2013年、平和軍縮時評
2013年06月30日
平和軍縮時評6月号 「核兵器のない世界」へ向けた一つのアプローチ:トライデント撤廃を描く、CND報告書 塚田晋一郎
「持てる者」と「持たざる者」
2009年4月、オバマ米大統領がプラハで「核兵器のない世界を目指す」との演説を行ってから、4年以上が経過した。今年6月19日、オバマ大統領はベルリンで行った演説において、戦略核兵器の配備数を1000発程度にまで削減できると表明した。
米ロ間の新START(戦略兵器削減条約)における削減目標である「1550発」から更に進んだ目標を掲げたことは、「前進」であることは間違いない。しかし、「核兵器のない世界」へ向けた道のりを考える時、この程度の「前進」では不十分であることは言うまでもない。
私たちの暮らす国際社会の現実は、残念ながら、「持てる者」と「持たざる者」に二分された世界であるといえるだろう。経済格差、情報格差、権力を持つ者とそうでない者の間に横たわる「命の格差」――。
「グローバリゼーション」が加速度的に波及することで、国際関係および各国内の様々な領域において、その格差は拡大の一途を辿っている。
そして安全保障の側面から平和の問題を考えるとき、その世界的な格差と支配の構造の頂にあるのものが、疑いもなく、核兵器の存在である。「持てる者」はその兵器を手にすることによって、国際社会における力を担保し、また「持たざる者」はその力を手に入れるために、核兵器の保有を追求している。
こうした世界の悪しき価値基準を変えるためには、核兵器を保有することの価値を相対的に下げていくことが重要であることは言うまでもない。そこに必要なのは、核兵器を持たない政策を採る方が、核兵器を持ち続けることよりも、「安全」であり、「安心」でき、延いては「国益に適う」という価値観が、最終的な政策決定者による判断において、一番高い位置に置かれることである。
「核兵器のない世界」へ向けた段階
そのためのいわば「環境整備」として、そして、オバマ大統領が「目指す」とする「核兵器のない世界」を現実的に描いていくためには、少なくとも米ロは保有核兵器の数を、それぞれ数百発まで削減することが必要となろう。その段階に到達して初めて、ほかの核兵器国(英国、フランス、中国)は、初めて「核兵器のない世界」へ向けた交渉のテーブルに着くことになると考えられるからだ。数100発を前提とする、「3ケタの議論」が、早期に開始されるよう、世界の市民は政策決定者における核兵器保有の価値を低減させていくための、あらゆる働きかけを試みなければならない。
また、約100発ずつを保有するインド、パキスタン、イスラエルの核兵器をどうするかを真摯に議論できる機会の到来は、その先になる。さらに、北朝鮮のように新たに保有へと動く国に対して、真の意味で向き合い、共に「核兵器のない世界」を目指すための交渉が可能になるのも、こうした取り組みがあってこそ、であろう。
昨今、国際社会ではようやく「核兵器の人道的影響」が、核軍縮の一つのキーワードとして登場してきた。今年3月、オスロでノルウェー政府主催による国際会議が開催され、来年2月中旬には、第2回会議がメキシコ政府主催によって開催される予定だ。
しかし、ヒロシマ・ナガサキの経験とその継承から、私たちは、たった1発の核兵器の使用がもたらす惨事を知ることができる。その影響は、時間・空間を選別することなく、何世代先にも渡って及び続ける。このことは、私たち日本の人々が思う以上に、世界では未だ共通認識となっておらず、伝え続けていくことが不可欠だ。そうした中、遅まきながらようやく国際社会で注目されてきた、核兵器の「非人道性」に焦点を当てたアプローチは、「核兵器のない世界」へ向けた取り組みとして、欠かすことはできない。
しかしもう一方で、核兵器を削減・撤廃することの政策的合理性を、各国の政策立案者が感じるようなアプローチも取り組まねばならないだろう。「核兵器をなくした方が得だ」という価値判断を、市民のみならず、保有国の政治家や官僚、経済界の人々が持つことが必要となるからだ。
核兵器の廃棄プロセスを描く
とはいえ、「核兵器廃絶」または、ある国における「核兵器撤廃」といっても、実際にそれがどのようなことを意味するのか、実際的にどのようなプロセスをもって実行されるのか、私たちは意外に知らないのではないだろうか。
「核兵器のない世界」は、核兵器に依存し続ける安全保障政策からの転換を図るという政策判断に加え、撤廃のための具体的な方法を描き、それを実行に移さなければ達成されない。そして、“「脱核兵器依存」の政策判断すらまだ遠く先の話であるのに、具体的な議論をしても仕方がない”ということはまったくない。たとえまだ先の将来であっても、「核兵器のない世界」を本気で目指すのであれば、核兵器を「いかになくすか」の具体的プロセスをできるだけ丁寧に描くことが肝要であり、それがあってはじめて、政策立案者たちの間における「核兵器の撤廃は可能だ」という価値観を創り出し、それを拡げていくことも可能となるのであろう。
