2023年、平和軍縮時評

2023年04月30日

核軍縮をめぐる現状と「核のタブー」国際法化キャンペーン

渡辺洋介

(1)はじめに

 G7広島サミット(2023年5月19日~21日)を控え、サミットに参加する首脳にむけて、多くの核軍縮に関する声明や提案が出されている。例えば、2023年4月11日、「核兵器廃絶日本NGO連絡会」は記者会見を行い、川崎哲共同代表は、岸田政権は核兵器の廃絶を目指すとしているが、言葉で終わるのではなく、本当に核兵器廃絶につなげるために一歩を踏み出さなければならないと述べた(注1)。また、日本弁護士連合会は、4月21日、会長声明を出し、日本政府に対して、各国首脳に広島平和記念資料館などを視察し、被爆者からその実体験を聞いてもらうことなどを求めた。さらに、「核兵器のない世界」に向けて誠実に交渉することを約束した核不拡散条約(NPT)第6条の完全かつ着実な履行のための具体的かつ効果的な提案を行うよう訴えた(注2)。こうした提案は、広島サミットに向けたものであるが、この後、市民団体は、核廃絶に向けた次の一歩として、どのような行動を提案すべきであろうか。

 それを考えるためには、核軍縮をめぐる現状を把握する必要がある。本稿では、2022年に起きた核軍縮をめぐるできごとを振り返り、現状を再確認したうえで、市民が次に打つべき一手の一つとして、「核兵器の使用とその威嚇は許されない」という「核のタブー」を法的拘束力のある国際法とすることも求めるキャンペーンを紹介したい。

(2)2022年の核軍縮をめぐる情勢

5核兵器国首脳の共同声明

 2022年1月3日、核兵器国5か国(米、露、英、仏、中)の首脳は核戦争の防止に関する共同声明を発表した。同声明は1985年の米ソ首脳共同声明に明記された「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」を引用し、5か国間における核戦争の防止を再確認するとともにNPTに定められた義務をすべて果たすと宣言した(注3)

 共同声明は1月4日に始まる予定であった第10回NPT再検討会議(新型コロナ感染症の急拡大のため、後に8月に延期)を控え、核兵器国の核軍縮に向けた姿勢を示すものであったが、市民社会やマス・メディアの受け止め方はおおむね批判的、懐疑的であった。核廃絶を目指す国際市民ネットワーク「アボリション2000」は、1月6日の声明で、5核兵器国がNPT第6条の核軍縮義務を順守すると共同声明で述べていることに対し、「NPT発効から50年以上たった今も核兵器国の実際の行動は逆の方向を向いている」と批判を展開した(注4)

ロシアのウクライナ侵攻

 2月に入ると、ロシアはウクライナ危機に対するNATO軍の直接介入を防ぐため、繰り返し核兵器使用の威嚇を行った。プーチン大統領はウクライナ侵攻を開始した2月24日、「今日のロシアは軍事面で依然として最も強力な核保有国の1つである。…潜在的な侵略者がわが国を直接攻撃した場合、敗北と不吉な結果に直面することは、誰にとっても疑いのないことであろう」と発言し、核兵器の使用を示唆した。さらに3日後、プーチンは、西側諸国の対ロシア経済制裁などへの対抗措置として、核部隊を高度の警戒態勢に置くよう軍司令部に指令した。

 しかし、これについて米国防総省高官は、翌28日、ロシアの核部隊に特筆すべき動きは確認できていないと述べた。さらに、ロシアが2020年に公表した「核抑止に関する基本原則」は、ロシアが通常兵器で直接攻撃された場合でも「国家存亡の危機に瀕する場合」に限って核兵器の使用が許されるとしている(注5)。ウクライナ戦争では、ウクライナは原則としてロシア領内に攻撃しておらず、ましてや「国家存亡の危機に瀕する場合」にはあたらない。この状況が維持されれば、プーチン政権が上記基本原則を無視/曲解しない限り、ロシアはウクライナに核兵器を使用できないはずである。

NATO首脳会議と新たな戦略概念

 6月29日、NATO首脳会議がマドリードで開かれた。アジア太平洋地域の友好国も会議に招かれ、日韓首脳らがオブザーバー参加した。会議では、ロシアのウクライナ侵攻により中立政策を転換したフィンランドとスウェーデンのNATO加入の方針を認め、加盟手続きを進めることで合意した。

 また、首脳会議は12年ぶりに改訂した「戦略概念」を採択した。新たな戦略概念はウクライナに侵攻したロシアを「最も重大かつ直接的な脅威」と定め、中国を「NATOの利益、安全保障、価値に対する挑戦」と位置づけるとともに、今後はNATOがインド太平洋、中東、北アフリカの問題にも関与することを明らかにした。さらに、戦略概念は「核兵器が存在する限りNATOは核同盟であり続ける」とし、NATO加盟国に核抑止の任務の信頼性や有効性を確保するようあらゆる措置を講じるよう求めている。核共有についても、米国の核兵器を欧州諸国の戦闘機に搭載して投下するという従来からの態勢を維持する方針を示した(注6)

