2012年、平和軍縮時評
2012年11月30日
平和軍縮時評11月号 日米は一心同体の「一流国」になれ ―原発・エネルギー、TPPから「集団的自衛権」まで 第3次「アーミテージ報告」は危ない 田巻一彦
8月15日、「日米同盟―アジア安定への礎石」と題され報告書が発表された。米国の右派系シンクタンク「戦略・国際問題研究センター(CSIS)」から発行された報告書は次のサイトで読むことができる:http://csis.org/files/publication/120810_Armitage_USJapanAlliance_Web.pdf
リチャード・アミテージ元国務副長官とジョセフ・ナイ元国防次官補が共著者である。10人の超党派の専門グループの議論をまとめたものとされている。一般に「アーミテージ報告」と呼び均されるこの種の報告書が出されるのは2000年、2007年についで三回目である。だからここでは第3次「アーミテージ報告」。
第1次、第2次の「報告」は、イラク派兵、ミサイル防衛、武器輸出三原則の緩和、そして「集団的自衛権行使」の喧しい議論まで、2000年以降、日本がたどってきた「右旋回」の「原典」とされてきた。歴代自民党政権と防衛・外交官僚たちは、さながら「アーミテージ教徒」のように、彼の言うことをそのまま実行してきた。極論すれば「憲法よりアーミテージが大事」、これが彼らの「信念」だったように見える。
「非自民政権」になって初めての報告書である。アーミテージが何をいうのか、大きな興味を持って読んだ。大変つまらない、しかし危ない報告書である。さながら「右旋回」の「総合量販店」である。民主党中心の政権になって、とりわけ福島第1原発事故からこの方の「脱原発」議論の広がりにアーミテージ氏、まさか日本の「左旋回」を恐れたとはいわないまでも、かなり心配になってきたようである。それは「日米同盟が漂流している」という認識が強調されていることにもうかがわれるし、これまでの報告書とちがって、「エネルギー問題」という「入り方」からもその危機感を読み取ることができる。
報告書の最後に置かれた「提言」の中で「日本への提言」、「日米同盟への提言」を述べた部分を読んでみよう。
■原発再開は「正しく、責任ある」措置
まず「日本への提言」だ。
注目されるのは「日本への提言」の始め方だ。いきなり「原発再開」をアーミテージ氏はいう。「脱原発」などもっての他だと。そして、TPP(環太平洋パートナーシップ)交渉への参加をしきりに強調する。
―原子力発電の注意深い再開は、日本にとって正しく責任ある措置である。原子炉の再開は2020 年までに二酸化炭素排出量を25% 削減するという日本政府の意欲的な取り組みを達成する唯一の方法でもある。また、再開は円高と高いエネルギーコストにより、不可欠のエネルギー依存産業が、日本から移転することのないようにするためにも有効である。福島から多くの教訓を学び、日本政府は安全な原子炉構造と、効果的な規制を推進するために再びリーダーシップを発揮すべきである。
(略)
―日本は、環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉への参加に加えて、より意欲的かつ包括的な交渉、たとえば、本レポートで言及した「包括的経済・エネルギー安全保障協定」(CEESA)の提案を検討すべきである。
■米国はもちろん、韓国、オーストラリア、インド、フィリピンなどとも同盟せよ
アーミテージ氏は、日韓の歴史認識問題を指摘、「ことを荒立てるようなことを言わずに、早く軍事連携合意を成立させよ、という。
―同盟の潜在力を最大限に実質化するために、日本は韓国との関係を困難にしている歴史的な問題に対処すべきである。日本政府は、長期の戦略的な見通しに基づいて2国間関係を分析し、不必要な政治的声明を公表することは避けるべきである。3国間における防衛協力を強化するため、日本政府と韓国政府は、3国間の軍事的連携を継続しつつ、未決着の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)や物品役務相互提供協定(ACSA)の妥結のために努力するべきである。
―日本政府は、地域的フォーラム及び民主主義パートナー、とりわけインド、オーストラリア、フィリピン、台湾との連携を続けるべきである。
■日本の防衛だけでなく「地域的な不確実性」にも責任を持て
日本の軍事的役割は「日本の領域」を超えるべきだという。そのためには「戦時」における「責任を伴う権限」を政府は持つべきだ、これがアーミテージ氏の主張だ。中でもイランがホルムズ海峡を封鎖しようとしたら、日本は「単独で掃海艇を派遣すべきだ」などという「超過激」提言もある。そのための「責任を伴う権限」のためには、現在の「有事法制」だけでも対応することはできまい。一体、誰に、何をさせようとしているのか・・・具体的には「防衛省をもっと強くしろ」ということだ。PKOもまだまだ足りないと。
これらは憲法9条がある以上、できない相談ばかりだ。
―新しい役割と任務の再検討に基づき、日本は自身の責任の範囲を、日本の防衛とアメリカとの協力による地域的な不確実性に対する防衛へと拡大すべきである。同盟国は日本の領域をはるかに超えた、強固かつ分担され、相互運用性のある情報・監視・偵察(ISR)能力と作戦を必要とする。米軍と自衛隊が、完全な協力の下で、平時、緊張、危機、そして戦時にわたる全ての安全保障環境に対処することを可能にするためには、日本の側における責任を伴う権限が必要である。
―イランがホルムズ海峡を封鎖するとの言辞を弄した時、もしくはその兆候を示し始めた時には、日本は単独で掃海艇を同地域へと派遣すべきである。また、日本はアメリカ合衆国とともに航行の自由を守るために、南シナ海における監視を強化すべきである。
