平和軍縮時評
2013年12月30日
平和軍縮時評12月号 米国防費の聖域扱いは終わった―それでも核兵器予算は増額のまま 湯浅一郎
1) 減少が始まった米国防費
2001年にブッシュ政権が登場してから今日までの米国防費の推移(図1)を見ると興味深い。2001年には、約3100億ドルであったものが、ブッシュ政権の最後の年2008年には、約6700億ドルと倍増している。これには、アフガン戦争やイラク戦争の戦費増も関わっている。そしてオバマ政権になってからは、2010年をピークにして、2011年から減少が始まっている。その契機は、2008年9月15日、リーマン・ブラザーズが破たんしたことにある。このリーマンショックに伴う金融危機をきっかけとして、米国は、2年続けて1兆ドルの空前の財政赤字に陥った。仮に1ドル100円とすれば100兆円になる。これは、日本の一般会計予算総額に匹敵する。オバマ政権(2009年1月)の最大の任務は、これをいかに克服するかにあった。そして、「2011年予算管理法(BCA)」により2013年から実際の削減が始まり、聖域であった国防総省(DOD)予算や組織見直しにも手がかかり始めているのである。これまでのところでは、主に戦費の減少が目立つ。このことは、米国は戦争をやっていられる情勢ではないことをしめしている。基本予算は、まだ横ばい程度であるが、それでもわずかづつ減少が始まっていることも重要である。以下、国防予算削減の状況を見ていく。
米国防予算は、長期にわたり聖域とされてきたが、2013会計年度は、「2011年予算管理法」(BCA、公法112-25)により強制的に削減された。11年8月2日に成立した同法は、2012-21会計年度の10年間に関して支出総額を抑制する方法を規定している。抑制対象となるのはもっぱら裁量的支出である(米国の予算は、メディケアやメディケイドを含めた社会保障関連費や公債費などの「義務的経費」と歳出法による議会承認を必要とする「裁量的経費」に分かれる)。01-10会計年度の積算では、米連邦の予算全体が24.42兆ドル。そのうち裁量的経費が10.09兆ドル、さらにそのなかの国防費が5.40兆ドルとなっている。裁量的経費に占める国防費の割合は実に53.5%に上る。そのために軍事費の大幅削減は避けられない。
BCAはまず各会計年度に関して支出認可額の基本的上限額を定め、そこへ支出強制削減を加えて最終的な上限を算出する仕組みになっている。たとえば、13会計年度の裁量的国防予算は、基本的上限が5460億ドル、強制削減が547億ドルとなり、差し引き4913億ドル分の支出しか認められないことになる。また同法では、強制削減が13年1月2日を期して実施されることになっている。米国政府と議会は、BCAを修正しない限り、これらの期日までに支出削減の具体策をまとめなくてはならなかった。
しかし、オバマ政権が12年2月13日に議会に提出した13会計年度国防予算は、BCAが認める支出額を大きく上回って、裁量的支出に6390億ドル(うち、戦費関連885億ドル)をあてるかなり強気のものだった。BCAは戦費関連を強制削減額算定のベースに含めないと規定しているため、5510億ドルが計算のベースとなる。最終的にはここから592億ドルを強制削減しなくてはならない。ただし、オバマ大統領の意向で、軍人関連の支出は強制削減対象に含まれないことになっているので、作戦・維持費、調達費、研究開発費、軍事建設費など、国防予算内の他の分野がより多くの削減額を引き受けることになる。政府要求に対する強制削減率は10.3%となる。
2012年末、米国では、ブッシュ政権時代の大型減税の失効とBCAによる支出強制削減が集中する年末年始の「財政の崖」回避に向けて、オバマ政権と議会、民主党と共和党の間で激しい議論が闘わされた。13年1月2日、「2012年米国納税者救済法」(ATRA、公法112-240)が滑り込みで成立し、当面の危機はなんとか回避された。同法は、世帯年収45万ドル以上の富裕層以外の減税措置を恒久化すると同時に、支出強制削減の期日を2か月先送りするものである。支出強制削減の期日は1月2日から3月1日へと延長された。また、13会計年度に関して、国防予算自体の上限を5460億ドルから5440億ドルへと減らす一方で、国防予算に関する支出強制削減の額を年間547億ドルから427億ドルへと減額した。
しかし、ATRAは事態の根本的解決先送りするための暫定手段に過ぎず、イラク、アフガン戦争を経た米国があらたな軍事戦略を構築し予算面での「選択と集中」を迫られている状況に何の変化もない。この点に関して議員や民間からもすでに数多くの提案が出されている。その中には、核兵器予算を100億ドル削減するよう要求しているエドワード・マーキー下院議員(民主)らの提案が含まれている。
