2024年、未分類、平和軍縮時評

2024年06月30日

生物多様性から見た上関『使用済み核燃料中間貯蔵施設』計画―海洋保護区での港湾・防波堤建設や埋立て・浚渫はあり得ない―

湯浅一郎

 2022年11月28日、中国電力(以下、中電)の上関原発建設の埋立て免許の延長申請に対して、山口県知事は公有水面埋立て免許期限を2027年6月まで延長する3回目の承認を行った。同時に山口県は、中電に対し原子炉の設置許可が出て、原発本体の着工時期が見通せない間は埋立てをしないようにとの条件を付している。いずれにせよ上関原発建設計画はくすぶったままである。

 さらに2023年8月2日、中電は、今度は関電の苦境を救う一助として、使っていない上関町の所有地での「使用済み核燃料中間貯蔵施設」の立地調査を表明した。再処理工場の稼働が全く見通しが立たないことなどで核燃料サイクルが破綻している中で原発再稼働を推進するというあまりにも愚かな国の方針のつじつま合わせのために、極めて不当な政策が出てきたのである。しかし、そんなことのために、かけがえのない自然と生物多様性を壊すわけにはいかない。海洋保護区での港湾・防波堤建設や埋立て・浚渫は生物多様性の保全の観点からみてありえない計画であることを明らかにする。

1.100%海洋保護区で囲まれた中電所有地

 2024年6月26日、山口県議会において中島光雄議員が「公開されている共89号(長島西部)、共84号(長島中部)(令和6年(2024年)1月1日更新)の図のすべての海域が共同漁業権を有していると考えてよいのか」との質問を行った。これに対し、山口県は「共同漁業権共第84号と共第89号の漁場図で示している全ての海域について、現在、共同漁業権が免許されています」と答弁した。

 山口県HPに掲載されている共同漁業権第89号の海域図を図1(注1)に示す。私は、この図を見たとき、長島西端の田ノ浦沖の上関原発の埋立て予定地が含まれる海域との境界が示されていないことに疑問を持った。田ノ浦の海域については、2000年4月27日、四代や上関漁協と中電との間で漁業補償契約書(注2)が取り交わされ、田ノ浦沖と取水口用の2か所の海域は「漁業権消滅区域」とされている(図2)。しかし、図1に、図2で示した「漁業権消滅区域」との境界がないということは、漁業補償海域にも共同漁業権があるということなのかという疑問があった。 中島県議の質問に対する山口県の答弁は、この疑問に関して「今も共同漁業権がある」という回答を与えている。田ノ浦沖は、漁業補償がなされて漁業権が放棄されたようになっているが、なぜ共同漁業権はあるのか? 漁業法で、漁業権は「漁業を営む権利」と定義されており、漁業者が免許申請をしてきた場合には、県知事としては「漁業の免許」を半ば自動的に出しているということなのではないか?

図1 山口県長島における共第89号共同漁業権区域図

図2 漁協と中国電力との漁業補償に基づく漁業権消滅・準消滅・工事作業区域図

 いずれにせよ、この事実は中間貯蔵施設や上関原発計画に関して極めて重要である。これにより、中電所有地が面する海は、すべて生物多様性の保全という目的を持った海洋保護区であることになるからである。背景は以下である。

 2010年、名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議において、2020年に向けて生物多様性を保全し、回復するための国際合意として20項目にのぼる「愛知目標」が採択された。その第11項目は「2020年までに沿岸の10%を海洋保護区にする」としている。これを受けて環境省は、2011年5月、「我が国における海洋保護区の設定の在り方について」(注3)なる文書で海洋保護区を以下のように定義した。

 「海洋生態系の健全な構造と機能を支える生物多様性の保全及び生態系サービスの持続可能な利用を目的として、利用形態を考慮し、法律又はその他の効果的な手法により管理される明確に特定された区域」

 この定義に基づき、環境省は、2020年予定の第15回生物多様性条約締約国会議に向け、いくつかの法的な枠組みで持続的に利用できるような海域を保護区とする作業を進めた。コロナ禍でやや遅れたが2021年8月の環境省の資料(注4)には、その結果が以下のように示されている。

