2023年、平和軍縮時評
2023年05月31日
生物多様性の破壊と気候危機;解決には脱軍備が必須 ―G7こそが問題の温床―
湯浅一郎
2023年5月19日~21日、G7サミットが広島で開催された。岸田首相は広島出身を売りにし「核兵器のない世界」をめざすとし、米英仏の核兵器国3か国と、安全保障を米国の核に依存する核抑止政策を選ぶ4か国が広島に集い、核軍縮に関する広島ビジョンを採択した。「核兵器のない世界という究極の目標に向けたコミットメントを再確認する」としたが、NPT第6条に沿った核軍縮のための具体的なロードマップは何一つ示していない。核兵器保有と核抑止を確認しておいて、「核のない世界」をめざすとは、良く言えたものである。G7サミットは色々な視点から批判されるべきだが、ここでは、生物多様性の破壊の張本人はG7であるとの観点から検討する。
1.20世紀末、人類は「地球環境容量の限界」に直面していた
20世紀末、人類は、このまま生物多様性を破壊していけば、自らも含めて破滅への道であることを自覚し始める。その兆しは、1972年、ローマクラブが『成長の限界』を発表した頃からあった。同書は、このまま人口増加や環境汚染が続くと、あと100年で地球の成長は限界に達すると警鐘を鳴らしていた。この時、世界は第二次世界大戦後の西洋文明社会の物質的な豊かさを求めて、成長と繁栄の道を謳歌していた。1980年代になると「世界自然資源保全戦略」で初めて公式に「持続可能性」という概念が登場し、「ブルントラント・レポート:我ら共有の未来」の中で「持続可能な開発」の概念が打ち出された。
そして1992年6月、リオデジャネイロ(ブラジル)で開催された地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)で歴史的転換点を迎える。この会議で持続可能な開発に関する行動の基本原則である「リオ宣言」と行動綱領「アジェンダ21」を採択し、以下の2つの画期的条約が採択された。
①生物多様性条約(以下CBD)署名(93年5月発効)。日本はすぐに署名し、2019年12月現在、194か国とEU及びパレスチナが加盟している。米国は未締結である。
②気候変動枠組み条約(94年発効)。1997年、京都議定書に合意し、2015年には「2050年に産業革命前の地球の表面温度より2度Cより低い水準に保つこと」をめざしてパリ協定が締結される。
このようにして人類は、20世紀末の危機感から、ようやく対策を始めたわけである。
2.自然と人類の持続可能な共存が喫緊の課題となった背景
生物多様性の低下を食い止める見込みが立たない理由は、この課題が単にごく最近の短期的な出来事ではなく、少なくとも数百年をかけた人類活動の膨張に伴う「自然と人類の持続可能な共存」ともいうべき根深い事態であることに起因しているからである。それを推進してきたのは英米仏独など欧米であり、G7各国である。
「自然界と人類との持続可能な共存」とでもいうべき、かつてない問題が喫緊の課題になってきた背景は何か。その解決には現代文明の根本的変革を視野に入れ、相当な時間をかけた努力が不可欠である。G7にその問題意識がどこまであるのかは疑わしい。
「自然との持続可能な共存」が喫緊の課題となった背景は、産業革命からの約250年間にわたる化石燃料依存文明の拡大にある。産業革命以降の人間活動の規模拡大の歴史は、南極氷床を分析した大気中の二酸化炭素濃度の変遷から推測できる(図1)。この図には3つの変曲点がある。第1は蒸気機関の発明(1769年、ジェームズ・ワット)から石炭使用量の急速な拡大がおきた1770年頃である。第2は日本で言えば明治維新の1870年頃で、石炭への依存度が増していった時期である。そして第3が1960年頃で、石油文明への移行の時期である。その結果、図には3つの傾きを持つ直線がみえている。特に目立つのは1960年代以降の急増である。こうして人間活動の急激な拡大により地球規模で大気中の二酸化炭素濃度が増加し、広域的な大気や海洋の汚染が慢性化し、地球規模の大気海洋系の運動を左右するまでになり、生物の生息地を破壊し、結果として急激な生物多様性の低下をもたらした。
シルクロードの命名者で著名な地理学者フェルデイナンド・フォン・リヒトホーフェンが、1868年9月、瀬戸内海を通る船旅での旅行日記で、「広い区域に亙る優美な景色で、これ以上のものは世界の何処にもないであらう。将来この地方は、世界で最も魅力のある場所のひとつとして高い評価をかち得、沢山の人を引き寄せるであらう。《中略》かくも長い間保たれて来たこの状態が今後も長く続かんことを私は祈る。その最大の敵は、文明と以前知らなかった欲望の出現とである」と書いている。この時、リヒトホーフェンは、欧州で進む産業革命に伴う人間活動の膨張という急激な変化の先に暗い未来を想像していたのではないか。それから50~100年の間に核物理学の発展などに伴う核兵器や原発の開発や遺伝子レベルの解明に伴う遺伝子操作技術など、倫理的にも今後人類が問うていかねばならない領域に踏み込む事態が続いている。
