平和軍縮時評

2016年04月30日

平和軍縮時評2016年4月号 北朝鮮の核実験とミサイル発射に「制裁」と「軍事挑発」の併用は危険な選択  田巻一彦

 

北朝鮮の核実験とミサイル発射に
■ヒト、モノ、カネの流れを断つ安保理決議
■史上最大規模の米韓合同演習
―「制裁」と「軍事挑発」の併用は危険な選択

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が今年1月6日に行った核実験と、2月7日の弾道ミサイル技術を用いた発射に端を発する朝鮮半島の緊張に、沈静化の兆しが見えない。3月2日、国連安保理が採択した非難・制裁決議2270は国連加盟国に、これまでになく広範かつ強力な制裁履行を義務付けるものだ。この決議を、DPRKは「米国の捏造」と非難、核・ミサイル計画の続行を宣言している。「制裁決議」の直後に米韓は2つの大規模な合同軍事演習を開始、演習は4月30日まで続いた。DPRKはこれに数字にわたるミサイル発射で反応してきた。その中には4月24日の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)発射実験の「成功」(真偽は疑わしいが)も含まれている。
北朝鮮のこのような強硬姿勢は、5月6日に朝鮮労働党が36年ぶりに開く党大会に向けた国威発揚という意味合いが強い。しかし新たな核実験やミサイル発射すら仄めかされる中で、何かの計算違いや判断ミスによって、何時、偶発的な軍事衝突が発生してもおかしくない状況がつづいている。
この間の動きを整理しておきたい。

衛星打上げ(ミサイル発射)のファクト整理

16年2月7日の衛星打上げに関連するファクトの要点は次のとおりである:

  1. 打上げには、「クァンミョンソン(光明星)」というロケット(3段式)が使われた。
  2. 地球観測衛星は「クァンミョンソン(光明星)4号」と名づけられている。
  3. ロケットの3段目と衛星と思われる2つの物体が、高度約500㎞の太陽同期地球周回軌道に達した。このことは米統合宇宙作戦センター(JSPOC)も確認している。
  4. DPRKが国際海事機関(IMO)に事前通告した2段目ロケットの着水海域は、12年12月12日に行われた前回の打上げ時の着水海域と重なる。これは、ロケットの1段目、2段目の推進力が前回と同等であることを示している。
  5. 衛星と地上との通信が維持されている証拠はない。何らかのトラブルが起こった可能性がある。

前回(12年12月12日)使用されたロケットは「銀河(ウナ)」と呼ばれた。「銀河」と「光明星」の推進力に大きな差はないと思われる。
「銀河」は機体が大きく、移動式発射台が使えないこと、腐食性液体燃料を使うので発射直前まで燃料の注入ができないため、偵察衛星などで発射が察知されやすいことなどから、北朝鮮は大陸間弾道弾(ICBM)としての実用化をめざして、核弾頭の小型化とミサイルの高性能化を指向していると西側専門家は推定している。
2012年の打上げ時とのロケットの外形の画像による比較と、予告された着水水域、JSPOCが公表した到達高度が示すところによれば、今回の発射が、直接的にはミサイル実験というよりも、衛星打上げを意図したものであったことは間違いない。ICBMを意図した実験であれば、ミサイルは短時間で高度1000㎞に達する速度と軌道で飛ぶ必要があるとされる。「衛星打上げ」であった12年の「銀河」の到達高度も、今回と同じ約500㎞だった。
確実なことは、DPRKには一定の体系性をもった「核とミサイル」の開発計画があり、それが少しずつ前進しているということだ。

 

