平和軍縮時評
2011年02月28日
平和軍縮時評2月号 文民による「安全保障」を構想しよう―米「外交・開発政策見直し」と日本 田巻一彦
安全保障=軍事力という呪縛
日本の政治家たちは「抑止力」という言葉に弱い。沖縄で海兵隊がどのように危険なありようで普天間飛行場を運用していたとしても、「浮かぶ原発=原子力空母」によって横須賀と周辺地域の人々が後世に残るかもしれない危険を背負わされようとも、「日本の平和とアジアの安定のための抑止力」だといわれたとたんに黙ってしまう、あるいは国民も黙らされてしまう。とどのつまりは米国の「予防戦争(これは「抑止論」の延長上での戦争にほかならない)にお金を出し、基地の自由使用を許すことによって支える。「日米同盟」とは「軍事力による抑止」によって結ばれた二国関係なのだから、当然だろうと考えてしまう。
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」(憲法前文)平和と安全を守るという考え方がそのままでは通用しにくい現実が世界にはあることを、100歩譲って認めるとしても、この「抑止力信仰」は異常である。せめて、「抑止力」とはつまり「軍事力」のことであるという一面的な捉え方を「カッコに入れる」ことができたならば、安全保障を巡る議論は随分自由で生産的なものになるに違いない。
安全保障における「外交」の役割
実は、「日米同盟」の相手であり世界最強の軍事大国である米国においてさえ、「軍事力」ではない「外交力」によって、戦争を防止・抑止するという考え方が、公式に打ち出され始めている。
2010年、米国政府は国防・安全保障関係の二つの重要な文書を発表した。「四年毎の防衛態勢見直し(QDR)」(2月)と「核態勢見直し(NPR)」(4月)である。あまり知られていないが、これらと平行して以下のような「四年毎の見直し」報告も作成された。「国土安全保障見直し」(QHSR)、弾道ミサイル防衛見直し(BMDR)そして宇宙態勢見直し(SPR)である。これらはすべて10年5月に発表された「国家安全保障戦略」を各分野において実行に移す基本的な枠組みを示すものであった。
オバマ政権が打ち出した新基軸は、初めてここに「外交・開発政策見直し」(QDDR)を加えたことである。この報告書の作成主体は、国務省(他の報告書はいずれも国防総省、あるいはその下部組織が中心となった)である。「QDDR報告」の焦点の一つは、紛争予防・対処任務を担う文民組織とその海外遠征能力の強化を提案したことである。これは前政権から継続する「全政府的アプローチ」による安全保障戦略の具体化を目指すものだ。
「全政府的アプローチ」による安全保障
10年5月27日に発表されたオバマ政権にとって初の「国家安全保障戦略」は、テロとの戦いや国際的な不拡散といった継続する課題に加えて、防衛、外交、開発、国土安全保障、情報など「すべての手段を向上させ、バランスさせ、統合する」ことによって安全保障を確かなものとする、という「全政府的アプローチ」を追求するという方針を示した。その努力の中心に据えられるのは「文民の能力の拡大とその制度化」であった。
この「全政府的アプローチ」という考え方自体は決して新しいものではなく、その起源はブッシュ政権にさかのぼることができる。ブッシュ政権は06年「国家安全保障戦略」はこの考えを示し、それを具現するための文民組織(CRC=文民予備隊)の創設が提唱された。この考え方は、ブッシュ政権からオバマ政権へと続投したゲイツ国防長官が09年1月に発表した「4年毎の役割・任務見直し」(QRMR)報告書においても「全政府的アプローチ」は安全保障の中核的概念とされ、「早期の制度化」の重要性が強調された。外交と防衛(すなわち文民と軍)の統合戦略、いわゆる「スマートパワー」である。
そして「全政府的アプローチ」は09年1月に発表された「オバマ・バイデン政策課題」に登場する。同文書は防衛政策に言及した部分で「世界的安定を促進するための全政府的アプローチの開発」と題して次のように述べた。
