2024年、平和軍縮時評

2024年01月31日

2023年を振り返って―浸食が進む核軍縮の基盤

渡辺洋介

はじめに

2023年は2022年に引き続き戦争と軍事化の1年となった。ロシア・ウクライナ戦争は2年目に突入したが、依然として停戦の見通しは立っていない。ロシアとNATOの対立はさらに深刻化し、ロシアはベラルーシに戦術核を配備し、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を撤回した。朝鮮半島では、北朝鮮の核兵器に対して日米韓軍事協力の強化と米国の核の誇示で対抗するようになり、誤算やミスコミュニケーションにより、下手をすると核兵器が使われかねない状況となっている。本稿は2023年の核軍縮をめぐる情勢を時系列に沿って振り返り、いま私たち市民が声をあげるべき危険な状況にあることを改めて訴える。

ロシアが新START条約の履行停止

2023年2月21日、ロシアのプーチン大統領は議会で演説を行い、新戦略兵器削減条約(新START条約)の履行停止を宣言した。ただ、この措置は条約からの脱退ではないとしている。プーチンは、米国などNATO諸国はウクライナを支援することでロシアに戦略的敗北を与えようとしており、そうした敵対関係がある中で、米国がロシアの核関連施設を査察することは容認できないとした[注1]。他方で、ロシアのリャブコフ外務次官は、配備できる核弾頭数の上限に関する合意は自主的に守ると述べた。

ロシアのこうした措置に対して、米国は3月28日に年2回交換する核運用に関する包括的なデータの提供を停止し、6月1日にはその対象を拡大した。

こうした中で、6月2日、ジェイク・サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は講演で、米国は新START失効後の軍備管理枠組みを構築するため「今すぐロシアと対話する用意がある」と述べた[注2]。ところが、ロシアのリャブコフ外務次官は6月21日に「米国と西側諸国全体が攻撃的な反ロシア政策を根本的に見直さない限り…軍備管理に関する生産的な交渉はほとんど不可能である」というロシアの立場を改めて表明した。その後も米ロ対話の糸口はつかめていない。

オーカス首脳会議

3月13日、米英豪首脳は米サンディエゴで会談し、オーストラリアへの原子力潜水艦(原潜)配備計画に関し、協力を拡大することで合意した。2030年代に米国が「バージニア級」原潜を3隻、オーストラリアに売却し、その後、3か国が新型原潜「オーカス」を独自開発する。バイデン米大統領は、売却する原潜について、核兵器は搭載せず、非核保有国たるオーストラリアの取り組みを危うくするものではないと強調した。米国が原潜の核推進技術を外国に提供するのは1958年に英国に提供されて以来、史上2度目のことだ。

原潜には核兵器に転用できる高濃縮ウランが使用されるため、これが核拡散につながるとの懸念が持たれている。3か国は原潜提供は国際原子力機関(IAEA)と緊密に意思疎通したうえで行う予定であり、核不拡散条約(NPT)には違反しないと主張している。

緊迫度を増す朝鮮半島

4月26日、米韓両首脳は「核協議グループ(NCG)」の創設や米軍の戦略兵器の朝鮮半島への展開など核兵器による拡大抑止の強化を約束した共同声明(ワシントン宣言)を発表した[注3]。それを受けて米国は、核ミサイルを搭載した戦略原潜ケンタッキーを釜山に寄港させたり、核搭載可能なB-52H戦略爆撃機を韓国空軍の基地に着陸させるなど、北朝鮮に対して核のプレゼンスを誇示し続けている。

また、8月18日には米国キャンプデービッドで日米韓首脳会談が開催された。会談で3か国首脳は「日米同盟と米韓同盟の間の戦略的連携を強化」することや3か国共同訓練を定期的に実施することで合意した[注4]。 それを受けて、10月22日、日米韓の戦闘機が米軍のB-52H戦略爆撃機をエスコートする初の3か国合同空中訓練を行った。これは日米韓が共同で北朝鮮に核のプレゼンスを誇示し、圧力をかけていることに他ならない。

それに対し、北朝鮮も核抑止力の強化で対応した。北朝鮮は核魚雷「ヘイル」など新型核兵器を開発するとともに、新型ICBMや新型潜水艦の開発など核弾頭の運搬手段の近代化努力を継続した。また、核戦力の強化を憲法に明記し、核抑止力強化を続ける決意を内外に示した。

