平和軍縮時評
2019年08月31日
2020年NPT再検討会議第3回準備委員会、勧告案に合意できず 湯浅一郎
核不拡散条約(以下、NPT)は、2020年に条約発効50周年、無期限延長から25周年を迎える。前回の2015年再検討会議では、閉幕直前になって中東非大量破壊兵器地帯の扱いをめぐり、核兵器国と非核兵器国の協議が決裂し、ほぼできていた最終文書の採択に至らないまま閉会となった。2020年の大きな節目となる再検討会議まで1年となった2019年4月29日から5月10日、2020年核不拡散条約再検討会議に向けて最後となる第3回準備委員会がニューヨーク国連本部で開かれた。サイード・モハマド・ハスリン・アイディ議長(マレーシア大使)が提案した2020年再検討会議に向けた勧告案を巡り多くの議論がなされたが、核兵器国と非核兵器国の溝は埋まることなく、勧告の合意に至らないまま幕を閉じた。特に、米国は、核軍縮へ向けての安全保障環境を整えることを優先させる新イニシアチブ「核軍縮のための環境を創る」を提案し、議長案に強い拒否の意を示した。議長勧告案を巡る各国の主張を整理し、米国の新しい取り組みについて考察する。
議長の勧告草案をめぐり対立し、合意に至らず
サイード議長は、5月3日、2020年NPT再検討会議に向けた勧告の草案を各国に提示した。多くの西側諸国が草案を肯定的に評価したのに対し、多くの非同盟諸国は主に軍縮に言及する部分に関しての不満を表明し、その強化を訴えた。特に核軍縮促進に力を入れる新アジェンダ連合(NAC)は「軍縮に関する部分は今までの約束の履行に十分に焦点を当てていない。今までの約束の履行に基づいて前進するよりもむしろ、再解釈あるいは過去の合意からの後退さえも導き得る」とし、軍縮部分についての修正提案をした。さらに、「同条約第6条への締約国の努力と、核兵器を削減し究極的に廃棄するためのさらなる努力を引き受けるという核兵器国の努力を想起」した草案主文第4節について、さらなる緊急性に関する表現を盛り込むことを提案した。
議長は、各国から寄せられた反応と要求を踏まえ、最終日前日の5月9日、勧告案の改訂版を発表した。改訂版は、主に核兵器の非人道性に関する言及が充実され、核軍縮に関する部分の表現が強化された。この改訂版に対し、多くの非同盟諸国は高く評価をした。またNACは、改訂版が全ての締約国の懸念を聞き入れて修正されたとし、一部の国からの要求にだけ応えるような勧告でない点で、改訂版を肯定的に評価した。さらに、改訂版の文言は、既存の合意された約束と一致しているとも述べた。
一方で、米国をはじめとする西側諸国は、核軍縮に関する表現が強化され、核軍縮に偏りすぎていることを理由に強く反発した。特に米国のロバート・ウッド軍縮大使は最初の草案に比べ、改訂版は「劇的に悪化」したとし、「全会一致を獲得することは全くありそうもない」と意見表明し、強い反対の意思を示した。さらに、改訂版は「軍縮共同体の分裂と分極化を増加させる」とも述べた。米国と同様の立場をとるフランスは、改訂版は、「集団的ビジョンを発展させることとまったく逆のことを提案している」と述べ、改訂版には「有害な要素」が含まれており、「NPTの存在そのものを脅かす」とまで主張した。英国は、改訂版は「全会一致から遠のく」とし、米国、フランスと同様、反対の意思を述べた。米核兵器依存の非核兵器国であるドイツは改訂前の草案に立ち戻ることを推奨し、改定案に反対の立場を示した。同じ米核兵器依存の非核兵器国である日本、オランダ、ポーランドは、改訂版は草案を巡る協議をバランスの取れた方法で反映していないとし、否定的に評価した。
この結果、初めの草案から一変して、核兵器国が強く反対し、核兵器依存国も否定的に評価することとなった。議長は、全会一致は見込めない状況となった判断し、5月10日、改訂版の勧告を議長自らのワーキングペーパーとして提出した●1。米国は、即座に議長のワーキングペーパーに対し、「勧告に関する議長のワーキングペーパーを、2020年のNPT再検討会議で議論の土台とすることを、断固として拒否する」と強く非難するワーキングペーパーを出した。NPT第6条に沿って、核兵器を削減していくとの内容が強調された議長勧告は、核軍縮に偏っており、ひとこと言っておかねばならないと考えたのであろう。
会議は、全会一致の勧告に合意できなかったものの、NPTが、核軍縮・不拡散レジームの要めであることを確認し、2020年再検討会議の議長にアルゼンチンのラファエル・グロッシ大使を決定し、2020年へ向け最低限の準備は整えた形で終了した。
米国、安全保障環境論で軍縮後退を図る
