2017年、平和軍縮時評

2017年10月31日

安全保障ジレンマの悪循環にはまり込んだ北東アジア ―北朝鮮の核・ミサイル開発と米韓日の軍事的圧力の拮抗関係― 湯浅一郎(ピースデポ副代表)

 トランプ政権が登場した2017年、北東アジアでは朝鮮民主主義人民共和国(DPRK,以下北朝鮮)の核・ミサイル開発をめぐって緊張が高まっている。核兵器禁止条約が現実化する状況下で、北朝鮮の核・ミサイル開発は決して許されるべきことではない。しかし、このような事態を引き起こしている背景をなくさない限り、その解決は見えてこない。
 ここには2つの側面がある。2~4月、そして8~9月を中心に北朝鮮がミサイル発射や核実験をくりかえし、米日韓が提案して国連安保理による経済制裁決議をあげる。このやりとりは、毎年繰り返されている。これは、未だ朝鮮戦争は終わっておらず、準戦時状態が継続しているという現実の反映であり、ことさら新しい現象ではない。一方で北朝鮮のミサイル発射の頻度や多様性、長射程化、更に核実験の規模の拡大は目を見張るものがあり、ここ1-2年で相当な技術レベルに達していることをうかがわせる。米領グアムに到達する「火星12号」が発射され、更には米本土にまで届く大陸間弾道ミサイルも夢物語ではなくなりつつある。これが、これまでと異なる新たな事情であり、緊張を高めている要因である。
 本稿では、進行している事実をフォローし、北東アジアにおける国際政治の状況が、軍事力による安全保障ジレンマに陥っていることを分析する。

1.北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる攻防
 北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる2017年の情勢を見ておこう。2017年1月20日、トランプ米新大統領が就任以降、北朝鮮は過去に例がない頻度でミサイル発射をくり返した。その前後には、定例とはいえ米韓が北朝鮮の政治体制を崩壊させる意図を有した合同軍事演習を行っている。以下、ことの経緯を振り返る。
2月12日,北朝鮮,弾道ミサイル「プッククソン(北極星)2号」発射。

3月1日、米韓合同実動演習「フォール・イーグル」開始(4月30日まで)。

3月2日、国連安保理が強硬な制裁決議。
3月6日、北朝鮮,北西部の東倉里(トンチャンリ)から弾道ミサイル4基同時発射。在日米軍を攻撃する訓練と発表。
3月13日、「フォール・イーグル」に連動した米韓合同指揮所演習「キー・リゾルブ」開始。3月24日まで。
4月20日  国連安保理,ミサイル発射を非難する報道声明
5月14日,21日,29日、北朝鮮は、相次いでミサイル発射。 
7月4日、28日 北朝鮮、ファソン「火星」14号の発射実験。
8月8日、DPRK,「火星12」4発を米領グアム沖に撃つ案を「検討している」と表明。
8月21日~31日、米韓合同指揮所演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーデイアン」。
8月29日、北朝鮮,中距離ミサイル・「火星12号」、北海道襟裳岬上空を通過、太平洋落下。
9月3日、北朝鮮、6回目の核実験。M6.1。爆発力は160キロトン、広島型の約10倍超(水爆の可能性大)。
 この間、日本政府は「北朝鮮が挑発行動」と連呼し、全国瞬時警報システム(Jアラート)で緊急避難や避難訓練を呼びかけている。
9月11日、国連安保理、新たな制裁決議第2375号を採択。
9月15日、北朝鮮、中距離弾道ミサイル・ファソン12号を発射。再度、北海道上空を通過し、約3700km飛来して太平洋に落下。
 実にすさまじい応酬である。しかし、基本的な構造は、この数年、ほとんど変わっていない。こうして並べてみると、北朝鮮のミサイル発射や核実験は、ほとんどの場合、北朝鮮を攻撃し、政治体制を崩壊させることを想定して定例的に行われている米韓合同軍事演習への抗議、ないし対抗措置であることがわかる。同じことは2016年にもみられる。北朝鮮は、16年1月6日に4回目の核実験を行い、2月7日には銀河4号ロケットを打ち上げた。この後、2016年3月7日から4月30日にかけて定例の米韓合同指揮所演習「キー・リゾルブ」(3月18日まで)と野外実動演習「フォール・イーグル」が、米軍1万5千人以上と韓国軍約30万人が参加して行われている●1。米軍は原子力空母「ジョン・C・ステニス」打撃群、原潜、ステルス戦闘機、ステルス戦略爆撃機などが参加した●2。「キー・リゾルブ」は韓米連合司令部が主管する指揮所演習で、北朝鮮の南下を想定し、朝鮮半島防衛に向けた戦力展開と撃退を、シナリオ別にコンピューター・シミュレーションで実施する。15年の、これも定例の米韓合同指揮所演習「乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン」で初めて適用された「作戦計画5015」●3が2016年の「キー・リゾルブ」でも使われた。有事の際に北朝鮮の核とミサイルを先制攻撃できる作戦計画を初めて取り入れ、首脳部の斬首作戦も含まれていたとされる●4。
 更に8月24日、北朝鮮は、初めて潜水艦発射弾道ミサイル・ブックスソン1号を発射し、約500km飛来して日本海に落下した。これは、16年8月22日から9月2日にかけて、「乙支(ウルチ)フリーダムガーデイアン」が行われた●5ことに対応し、演習の真っ最中に発射している。
 両演習とも、開始に当たり韓米連合司令部は板門店の共同警備区域からハンドマイクで演習の日程や目的について「例年通り、かつ防御的な演習である」と通告している。しかし、北朝鮮から見れば、体制転覆を目的とした侵略的な演習であると強く反発し、ミサイル発射や核実験を行っているわけである。        

