2010年、平和軍縮時評
2010年08月30日
平和軍縮時評8月号 軍事費の10年間・1兆ドル削減を 米超党派タスクフォースが勧告-具体的軍縮提案を日本でも 田巻一彦
6月1日、米国で、今後10年間で国防費を1兆ドル削減することを勧告する超党派タスクフォースの報告書が発表された。「負債、赤字そして国防の将来」と題された報告書は、米国が直面する「財政赤字と債務」という二重の経済危機に対処するためには、冷戦終結後、とりわけ2001年に始まる「テロとの戦い」の中で肥大化した軍事費を見直すことが不可欠であることを具体的な削減策とともに提案している。注1
「報告書」の新しいところは、軍事費の現状を吟味した上で具体的な数字を示して削減を提案していることである。これは前例のないことである。しかも、タスクフォースのメンバーには今年の原水禁大会のスピーカーをつとめた「ピース・アクション」のポール・マーチン氏や、どちらかといえば保守派と目されるシンクタンクのメンバーも含まれている。「タスクフォース」を仕掛けたのは、民主・共和両党の二人の重鎮議員である。
6つの分野での削減提案
報告書が削減対象として取り上げたのは6つの分野である。
・戦略戦力(核兵器及びミサイル防衛)
・通常戦力
・調達及び研究・開発
・人件費
・国防総省の維持管理、物資供給システムの変革
・司令部、支援機能及びインフラ支出
見直しにあたって、タスクフォースが設定した規準は次のとおりだ。次のいずれかに該当するものは思い切った削減の対象とされた。いわば国防総省と軍を対象とした民間版「事業仕分け」である。
・信頼性の低い、実証されていない技術に基づく国防総省のプログラム
・経費と利益のバランスが悪く利用価値の低い任務
・現在及び将来見込まれる課題に合致しない、あるいは投資額が過剰な資産及び能力
・マネジメントの改善によってより低コストで目標を達成できるもの
提案された削減策
紙面の都合で全体を見渡すことはできないが、日本の私たちにとって関心が深い分野での提案を紹介しよう。
◎核弾頭は、1000発に削減(新START条約の1550発より少ない)。戦略核の三本柱=大陸間弾道弾(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、爆撃機のうち、爆撃機の核任務を廃止して二本柱にする。ICBMは160発、SLBM搭載原潜は7隻に削減する。
(筆者コメント)新STARTと定義の仕方が違うので比較のしようがないが、新STARTは配備弾道ミサイルと爆撃機の上限を700としている)。いずれにせよ、直接の比較は難しいが、新STARTを超えたさらなる交渉と削減(ディープ・カット)を前提としていることは間違いない。
◎ミサイル防衛は、能力が実証されたものだけに絞り込む。
◎核兵器開発や核兵器インフラの近代化予算は減額する。
(筆者コメント)オバマ政権は、「備蓄核兵器維持管理プログラム」として、インフラ近代化を含む予算増を要求している注2。したがってこれは大きな政策転換を伴う提案である。
◎欧州配備地上兵力を65000人、アジア地上兵力を65000人に削減。プレゼンス縮小は急派能力、機動性向上で補う。
◎海軍艦船を現在の287隻から230隻に削減。空母機動部隊は現在の11から9に削減。
(筆者コメント)以上の提案はあくまでもタスクフォースによる想定であって、これが現実の予算審議などに直接反映される可能性は大きくない。しかし、オバマ政権も軍事費削減を志向しはじめていることを考慮すれば二人の超党派の重鎮議員のイニシャティブによるこの案が現実の政治過程に与える影響は決して小さくないであろう。
◎海兵隊の歩兵部隊を27大隊から4大隊削減。新垂直離着陸機MV22オスプレイ、遠征戦闘車両(EFV)の調達中止。
このタスクフォースを主導した二人の議員によるリベラル系ウェッブ・ニュース「ハフィントン・ポスト」への投稿を以下に訳出した。二人は、軍事費削減の緊急性を熱く語り、提案の趣旨を現実の予算に活かしてゆくことに向けた強い決意を表明している。
日本においても、このような議論と具体的提案がなされることが強く望まれる。と同時に、タスクフォースは米国の軍事費削減は、同盟国(欧州とアジア)の軍事的役割の拡大によって可能となるという前提に立っていることを忘れてはならない。このことを頭に入れた上で、長期的な視野にたった実現可能な安全保障構想に基づく軍事費削減提案をともに追求してゆきたい。(田巻一彦)
———————————————————————-
