2011年、平和軍縮時評、東北アジア平和キャンペーン
2011年05月30日
平和軍縮時評5月号 2010年の東北アジア、くり返された日米韓の軍事演習 湯浅一郎
2010年、東北アジアでは、3月の韓国哨戒艦「天安(チョナン)」沈没事件と韓国政府の合同調査団報告書の公表(本時評2010年9月号)から、ついには11月、北朝鮮による大延坪島(テヨンピョンド)砲撃事態へと至り、1953年に朝鮮戦争の停戦協定が結ばれて以降でもっとも軍事的緊張が高まったと言える。さらに重要なことは、これらの動きに乗じて、日米韓の軍事的統合を前に進めようとする力が働いており、2010年を通じての米韓、日米の軍事的連携が目立った。共同演習のシナリオや演習海域など非公開で不明な点はあるが、米第7艦隊HPなどで公表されている海上作戦を中心に追ってみた。
「インビンシブル・スピリット」などの米韓軍事連携
7月9日、「天安」沈没事件に関する国連安保理の議長声明が出たが、米韓が、「天安」沈没は、北朝鮮の魚雷攻撃によるとの信念を変えることはなかった。直後の7月20日、米韓両国は、国防相会談を行ない、北朝鮮に対し、挑発的で好戦的な行動の中止を強く求める明確なメッセージを送るために、「インビンシブル・スピリット」(不屈の精神)と名付けられた一連の米韓合同軍事演習を実施するとの共同声明を発表した。その中で、「来る数カ月に渡る朝鮮半島の東西海域において行う米韓合同演習の計画を含め、北朝鮮のあらゆる脅威を抑止し、打破できる強固な防衛体制の維持」を確認している。
7月25日~28日、その1回目が韓国の東側の日本海で行われた。当初は、韓国の東西の海域において実施する計画であったが、中国からのクレームを受け、日本海側のみになったと推測される。半島の西側海域において韓国哨戒艦「天安」が言われのない攻撃を受け、沈没したことへ対抗する意味を込め、空域、及び海域における米韓合同の防衛能力の強化を目指すとされる。参加部隊は、米原子力空母「ジョージ・ワシントン」(以下、GW)打撃団(GW、駆逐艦「マッキャンベル」、「ジョン・S・マッケイン」、「ラッセン」、「ステザム」、「マステイン」の全て横須賀配備の6隻)、攻撃型原潜「ツーソン」など。韓国が揚陸艦「ドクト(独島)」、駆逐艦「ムンム・デワンヌン」ほか。航空機は、米韓の空軍、及び空母艦載機など約200機(「F-22ラプター」を含む)である。
GWは、7月9日、横須賀を出港し、7月21日~24日、ブサンに寄港。「マッキャンベル」、「ジョン・S・マッケイン」、「マステイン」も同行した。「ジョン・S・マッケイン」、「マステイン」の2隻は、釜山港に2日間、寄港した後、24日、日本海側の北に位置するドンヘ(東海)港へ移動した。25日、すべての艦船が、それぞれの寄港地から日本海の訓練海域に向けて出港。「マッキャンベル」は、韓国駆逐艦「ムンム・デワンヌン」と行動を共にした。演習は対空防衛訓練、攻撃訓練、通過訓練などを含む空母からの飛行作戦など多様である。米韓両国艦船及びP-3対潜哨戒機の合同での対潜水艦戦争の訓練も含まれる。演習の最後には、特殊作戦部隊への対抗訓練もあった。ここで重要なことは、海上自衛隊が、4人の幹部をオブザーバーとして派遣し、米空母「ジョージ・ワシントン」に乗艦し、艦上の戦闘作戦センターなどにおいて米韓両国軍の演習を見学したことである。
8月16日~26日には、米韓指揮所演習「乙支(ウルチ)フリーダム・ガーデイアン(自由の守護者)」が行われた。これは1976年から始まり、毎年、同じ時期に行われている図上演習である。米韓同盟が、北朝鮮の挑発を含め、侵略を抑止し、幅広い脅威に対応できる用意があることの保証を目指している。
そして、9月27日~10月1日、黄海で2回目の「インビンシブル・スピリット」が実施された。「対潜水艦戦争での戦術、技術や対処方法などに焦点を合わせ」、対潜水艦戦争(ASW)能力を改善しつつ、北朝鮮への抑止に対する強いメッセージを送る。米国側は、イージス駆逐艦「ジョン・S・マッケイン」、「フィッツジェラルド」、音響測定艦「ヴィクトリアス」、攻撃型原潜1隻、第9哨戒飛行隊所属のP-3Cオライオン対潜哨戒機などが参加。「ヴィクトリアス」は、強力な音響探査装置を搭載しており、潜水艦の探査に威力を発揮する。韓国側は2隻の駆逐艦、高速フリゲート艦、パトロール機、P-3C対潜哨戒機、及び潜水艦である。
さらに10月13日~14日、韓国がホスト役となり、先を見越した情報共有の促進を通じて、違法な大量破壊兵器拡散(WMD)の阻止をめざして、拡散安全保障イニシャテイブ(PSI)演習「イースタン・エンデバー(東方の努力)」が韓国の西海岸で行われた。韓国は、駆逐艦「イ・スンシン」、「デジョヨン」、揚陸艦「ビロボン」。米国がミサイル駆逐艦「ラッセン」、P-3C オライオン。日本は、護衛艦「あさゆき」「いそゆき」を、オーストラリアからはP-3Cオライオンが参加した。
こう見てくると、7月末以降、ほとんど間をおかず北朝鮮をターゲットにした一連の米韓を中心とした合同演習がくり返されていたことがわかる。
北朝鮮による大延坪島(テヨンピョンド)砲撃事態