英CNDの報告書
重要な取り組みの一つとして、英国のCND(核兵器撤廃運動)が作成した報告書を紹介したい。その前段として、この報告書が書かれた背景を記す。
2012年10月15日、英国・スコットランド両首相が合意し、2014年にスコットランドの英国からの独立を問う住民投票の実施が決まった(「平和軍縮時評」2012年12月号)。
スコットランドの政権を担う、スコットランド国民党(SNP)がかねてから独立最大の旗印として掲げているのが、「非核スコットランド」の実現である。
英国が唯一保有する核兵器であるトライデントミサイルおよび潜水艦は、スコットランド領内のクライド海軍基地(クールポートおよびファスレーン)を拠点としている。2014年の住民投票で、仮にスコットランドの英国からの独立が成立すれば、トライデントの現在の配備の在り方の再検討は不可避となる。
下記に訳出した報告書「トライデントを撤廃する:トライデント核兵器システムの退役と解体のための実践的ガイド」は、英国のCNDが、2012年9月に発表したものである。この報告書作成のための調査・研究は、スコットランドCNDのジョン・アインスリー氏が中心となって行われた。
報告書は、英国が保有する約225発の核弾頭すべてを、約4年間をかけて撤廃する工程を、8つの段階で示している。「序」や「結び」にあるとおり、本報告書の目的は、トライデント撤廃がいかに現実的な選択肢であるかを政策立案者たちに提言し、彼らを動かすことにある。
また報告書は、核軍縮(特に核弾頭の解体段階)の「検証」問題にも触れている。英国とノルウェーによる2007~2011年の研究(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第361号)について、「非核兵器国が、核軍縮の検証において重要な役割を担い得るという原則を打ち立てた」と報告書は述べている。
この報告書は、「非核スコットランド」の実現に向けて、どのような手段によって、またいかなる期間で実現するかをできるだけ具体的に、そして分かりやすく、市民に伝えることを目的としている。そして、スコットランドに配備された核兵器は、4年間の作業で撤廃が可能であるとした。「非核スコットランド」というターゲットが、「絵に描いた餅」に終わらぬよう、いかにそれが現実的であり、実現可能なのかを説こうとする真摯な姿勢に賛意を表したい。
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報告書
「トライデントを撤廃する:トライデント核兵器システムの退役と解体のための実践的ガイド 」(抜粋訳)
2012年9月、英CND(核兵器撤廃運動)
【序】
本報告書は、トライデントの撤廃が不可能な課題ではないことを解説し、そしてどのようにしてこのプロセスが達成可能かを、4年間におよぶ8つの具体的段階によって示したものである。(略)
トライデントおよびその更新にかかる支出への反対の声は増大している。2010年戦略防衛・安全保障見直しへの批判もまた強まっている。スコットランド独立問題は、2014年の独立住民投票の結果の如何に関わらず、英国の核兵器計画の未来への疑念を提起するものである。従って、今こそ、政策立案者たちは、実際的措置をもって、軍縮達成のための取り組みを始めるべき時である。
本報告書は、核軍縮を実現するための実際的措置を解説することを意図して作成された。
【核兵器撤廃への工程表】
<出発点>
トライデントは、英国海軍の4隻のバンガード級原子力潜水艦に搭載されている。うち1隻は、常時デボンポートにおいてオーバーホールされている。残る3隻が通常トライデントミサイルと核弾頭を装備しており、うち1隻はパトロール任務に就いている。本研究は、1隻はパトロール中、2隻目は試験航海、3隻目はファスレーンに停泊している状態を出発点とする。
<段階1 ― 潜水艦の作戦配備を終了する>
英国のトライデント潜水艦は、完全武装で約10週間にわたるパトロール任務に就いている。パトロール中の艦は、通常、「数日間」の警告時間で発射できる態勢にある。(略)
最初の措置は、現在の継続的なパトロールを終結させ、トライデント潜水艦の作戦配備を全面的に中止することである。原子力潜水艦は、20ノット以上の速度での長距離航行が可能である。したがって、パトロール中の潜水艦は、約7日の内に、ファスレーンに帰港することが可能である。