核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン

5月19日、「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」(広島ビジョン)が発表された。広島ビジョンは、核のない世界を「究極の目標」と位置づけているものの、核兵器が防衛目的のための役割を果たし、侵略を抑止し、戦争と威圧を防ぐものであると宣言し、核兵器の役割を肯定的に評価した[注5]。また、核兵器禁止条約についても言及がなく、強い批判の声が上がった。

さらに、広島ビジョンは、2022年11月のG20バリ首脳宣言が「核兵器の使用又はその威嚇は許されない」[注6]と一般的に核兵器の使用と威嚇に反対の立場を示したのに対して、「ロシアのウクライナ侵略の文脈における、ロシアによる核兵器の使用の威嚇、ましてやロシアによる核兵器のいかなる使用も許されない」[注7]と対象をロシアのウクライナ侵略のみに限定してしまった。この背景には核の使用と脅しを一般的に許されないとした「G20バリ首脳宣言」に対する核保有国国防関係者の強い抵抗があったとのことだ。しかし、国連憲章第2条4項は「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を…慎まなければならない」と規定している。武力には当然核兵器も含まれる。核兵器による威嚇やその使用は、原則として国連憲章で禁止されていることも指摘しなければならない。

ロシアが戦術核をベラルーシに配備

5月25日、ロシアのショイグ国防相は、ベラルーシの首都ミンスクでベラルーシのフレニン国防相と会談し、戦術核のベラルーシ配備に関する合意文書に署名した。ロシアがベラルーシに戦術核兵器を配備すること及び核兵器の貯蔵施設をベラルーシに建設することで、ロシアのプーチン大統領とベラルーシのルカシェンコ大統領の間で合意したことを受けてのことだ。つづいて、6月16日、プーチンはサンクトペテルブルグ国際経済フォーラムで、すでに核兵器がベラルーシに配備されたことを報告した[注8]。12月25日、ルカシェンコはロシアの戦術核のベラルーシへの移転が10月に完了したと発表した。

この措置が核不拡散条約(NPT)に違反しないかという点について、プーチンは、米国は何十年も前から戦術核を同盟国の領土に配備してきたと述べ、NPTに違反しないと主張している。プーチンが主張する通り、米国はドイツなどNATO5か国に米核兵器を配備しているが、この行為もロシアの行為も核不拡散という国際的な原則に反する行為であることを指摘しなければならない。

米国の大量破壊兵器対抗戦略と新型核爆弾の開発

9月28日、米国防総省は「大量破壊兵器対抗戦略」を発表した。2002年、2014年に続いて、3回目の発行となる。同戦略は、2022年に出された米「国家防衛戦略」に沿って、中国を「刻々と深刻化する挑戦」、ロシアを「差し迫った脅威」、北朝鮮、イラン、暴力的過激派組織を「持続する脅威」であるとの認識を示した[注9]

それを反映してか、米国は引き続き、核兵器が使えるように点検や実験をするとともに核兵器の近代化を進めている。その一例が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験である。米国は、北朝鮮がICBMの発射実験をすると非難するが、一方で自国は定期的にICBMの発射実験を続けている。2023年は4月19日、9月6日、11月1日に実施された。潜水艦発射弾道ミサイルについても同じことが言えることは言うまでもない。

また、米国防総省は、10月27日、新型自由落下核爆弾B61-13を開発すると発表した。同核爆弾は、堅固で地中深くにある目標や広範囲に広がる目標をターゲットとする。ただ、米国が保有する自由落下核爆弾の総数は維持し、B61-13の生産数と同じだけ旧型のB61-12を退役させる計画である[注10]。新型核兵器の開発は今も続いている。

ロシアのCTBT批准撤回

10月5日、プーチン大統領は、米国が包括的核実験禁止条約(CTBT)未批准なのに対し、ロシアは署名も批准もしていると述べ、ロシア議会による批准撤回も可能だと発言した。これを受けて、ロシアの下院議長は翌日、SNSのテレグラムで「世界の状況は変わった。ワシントンとブリュッセルはわが国に対して戦争をしかけてきた。今日の課題に対して新たな解決策が必要だ」と述べ、CTBT批准撤回法案の提出を検討すると表明した。その後、ロシア下院は10月18日に、続いて上院も10月25日に同法案をそれぞれ全会一致で可決した。11月2日、プーチン大統領が同法案に署名し、同法は成立した。