①自然景観の保護等;自然公園(自然公園法):優れた自然の風景地保護と利用の増進。
②自然環境又は生物の生息・生育場の保護等;
・自然環境保全地域、沖合海底自然環境保全地域(自然環境保全法):保全が特に必要な優れた自然環境を保全する
・鳥獣保護区(鳥獣保護管理法):鳥獣の保護
③水産動植物の保護培養等
・保護水面(水産資源保護法):水産動植物の保護培養。
・沿岸水産資源開発区域、指定海域(海洋水産資源開発促進法) 水産動植物の増殖及び養殖を計画的に推進するための措置等により海洋水産資源の開発及び利用の合理化を促進
・共同漁業権区域(漁業法) 漁業生産力の発展(水産動植物の保護培養、持続的な利用の確保等)等

 つまり日本では、愛知目標の「海の10%を海洋保護区にする」を、自然公園法、自然環境保全法、鳥獣保護管理法、水産資源保護法、海洋水産資源開発促進法、漁業法など既存の法律に基づいて作られている「特定の区域」を、そのまま海洋保護区として選定することで対応したのである。この中で最も面積が広いのが共同漁業権区域である。これによりほぼ90%の瀬戸内海はすでに海洋保護区になっている。日本全国で言うと、このかたちで8.3%の日本の周りの水域が海洋保護区に指定され、国連にも報告されている。

 しかし、漁業者を初め市民に、ほとんどこの認識はない。かく言う私自身が、昨年10月まで明確には認識していなかった。このような事態が起きている背景には、環境省や各県が、愛知目標に対応した海洋保護区が決まっていて、瀬戸内海では共同漁業権区域が切れ目なく張り巡らされている関係で、海辺から普通に見ている海はほとんど海洋保護区であることを市民に知らせようとしていないことに起因している。

 いずれにせよ以上から分かるように共同漁業権区域は海洋保護区とされているわけである。ここで、冒頭で示した山口県議会における中島県議の質問に対する山口県の答弁が生きてくる。つまり上関の中電所有地が面する海には共同漁業権が存在し、結果として100%海洋保護区になっているということになる。

2.上関の海は「生物多様性の観点から重要度の高い海域」の一つ

 一方、生物多様性からの評価については、環境省が2016年に抽出している既存の『生物多様性の観点から重要度の高い海域』の沿岸域270海域があり、瀬戸内海には57海域がある(注5)。これらは、以下の8つの抽出基準を基に評価されている。

1.唯一性または希少性、2.種の生活史における重要性、3.絶滅危惧種、4.脆弱性、感受性または低回復性、5.生物学的生産性、 6.生物学的多様性、7.高い自然性の保持、 8.典型性、代表性

 その270海域には、原発予定地や立地点が含まれる。中でも上関原発予定地である田ノ浦海岸は「長島・祝島周辺」と名付けられた「海域番号13708」の中心に位置している(図3参照)。

図3 上ノ関原発予定地を含む重要度の高い海域「長島・祝島周辺」

 環境省によれば、この海域には、先に見た抽出の基準ごとに以下の特徴がある。

・基準2(生活史における重要性);[哺乳類]スナメリ、[鳥類]コアジサシ(営巣)、[魚類]イカナゴ(産卵場)、ヒラメ(産卵場)、マダイ(産卵場)、[甲殻類等]カブトガニ、[頭足類]マダコ。
・基準3(絶滅危惧種):[鳥類]コアジサシ、[維管束植物]ヒロハマツナ。
・基準7(自然性):[甲殻類等]カブトガニ、[維管束植物]ウラギク、ヒロハマツナ、フクド。

 そして特徴として「祝島と長島を隔てる水道はタイの漁場として有名であり、スナメリやカンムリウミスズメが目撃されている。岩礁海岸ではガラモ場が非常によく発達しており、生産性も高い。宇和島ではオオミズナギドリの繁殖地が見つかっている。」「護岸のない自然海岸が多く、瀬戸内海のかつての生物多様性を色濃く残す場所である」としている。270海域の中でも生物多様性の豊かさという点ではトップクラスなのである。

 加えて先に1.で見たように田ノ浦海岸を初め中電所有地が面する海はすべて海洋保護区とされている。そうなれば、まずは既に行われている山口県知事の田ノ浦沖に関する埋立て承認は、生物多様性の保全を目的とした海洋保護区を埋めることを承認するというあり得ない行為であり、「生物多様性基本法に照らして法的な瑕疵がある」ことになり、撤回されねばならないことは明らかである。1982年、地元自治体の誘致で始まった上関原発計画の海面埋め立てに関する山口県知事の埋立て認可は、生物多様性国家戦略の閣議決定、及び愛知目標に対応して海洋保護区が選定されているという新たな文脈の中で、その不当性が浮かび上がっている。

