない。

 海上自衛隊の平時の演習における海外展開には、従来からリムパック環太平洋合同演習や日米印共同訓練「マラバール」などがあるが、期間、広域性、訪問国数などから「インド太平洋派遣訓練」(IPD)は最大級のものである。とりあえず最新の2023年度(注5)の実態を見ておこう。

 目的は、「インド太平洋地域の各国海軍等との共同訓練等を実施し、戦術技量を向上させるとともに、各国海軍等との相互理解の増進、信頼関係の強化及び連携の強化を図り、地 域の平和と安定に寄与する」としている。期間は、2023年4月20日~9月17日にかけて何と151日間にわたり、ほぼ5か月間、演習を行っていた。

派遣部隊は、以下の4つである。
(1)第1水上部隊。護衛艦「いずも」、「さみだれ」、「しらぬい」の約880名。
(2)第2水上部隊。輸送艦「しもきた」の約140名。
(3)第3水上部隊。護衛艦「くまの」の約90名
(4)潜水艦部隊。潜水艦1隻の約80名。

 訪問国は、米国、インド、インドネシア、オーストラリア、キリバス、シンガポール、スリランカ、ソロモン諸島、トンガ、パプアニューギニア、パラオ、 フィジー、フィリピン、ニューカレドニア、 ベトナム、マレーシア、モルディブと17か国に及んでいる。この間に(1)国際海洋防衛装備展示会、(2)ランカウイ海事航空展覧会、(3)日米豪韓共同訓練、(4)日印共同訓練(5)米豪主催多国間共同訓練、(6)日米印豪共同訓練(MALABAR)などが行われる。2020年ころまでは、詳細についてHPで公開していたが、2021年頃から詳しいことはほとんど公開されていない。訪問国を並べてみれば、米国が軍事提起に最大の競争相手とみなす中国を包囲する体制の重要な一環として自衛隊が位置付けられていることが浮かび上がる。

 2018年からの同訓練の経過を表にした(2017年はデータが不明)。2018年頃は、「いずも」型護衛艦を中心とした約800人の護衛艦部隊が約70日にわたり派遣されていた。2020年はコロナ禍で縮小された。その後、2021年から潜水艦1隻が加わり、派遣期間が98日と伸びた。2022年には派遣期間が138日と飛躍的に長期化した。さらに2023年には大型輸送艦も加わり、人員が約1200人に増え、派遣期間は151日と5か月に及んでいる。

 近年は、訓練内容に関する具体的なことは公開されていないが、2019年に公表されていたものから以下の3点が特徴として挙げられる。

1.垂直離着陸ステレス戦闘機F35Bを搭載可能に改造し、装備としては空母としての能力を保有している「いずも」型護衛艦が、米原子力空母「ロナルド・レーガン」との南シナ海での共同演習を行っている。インド太平洋海域において、日米の空母打撃群が定常的に合同演習を繰り返し、「米海軍との相互運用の更なる向上を図るとともに、強固な日米同盟を礎に、地域の平和と安定への寄与を図る」としている。

2.日米印比、日仏豪米、日印、日マレーシア、日加、日ベトナム、日ブルネイなど様々なレベルでの多国間の共同訓練を断続的に実施している。

3.ASEAN国防相会議プラス海洋安全保障実動訓練といったASEAN諸国との交流が組み込まれている。

 上記の2、3に関して指摘すべき重要なことは、インド太平洋派遣訓練は、総体として、「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱」が防衛力強化方針として初めて打ち出した「海外プレゼンスと外交を一体」として推進する考えを具現していることである。大綱は「防衛力が果たすべき役割」の第1項に「積極的な共同訓練・演習や海外における寄港等を通じて平素からプレゼンスを高め、我が国の意思と能力を示すとともに、こうした自衛隊の部隊による活動を含む戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進する」と述べている。海自のインド太平洋派遣訓練は、平時に遠隔地に艦船を派遣して軍事力のプレゼンスにより影響力を行使しようとしている。これは、まさに砲艦外交の始まりと言える。砲艦外交は専守防衛に反する軍事任務である。