2) 米核兵器予算、軍事費削減でも続く増額
米軍事戦略において、依然として中心に位置する核兵器関連予算の状況を見てみよう。緊縮予算編成が求められるなか、12年2月13日に発表された米エネルギー省(DOE)国家核安全保障管理局(NNSA)の2013会計年予算案には、対前年度比4.9%増にあたる115億ドルが計上された。NNSA予算の3分の2にあたる75.8億ドル(対前年比5.0%増)は、「核兵器活動」関連予算である。米国の核兵器予算は、これとは別に年間300億ドル近くの国防総省(DOD)の開発、維持・運用等の予算があるが、ここでは保有核兵器の維持にとって重い意味をもつNNSA予算に焦点を当てる。
NNSA予算案で著しい増額要求がなされているのは次の二つの分野である。
- 備蓄核兵器維持管理(SSMP)活動:核兵器の維持、検査、改修、信頼性評価、解体・廃棄、研究・開発、認証など広範な活動を通して備蓄核兵器の維持管理を行う。13会計年要求額20.9億ドル(対前年比11.5%増)。
- 技術基盤・施設における準備活動:NNSAが管轄する3つの核兵器研究所、4つの核兵器製造工場及びネバダ国家安全保障施設(旧ネバダ核実験場)における施設整備と研究開発を中心とする。要求額22.4億ドル(対前年比11.7%増)。この中で中心となるプロジェクトは、「核態勢見直し」(NPR)において施設名を特記されたY12国家安全保障複合体のウラニウム処理施設(UPF)とロスアラモス国立研究所の化学・冶金研究核施設の大規模更新(CMRR-NF)である。UPFは3億4千万ドルと前年の倍額で建設を加速させる。一方、CMRRNFは、水質・土壌汚染等がネックとなり、「少なくとも5年延期」となり予算には含まれない。
10年12月に採択された米上院の新START批准承認決議には、3分野への支出に関する支出10年計画の実行を政府に義務付ける条項が含まれていた。3分野とは、1.備蓄核兵器維持管理、2.核兵器研究所の設備、研究開発への投資、及び3.戦略運搬手段を含む核戦力の競争力維持である。このうち1.と2.のすべてと3.の一部がNNSA所管である。
図2は、NNSA13会計年予算書の総括表をもとに、核兵器活動(Weapons Ativities)に関する予算をぬきだして、10年12月の10年計画と、13会計年予算での「5年計画」を対比したものである。「緊縮予算」への配慮は若干の下方修正に反映されているが、備蓄核兵器維持の予算は、ひき続き増額が見込まれている。NNSAは、10年5月の報告書で、「将来のNNSAのインフラは、よく計画されることによって約3000から3500発の作戦配備、兵站予備及び予備貯蔵弾頭を支援する」ものであるとしている。これは、2010年5月に公表した備蓄核弾頭数約5100発からの大幅削減ではある。しかし、新STARTによる配備弾頭数の上限1550発を差し引くと、それとほぼ同数の備蓄弾頭を残すことを意味している。
財政赤字により軍事費も削減される情勢下で、核兵器維持予算へは相変わらず増額が見込まれている現実は、米国内の政治力学に委ねておく限り、核兵器ゼロの世界への道筋が見えてこないことを強く印象付けている。日本も含めた国際世論の力が必要である。
とは言え、聖域であった米国の軍事費の削減が始まっていることも事実である。問題は、この軍事費削減という状況を、軍事力によらない道づくりのためにどう生かしていけるのかである。ここには、2つの相反する現象が見られる。第1は、2012年1月に出された「合衆国のグローバル橋動力を持続する-21世紀の国防における優先課題」と題された米国の新国防戦略指針※に見られるように、軍事の役割を低減し、防衛、外交、開発、国土安全保障、情報などをバランスさせ、統合した「全政府的アプローチ」の必要性を強調していることである。国際的な利害対立に対して、軍事一辺倒ではなく、外交を中心に総合的に対応していくというわけである。
※「本時評」2012年2月号参照。
もう一つは、自らの財政赤字による慢性的な国防費の削減を補うために、同盟国に対する応分の「責任分担」と「財政負担」の要求となって跳ね返ってくる側面である。13年10月の日米安全保障協議委員会「2プラス2」では、日米の軍事一体化と相互運用の強化が確認され、14年中に日米防衛協力指針の見直しをすることが合意された。日本政府は、軍備を拡大し、同盟国としての責任分担を拡大しようとしているのである。
我々日本の市民のすべきことは、米新戦略における軍事の役割を低減し、全政府的アプローチを広げていく方向性を大きく取りだすことである。例えば北東アジア非核兵器地帯の設立など外交に基づく平和の枠組み形成を求める世論を強めていくことが改めて求められている。