3.生物多様性の保全・回復の取り組み
生物多様性条約(CBD)の1993年発効から丸30年間がたつが、その経過を振り返る。日本は、いち早くこの条約に加盟したが、「生物多様性基本法」が施行されるのは、発効から15年後の2008年6月である。そして2010年10月、CBD第10回締約国会議が名古屋で開催され、日本は議長国として重責を担った。ここで2020年に向けて生物多様性の回復のために21の行動目標を定めた「生物多様性戦略計画2011-2020」(愛知目標)が合意され、日本は2012年には第5次「生物多様性国家戦略」を閣議決定した。
愛知目標の目標年1年前の2019年5月、「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットホーム」(以下、IPBES)は、第7回総会(パリ)において世界初となる「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」を発表する。これには、「世界中に約800万種と推定される動植物について、約100万種がここ数十年内に絶滅の危機にある。」、「海生哺乳類の33%超が絶滅の危機に直面している」と衝撃的なことが書かれている。
そして2020年9月15日、生物多様性条約事務局は、「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)概要要約」を発表し、愛知目標で完全に達成された目標は一つも無かったことを明らかにした。その上で、この状況を克服するためには「今までどうり」(business as usual)から脱却し社会変革(transformative change)が必要だとした。
愛知目標の目標年である2020年10月、CBD第15回締約国会議が中国の昆明で開催される予定であったが、コロナ禍により4度延期されることとなった。予定よりの遅れが丸2年がたつ2021年10月から2022年12月にかけて2部に分けて実施された。
第1部は、2021年10月11~15日、オンラインと対面の併用開催で、「エコロジカル文明:地球のすべての命に共有される未来をつくる」と銘打った昆明宣言を採択した。
第2部は、昆明でのコロナ禍を避けるため、2022年12月7日~19日、カナダのモントリオールに場所を移し、対面で開催された。2050年までの長期ビジョン「自然と共生する世界」を掲げ、2030年へ向けた「昆明・モントリオール世界生物多様性枠組み」に合意した。「今までどうりから脱却し」、「社会、経済、政治、技術を横断する社会変革」をめざすとし、4つのゴールと23のターゲット(目標)で構成されている。目標3は、「世界の陸域、海域の30%以上を保護区にする」(30by30)とされた。愛知目標では陸17%、海10%だったので、それより高い目標が掲げられている。目標2は、「劣化した生態系の少なくとも30%を再生する」としている。
これに関連して、G7は、2021年のコーンウォールサミット(英国)で「2030年「自然協約」を採択している。2030年までに自国の陸域と海域の少なくとも30%を保全すること等を約束し、昆明・モントリオール枠組みとほぼ同じ内容に合意していた。これが本気なのであれば、まずはG7の中心にいる米国が生物多様性条約に加盟せねばならない。問題は250年前の産業革命に端を発する化石燃料文明と世界規模の資本主義経済システムにあることを明確にし、それを克服する道を示すのでなければならない。しかしG7広島サミットはそうした根本的対策を用意しているはずはなかった。
4.閣議決定された第6次「生物多様性国家戦略2023-2030」
日本政府は、2023年3月31日、昆明・モントリオール枠組みに沿って第6次生物多様性国家戦略を閣議決定し、「陸と海の30%以上を保護区にする」などを盛り込んだ。環境省の原案では「30%」だったが「30%以上」になったのは、環瀬戸内海会議や辺野古土砂全協がパブコメの意見書で「少なくとも30%」を入れるべきだと主張したことが反映されている。
