2011年、平和軍縮時評
2011年04月30日
平和軍縮時評4月号 米政府、軍事費削減に着手―動機は財政再建―在日米軍駐留を問うチャンス 湯浅一郎・田巻一彦
軍事費を削り貧困の撲滅を―世界行動
4月12日、NGO・国際平和ビューロー(IPB)と政策問題研究所(IPS)の共同呼びかけで、世界宗教者平和会議、アメリカ・フレンズ奉仕団など100以上の組織、35か国以上の市民が参加して、初の軍事費削減を求める世界行動が取り組まれた。これは国連「ミレニアム開発目標(MDGs)」が掲げる、2015年までに貧困を撲滅するという目標のために、世界の軍事費の削減を訴える行動であった。この行動にはセルジオ・ドゥアルテ国連軍縮問題上級代表からも支持声明が寄せられた。上級代表はこの中で、MDGsの目標達成に必要な資金は年間600億ドルであるとし、「最近10年だけで見ても、世界の軍事費は1.5倍になり、現在、国連に報告されている軍事費の総計は、年に1兆2千億ドル以上である。年間軍事費の10分の1以下の額でも、MDGsの合意目標を達成するために十分である」と訴えた。
4月11日にストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が公表した※ところによれば、2010年に世界で支出された軍事費の総額は1兆6300億ドル(前年比1.3%増)。その半分近く(42.8%)占めるのが米国、これに中国(7.3%)、イギリス(3.7%)、フランス、ロシアと続く。日本は第6位の545億ドル(3.3%)である。
※SIPRI「世界の軍事ファクトシート」
http://www.sipri.org/research/armaments/milex/factsheet2010
軍事費を削減し、貧困、社会開発、健康、環境などの社会的ニーズに再配分することはすべての地球市民の共通の課題である。とりわけ世界の軍事費の半分近くを使っている米国には特別に大きな責任があることは言うまでもない。
その米国で、軍事費の見直しが始まっている。ただし、その動機は「世界行動」やドゥアルテ氏とは異なり、年間1兆ドル余りの赤字を抱える国家財政の再建にある。
米国防総省の2012会計年予算要求
まず米国の軍事予算の成り立ちを簡単に見ておこう。
2月14日、国防総省(DOD)は、「基礎予算」5,531億ドル及び「海外非常事態作戦(OCO)予算」1,178億ドルから構成される、総額6,709億ドルの2012会計年予算要求を議会に提出した。11会計年の7080億ドル(要求ベース)から約370億ドルの減額である。
12会計年予算は、国防総省予算書によれば次の4つの政策課題に沿って編成されている:
- 最大の資産である全志願制軍に細心の注意を払うとの国家の公約を再確認し強化する。
軍要員の給与、手当、福利厚生費及び訓練など平時における運用経費を含む予算がこの課題の下に計上される。基礎予算の3分の2を占める。 - 合衆国の防衛態勢を現在の戦争に勝利する能力と、将来の紛争への準備の間で均衡させる。
核兵器やミサイル防衛を含む装備近代化のための調達費、研究開発費、試験費等が計上される。基礎予算の3分の1にあたる。 - 戦場にいる部隊への支援を継続する。
OCO予算はこの課題の下に計上される。人件費を除くイラク、アフガニスタンにおける戦費が主であり、イラクにおける移行経費、アフガン治安部隊の訓練費が含まれる。イラクからの撤退を反映して2011年の1,590億ドルより410億ドル少ない。 - DODの業務実施方法の変革、管理部門から戦闘部門へのリソースの移転というゲイツの政策課題を前進させる。
注目したいのは4.の「ゲイツ政策課題」である。
ゲイツの軍事費削減計画
ゲイツ国防長官は、予算要求と同時に発表した「将来防衛計画(FYDP)」において国防費を今後5年間で1780億ドル削減する案を示した。長官は10年5月8日には、膨大な財政赤字に対処するために、DOD予算削減の包括的な努力に着手すると発表している。その目的は、効率向上により経費を節減し、それを「戦力構成の適正化と主要な戦闘能力への再投資することによって、長期的に軍の規模や戦力を維持すること」にある。各軍には、5年間で4軍合わせて少なくとも1000億ドルを削減することが指示された。中でも「官僚機構、施設、プログラム、契約慣行、文民及び軍人数、並びに間接費用」の徹底的な見直しが求められた。
この見直しの結果として2011年1月に発表された国防費削減計画は、「5年間で1500億ドル以上を削減可能である」というものであった。計画には間接費用の見直に加えて、2015年に開始する陸軍と海兵隊の規模縮小が含まれている。後者は、アフガニスタンへの地上軍派兵を2014年度までに相当程度縮小するとの想定の下、現役定員を陸軍2万7千人、海兵隊1万5千人から2万人削減するというものである。
オバマの「財政再建委員会」
このDODの予算見直しの背景にはオバマ政権による包括的な財政再建方針がある。