ロシア政府は、批准撤回はCTBTからの脱退を意味するものではなく、自国領土内のすべての包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)監視ステーションの運用や、すべての国とのデータの共有を含め、引き続き条約にコミットするとした。

批准撤回は核実験再開に向けた布石との見方もあるが、ロシアは米国が核実験を実施しない限り、核実験再開の意図はないと繰り返し表明している。一方で米国は、11月2日、核爆発実験モラトリアムを継続すると改めて表明した。この誓約が守られる限り、ロシアが核実験を再開する可能性は低いと思われる。

進む中国の核軍拡

10月19日、米国防総省は「中国軍事力報告書2023」を発表した[注11]。報告書は、中国が保有する核弾頭はすでに500発を超えたと推定し、2030年には1000発を超えるという見通しを示した。なお、2022年の同報告書は2035年に1500発を保有すると予測した。ただ、国防総省が過去に出した核弾頭総数の中長期予測は当たっておらず、この予測が正しいかどうかは慎重に見極める必要がある。

一方、中国国防省の報道官は10月25日のニュース・リリースで、報告書は「中国の国防政策と軍事戦略を歪曲し、存在しない『中国の軍事的脅威』を誇張・扇動している」と強い不満を表明した。

マスメディアは中国の核軍拡に焦点を当てることが多いが、中国が核弾頭数を1000発に増やしたとしても、ロシアや米国がそれぞれ保有する「現役核弾頭」(退役・解体待ちを除いた核弾頭)総数の約4分の1にすぎないという事実を見失ってはならない。

平和のために今こそ声をあげよう

上述の通り、2023年は核軍縮の基盤の浸食が進んだ1年であった。新START条約の義務履行が停止され、米ロ間の核軍縮条約は事実上皆無となった。ロシアがCTBTの批准を撤回し、核実験禁止の流れが一歩後退した。また、ロシアがベラルーシに戦術核を配備し、核拡散が進行した。同時に各国による核兵器の近代化は継続し、中国など一部の核保有国は核弾頭数を増加させた。

このように核軍縮の基盤が掘り崩され、むしろ核軍拡に向かいつつある背景には「新たな冷戦構造」の出現と敵対する陣営間での不信感の高まりがある。ヨーロッパではウクライナをめぐってロシアとNATOが激しく対立し、東アジアでは朝鮮半島と台湾海峡をめぐって中ロ朝と日米韓がそれぞれ軍事力強化に勤しんでいる。それぞれが自国の安全を高めようとして軍事力や同盟を強化した結果、緊張をさらに高めている。これを打開するには、市民社会が声をあげることが重要である。今こそ市民は戦争と軍拡に反対し、対話と外交を通じて問題を解決することを強く政府に訴えていかなければならない。敵対国に同盟で対抗するのではなく、双方の安全を共通のものと考える「共通の安全保障」の精神で地域の秩序を作る外交努力がとりわけ重要である。

注1 ロシア大統領府HP
http://en.kremlin.ru/events/president/news/70565
注2 米軍備管理協会HP
https://www.armscontrol.org/pressroom/2023-06/sullivan-remarks-reaction
注3 米大統領府HP
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statementsreleases/2023/04/26/washington-declaration-2/
注4 外務省HP
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100541771.pdf
注5 外務省HP
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100506513.pdf
注6 外務省HP
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100422034.pdf
注7 注3と同じ
注8 ロシア大統領府HP
http://en.kremlin.ru/events/president/news/71445
注9 米国防総省HP
https://media.defense.gov/2023/Sep/28/2003310413/-1/-1/1/2023_STRATEGY_FOR_COUNTERING_WEAPONS_OF_MASS_DESTRUCTION.PDF
注10 米国防総省HP
https://media.defense.gov/2023/Oct/27/2003329624/-1/-1/1/B61-13-FACT-SHEET.PDF
注11 米国防総省HP
https://media.defense.gov/2023/Oct/19/2003323409/-1/-1/1/2023-MILITARY-AND-SECURITY-DEVELOPMENTS-INVOLVING-THE-PEOPLESREPUBLIC-OF-CHINA.PDF

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