「軍と文民の努力を統合する:(略)陸・海・空・海兵隊の兵士たちを民生的任務から解放するために、国防総省以外の各省庁が、必要な場所に要員及び分野専門家を配備する能力を構築する」。
「文民援助部隊を創出する:文民の志願者から構成される専門的能力(医師、法律家、技術者、都市計画家、警官等)から組織された25,000人の文民援助隊(CAC)を創設し、必要な時に国内外に配備できる能力を各省庁に提供する」。
すなわち、海外遠征能力を持った文民組織の創設がオバマ政権の政策目標とされたのである。それはゲイツらによって敷かれた「スマートパワー」路線を具体化するものであった。
文民の紛争予防・対処能力強化を目指す
10年12月15日のタウン・ミーティングで、ヒラリー・クリントン国務長官は次のように話した。「QDDRは国務省(DOS)と国際開発庁(USAID)を、より機敏で効率的かつ説明責任に適うものとするための青写真である。言い換えれば『文民パワー』の活用によって変化しつつある世界におけるわが国が指導力を発揮してゆくための設計図である」。「文民パワー」とは「外交を実践し、援助プログラムを遂行し、紛争を予防し危機や紛争を予防し対処するために行動している、合衆国政府の文民すべての統合した力である」。
QDDR報告書「文民パワーによって主導する」※の本文は、次の6章からなる。第1章 世界的潮流と政策の指導原則/第2章 21世紀の外交環境に適合する/第3章 開発を果実配分へと高め、変革する/第4章 危機、紛争、不安定を予防し対処する/第5章 より賢明に行動する/第6章 結論。
※ http://www.state.gov/s/dmr/qddr/
報告書は「脆弱国家」における危機や不安定は、放置すれば、紛争やテロリスト、犯罪者ネットワークの「安全な居場所」を提供し、ひいては米国への脅威につながるという認識に立ち、それを予防するために外交と開発が果たしうる役割はすべての局面に潜在していると述べる。DOSとUSAIDはこの目的にたって文民集団を海外に派遣してきた。しかしそこには、問題が少なくないと報告書は指摘した。すなわち、これまでの努力の多くは、1)両省庁(DOS、USAID)の恒常的な本務として認識されず、その場その場の必要に応じて行われてきたこと、2)DOSとUSAIDの間の責任と指導性が曖昧であったこと、そして3)活動に必要な専門知識を有する文民の育成と確保が系統的になされておらず、文民組織の機動性にも問題があったこと、である。
3)に関連して、報告書は、両省庁の内外からの志願により選ばれた専門家で構成する現在の文民予備部隊(CRC=Civilian Reserve Corps)を、危機に際しての迅速な遠征能力を強化した「専門家部隊(EC)」に改編することを提案している。CRCは、ブッシュ政権が06年に設立した、連邦政府の文民職員の志願者から構成され、大規模災害救助や戦後復興を任務とする文民対処部隊(CRC=Civilian Response Corps)の予備役組織である。「専門家部隊(EC)」は、「オバマ・バイデン政策課題」がいうCACと同じ概念の組織であると考えられる。
軍縮NGOは軍事費削減につながることを期待
ECのための予算措置をめぐる議会との折衝は今後の課題とされている。「文民パワー」の制度化については主要な関係省庁である国防総省(DOD)とDOSが総論的には一致しているが、所掌官庁がどこになるのか、予算をどの省庁に配分するのかという、QDDR以前から未整理であった問題はまだ解決されていない。「全政府的文民組織」の予算は、現状では議会の8つの常設委員会で審議される必要があると見られている。ゲイツ国防長官は包括的に審議する常設委員会の設立を提唱した10が、まだ実現していない。背景には、巨大な国防予算を持つDODと比較的予算規模の小さいDOSの間での予算を巡る確執が存在するとも伝えられている。一方、DODには、高まる予算削減圧力の中で「軍の平和利用」と一体化しやすい文民組織の拡大に組織防衛の活路を見出そうという思惑もあるものと思われる。