このためには、海でいえば2016年に環境省が抽出した全国に270か所ある『生物多様性の観点から重要度の高い海域』はすべて保護区にすべきである。「今まで通りから脱却する」のであれば当然の方針である。そうなれば、例えば防衛省の辺野古新基地建設の埋め立て事業は、ジュゴンやウミガメの生息に深く関わり、多様なサンゴが生息し、2019年にはホープ・スペース(希望の海)に認定されたように国際的にも貴重な生物多様性を根こそぎ消滅させる行為であり、本戦略に抵触することは自明であり、中止されるべきである。
また上関原発予定地である田ノ浦海岸は、「長島・祝島周辺」(海域番号13708)と名付けられた重要度の高い海域である(図2)。この海域は、「護岸のない自然海岸が多く、瀬戸内海のかつての生物多様性を色濃く残す場所である。祝島と長島を隔てる水道はタイの漁場として有名であり、スナメリやカンムリウミスズメが目撃されている。岩礁海岸ではガラモ場が非常によく発達しており、生産性も高い。宇和島ではオオミズナギドリお繁殖地が見つかっている。」とされている。270海域の中でも瀬戸内海の原風景を残し、生物多様性の豊かさという点ではトップクラスの海域である。生物多様性国家戦略に照らして、そのまま保護するのが妥当な選択である。従って「田ノ浦海岸に関する山口県知事の埋立て承認には、生物多様性基本法に照らして法的に瑕疵がある」と言わざるを得ない。
いずれにせよ2023年から、日本政府には「社会変革」が盛り込まれた「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」(=ポスト愛知目標)と第6次生物多様性国家戦略を推進する責務が生じた。G7広島サミットは、札幌での環境大臣会合において、それなりに詳しくこの点に触れている。しかし、おそらく政府は、「国家戦略には法的拘束力がない」ことを理由に、「これまでどうりの施策」を強行する可能性が高い。これは「未来への国家による犯罪行為」が続くことになることを意味する。
6.浪費型文明を見直し、社会変革を進めるしかない
18世紀の産業革命に端を発し、科学技術の進歩を背景に資本主義的社会経済システムを運用し、化石燃料漬け文明の時代が約250年ほど続いてきた。特に1960年以降において人間活動は地球規模で気候変動を左右するに至り、生物多様性を急激に低下させ続けている。1970年代の石油危機からほぼ半世紀を経て、その弊害が表面化し、同時にコロナ事態に遭遇したことの意味を深刻に受け止めつつ、今は産業革命以降の歩みを省察し、変革へ向け歩みだすときである。しかしG7にその視点はない。
そうした視点で、人類社会の在りようを見ると、ウクライナへのロシア侵略とNATOによるウクライナへの軍事支援の拡大により、戦争は長期化が避けられない状況である。さらにウクライナ危機を口実として世界規模の軍拡が続いており、日本は、まさにその1つである。22年12月、安保3文書を改定し、「防衛力を背景にした外交」の方針を打ち出し、敵基地攻撃能力の確保、防衛費の倍増をもくろんでいる。
こうした状況を地球の外から眺めていたら、なんと愚かしい生き物だと思われるに違いない。今、人類は、国同士で殺し合いをしている時ではない。生物多様性や気候危機への対処という喫緊の課題が突きつけられているのである。
自らの「軍事力による安全保障」が他者の安全を侵害するとき、相互の不信と憎悪を増幅し、結果として核軍拡競争を生みだし、それがさらに不信と憎悪を増幅するというスパイラルに陥る。このような構図を<軍事力による安全保障ジレンマ>と言う。限られた資源とエネルギーを軍事に投入しあうことが生み出すのは、安全と安心ではなく、むしろ止め度のない軍拡と終わりが見えない対立が続く未来だけである。
米ソ冷戦終結から30数年の歴史は、「共通の安全保障」により見かけ上、冷戦は終わったように見えたが、ロシアのウクライナ侵略により、実際は問題を抱えたままであったことが明らかになった。この点を包括的に振り返ってみることこそ、今、求められている。
軍事で平和は作れないのである。「軍事力が平和を担保する」の常識から、「軍事力によらない安全保障体制の構築」、脱軍備への道を拓くことが必須である。憲法9条はその基礎になる財産である。憲法9条の精神を外交政策として具体的な形で構築していくことこそ重要。北東アジア非核兵器地帯構想を打ち出すなど包括的な平和の枠組み作りの突破口を創りださねばならない。
気候危機や生物多様性の低下を食い止めていくために、化石燃料依存の文明を変革することが不可欠である。今、求められることは、浪費型文明を見直し、社会変革を進めることである。膨張を前提としたグローバルな資本主義体制の変革が不可欠であり、脱軍備で文明の変革へ向かうことが同時並行して進められねばならない。G7が、そうした姿勢もないままウクライナ侵攻を口実に軍拡を正当化し、核抑止体制を強化するためにヒロシマを利用することは許されることではない。