平和軍縮時評

2016年11月30日

平和軍縮時評2016年11月号 核兵器廃絶へ、歴史が動き始めた―17年3月に核兵器禁止条約の交渉が始まる!  田巻一彦

核兵器禁止条約交渉が、来年3月には国連で始まる。ヒロシマ、ナガサキから71年、被爆者やNGO、核廃絶に熱心な国々が苦闘する中で蓄積されてきたマグマが、とうとう地殻を変動させ始めた。「どのような禁止条約を作るのか」、「どうやって合意するのか」、という胸がおどるような議論が始まるのだ。化学兵器、生物兵器、クラスター弾、対人地雷…数々の大量破壊兵器・非人道兵器の禁止条約が作られてきた。核兵器だけにはそれがない。ようやく人類は「大量破壊・非人道兵器の本丸」に攻め込もうとしているのだ。2015年からの経過を振りかえり、「禁止条約交渉」に託されたミッションについて考えたい。

第1幕:2015年国連総会での決議-公開作業部会(OEWG)の開催決まる
◎2010年以来、核兵器の使用が「壊滅的な人道上の結末をまねく」との認識と懸念は、13年~14年の3回の国際会議(オスロ、ナヤリット、ウィーン)で深められ、核兵器廃絶運動の強固な岩盤へとなっていった。核兵器は法的に禁止されるべきだという声が、非核有志国家(代表格はオーストリア、メキシコ、アイルランド、ニュージーランド等)やNGOの間から高まってきた。いくつかの条約案もすでに構想されている。そのような状況の中で迎えた第70会期国連総会では「多国間軍縮交渉を前進させる」と題された決議が採択された。その決議の要旨はこうだ。(1)「核兵器のない世界の達成と維持のために必要な、具体的で効果的な法的てだてを議論する「公開作業部会」(OEWG)を2016年に開催する。(2)開催場所はジュネーブ (3)会議には国家・国際機関の代表だけでなく、NGOも参加する。(4)作業部会は次の国連総会に報告書を出す。
◎この決議に核保有国は激しく抵抗した。フランス代表は5カ国(米、英、ロ、仏、中)を代表してこう演説した。「この決議では核兵器をなくすことなどできない、(我々がやってきたような)ステップ・バイ・ステップ以外に方法はない」、「非人道性だけでなく安全保障の問題も考えなければならない」。そういうことを考慮しないこの決議は、分裂主義的だ。

第2幕:核禁止派と抵抗派―埋められない分岐
◎16年の2月、5月そして8月にジュネーブで開かれていた核軍縮「公開作業部会」)(”OEWG”と呼ぶ)は、素晴らしい会議だった、そして素晴らしい結論に合意した。「核兵器を禁止し全面的廃棄に導く法的拘束力のある文書」(つまり「核兵器禁止条約」など)を交渉するための会議を2017年に開催することを、「幅広い支持のもとに勧告する」報告書が採択されたのは8月19日のことだ。
◎核保有国(米、英、仏、ロ、米、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮は全員がボイコットしたこの会議の正味20日近くに及ぶ議論は、「核兵器禁止交渉」の開始を求める非核兵器国(禁止推進派)と核依存国(禁止抵抗派。安全保障を大国の核の傘に依存している国。日本はこれに含まれる)との「異種格闘技」とも呼べる論争だった。参加した約100か国の代表のうち、おおざっぱにいえば「推進派」が70%、「抵抗派」と「その他」が30%といったところだったろうか。核保有国は全員ボイコットだったのだから、いきおい日本のような「核依存国」が核保有国に代わって議論の矢面に立つことになる。
◎禁止推進派の代表格であるメキシコは、次のように「核依存国」を批判した。「この部屋は現状を変えようとする者と守ろうとする者に分かれている。核依存国の『前進的(漸進的)アプローチ』(日本はこのタイトルの文書提案を提出していた)は何も新しくない。彼らの狙いは現状維持だ」。そうすると「抵抗派」代表の日本が応じた。「現状維持派と改革派という単純な二分法を我々は受け入れない。核軍縮過程はジグザグに進むものだし、そうあるべきだ」。このように2派の応酬が随所で展開され、最後までに折り合いはつかなかった。

第3幕:「禁止交渉開始」の勧告、多数決で採択
◎公開作業部会(OEWG)の最終日である16年8月19日は、このような膠着状態の中でやってきた。議長(タニ・タイ大使)が用意した最終報告書案には、「核兵器禁止交渉を始めることに」に対する「賛成」と「反対」の両論が併記されていた。その最終報告書がコンセンサス(全会一致)で採択されるものと多くの人々が信じていた中で、思いがけないドラマが起こる。核兵器依存国=抵抗派のオーストラリアらが突然コンセンサスでの採択に反対を唱え、多数決にかけるべきだと主張したのだった。
◎「禁止推進派」はそれでは採決にかける報告書案を修正しようと提案する。もともと「両論併記」案は禁止推進派にとっては満足できないものだった。報告書は、はっきりと「禁止交渉開始」をうたった文書に修正され、その案が採決にかけられたのだ。
◎賛成68、反対22、棄権13で採択された報告書には次の勧告が含まれていた:

「67.作業部会は、総会に対して、すべての加盟国に開かれ、国際機関並びに市民社会が参加し貢献する、核兵器を禁止しそれらの全面的廃棄に導く法的拘束力のある文書を交渉するための会議を2017年に開催するよう、幅広い支持のもとに勧告した。」

◎報告書につけられた「注」は、賛成国の内訳を次のように述べている:アフリカ・グループ(54か国)、東南アジア諸国連合(10か国)、及びラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(33か国)、並びにアジア、太平洋及び欧州のいくつかの国。多数決をとろうと提案をしたオーストラリア等は、反対。日本は棄権。公開作業部会(OEWG)の結果が「核兵器禁止派」の勝利だったことは誰の目にも明らかだった。

第4幕:第71回国連総会、「核兵器禁止条約・17年交渉開始」を決議
◎16年10月に開会した第71回国連総会「第1委員会」(軍縮・国際安全保障)には、15年と同じ「多国間軍縮交渉を前進させる」と題された決議案が提出された。イニシアチブをとったのは、次の6か国である。オーストリア、ブラジル、アイルランド、メキシコ、ナイジェリア、南アフリカ。「第1委員会」での採決の日には共同提案国が57か国まで膨らんだ。この決議案の重要な内容は次のとおりだった。

  • 核兵器を禁止しそれらの全面的廃棄に導く法的拘束力のある文章を交渉するため、2017年に国連の会議を招集する。
  • 会議は17年3月、6月、7月に開かれる。
  • すべての加盟国に対し、この会議に参加するよう要請する。

◎この決議の第1委員会での採決結果は次のとおりであった。賛成123、反対38、棄権16、欠席16.核保有国で唯一賛成したのが北朝鮮、米ロ英仏とイスラエルは反対、中印パは棄権。「核依存国」ではNATO加盟国中オランダを除く27か国と、オーストラリア、韓国、そして日本(!)が反対した。この決議は12月のクリスマスまでには、総会でもう一度採決にかけられ、そこでとおれば正式に成立することになるが、そうなるのは間違いない。
◎実際、この決議に反対する核保有国、特に米国の同盟国への締め付けは常軌を逸したものだった。米国はNATO加盟国、協力国に次のような文書を送った。「核兵器が存在する限りNATOは核の同盟であり続け」、ゆえに「核兵器の即時禁止あるいは核抑止の非合法化の交渉は、NATOの抑止政策と同盟国が共有する安全保障上の利益と根本的に相いれない」。そして米国は第1委員会の議論の中でも次のように訴えた。「合衆国は核兵器禁止条約交渉の場を設定するいかなる決議にも『反対』の票を投じ、交渉には参加しない。他のすべての国に対し同じように行動するよう要請する。」
◎日本は、この要請に優等生よろしく従って「反対」票を投じたわけだ。岸田外相は、決議が「核兵器国と非核兵器国の協力による具体的・実践的措置を積み重ねていくことが不可欠」との日本の基本的立場に合致しないからだと言った。このもっともらしい理由は、8月の公開作業部会(OEWG)の最終文書の採択にあたっての理由と同じだ。だが、8月は棄権だったのだ。それが反対に転じた理由の説明とはなっていない。米国の忠実な同盟国・核の傘依存国として、ここで日和見を決め込むわけにゆかなかったのだろう。しかし、この投票が「被爆国」の歴史に残した汚点は計り知れない。
◎かろうじて日本が「交渉会議には参加する」といっているのが唯一の救いだ。よろしい、参加してもらおうではないか、それも人の足をひっぱるのではなくて有意義な貢献をしてもらおうではないか。

第5幕:そして17年3月、禁止条約交渉が始まる!
◎核兵器禁止を求める有志国家と市民NGOの共通の願いだった「核兵器禁止条約」の交渉がとうとう始まる。しかし、我々は入り口にたったに過ぎない。なぜなら「核兵器禁止条約」とはいうが、国家も市民もその禁止条約の具体的内容や手順について、「これだ」と誰もがうなずくことのできる共通のイメージは今のところないからだ。共通のイメージは最初から一つのものである必要はないが、どのような条約を交渉するのかという問題が核心課題であることに変わりはない。みんなで知恵をだしあってゆこうではないか。

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