なぜ軍事費を削減しなければならないのか(全訳)注3
バーニー・フランク下院議員(民主党)
ロン・ポール下院議員(共和党)
「ハフィントン・ポスト」2010年7月6日
対立する二政党のメンバーである我々は、多くの重要案件については意見を異にしている。しかし、いくつかの重要な事案については協働を拒んではならない。
我々は赤字削減の努力の一部として軍事費の水準を実質的に削減することを提案する。これとりわけ重要な課題である。数十年にわたり、軍事費の問題は公然とした議論の対象とはされなかった。しかし、国防総省の2010年度予算・6930億ドルは、他の裁量的経費の総額よりも多い。イラクとアフガニスタンにおける戦費を除いたとしても、軍事費は総予算の42%を占める。
この軍事費の実質的削減なくして、経済が深刻なダメージを受け、我々の生活の質が劇的に低下するのは火をみるよりも明らかである。
我々は、戦場にいる部隊のための支出を絞ろうと言っているのではない。たとえその目的に反対であろうと、ひとたび兵士たちを戦場に送った以上は、我々には彼らが必要といているものを提供する義務がある。また、我々はテロとの戦いのための支出を削減せよと言っているのでもない。2001年9月11日に起こった殺戮の再発を防止するためには、できる限りのことをしなければならない。
世界が荒廃しソビエトが攻撃性を増していた第2次世界大戦の直後には、事実上すべての国を守るために要求されたならば、米国はそれに応える責任があった。65年がたち、その理由が失われた今にいたってもなお、我が国は同じ役割を引き受けつづけている。そして合衆国の軍事費は世界の軍事費の44%にまで膨らんでいる。西欧諸国が協力すれば我々よりも多くの資源を提供することができる。しかし、それらの国々は依然として自らの防衛を合衆国の納税者に依存している。ニューヨークタイムズの最近の記事によれば、「欧州は気前のよい休暇、早期の退職、医療システムの充実、福祉制度の拡大によって社会システムを強めた。それと対照的なのが米国の資本主義の過酷さである。欧州はNATOと米国の傘に守られることによって、より少ない軍事費という利益を享受している」。
民主主義同盟が強力な敵対国家によって脅かされる時、いつも起こるのは欧州諸国をどのように支援するのかという議論である。しかし、軍事力を世界に及ぼすことによって、合衆国の納税者は利益を得てはいない。治安の悪化に際して米国が介入することが超大国としての義務であるという考え方は、実際には世界のいたるところで反発を招き、しばしば悪い結果をもたらしている。
我々は政府は政府が提案しているよりもはるか早期にイラクから撤退するべきであると信じる。我々両名はイラク戦争に反対票を投じた。しかし、賛成票を投じた人でさえ、戦争開始以降、イラクに直接的軍事費として7000億ドル以上の税金が注がれたことを正当化することはできない。これには、より長期的な巨大な経費負担は含まれていない。我々は内戦のレフリーの役割、果ては選挙における論戦の調停役まで引き受けてしまった。
軍事費削減のための系統的アプローチを作り出すために、我々は「持続可能な国防タスクフォース」を立ち上げた。タスクフォースは、今後10年間で約1兆ドルの軍事費を削減するための具体的な勧告を含む報告書をまとめた。報告書は冷戦時代のいくつかの兵器の削減と海外における我が国の海外におけるコミットメントの縮小を求めている。このように削減・縮小しても、合衆国は我々が関与するだろういかなる国よりもはるかに強力でありつづけるだろう。削減計画は、我々の安全保障を強めこそすれ弱体化するものではない。
我々は現在、この提案への国会議員の賛同を募っている。我々は、同志であるロン・ワイデン上院議員、ウォルター・ジョーンズ下院議員とともに、大統領が赤字削減のための具体的な勧告を行うために設置した「財政責任と改革に関する国家委員会」に書簡を送った。我々は、民主・共和両党の指導者たちに、将来の赤字削減策のパッケージの中に軍事費削減を含めるよう明確に伝える。我々はそれに反するいかなる提案にも反対することを誓約する。
短期的には、経済の立て直しと雇用の創出が国家の優先課題である。しかし、将来の繁栄を確かにするためには過剰な軍事費の削減に着手することが不可欠である。削減された1兆円の使途に関して我々に合意があるわけではない。我々が合意しているのは、深刻な懸念に対応するためには、軍事費削減を避けて通るわけにはゆかないということである。(訳:田巻一彦)
注