―日本政府は2国間及び国防上の秘密・機密情報を守るために防衛省の法的能力を強化すべきである。
―国連平和維持活動(PKO)への十分な参加を可能にするために、日本は、民間人と、必要とあれば 他国の国際平和維持部隊の保護のための武力行使を許容するべきである。
■日米は「エネルギー同盟」たれ
つづいて、「日米同盟への提言」に進もう。
ある意味、一番生臭いのは日米は原子力から代替エネルギーまで、全般的な意味での「エネルギー同盟」であれと謳っていることだ。例えば東芝がウェスチングハウス社を買収したように、もはや企業レベルで日米は一体。これを発展させる政治的リーダーシップを持てというのだ。現政権のやり方では信用できないといわんばかりの言い方で。美味そうな「餌」もちらつかせながら。
―福島からの広範な教訓を学び、日本政府と合衆国政府は核エネルギー研究・開発協力を再開し、原子炉の安全設計と確固とした規制措置をグローバルに促進すべきである。
―合衆国と日本は安全保障関係の一環としての天然資源同盟であるべきである。日本と合衆国はメタンハイドレートに関する研究・開発への協力を増進し、代替エネルギー技術の開発に責任をもって関与するべきである。
■「隣国との関係についても言わせてもらおう」とア氏
歴史問題へのアプローチをちゃんとやれと「親切にも」言ってくださるアーミテージ氏だ。中国は、パートナーになりうるが気を許すな、との「助言」を怠らない。
―合衆国、日本及び韓国の各政府は、歴史問題に関するトラックツー対話を拡大して、この機微な問題にアプローチする方策に関するコンセンサスを探り、政治と政府のリーダーにこの対話から導き出された行動案と勧告を提起すべきである。この取組みは、このような困難な問題に関する相互の働きかけにおける最良実施慣行(ベスト・プラクティス)の規範と規律への合意を目標とすべきである。
―日米同盟は中国のいっそうの台頭に対処する能力と政策を発展させなくてはならない。日米同盟が平和的かつ繁栄した中国から得るものは大きいが、高い経済成長と政治的安定の継続は保証されていない。同盟の政策と能力は中国の核心的利益の拡大、路線変更 、そして将来起こりうるあらゆる可能性に対応できなくてはならない。
―人権に関する具体的な行動指針を作ることは、賞賛に値する目標である。とくに、ビルマ(ミャンマー)、カンボジア、そしてベトナムにおいては同盟上の関与が国際人道法や市民社会の発展に寄与できる。北朝鮮に関しては、韓国を含めた同盟によって、非核化、拉致問題に加えて食料安全保障、災害救助、公衆衛生などのあらゆる人道上の問題に取り組むべきである。
■「動的防衛力」で日米軍事同盟を強化
そして、これが真骨頂。日本はもっともっと、米国と一緒にとことん「戦争をできる国」になれと言うのだ。そのために、戦術、技術レベルの一体化をもっとやれとアーミテージ氏はいうのだ。
―合衆国と日本はこれまでハイレベルで十分な関心が払われてこなかったエアシーバトルや動的防衛力という概念を、役割、任務、能力に関する対話を通じ調整すべきである。新しい役割と任務の再検討は、同盟の軍事、政治、経済に係る全力量の包括的な組み合わせとともに、より広域にわたる地理的視点をも含むべきである。
―合衆国陸軍、海兵隊部隊は陸上自衛隊とともに相互運用性の獲得を図り、水陸両用で機動的かつ展開能力のある部隊体制に向かって前進すべきである。
―合衆国と日本は、民間飛行場のローテーション使用、トモダチ作戦から学んだ教訓の検証、そして水陸両用能力の獲得を通して、2国間における防衛活動の質を向上させるべきである。合衆国と日本はグアム、北マリアナ諸島、そしてオーストラリアにおける訓練機会を、2国間において、また他の協力国と共に十分に利用すべきである。
武器・兵器の共同開発、「サイバー(電脳)能力ももっと強化しようとも。
―合衆国と日本は、将来の兵器の共同開発に向けた機会を拡大すべきである。短期の兵器計画においては、相互利益と作戦上の要求に関する特定のプロジェクトが検討されるべきである。また、日米同盟は共同開発に向け、長期的な作戦上の要求を確認すべきである。
―合衆国と日本は、(おそらく韓国も含めて)合衆国の同盟国に対する拡大抑止の信頼性と能力への信頼を均一なものとするために、拡大抑止に関する対話を再開すべきである。
―合衆国と日本は、共通の情報保全水準の調査と履行のための、合同サイバーセキュリティセンターを設立すべきである。
■ア氏は日本をどこに連れてゆく? そして日本の政治家は?
「ミサイル防衛」や「武器輸出三原則」といった個々の分野において日本は及第点が付けられる、しかし、一頃の(今もそうか)小学校の通信簿でいえば「頑張りましょう」といったところか。どうもアーミテージ氏の要求は、もっと「質的」で「レベルの高い」もののようだ。次は、まだ日本が踏み切れずにいる「集団的自衛権の行使」、そして自衛隊ではなく「国防軍」へ―自民党はもうそんな「改憲案」を用意していると伝えられる。
そんなことが易々と通るものなのか。日本の政治状況を考えると暗澹たる気持ちになるのは筆者だけではないだろう。第1次、2次「報告」は実行に移されているのだから。
<付記>
- 報告書の訳出には宮野文康さん(在オーストラリア)の協力をいただきました。
- 宣伝を一つ。筆者が共同編集長の一人であるピースデポ・イアブック「核軍縮・平和―市民と自治体のために」2012年版が刊行されました。是非お手元に。
http://www.peacedepot.org/publish/jichitai6.htm