米国は今回のNPT準備委員会で、「ステップ・バイ・ステップの軍備管理アプローチは限界に達した」とし、新たな多国間枠組みである「核軍縮のための環境づくり」 (以下、CEND)という新たなイニシャチブを提起していた●2。4月26日、米国は、そのためのワーキングペーパーを提出し、4月30日にCENDに関するイベントを国連本部内で開催した。なお、この前身とも言うべき関連するワーキングペーパーは、「核軍縮のための条件づくり」という名で2018年4月18日にも提出されている。
CENDに関するワーキングペーパー第5項は、「安全保障環境の課題を無視しながら、核兵器の削減や禁止を試みるだけでは、軍縮の課題を解決することはできない」とし、安全保障環境を整えることが最優先であると主張している。また、「世界の安定を維持するために核抑止を必要としてきた根本的な安全保障上の懸念に対処するための対話を求める」(第7項)とし、そもそもの核兵器の生産につながった根本的な安全保障環境に関しての対話が必要であると述べている。
5月2日、英国はCENDを「歓迎し、今後、議論に参加することを楽しみにしている。」と賛同の意思を表明した。同日、米核兵器依存の非核保有国であるオーストラリアはCENDは「有用なイニシアチブである」と評価した。また、日本は、CENDが、「多くの利害関係者が関与する建設的かつ対話的な任務の機会を提供できることを願っている」と肯定的に評価した。さらに、5月14日、参院外交防衛委員会で日本共産党の井上哲士(さとし)議員がCENDへの日本政府としての評価と対応について質問したのに対し、河野太郎外務大臣は、日本がこのイニシアチブに貢献できるとして、「今後参加を検討していきたい」と積極的な姿勢を表明した。
米国のワーキングペーパーには「環境づくり作業部会」を作り、その第1回総会を今年の夏にワシントンで開く予定であるとしていた。7月2-3日、米国は、ワシントンで「環境を創る作業部会」(CEWG)の発足総会を主催し、中ロを含む核兵器国、日本、ドイツなどの非核兵器国など約40か国以上が参加した。米国務省のクリストファー・A・フォード国務次官補(国際安全保障・不拡散)は、冒頭の演説でCEWGプロセスが,軍縮を促進するための、より効果的な対策をどう打ち出すか探る場となり、グローバルな核軍縮論議における転換点となることを期待すると表明した。
しかし、核兵器そのものの非人道性や危険性、核兵器の削減に焦点を当てずに、環境を理由に軍縮の前進を止めてしまうことは許されることではない。このイニシアチブの前提には、冷戦後の核軍縮の時代は終わり、新たな核軍備競争の時代に入ったという時代認識がある。その「新たな核軍備競争」こそが今日の安全保障環境であり、その改善を優先させるべきだと言うのである。しかし、そのような環境を作ったのは当の米国自身であることを忘れるわけにはいかない。ABM条約から離脱し、ミサイル防衛体制の拡充を図り、ここにきてはINF全廃条約から離脱し、条約を失効させ、相互に中距離ミサイルの配備競争を進めようと核軍備競争をあおってきたのは米国である。そのような動きをしておいて、核軍縮よりも、悪化する安全保障環境の改善を優先させようと提案していることは、自作自演としかいいようがない。そう考えると、このイニシアチブは、安全保障環境を理由に軍縮が進まない現状を肯定することになり、核軍縮に関して、長年にわたり国際社会が積み上げてきた努力と成果をないがしろにしかねない危険性をはらんでいる。
今回の準備委員会では、議長勧告をめぐり、核兵器国および核依存国と非核兵器国の溝が埋まることなく、閉幕した。今後、米国は同盟国を巻き込んでCENDをさらに強化し、来年の再検討会議で、米国がCENDを自国の中心的な提案とすることも想定される。その際に多くの同盟国が賛同を示せば、NPT第6条を根拠に核軍縮を推進していくという道が困難に直面するおそれがある。2020年NPT再検討会議に向け残された時間で、1995年以来、蓄積されてきたNPT合意の履行を求めていく努力の強化が不可欠となっている。とりわけ唯一の戦争被爆国を認ずる日本政府は、核兵器の役割を減じ、核兵器依存政策から脱する道を歩む選択をし、2020年再検討会議に臨むことが強く求められる。
注
1 2020年再検討会議へ議長が提出したワーキングペーパー(2019年5月10日)
https://undocs.org/NPT/CONF.2020/PC.III/WP.49
2 米国が提出したワーキングペーパー「核軍縮のための環境を創る」(2019年4月26 日)
https://undocs.org/NPT/CONF.2020/PC.III/WP.43