3.背景にある「キャンプ・デービッドの精神」

 こうした流れの中で、先に述べた初の日米韓3か国共同空中演習の実施へと至るのであるが、その背景には2023年8月18日、米ワシントン郊外の大統領山荘キャンプ・デービッドで行われた日米韓3か国首脳会談における新たな合意がある。この会談は、軍事、経済など幅広い分野での3か国連携の中長期にわたる基本理念を示す「キャンプ・デービッド原則」に合意し、「日米同盟と米韓同盟の間の戦略的連携を強化し、日米韓の安全保障協力を新たな高みへと引き上げる」ことを確認した。

 発表された3文書の一つ、共同声明「キャンプ・デービッドの精神」(注6)には、「米国は、日本及び韓国の防衛に対する米国の拡大抑止のコミットメントは強固であり、米国のあらゆる種類の能力によって裏打ちされていることを断固として明確に再確認する」としたうえで、「日米韓3か国は本日、組織化された能力及び協力を強化するため、毎年、名称を付した、複数領域に及ぶ3か国共同訓練を定期的に実施する意図を有することを発表する」とした。先述した2023年10月22日のB-52Hを護衛する初の日米韓3か国共同空中演習は、キャンプ・デービッドで合意された3か国共同訓練の定期開催を実行に移した最初の大きな踏み出しである。さらに2023年12月19日、日米韓防衛相が発表した共同プレス声明(注7)は「2024年初めから開始される複数年にわたる3か国の訓練計画を策定した」とし、「この計画は、今後、3か国の訓練を定例化し、より体系的かつ効率的にこれを実施することを可能とするものである」としている。これは、先に見た核戦力の中心を担う米戦略爆撃機を防護する3か国共同空中演習のようなものが日常化していくことを意味している。これがどこまでエスカレートしていくのか、極めて重大である。

 韓国に尹政権が登場して以降、南北が相互に敵視する状況は悪化するばかりである。ロシアのウクライナ侵攻が続き、ガザではイスラエルによる一方的なジェノサイドが続いている事態の中で、北東アジアにおいて戦火が起こることは考えにくいが、仮に朝鮮戦争が再発した場合、日本はどのようなスタンスをとることになるのであろうか。朝鮮戦争が再び起きた際、日本政府が制限をかけない限り、横須賀の空母打撃群、佐世保の強襲揚陸艦部隊、岩国の戦闘機部隊、そして沖縄の海兵隊などの在日米軍は不可避的に参戦することになる。その時、安保法制に基づいて存立危機事態を口実として、日本の存立が危惧されるという判断をした場合には、自衛隊が、米核戦力を直接防護する部隊として戦争に加わる可能性が出てくる。

 しかし、私たちが浮足立つことはない。「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定する日本国憲法第九条は、今も厳然と存在しているのである。しかも自衛隊は、あくまでも専守防衛を旨とする実力組織であって「軍隊」ではない。だからこそ本稿で問題にした3か国共同演習を「空軍演習」と言わず、「空中演習」と呼んでいるのである。自衛隊が、米軍と一体化して、戦争に関わらねばならない必然性はない。今、私たち日本の民衆に求められていることは、インド太平洋の平和と安定のためとか称して日米の軍事一体化を進め、日米韓をはじめとした多国間の軍事連携をなし崩し的に強化していく政府の動きを憲法九条の精神と自衛隊は「軍隊」ではないという事実に基づいて食い止めることである。逆に政府の動きを放置すれば、自衛隊は多国間軍事連携を強化し、安保法制のもとで集団的自衛権行使へと突き進むことになる。さらには、日米韓共同空中演習のように米核戦力部隊との一体化を通じて、自衛隊が核戦力部隊の一翼を担う部隊に化けていくことになりかねない。

(注)
(1)「ハンギョレ新聞」2022年10月12日。
(2)海上自衛隊HP。https://www.mod.go.jp/msdf/release/201704/20170403-02.pdf
(3)航空自衛隊HP。https://www.mod.go.jp/asdf/news/houdou/R5/20231023.pdf
(4)『ピース・アルマナック2023』(2023)。
(5)海上自衛隊HP。https://www.mod.go.jp/msdf/release/202304/20230418.pdf
(6)日米韓首脳共同声明「キャンプ・デービッドの精神」
外務省HP https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100541771.pdf
(7)防衛省HP。https://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/2023/pdf/1219b_usa_kor-j.pdf

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