そうした流れの中で、11月23日、北朝鮮が、韓国の大延坪島を砲撃する事態へと至る。韓国軍兵士2人、民間人2人が死亡、多くの重軽傷者が出た。韓国軍も北朝鮮軍陣地に砲撃を加え、応戦した。1953年に朝鮮戦争が休戦して以来、北朝鮮軍が韓国側の陸地を直接砲撃したのは、初めてである。現場海域では韓国軍が22日から「護国訓練」なる演習をしていた。北朝鮮は、国連軍が設定した北方限界線(NLL)の有効性を認めておらず、北朝鮮軍最高司令部は、「たった1発の砲弾でも、我が領海内に打ち込まれれば、迅速な報復攻撃を加える」と警告し、砲撃は韓国軍演習への対抗措置であると主張した。日本政府は、「北朝鮮による砲撃は許し難いものであり北朝鮮を強く非難する」との一方的な非難に終始した。日本のマスコミも同じ姿勢であった。
北朝鮮のこの行為は、いかなる理由があろうと許されることではないが、このような事態に至った経過には、3月の「天安」沈没事件の後、米韓を中心とした執拗で、大規模な軍事行動の連鎖があった。これには、日米共同演習も絡み、米日韓3国の連携が意識的に追及されたことが浮かび上がる。
大延坪島砲撃事態の直後に計画されていた米韓合同演習「インビンシブル・スピリット」の3回目は、11月28日~12月1日に黄海(図で③四角く囲まれた海域)で予定通り強行された。まさに一触即発の緊張した情勢が続く中での、より政治的な色彩の濃い演習となった。空母GW打撃団から5隻(空母GW,ミサイル巡洋艦「カウペンス」、ミサイル駆逐艦「ラッセン」, 「ステザム」、「フィッツジェラルド」)、他に駆逐艦「チュン・ホーン」など艦船11隻、7000人以上の兵力が参加した。訓練項目は、空母艦載機による対空防衛訓練、対地戦争訓練、情報通信訓練である。
米韓演習の延長上に日米共同演習が
さらに12月3日~10日には、「日本防衛のための日米共同対処に必要な自衛隊・米軍及び参加部隊相互間の連携要領を実動により演練し、統合運用能力の維持・向上を図ること」を目的として、沖縄東方、九州西方、能登半島沖の日本海など日本の周辺海空域で、日米共同統合演習「キーン・ソード」(鋭利な刃)が行われた。
重要なことは、米国側の参加部隊である空母GW打撃団は、12月1日まで黄海で米韓合同演習を行っており、そのまま沖縄東方海域に移動し、今度は日米統合演習に参加していることである。この動きから見ても、GW打撃団は、まぎれもなく東北アジアにおける米韓、日米の軍事連携のかなめを担っている。
自衛隊は、人員3万4000人、艦船40隻、航空機250機。ヘリコプター護衛艦「ひゅうが」、イージス護衛艦「こんごう」、「みょうこう」、護衛艦「いかづち」、「くらま」、輸送艦「くにさき」など。米軍は、人員約1万人、艦船約20隻、航空機150機。空母GW,強襲揚陸艦「エセックス」、ドック型揚陸艦「デンバー」、「トーチュガ」、巡洋艦「カウペンス」、「シャイロー」、ミサイル駆逐艦「ラッセン」, 「ステザム」、原潜「ヒューストン」、補給艦「テイピカヌー」など。1986年以来、隔年で開催している定期的なものとはいえ、今回は日米あわせて4万4000人、航空機430機、艦船60隻と過去最大規模となり、海軍の共同演習としては世界最大規模である。
訓練項目は、以下の通り多岐にわたる。
- 弾道ミサイル対処(わが国周辺海空域等)
能登半島沖と見られる海域で、弾道ミサイル防衛能力の向上をめざした弾道ミサイル対処訓練が、海上配備型迎撃ミサイル(SM3)を搭載した日米のイージス艦「シャイロー」、「フィッツジェラルド」、「みょうこう」、及び護衛艦「くらま」の4隻により実施された。 - 島嶼防衛を含む海上作戦
a)沖縄周辺海域;主要な艦船、少なくとも26隻は沖縄東方に集結し、空母での離着陸訓練など多様な訓練が行われた。
b)九州西方海域:東シナ海において、揚陸艦「エセックス」と輸送艦「くにさき」で、相互にLCAC(ランデイング・クラフト・エア・クッション)の相互運用訓練を実施。島嶼防衛訓練については、関係機関のサイトでは、公開されていない。
大延坪島砲撃事態の直後に、米韓の3回目の「インビンシブル・スピリット」、それに連動しての日米統合演習という流れには、北朝鮮の動きに対抗して、日米韓が軍事的連携を強化するという意図的な図式が見て取れる。さらに、忘れてならないことは、日米統合演習に米国からの要請で韓国軍の幹部が初めてオブザーバー参加したことである。7月の日本海での米韓演習への海上自衛隊のオブザーバー参加と合わせてみると、ここにも日米韓3国の軍事連携を強めようとの意図がうかがえる。
このように2010年は、黄海の海上における南北境界が不分明なままであるという歴史的背景のなかで、軍事的緊張が高まる事件が続いた。それを理由として、米韓を中心としながら、日本をも巻き込みながら軍事的に対処するべく、戦闘行動を想定した、大規模な軍事行動が日常化していた。東北アジアの構造には、まさに安全保障ジレンマのまっただ中で、いたずらにエネルギーを浪費している人類の姿が見えている。この愚かな構図から抜け出すために、東北アジア非核兵器地帯など、軍事力によらない安全保障体制の構築をめざした政策を、一刻も早く打ち出すことが、依然として焦眉の課題である。