第1回核兵器禁止条約(TPNW)締約国会議と第10回NPT再検討会議

 6月21~23日、第1回TPNW締約国会議がウィーンで開催された。ロシアのウクライナ侵攻を機に核兵器使用のリスクが高まったことを背景に、核兵器廃絶に向かう強いメッセージを発することが要請される中、締約国会議は、核抑止論を「誤り」と断じる「政治宣言」を採択した。また、会議は、条約を前進させるための具体的なロードマップともいえる「ウィーン行動計画」を採択し、条約履行に向けた具体的な動きが始まった。残念ながら、日本のオブザーバー参加は実現しなかったが、「核の傘」依存国のうち、ドイツ、オランダ、ノルウェー、ベルギー、オーストラリアがオブザーバー参加を決断した。

 8月1日~26日、新型コロナ感染症の流行による4度の延期を経て、第10回NPT再検討会議がニューヨーク国連本部で開催された。最終文書案にあったザポリージャ原発関連の記述に対するロシアの反発により、残念ながら、合意文書の全会一致採択は実現せず、前回2015年に続いて2回連続での合意失敗となった。しかし厳しい国際情勢の中、151の国々が最終文書案を練り上げ、合意の一歩手前まで行った事実は認識すべきであろう(注7)。

揺らぐ新START条約

 8月8日、ロシア外務省は、新戦略兵器削減条約(新START)が義務付ける核関連施設への査察を一時停止すると発表した。その後、この問題などを協議するため、米露両国は11月29日から新STARTの2国間協議委員会(BCC)をエジプトのカイロで開くことで合意したが、直前の28日に急遽延期となった。2023年4月現在、米露間の核関連施設への査察は再開されていない。

 2021 年に5年延長された新START は2026年2月に失効する予定であり、米露間で後継の核軍縮条約交渉を開始することが急務である。にもかかわらず、ロシアのウクライナ侵攻を機に米露関係が急速に悪化し、後継条約交渉どころか、新STARTの義務履行もままならない状況に陥っている。

バイデン政権の核態勢見直し

 バイデン政権は、10月27日に「核態勢見直し(NPR)」を発表した(注8)。バイデン政権のNPRは、トランプ政権が導入した低威力核弾頭W76-2を維持する一方、B83-1自由落下核爆弾を退役させ、海洋発射巡航核ミサイルの計画を取り消すなど、核兵器の役割低下に向けた施策も一部で採用された。バイデンが導入を目指していた「先行不使用(ノーファースト・ユース)」政策や「唯一の目的」政策は、残念なことに採用されなかった。また、大陸間弾道ミサイル(ICBM)ミニットマンIIIをすべて新型ICBMセンチネルに更新する方針が再確認された。

 また、北朝鮮については「特に金正恩政権が核兵器を使用した場合の悲惨な結末を明確にする必要性を認識している」とし、「金正恩政権が核兵器を使用して生き残るシナリオは存在しない。核兵器を使用しなくても、北朝鮮は東アジアで迅速な戦略的攻撃を行うこともできる。米国の核兵器は、そうした攻撃を抑止する役割を果たし続ける」とNPRに明記した。米国は今回のNPRで自らが保有する圧倒的な核兵器をちらつかせることにより、米国・同盟国・パートナー国に対する北朝鮮の核・非核攻撃を抑止する方針を示したといえる。

G20バリ首脳会議「核兵器の使用と使用の威嚇は許されない」

 11月15日~16日、インドネシアのバリでG20首脳会議が開催され、ロシアからはラブロフ外相が参加した。16日に採択された首脳宣言は「核兵器の使用又はその威嚇は許されない。紛争の平和的解決、危機に対処する取組、外交・対話が極めて重要である。今日の時代は戦争の時代であってはならない」と明記し(注9)、ロシアを含む核兵器国5か国および核保有国であるインドが「核兵器の使用と使用の威嚇は許されない」ことを真正面から認めた。これは当然守られるべき規範ではあるが、ロシアが核威嚇を繰り返し、米国が核兵器搭載可能な戦略爆撃機を北朝鮮周辺に何度も飛行させる中で、米露を含む核保有国6か国がこの規範を守るべきことを改めて確認した点に大きな意義がある。

中国が急速な核軍拡へ

 米国防総省は11月29日、「中国軍事力報告書2022」を発表した(注10)。報告書は、中国が保有する核弾頭はすでに400発を越えたと推定し、2035年には1500発の核弾頭を保有する可能性が高いとした。核問題の専門家であるハンス・クリステンセンらも、中国が核弾頭を急速に増やし、2023年3月現在、410発を保有していると推定する(昨年は350発)。一方で、「2035年には1500発の核弾頭を保有する可能性が高い」という米国防総省の予測について、クリステンセンらは、これまで米政府機関が過大な予測を何度もしてきた前歴を示し、上記の予測は割り引いてとらえるべきと主張している(注11)