3. 海洋保護区での法的規制は無く、国家戦略に照らした検証プロセスは存在しない

 しかるに海洋保護区に選定されていたり、生物多様性国家戦略があるから自動的に開発は止まるわけではない。環境省は、設定した海洋保護区の生物多様性を保持するための指針や法的規制については何も定めていない。「各所管省庁がそれぞれの制度の目的に応じてその目的達成に必要な規制を設けており、それらの適切な運用を通じて、海洋保護区を管理していくことが重要である」としているだけである。つまり、せいぜい当該の法制度の運用によって管理していくとしているだけなのである。「海洋保護区」と称しただけで、それが実効的に有効になるための措置を取ろうとしていないのである。しかし、海洋保護区と称した以上、その目的に照らして「生物多様性の保全に逆行する行為は禁止する」との規制をかけるべきである。

 生物多様性国家戦略に照らして事業の妥当性を検証するプロセスはできておらず、環境省は、「国家戦略は、生物の保全、及び持続可能な利用に関する基本的な計画である」としつつも、「個別具体的な事業について言及しているものではない」としている。これでは、生物多様性国家戦略を閣議決定し、2030年までに「陸と海の30%以上を保護区にする」などとしていても、生物多様性の低下を抑えることは全くおぼつかない。

 20世紀末、人類は、このまま生物多様性を破壊していけば自らも含めて破滅への道であることに危機感を抱き、1992年、リオデジャネイロ(ブラジル)での地球サミットで生物多様性条約と気候変動枠組み条約をセットで採択した。しかし30年間の努力にもかかわらず事態の改善は見えていない。この状況を打開すべく2022年12月19日、生物多様性条約第15回締約国会議(モントリオール)は、生物多様性の維持・回復に関する「昆明(クンミン)・モントリオール生物多様性枠組み」に合意した。2050年までの長期ビジョン「自然と共生する世界」と、そのため2030年までに「陸と海の少なくとも30%を保護区にする」など23目標を盛り込んでいる。これを受け日本政府は、2023年3月31日、「生物多様性国家戦略2023-2030-ネーチャーポジテイブ実現に向けたロードマップ」を閣議決定した。これらの文書の底流には「今までどおりから脱却」し、「社会、経済、政治、技術など横断的な社会変革」をめざすとの基本理念を掲げ、その具体化のため昆明・モントリオール枠組みに即して2030年までに「陸と海の30%以上を保護区にする」など25の行動目標を盛り込んだ。これらにより政府は、生物多様性条約の新たな世界目標、及び生物多様性国家戦略に基づいて国のすべての政策を検証せねばならない義務を負うことになったはずなのである。にも拘わらず個別具体的な事業で生物多様性の損失をもたらすとしか考えられない要素があっても、何一つ対応しようとしていないのである。

 この状況下では市民が問題点を提起し、海洋保護区での港湾建設やましてや埋立てなどはあり得ないとの世論を作り、自治体や政府のありようを変えていく活動を強めていくしかない。

 ちなみに全国17か所の原子力サイトで、泊、東通、女川、福島、東海、浜岡、志賀、敦賀、美浜、大飯、高浜、島根の各原発も「重要度の高い海」に面している。共同漁業権に基づく海洋保護区との位置関係などを含め生物多様性国家戦略に照らしての検証が求められる。例えば浜岡原発は「駿河湾西域・御前崎・遠州灘周辺」(海域番号12901)、敦賀・美浜・大飯・高浜の4原発は「若狭湾」(海域番号16301)という名の重要度の高い海域内にある。前者は「大井川河口から遠州灘の海岸はアカウミガメの産卵地」であり、御前崎のウミガメ及びその産卵地が天然記念物指定されている。後者ではヤナギムシガレイ、マダイ、ヒラメなど多くの魚種の産卵場がある。こうした場に核分裂性物質を大量に保管する工場があり、稼働すれば膨大な温排水を放出することの意味が問われるべきであろう。

(注)
1)共89号区域図https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/169136.pdf
2)漁業補償契約書(2000年4月27日)。
http://www.kumamoto84.sakura.ne.jp/Kaminoseki/000427hoshoukeiyakusho.pdf
3)「我が国における海洋保護区の設定の在り方について」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/dai8/siryou3.pdf
4)令和3年度 第1回 民間取組等と連携した自然環境保全の在り方に関する検討会、資料3。https://www.env.go.jp/content/900489164.pdf 
5)環瀬戸内海会議HP。
https://www.setonaikai-japan.net/00kansetonaikaikaigi/301topics/topics301.html

 

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