2017年、平和軍縮時評
2017年07月31日
平和軍縮時評2017年7月号 <論文紹介>北朝鮮の核の脅威を終結させる「包括的合意」プロセスの提案 田巻一彦
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核とミサイルを巡る緊張は、依然沈静化の兆しは見せていない。
米トランプ政権は一時の好戦的主張を弱め「圧力と対話」路線に傾きつつあるが、圧力をどのように、どのような対話に結びつけてゆくのかという全体戦略はまったく見えない。米国内でも対話を求める声が高まりつつあるが、それらの多くもまた「何をめぐって、何を対話するのか」つまり、包括的な外交解決の目的と筋道は明確ではない。
目ざす目標が「朝鮮半島の非核化」であることはいうまでもない。
しかし、トランプや安倍のように「まず、北朝鮮が核計画を放棄せよ、対話はそれからだ」というだけであれば、北朝鮮は到底乗ることはできないだろう。このような一方的「武装解除要求」は金正恩氏に対話を拒否する理由を与え、事態はますます悪い方向に行ってしまう。
「非核化」が北朝鮮だけに求められる義務だと考えれば、道を大きく見誤る。
北朝鮮の核武装路線が地域と世界への脅威であることに変わりはない。だが、北朝鮮には「核武装は米国の脅威に対抗するための止むに止まれぬ自衛手段だ」という「大義名分」がある。この構図全体を変えてゆかなければ「対話による解決」も実を結ばないだろう。では、いかにして?
カリフォルニアに本拠をおくNGO(ノーチラス研究所)が運営するNAPSnet(ノーチラス平和・安全保障ネットワーク)のウェブサイトに今年6月28日に掲載された「北東アジアの包括的安全保障合意によって北朝鮮の核の脅威を終わらせる」※は、この問いに答えるための具体的なプロセスを論じた、きわめて刺激的で意味深い論文だ。ここではその概要を紹介する。
http://nautilus.org/napsnet/napsnet-policy-forum/ending-the-north-korean-nuclear-threat-by-a-comprehensive-security-settlement-in-northeast-asia/
複雑化しで困難深まる状況
最初に、「論文」は現在の複雑で困難な状況を次のように要約している。
まず、北朝鮮は3度の核爆発実験(13年2月、16年1月、9月)によって核能力を確実に前進させ、弾道ミサイルの長射程化を進めて、ICBM、SLBM実験を実施してきた。同時に金正恩政権は、核能力や実験成果を外交交渉の道具として使う戦術を巧妙化している。これらの状況が、非核化協議を6年前より複雑で困難なものにしていることは間違いない。
韓国では保守長期政権にかわって、北朝鮮との対話を指向する文在寅政権が登場した。文政権は前政権の遺産である財閥問題という国内課題に対処しつつ、北朝鮮に対峙している。またTHAAD配備問題や貿易摩擦などで米国との間には摩擦を抱えている。韓国は北朝鮮の核・通常戦力の矢面に立ちながら、戦力バランスに関する交渉は米国に依存せざるをえないというジレンマの中で、米国とともに非核化協議の主役としての位置に立ち続けねばならない。
一方、中国と米国の関係は微妙である。北朝鮮の暴走を抑えるためには米中の協調が不可欠であるが、同時に大国としての中国は米国と競争関係にある。
このような複雑な因子を抱える北東アジアにあって、北朝鮮の核武装解除と非核化という目標を実現するプロセスもまた、複雑にならざるをえない。
3段階のアプローチ
論文はこのような諸状況を考慮に入れて、北朝鮮も含めた「すべての国にとって望ましい」解決を図るために、どのように行動するべきかを考察し、「朝鮮半島非核化のための3段階プロセス」を提案している。
以下、罫線で挟まれた太字は論文からの直接引用である。
第1段階(およそ3~6か月)においては、北朝鮮が核・ミサイル及び核分裂性物質生産を検証可能な形で凍結し、その見返りとして韓米は合同演習の規模を縮小するとともに、米対敵通商法適用の解除、発電用エネルギーの援助や人道的援助を提供する。また、第2段階での「和平プロセス」の開始を約束する。
第1段階:次の初期合意を交わす:
1.北朝鮮はすみやかに、すべての核実験、ミサイル実験及び濃縮を含む核分裂性物質の生産を、IAEA及び場合により米国の査察官による監視、検証が可能なように、同時にあるいは定められた順序及び時間軸に従って凍結する。
2.実験凍結への見返りとして、米国と韓国は、合同演習、特に戦略爆撃機の配備の規模を縮小し、米対敵通商法の適用の三度目の解除を行う。全核分裂性物質の生産凍結への見返りとして両同盟国は、北朝鮮に対して発電用の即効的かつ実質的なエネルギー援助を開始し、人道的食料・農業技術援助、医療援助を提供するとともに、第2段階において和平プロセスを開始することを約束する。
次の3つの基本条件のもとに6か国協議を再開する。(1)いかなる前提条件もつけないこと、(2)全ての事項を協議しうること、(3)協議は、各段階における全ての事項が合意されない限り何の合意もないという原則で行うこと。
第1段階は、比較的短い時間枠(およそ3~6か月)での一連の相互的措置によって実施される。
第2段階では、6か国協議を再開し、北朝鮮は核物質製造施設の初期的解体を行う。第1段階の約束通り「和平プロセス」が開始される。また平和条約締結のための信頼醸成措置や北東アジア安全保障・経済共同体創造に向けた歩みも開始される。