 一方で中国政府は、上記報告書は根拠のない憶測にすぎず、中国の国防政策を歪曲していると強く反発した。さらに、こうした報告書を公表した目的は、米国の軍事覇権維持のために「中国脅威論」を宣伝することにあるという批判を展開した。

 報道などでは、中国の核軍拡がクローズアップされがちだが、中国が保有する核弾頭数は世界に存在する核弾頭数の約3%にすぎない。現在も地球上の核弾頭の約90%は米露2か国が保有していることは銘記しなければならない。

(3)市民の次なる一手:「核のタブー」国際法化キャンペーン

 以上、見たように2022年を振り返ると、1月に核兵器国5か国首脳による「核戦争の防止に関する共同声明」が出されたものの、2月のロシアのウクライナ侵攻を機に、核軍縮・軍備管理をめぐる状況は一気に暗転した。ウクライナ侵攻後、ロシアは核威嚇を繰り返し、また、ロシアとウクライナおよび同国を支援するNATO諸国との対立が先鋭化した。NATOの新たな戦略概念はロシアを「最も重大かつ直接的な脅威」とし、米国の拡大核抑止が確認され、NATO諸国との核共有は維持された。第10回NPT再検討会議はロシアの反対で最終合意案が採択されなかった。米露間の新START条約が定める核施設の相互査察はもはや実施されていない。一方、東アジアに目を転じると、悪化した国際情勢を反映してか、中国が急速に核軍拡を進めている。このように核軍縮をめぐる情勢はますます悪化しているように見える。そうした中で、核軍縮に携わる市民団体は、どのような次の一手を打つべきであろうか。

 運動の方向には、北東アジア非核兵器地帯構想を打ち出す、核兵器禁止条約の加盟国を増やすなどいろいろあるが、いま優先的に考えるべきことの一つとして、核保有国に「核兵器を使わせないこと」「使うという脅しをさせないこと」があるであろう。そうした観点から、すでに署名活動を始めた市民団体がある。核兵器の先行不使用を各核保有国に求めてきた国際キャンペーン「ノー・ファースト・ユース・グローバル」(NoFirstUse Global)である。その趣旨に賛同し、ピースデポもこのキャンペーンに参加している。

 同団体は、2023年4月11日、「核のタブー:規範から法へ、公共の良心の宣言」と題した宣言をウェブサイトで公表し、宣言に対する賛同者の署名を開始した(注12)

 宣言は、G20バリ首脳宣言の一節を引用し、「私たち国連加盟国の国民は『核兵器の使用又はその威嚇は許されない』という立場に賛同する」としている。また、国連に対し、安全保障理事会および総会の決定を通じて、この立場を国際法の規定として定めるとともに、すべての加盟国に対し、この立場を完全に順守することを求めている。すなわち、「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」という立場を法的拘束力のない政治宣言から法的拘束力のある実定国際法にしようというのだ。この署名は、5月の広島サミット、7~8月のNPT再検討会議準備委員会の機会を利用して集め、まだ確定ではないが、9月のG20ニューデリー・サミットをめどに集計し、提出する予定である。

署名は以下のURLから簡単に行うことができる。この記事を読んだ読者のみなさまにもぜひ署名にご協力いただきたい。

Nuclear Taboo: From norm to law, A Declaration of Public Conscience
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeh67hNh3Q_j1RBFxJbInFzNyZ7vy3UnL-RMP8FQWJixesQbA/viewform

注1 核兵器廃絶日本NGO連絡会HP
https://nuclearabolitionjpn.wordpress.com/2023/04/
注2 日本弁護士連合会HP
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2023/230421.html
注3 米ホワイトハウスHP
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2022/01/03/p5-statement-on-preventing-nuclear-war-and-avoiding-arms-races/
注4 アボリション2000HP
https://www.abolition2000.org/wp-content/uploads/2022/01/20220106-A2000-response-to-P5-statement-Final.pdf
注5 『ピース・アルマナック2023』(緑風出版、2023年)、101頁。
注6 北大西洋条約機構(NATO)HP
https://www.nato.int/nato_static_fl2014/assets/pdf/2022/6/pdf/290622-strategic-concept.pdf
注7 『ピース・アルマナック2023』(緑風出版、2023年)、52~53頁。
注8 米国防総省HP
https://media.defense.gov/2023/Jan/30/2003151847/-1/-1/1/2022-NUCLEAR-POSTURE-REVIEW-TRANSLATED-FOR-JAPAN.PDF
注9 外務省HP
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100422034.pdf
注10 米国防省HP
https://media.defense.gov/2022/Nov/29/2003122279/-1/-1/1/2022-MILITARY-AND-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLES-REPUBLIC-OF-CHINA.PDF
注11 原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)HP
https://thebulletin.org/premium/2023-03/nuclear-notebook-chinese-nuclear-weapons-2023/
注12 ノー・ファースト・ユース・グローバルHP
https://nofirstuse.global/2023/04/11/launch-of-nuclear-taboo-from-norm-to-law/

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