安保理決議2270

国連安保決議2270は、まず、「前文」でDPRKの核・ミサイル関連活動が、「国際の平和と安全に対する明確な脅威」であると断じた上で、同決議が「国連憲章第41条」に基づくものであることを明らかにする。
「第41条」は安保理が決定し加盟国に要請できる「兵力の使用を伴わない措置」を規定している。06年10月14日に採択された最初の核実験非難決議(1718)以来、安保理の対DPRK決議は「第41条」に基づいてきた。次の段階は「第42条の下での措置」すなわち軍事行動を含む措置になる。憲章第7章は41条以前に安全保障理事会がとりうる行動として、当事国への「勧告」(第39条)と「暫定的措置」(第40条)を挙げている。今回の決議は、1718以来6度の決議で制裁を強化してきた結果を受けて発出されたものであるが、その間私たちが見てきたのはむしろ、6か国会議の休止を含む外交の不在である。とても外交的な事態解決の努力が払われたとは言い難い。
決議主文冒頭の第1節~5節の抜粋訳を、文末の<資料>に示す。
決議は、まず「核実験を最も強い言葉で非難」し、「弾道ミサイル技術を用いた発射を非難」する(主文第1節)。「弾道ミサイル技術を用いた発射」という表現は、09年6月13日に採択された「第2回核実験非難決議(1874)」で初めて導入された。DPRKは「核実験は自衛措置」、「宇宙開発は主権国家の普遍的権利」と正当化してきた。「核」はともかくとして、「宇宙開発」に関する主張には一定の根拠(1967年「宇宙条約」)がある。「弾道ミサイル技術を用いた発射」という表現は、「核実験」と「ミサイル発射」の間のこのような法的違いを飛び越えて、大国によって、DPRKにのみ適用される「禁止条項」として導入された。それがDPRKの反発をひときわ強いものとしている。
「決議」はさらに全加盟国に、「核、ミサイル、他の大量破壊兵器」に関連するいかなる物品、材料、装置、技術援助、助言などをも、DPRKに提供してはならないと義務付け( 第5節)て、DPRKに「過20年以上の間で最も強力な制裁」(ジョン・ケリー米国務長官)を課する。第6節から48節は、制裁対象を、決議1718を基準にして様々な領域に拡大し、加盟国が履行すべき義務を詳しく規定している。制裁対象には以下が含まれる:

  • 軍用物品または軍事転用可能な物品の移動の禁止。ただし、DPRKの個人、組織に収益をもたらさない、人道もしくは生活目的の物品は例外。(第8節)
  • 核関連活動に関わっている個人、組織の渡航禁止と資産凍結(16個人、12組織)。(第10、11節及び別表2)
  • 本決議違反を援助した在外DPRK外交官、政治家などの国外追放。(第13節)
  • 本決議違反を援助したすべての個人の国外追放。(第14節)
  • 自国領から、あるいは自国領を通過してDPRKに出入するすべての貨物の検査。(第18節)
  • 加盟国国民による航空機、船舶、関連役務のDPRKへの提供の禁止。(第19節)
  • 制裁措置を回避しようとの意図による、物品の供給、移動の監視と禁止。(第27節)
  • DPRKによる石炭及び鉄鉱石の輸出禁止、及び加盟国によるDPRKからの調達の禁止。(第29節)
  • DPRKからの金、チタン鉱石など鉱物資源の輸出禁止。(第30節)
  • DPRKへの航空燃料、ロケット燃料の輸出禁止。ただし、DPRKに出入する民間旅客機への燃料補給は例外。(第31節)
  • 資産凍結対象のDPRK政府及び朝鮮労働党の組織への拡大。(第32節)

このように「決議」は、世界中からDPRKやその関係組織に流入し往来する「ヒト、モノ、カネ」を断つことを狙うものだ。

 