<段階2 ― 鍵とトリガーを撤去する>
トライデントミサイルを発射するためには、艦長が鍵を回し、兵器技術者がトリガーを引く。鍵とトリガーは安全のために潜水艦内の離れた場所に置かれている。撤廃のための最初の措置は、鍵とトリガーを特定し、すべての潜水艦から取り外し、陸上の保安施設に保管することである。(略)
<段階3 ― ミサイルを不活性化する>
(略)2010年戦略防衛・安全保障見直しによると、各バンガード級潜水艦は、8基のトライデントミサイルを搭載している。1基のミサイルから発射に必要な誘導システムと飛行制御システムを取り除くのに要する時間は約90分である。8基のミサイルはおそらく1日で不活性化できるであろう。(略)
<段階4 ― 潜水艦から核弾頭を撤去する>
(略)40発すべての弾頭を1隻の潜水艦から撤去するのには、7日から10日を要するだろう。理論的には、1か月以内に、3隻の武装潜水艦から120発の弾頭を撤去することが可能であるが、実際には、これより長期間を要するかもしれない。(略)
<段階5 ― 潜水艦からミサイルを撤去する>
(略)潜水艦は、現在、各8基のミサイルを搭載している。(略)1隻の潜水艦からミサイルを撤去するのに、約1週間かかる。(略)
<段階6 ― 核弾頭を無能力化し、有寿命コンポーネントを撤去する>
トライデント弾頭には、以下の3つの有寿命コンポーネント(LLCs)が含まれている:装甲、信管起爆装置、ガス注入装置および中性子発生装置。これらの部品は、クールポートの再突入体加工施設(RBPB)で定期的に交換されている。これらのLLCsの撤去により、弾頭は無能力化される。(略)
潜水艦に配備されている120発の「作戦使用可能な」弾頭に加えて、さらに約100発の弾頭が、クールポートにある。米国の慣行と同じだとすれば、これらの予備弾頭は、LLCsを備えていないだろう。
クールポートにおいてすべての備蓄弾頭からLLCsを撤去するためには、約1年を要するだろう。
LLCsは弾頭そのものよりも危険性が低く運搬が容易なため、より短期間で撤去、廃棄が可能かもしれない。
<段階7 ― 核弾頭をクライド海軍基地(HMNB)から撤去する>
クライドから核弾頭を物理的に撤去することは、明確で重要な措置となる。
(略)クールポートからバーグフィールド核兵器施設(AWE。訳注:イングランド南部に所在)へのすべての備蓄弾頭の移送には、2年ほど要するであろう。
<段階8 ― 核弾頭を解体する>
英国において唯一、核弾頭(通常爆薬との複合体を含む)を解体できる場所は、バーグフィールドAWEである。そこには現在、4つの組み立て/解体区画が存在している。(略)
バーグフィールドにおけるトライデント弾頭の解体は、以下の段階を含むものとなるだろう:
1.解体のための区画の準備/2.弾頭の点検/3.再突入体カバーの除去/4.起爆ケーブルの切断
5.点火装置および中性子発生装置の撤去(クールポートで撤去されていない場合)
6.切開および放射線遮蔽体の撤去/7.第1ステージの取り外し/8.第2ステージの取り外し
9.高性能爆薬撤去の準備(第1ステージ)/10.高性能爆薬の撤去(第1ステージ)
11.プルトニウムピットの回収(第1ステージ)/12.第2ステージの解体
(略)WE-177およびシェバリーン弾頭(訳注:これらはトライデント以前に配備されていた)は、1998年および2002年までにそれぞれ解体された。これらの兵器は、年間約20-40発ずつ解体されたことになる。(略)もし、(バーグフィールドの)4つの区画がこれ以上の効率で作業を行えば、おそらく、年間50-60発の弾頭を解体できるであろう。これに基けば、現在の備蓄数225発以下の弾頭は、約4年間で解体できることになる。(略)
【追加的措置】
2つの措置が追加してとられるであろう:
- トライデントミサイルの米国への返却(略)
- バンガード級潜水艦の解体(略)
【検証】(略)
【安全保障、健康と安全】(略)
【結び】
核軍縮は、大多数の英国の政治家によってあり得ない未来として疑われ、放置、忌避されてきた。しかし、戦略的状況の変化に従い、ウエストミンスター(英国議会)の外では民衆による反対が拡大、高揚しており、人々の意思が、最終的には英国の核兵器保有の再考に進みうることを示している。(略)
本報告書は、核軍備撤廃を、核兵器の英国の安全保障上の必要性と核兵器のない将来の実現性を再考する意思を持つ政治家にとって、理に適った、現実的な目標とするためのプロセスへの貢献の一つとして作成された。
(訳:ピースデポ。強調は訳者。)