軍事費削減を目指して06年から活動しているNGOの研究グループ「統合的安全保障予算(USB)タスクフォース」(本コラム・10年8月号で紹介)の09年の報告書は、QDDRがQHSR(4年毎の国土安全保障見直し)及びQDR(4年毎の国防見直し)と並行で進められていることを歓迎しつつ、「(3つの予算の間の)トレードオフのパイプはつながっていない」と指摘し、軍事と外交の全体を統合的に検討する「4年毎の安全保障政策見直し」が必要であると主張している。「タスクフォース」の問題意識が、文民の役割拡大を軍と軍事費の縮小につなげてゆくことにあるのは言うまでもない。
日本の安全保障論へのヒント
QDDRが述べるような議論は、巨大な軍事機構と予算を持つ米国の現実を前提としたものである。巨大な軍隊の「平和利用」が戦闘部隊としての本来機能と紙一重のところに存在する事も確かである。そのことに注意をしなければならないのは当然だが、この議論を日本で深めてゆけば、「抑止の手段として日米同盟」という呪縛から抜け出して、安全保障を憲法平和主義に適ったものへと変革してゆくことが可能だと思うのだが、どうだろうか?
たとえば、12月に発表された「防衛計画の大綱」(本コラム・09年12月参照)は、「防衛力の役割」として次のような活動を上げている。
(2)アジア太平洋地域の安全保障環境の一層の安定化
(略)また、非伝統的安全保障分野において、地雷・不発弾処理等を含む自衛隊が有する能力を活用し、実際的な協力を推進するとともに、域内協力枠組みの構築・強化や域内諸国の能力構築支援に取り組む。
(3)グローバルな安全保障環境の改善
人道復興支援を始めとする平和構築や停戦監視を含む国際平和協力活動に引き続き積極的に取り組む。また、国際連合等が行う軍備管理・軍縮、不拡散等の分野における諸活動や能力構築支援に積極的に関与するとともに、同盟国等と協力して、国際テロ対策、海上交通の安全確保や海洋秩序の維持のための取組等を積極的に推進する」。
これらの活動の多くを、文民が主導する専門集団の取り組みに転換することによって自衛隊の戦闘部隊の縮小につなげることができる。また「海上交通の安全確保や海洋秩序の維持」のひとつである「海賊対策」には、「アジア海賊対策地域協力協定」(ReCAAP)の下で、日本は海上保安庁を中心にマラッカ海峡周辺における海賊行為の大幅減に貢献したという実績がある。海上保安庁は「(略)軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」(海上保安庁法第25条)と規定された文民組織である。
同じく大綱がいう「防衛力の役割」に含まれている「大規模・特殊災害等への対応」も文民組織(総務省消防庁など)を軸にした再編が可能であろう。「防衛計画大綱」と同時に発表された「中期防衛力整備計画」に基づく23年度予算には、潜水艦の新建造に577億円など、新規装備や更新のために多くの予算が計上されている一方、災害対処訓練(自衛隊統合防災演習等)に当てられる予算は、(たったの!)1億円である。自衛隊が軍隊である以上、災害対処はいつまでも「副業」でしかない。
日本における文民の海外活動の制度化は、戦闘部隊と対に考えざるをえない米国流ではなく、平和憲法を持つ日本の独創的な安全保障論を構築することによって、「日米同盟」の意味をも転換させてゆくだろう。(田巻一彦)
(付記)東北関東大震災と福島原発危機という惨禍の中で、自衛官そして海兵隊を含む米軍兵士が勇気ある、献身的働きをしていることを私たちは知っている。彼ら、彼女らの「副業意識」をはるかに超えた、使命感と真情に応えるためにも、私たちは「安全保障のための文民組織」の創出と拡大を長期的な課題としてゆきたいと思う。