ロシア、中国の抵抗―石炭禁輸とミサイル防衛

だが、制裁内容に関しては、安保理常任理事国の間にそれぞれの利害や思惑が絡んで、少なからぬ足並みの乱れがあったことも事実である。
ロシアが強く抵抗したのが「石炭禁輸」条項(第29節)であった。ロシアはDPRKへの最大の石炭供給国(年間500万トン)であり、石炭の多くは、DPRKの東海岸北部にある羅津(ラジン)港から中国南部や韓国などに向かって輸出されている。ロシアは自国のカサンと羅津を結ぶ鉄道に投資、路線はロシアの企業が運用している。羅津はロシアにとっては、近傍にある貴重な不凍港として対アジア海運のハブの役割を担っている。最終的に「原産地がDPRKではない石炭で羅津のみから輸出されるもの」を例外とすることで、ロシアはこの条項に同意した。
一方、中国は後見国として、DPRKの経済的破綻を回避するために、制裁に「生活目的」などの例外を導入することに腐心した。同時に、中国が懸念を抱いたのは、安保理での協議と並行して米韓の間で進んでいるMDシステム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の韓国配備計画である。中国は、この計画がむしろ中国の弾道ミサイルに対する検知・監視能力の向上につながることを懸念している。王毅(ワン・イ)中国外相は、インタビューで、中国の懸念を次のように語った。「THAAD配備は、朝鮮半島における防衛ニーズを遥かに超えている。カバーする範囲はアジア大陸の深奥部まで及ぶ。よって、中国の戦略的利益に影響を与えざるをえない」。そして外相は、THAAD配備が地域の平和と安全に新しい複雑な要素を持ち込むものだ、と米国を牽制している。
3月4日、DPRK政府と外務省は、安保理決議2270に対する抗議声明を発した。政府の抗議声明は、安保理決議は米国が国連安保理を僭称し捏造したものだと断じ、「正統な主権国家を根拠のない口実のもとで、孤立させ窒息させる国際的犯罪」であり、「無条件に拒絶すると述べた。そして、米国や追随者による軍事行動に対しては「強力で無慈悲な物理的対抗手段」をとり、「自衛的抑止力の強化」と「衛星保有国への道」を断固として進む、と宣言した。一方、外務省声明は「敵対的政策の放棄を拒否した米国は、朝鮮半島の非核化の全面的な失敗に責任を負うことになろう」と警告した。
このような中で行われたのが2つの米韓合同演習―「キー・リゾルブ」(3月7日~18日)と「フォウル・イーグル」(3月7日~4月30日)であった。後者は、1万7千人の米軍と30万人の韓国軍が参加する史上最大規模の演習であり、シナリオには北朝鮮への侵攻や金第1書記を標的とした「斬首作戦」をも含むものであった。DPRKは東海(日本海)に向けた数次のミサイル発射で反応しているこのような軍事的圧力を伴う制裁が、不測の事態を招くリスクを誰も否定できない。関係国、とりわけ米国は、DPRKがこの間送りつづけている「敵対的行動の停止」や「朝鮮戦争の終結」などの要求と提案(本コラム16年2月号参照)を受け止め、「平和的方法による朝鮮半島の検証可能な非核化(安保理決議第50節)のための具体的行動に向かうべきである。

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<資料>   国連安保理決議2270(2016年3月2日、第7638回会合にて採択)
主文(抜粋)

  1. 理事会の関連決議に違反し、かつそれらを甚だしく無視して行われた、DPRKによる2016年1月6日の核実験を最も強い言葉で非難し、さらに、2016年2月7日に同国が、弾道ミサイル技術を用い、決議1718(2006年)、1874(2009年)、2087(2013年)及び2094(2013年)に著しく違反して行った発射を非難する。
  2. DPRK が、二度と弾道ミサイル技術を用いた発射、核実験、あるいは他のいかなる挑発をもおこなってはならないこと、そして、あらゆる弾道ミサイル計画関連活動を凍結し、この文脈においてミサイル発射のモラトリアムに関する既存の誓約を再確立しなければならないとした理事会の決定を再確認し、DPRK に対して、ただちにこれらの義務を全面的に遵守することを要求する。
  3. DPRK が、すべての核兵器と現存する核計画を、完全で検証可能、かつ不可逆的な方法で廃棄し、関連するすべての活動をただちに中止しなければならないとの理事会の決定を再確認する。
  4. DPRK が既存の他のすべての大量破壊兵器及び弾道ミサイル計画を、完全で検証可能、かつ不可逆的な方法で廃棄しなければならないとの理事会の決定を再確認する。
  5. 全加盟国が、決議1718(2006年)第8節(c) にしたがい、自国国民による、もしくは自国領土からDPRK への、または、DPRK 国民による、もしくはDPRK 領域からの、核兵器、弾道ミサイル、もしくは他の大量破壊兵器に関連する物品、材料、装置、物資及び技術の供給、製造、維持管理もしくは使用に関連する技術訓練、助言、役務もしくは援助のいかなる移転をも防止しなければならないことを再確認する。さらに、この禁止事項は、DPRK が、たとえ衛星発射体もしくは宇宙発射体の特質を持つものであろうとも、弾道ミサイル技術を用いた発射に関して、他の加盟国とのいかなる形態における技術協力にも関与することを禁止するものであることを強調する。(以下略)

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