韓国による開城(ケソン)工業団地の再開もこの段階で行われる。一方、核保安、安全、エネルギー安全保障などをめぐる信頼醸成措置などが開始される。北朝鮮側がとる措置の完了には数年を要すると思われる。韓国、中国、ロシア、北朝鮮を統合した送電網も検討される。
第2段階:
6か国協議を再開し、北朝鮮は、濃縮の申告と無能力化を含む全ての核物質製造施設の初期的解体を行いIAEA及び場合により米国の査察官による検証を受ける。
これと引きかえに、米中及び南北朝鮮は、北東アジア「平和レジーム」の構築を目指した「和平プロセス」を開始する。同レジームの朝鮮半島に関する焦点は、朝鮮戦争休戦をすべての当事国が受け入れ可能な平和条約に置き換えることを目指した非敵対宣言と軍事的信頼醸成措置になるであろう。同時に6か国は地域安全保障理事会を含む地域的な安全保障体制を確立し、北東アジア安全保障・経済共同体や、共有された一連の安全保障上の懸念事項に対する共同の安全保障措置の創造に向かう最初の歩みを開始するであろう。
米国と韓国は、北朝鮮に対する一方的制裁措置を漸進的かつ調整された態様で修正し、通商・投資を段階的に再開できるようにする。それには韓国による開城(ケソン)工業団地の再開が含まれる。
米国と他の4か国は原子力及びエネルギーの安全保障に関して北朝鮮と協力するための信頼醸成措置を開始することができよう。これらの措置には、北朝鮮による国連安保理決議1540に基づく核保安義務の準備とそれにつづく履行、北朝鮮における燃料サイクルの運用に関する安全確保のための条件の検討、そして/あるいは、地域的な送電系統の統合と韓国、ロシア及び中国との接続とを視野に入れた、送電系統の再構築に関する北朝鮮との初期的な共同事業が含まれうるであろう。
協議の早い段階で解決しておくべきなのが、ミサイル製造施設の解体を決定し協定の下で一定の方法で管理するか否かという問題である。
韓国はまた、他の5か国とともに「北東アジア平和レジーム」に関する議論を開始するであろう。
第2段階がカバーするべき範囲の明確化は数か月でできるだろうが、北朝鮮側に課された主要な措置が検証をともなって完了するには数年を要するであろう。初期的な核保安・安全措置及びエネルギー協力の諸措置は6~18か月で着手できるかもしれない。
同じように、平和と地域安全保障プロセスは第2段階で開始可能だが、相互に関連したこれら主要要素の完了には何年も要するであろう。北朝鮮は自らが核兵器と核兵器に使用可能な核物質を放棄するまでの間、与野党の政権交代をへた米国と韓国の複数の政権が、平和レジームが持続するか否かを試したいと考えるだろう。
第3段階では、北東アジア非核兵器地帯が設立される。北朝鮮を除く5カ国がまず宣言、履行し、そこに北朝鮮が加わるという形をとる。同条約の下で、北朝鮮は完全な非核化を誓約し達成する。核兵器保有国(米、中、ロ。あるいは英、仏が加わってもよい)は北朝鮮に消極的安全保証を供与する。この段階の完了には10年間もしくはそれ以上の期間を要するであろう。
第3段階:
北朝鮮をのぞく5か国が法的拘束力のある北東アジア非核兵器地帯(NEA-NWFZ)を宣言、履行する。北朝鮮は後にこれを受諾、加入し、合意された時間枠と具体的行動に厳密にしたがって核兵器を廃棄する; 北朝鮮は、多国的・一国的制裁解除、地域的開発戦略の一環としての大規模なエネルギー・経済支援、米国による敵視しないとの意思の持続と平和条約の締結、そして核兵器国から北朝鮮に対し核を使用せず威嚇しないとの保証を受けることと引き換えに、合意された時間枠内に完全な非核化を達成することを誓約する。
このような条約は、南北朝鮮が過去に何の問題もなく調印してきた標準的な国連の多国間条約であり、朝鮮半島全体に主権が及ぶという両国の主張に影響を与えかねないがゆえに互いに条約調印を躊躇するという憲法上の問題に直面しない。また、南北朝鮮以外の4か国は、南北朝鮮だけの非核合意の永続性に懐疑的になり、核不拡散条約と両立可能な非核兵器地帯条約に対して核兵器国が供与する、一方的でなく多国的な安全保証のほうを好むかもしれない。
第3段階の完了には10年、もしくはそれ以上を要するであろう。この間に北朝鮮は徐々に核兵器を廃棄し、地域的な査察体制の一環として他のNWFZ加盟国により検証される。このかん、他の5か国は平和的関係を明確に維持する。この第3段階において、現在から2~3年以内に「適切な条件のもとで」首脳サミットを開くことが可能になるだろう。
核計画と合同演習の相互凍結から非核兵器地帯へ
このように「論文」が提案する「三段階アプローチ」(包括的プロセス)は、原状からスタートし、北朝鮮の核計画凍結と米韓合同軍事演習の縮小に始まり、朝鮮戦争終結の宣言、平和条約の協議や、エネルギー支援などさまざまな措置をへて、最終段階として「非核兵器地帯」にいたる。
しかし「非核兵器地帯」は「終わり」ではなく、北朝鮮が「凍結」からすべての核計画の廃棄に至るプロセスの「始まり」である。そして「第3段階の完了には10年、もしくはそれ以上を要する」とされていることに注目!!
核計画の放棄は北朝鮮が米国の核の脅威の終結を確信するまではできないだろう。さらに、完全な非核化までの間、<(規模の大小はあれ)核武装した北朝鮮>は存在しつづける。その間、北朝鮮の核の脅威を管理するための枠組みが「非核兵器地帯」に他ならない。
北朝鮮が安心して核計画を放棄できるためには米国の核の脅威も段階的に終結されてゆく必要がある。それは日本にとっては米国の「核の傘」からの離脱を意味する。北朝鮮が変わるためには日本もまた変わらねばならないのだ。(田巻一彦)