2. 米韓合同演習の中心に在日米軍がおり、第3者ではない
 米韓演習における米軍には、言うまでもなく在日米軍も相当程度含まれる。沖縄の海兵隊及びそれを輸送する佐世保の揚陸部隊、横須賀の空母打撃団、岩国の海兵隊・海軍等々、年により幾分の変動はあるにしろ、在日米軍が演習の中心を担っている。
 例えば2010年の「フォール・イーグル」に参加した空母「ジョ―ジ・ワシントン」(以下、GW。当時、横須賀配備)の指令室の写真には、朝鮮半島の西の黄海のかなり奥に入った地点の周辺で、GWが滞留していた軌跡が映っている。これは、この海域において空母艦載機によるピョンヤン爆撃を想定した着艦訓練が行われていたことを意味している。
 やや古いデータだが、1985年3月、ピースデポが航海日誌の分析から、空母「ミッドウエ―」(当時、横須賀配備)がチームスピリット演習に参加した際の航跡を図示したことがある。ミッドウエ―は、1985年3月18日~20日にかけて黄海の最も奥部に侵入しているが、GW指令室の写真からわかる位置は、ミッドウエ―の侵入地点とほぼ同じ海域である。この事実は、米韓演習では、この30年以上にわたり、毎年、艦載機による北朝鮮への空爆を想定した演習が繰り返されてきたことを示唆している。
 2013年のイラク戦争において、米軍は5つの空母打撃団を、ペルシャ湾と地中海に派兵し、艦載機による約1万回の空爆を行うことで、1カ月もたたないうちにフセイン政権をつぶしてしまった。その時、日本から出撃していた空母「キテイ・ホーク」艦載機による空爆は5375回と言われる。5つの空母打撃団がいるにもかかわらず、なぜか「キテイ・ホーク」1隻で全体の50%以上を担っていたことになる。合わせて随伴艦「カウペンス」、「ジョン・S・マケイン」は開戦時に計70発の非核トマホークを撃ち込んだ。横須賀に近い朝鮮半島での有事ともなれば、それ以上の比重を以って、「ロナルド・レーガン」が関与することは必至であろう。
 16年3月、「フォール・イーグル」に参加した揚陸艦「ボノム・リシャール」(佐世保配備)が釜山港に入港した際の写真がある。そこにはMV22オスプレイとともに、垂直離着陸戦闘機AV8BハリアーⅡが少なくとも3機、見える。オスプレイは、普天間配備のもので、岩国を経由して来たに違いない。ハリアーは、当時、岩国基地に配備されていたものと推定される(2017年に入り、順次、F35Bステルス戦闘機に交代している)。揚陸艦は、通常、ヘリ空母と称され、海上のヘリ基地となる艦船であるが、垂直離着陸戦闘機を搭載することにより、半分は空母と同じ機能も有しているのである。これは、沖縄や岩国の海兵隊の航空機を、佐世保の揚陸部隊が輸送し、空母より小規模とはいえ、海上に軍事空港をつくれることを意味する。この部隊は、ほぼ毎年、「フォール・イーグル」に参加している。
 また、2017年の「フォール・イーグル」には、岩国に配備されたばかりのF35Bステルス戦闘機が韓国軍戦闘機とともに、北朝鮮への先制攻撃を模した軍事行動を行ったとの報道もある。こうしてみると、朝鮮戦争を想定した行動において、在日米軍は、その中心的な作戦行動を担っていることが見えている。米韓軍という時の、「米軍」とは、在日米軍、つまり日本を拠点として前進配備されている部隊が、その中心にいると言うことを、私たちは明確に見ておかなければならないのである。
 首都圏の横田基地に、特殊作戦部隊の輸送を任務とする空軍仕様のCV22オスプレイを2020年から10機配備する計画が動いている。米韓演習に含まれる斬首作戦は特殊作戦任務でありCV22が夜間低空飛行をして潜入し、急ぎ撤退することを支援する部隊になることは必至である。
 2006年からの在日米軍の再編は、米軍の世界再編においても最重要なものとして基地は軒並み強化されてきた。沖縄における辺野古新基地建設にこだわる理由も、北朝鮮対応や中国包囲網との関連が深い。現在は普天間に配備されているMV22オスプレイは、安全性に疑問があろうと、最大速度、航続距離、輸送能力の優位性から辺野古新基地の中心部隊と見込まれている。在日米軍再編で最も大きな変化をとげたのは岩国である。2017年7月からは横須賀の原子力空母「ロナルド・レーガン」の艦載機61機が岩国への移駐を始めている。これにより、岩国基地は、極東最大規模であった米空軍嘉手納基地の約1.4倍の軍用機が配備される、アジア最大の海軍、海兵隊の航空基地となる。
 更に、在日米軍の保持・恒久化に加えて、米国は米日韓軍事協力体制の強化をはかってえいる。2012年6月、初の日米韓合同演習が捜索・救難訓練から始められた。日本は、安保法制が施行された後も、今のところ米韓合同演習に直結した形での日米共同演習は行っていない。憲法9条が、そのまま残っていることの威力は依然として強力である。しかし、少し時期をずらして日米共同演習が行われている。2016年10月30日から11月11日にかけて、日本周辺及びグアム、北マリアナ諸島において定例の日米共同統合実動演習「キーン・スオード」が実施された●6。自衛隊約2万5000人、米軍約1万1000人が参加した。これには、安保法制で導入された重要影響事態を想定して、洋上で遭難した米軍機の乗員を捜索救助する初の訓練が含まれる●7。演習の時期は、米韓合同演習と重なってはいないが、日米の戦闘即応体制と相互運用の増強が日常的に進められており、その中に朝鮮半島有事への対処が含まれていることは疑いがない。これらの総体が北朝鮮の核・ミサイル開発の誘因になっているという側面を認識しておくことが重要であろう。