10年1月18日、オバマ大統領は、財政再建に本格的に取り組むため、諮問機関「国家財政責任・改革委員会」(略称「財政委員会」)を発足させた※。
※http://www.fiscalcommission.gov/
この委員会に対して、軍事費削減を求める国会議員やNGOなどから、数多くの提言や意見が寄せられた。バーニー・フランク下院議員(民主党)とロン・ポール下院議員(共和党)の提唱で発足し、NGO関係者が多数参画するプロジェクト「持続可能な国防タスクフォース」は、10年6月1日「負債、赤字そして国防」と題した報告書を発表し、「軍事費を10年間で1兆ドル削減すること」を提案した。削減案の中には、1)戦略核弾頭を1000発に削減すること、2)ミサイル防衛は、能力が実証されたものだけに絞りこむこと、3)欧州・アジア配備地上兵力の約3分の1を削減することなどが含まれている※。
※この報告書については、本コラム2010年8月号で取り上げた。
さらに10月13日には超党派の国会議員57人が連名で、「財政委員会」に書簡を送り、連邦政府予算の56%を占めるDOD予算の大幅削減を求めた。
11月10日、「財政委員会」は、15会計年までに国防費1000億ドル以上を削減することを含む報告書の共同議長草案を発表した。それは間接費削減(280億ドル)、調達抑制(200億ドル)、非戦闘要員の賃金の3年間凍結(92億ドル)、海外基地の1/3削減(85億ドル)、研究・開発・試験費の10%削減(70億ドル)を含むものであった。ここには、前記の議員や「タスクフォース」の提案も一部採用されていた。
国防総省は「財政再建委員会」には耳貸さず、独自削減案
ところが、この議長草案に対し軍需産業関係者やそれらとつながる議員を中心に強い反論が起こり、国防費削減案は12月1日の最終報告からほとんど削除された。「財政委員会」は12月3日、最終案についての採決を行ったが、委員18人のうち、賛成11、反対7であり、議会への提出に必要な賛成数14人に届かなかったため、議会への提出は見送られている。そして国防総省が発表したのが前出の2011年1月の軍事費削減計画だったのである。
この経過が物語るのは、DODに連なる産業界や議員たちは「財政委員会」のような外部からの提案には耳を貸そうとしないという事実である。これは米「国防コミュニティ」が築いた「既得権」の壁の厚さを物語る構図といえる。しかし、その「利権集団」でさえ、軍事費削減を提案しなければならないほど、米の財政事情は逼迫しているのである。
在日米軍駐留を問うチャンス
2011年1月、ニューヨークタイムズとCBSが行った世論調査結果においては、「赤字を減らすための軍事費削減の方法としてどれを選ぶか」という質問に対し、55%が「欧州とアジアの米軍基地を減らす」ことを上げた。一方、フランク、ポール両議員は、軍事費削減を求める動機を、リベラル派ウェブサイト「ハフィントン・ポスト」に次のように書いている。「欧州は休暇、早期退職、医療システム、福祉制度の拡充によって社会システムを強めた。対照的なのが米国の資本主義の過酷さである。欧州はNATOと米国の傘によって、より少ない軍事費という利益を享受している」、「軍事力を世界に及ぼすことによって、合衆国の納税者は利益を得てはいない。治安の悪化に際して米国が介入することが超大国としての義務であるという考え方は、実際には世界のいたるところで反発を招き、しばしば悪い結果をもたらしている」※。
※この記事の全訳も、本コラム2010年8月号。
このように米市民社会や議員の中には軍事費削減のために、米軍の海外駐留・海外活動を疑問視する考えが広がりつつある。この議論が、日本の防衛力の強化につながる側面を持つことは確かである。実際、1990年代には共和党を中心にそのような議論が盛んだった。その時、国防総省は「いや、米軍駐留は日本を守るためにではなく米国の国益を守るためだし、思いやり予算を負担してくれる日本に駐留させる方が本土に置くより安上がりなのだ」と反論し、2003年に始まった米軍の世界的再編でも在日米軍は「生き延びた」という経過がある。
しかし世界的な不況を背に起こっている今回の議論は、それとは質を異にするものである。この議論は、沖縄海兵隊を含む米軍駐留を削減し、最終的には終わらせることを求める日本市民の運動にとっての重要な手がかりがあるといえないだろうか? 財政再建が喫緊の課題であることにおいて、日本も米国も変わりはない。加えて、今後は原発災害を含む震災復興に多額の費用が必要になる。日本においても、軍事費―その中には当然、在日米軍駐留や海兵隊のグアム移転経費の負担が含まれる―削減と、真の人々のニーズへの再配分を求める世論を高める時である。
この取組みは、当面は日本国内での議論を深化させるべき課題であろう。だが、冒頭に述べた地球市民としてこの議論を世界に波及させることこそ、「九条」を持つ日本の最大の国際貢献だと思うのだ。(湯浅一郎・田巻一彦)