 こうした基本構図の中で、北東アジアは軍事力による「安全保障ジレンマ」とも言うべき悪循環に陥っているのである。一方が自らの安全を確保しようと軍事的に行動すると、それが自らの安全を高める一方で、他者の安全を損なう結果になる。これが、軍事力による安全保障ジレンマである。北朝鮮が核実験やミサイル発射をくり返す。米韓日は、米韓合同演習を軸に軍事的圧力を強め、サード(THAAD)の韓国配備、横須賀の弾道ミサイル防衛能力艦の増強、自衛隊のイージス艦増強等によりミサイル防衛(MD)体制を強化する。まさしく安全保障ジレンマの症状そのものである。
 この悪循環から抜けだすためにいま必要なことは、朝鮮戦争の停戦協定を平和条約に切り替えること、北東アジア地域全域の非核兵器地帯化を条約として締結すること等をセットにした包括的な平和構想を多国間の協調によってつくりだす方向に向かうことである。韓国では保守長期政権にかわって北朝鮮との対話を指向する「共に民主党」の文在寅(ムンジェイン)政権が登場した。この韓国と連携して、北東アジアに続く冷戦を終結させていくことを念頭に、対話や交渉による解決をめざすことこそ、日本外交の任務であろう。それは、核兵器と軍拡競争のない多国間の安全保障機構によって律せさられた地域へ向かう道である。
 日本においては、北朝鮮が一方的に悪者であるとする社会的雰囲気が形成されつつある。しかし、そこに踏みとどまっている限り、混沌は続くことになる。問題は、なぜこのようなことが毎年のようにくり返されるのか、終わらない朝鮮戦争による安全保障ジレンマを克服する道へ踏み出さない限り、何も始まらないことを、特に日本の市民は知るべきである。

注;
●1 「毎日新聞」2016年3月7日。
●2 「AP通信」2016年3月7日。
●3  「ハンギョレ新聞」2015年8月28日。米韓軍が2015年6月に署名した朝鮮半島有事への新たな作戦計画。先制打撃などを含み、従来より迅速、かつ積極的とされる。  
●4 「聯合ニュース」2016年3月7日。
●5 「毎日新聞」2016年8月22日。
●6  防衛省報道発表「平成28年度日米共同統合演習について」、2016年10月21日。
●7 「毎日新聞」2016年10月22日。
 

TOPに戻る