平和軍縮時評

2018年06月30日

核軍拡基調のトランプ政権の核軍事戦略 ―弾頭の低威力化や使いやすい核兵器の開発へ― 湯浅一郎

2018年1月から2月にかけ、トランプ政権の核軍事戦略が相次いで発表された。中国、ロシアとの競争を優先課題として、冷戦思考に回帰する危険なものである。ここでは、核態勢見直し(以下、NPR)と国家防衛戦略(以下、NDS)につき分析する。

(1)核兵器の役割を拡大させるトランプ核態勢見直し
2月2日、トランプ政権下でのNPRが公表された。トランプNPRは、核兵器の役割として「自国と同盟国、パートナー国の死活的な利益を守るという極限的な状況においてのみ核兵器の使用を検討する」としつつも、「極限的な状況には、非核の重大な戦略的攻撃が含まれる」としている。つまり核兵器使用の対象を、通常兵器による攻撃などまで広げている。これは、核兵器の役割低減をめざしたオバマNPRを根本的に転換し、安全保障における核兵器の役割を拡大するものである。
背景にあるのは、核兵器の近代化を進め、新たな核能力を開発し、核戦力の重要性を増大させるロシアや中国、更には新たに核兵器国に加わろうとする北朝鮮、反米感情が強く核兵器国になりうる能力を有するイランを含め、米国に対する核戦力上の脅威の高まりがある。これら多様な挑戦課題に対処し、抑止の安定性を維持するために、米国は目的に適合した抑止オプションの柔軟性と多様性を強化するとする。
まず核の三本柱と非戦略核能力を持続しつつ、新世代へと交代させる。潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を装備するオハイオ級SSBN(戦略原潜)をコロンビア級に交代させるコロンビア計画を継続する。ICBMではミニットマンⅢの交代を2029年から開始する地上配備戦略抑止(GBSD)計画を開始した。

1)弾頭の低威力化と海洋発射巡航ミサイル開発へ
新たな戦略的環境に対応して米核戦力の柔軟性と迅速対応性を強化するべく、新たな核兵器の開発と既存の核兵器の改造が必要であるとし、非戦略核による抑止の強化を打ち出している。
多くの非戦略核を保有し、中距離巡航ミサイルの開発・実験を続けることで中距離核戦力(INF)全廃条約に反している疑いが濃いロシアが、限定的な核の先行使用に傾く可能性があり、このような誤った考えを否定するための抑止力が必要だとする。また、北朝鮮が、米国、同盟国及びパートナー国を脅かす様々な戦略的・非戦略的核システムを不法に開発していることを指摘する。トランプNPRは、これらの課題に対処し、地域侵略に対する信頼できる抑止の安定性を維持するために、「低威力オプションをも含め米国の柔軟な核オプションを拡大する」とする。そのために以下のような措置を取る。

  • 戦略爆撃機B52Hのみに搭載されてきている空中発射長距離スタンドオフ巡航ミサイル(LRSO-ALCM)を次世代のステレス爆撃機B-21レーダーに搭載する。B-21のステルス性、およびミサイルに核・非核の両方があることから先制攻撃兵器とみなされる危険性がある。
  • 核搭載爆撃機および核・非核両用戦術航空機(DCA)を世界中に前方配備する能力を維持し、必要に応じて強化する。そしてDCAを核爆弾搭載可能なF-35 戦闘機に切り替える。
  • 短期的には、敵対国の防衛網を突破することができる迅速対応の選択肢を確保するため、既存のSLBM弾頭を低威力爆弾に改修する。これは、トライデントⅡの少数のW76-1弾頭を改造するもので、発射されるミサイルが、低威力なのか戦略核なのか区別できないため、誤った反応をひきだす危険性がある。
  • 長期的には海洋発射核巡航ミサイル(SLCM)を開発する。1980年代半ば以降、米国は核トマホークというSLCMを保有していた。しかし2010年のオバマNPRは、約30年間、抑止と、特にアジアにおける同盟国への保証に貢献してきた従来型の核巡航ミサイル(SLCM)を退役させ、既に解体が終了している。トランプNPRは、それらの能力の復活を即時開始するとしたのである。

トランプNPRは、上記の弾頭の低威力化や新たな核巡航ミサイルの開発が、ロシアの非戦略核の削減につながるとしている。しかし実際には、全く逆にロシアの警戒感を強め、非戦略核への依存を強化する結果にしかならないであろう。実際、プーチン大統領は、3月1日の年次教書演説●2で、トランプNPRは通常攻撃に対しても核兵器使用の敷居を低くすることになると批判したうえで、ミサイル防衛網をすり抜ける巡航ミサイルなどの開発を公表した。このまま進めば、米ロの核軍拡が再燃しかねない。

2)ブッシュNPRに回帰、「使える核兵器」へ
トランプNPRは、核兵器の役割低減をめざしたオバマNPRを覆したが、その一方で、2001年のブッシュNPR●3に回帰した側面がある。ブッシュのNPRは、今後、長期にわたり核兵器の体制を保持し、現有核兵器の維持と近代化のみならず、脅威の現状に対応して新型核弾頭の研究を開始する必要性を述べた。特に現有兵器には限界があるとし、以下の4つの課題を例示した●4。

  1.  強化され地中深く埋められた標的(HDBT)をうち砕く能力。
  2.  移動式または移動中の標的を発見、攻撃する能力(主として情報・通信能力)。
  3.  化学、及び生物剤を破壊する能力。
  4. 付随的被害を限定する高度の正確性。

例えば、1では、当時、戦略的基地として約1400の地下施設があり、これに対し、「より効果的な地中貫通兵器があれば、はるかに低い威力の兵器を使って攻撃することができるとした。目的は異なるが、トランプNPRも、低い威力の核兵器を開発することで、先行使用がしやすい新型核兵器の開発を打ち出している。必要としている実際的な核攻撃の対象を想定して核兵器の役割を拡大するという考え方は極めて似ている。
当然ながらトランプNPRは地下核実験のモラトリアムは継続するが、包括的核実験禁止条約(CTBT)には参加しないと明言した。NPR前書きで、マティス国防長官は、NPTの目標への米国のコミットメントは依然として強いままであるとしている。トランプ大統領の発言が余りにもひどかったので、NPTを無視するのではないという姿勢が示されたのは、せめてもの救いであった。いずれにせよ核兵器のない世界への道は、この政権下では望むべくもない。

(2)冷戦思考に回帰する国家防衛戦略
1月19日、米国防総省は、新たな国家防衛戦略(以下、NDS)を発表した。その日、ジェームス・マティス国防長官は、ジョンズ・ホプキンス大学で講演し、NDSの概略を解説した●5。講演で長官は、2008年以来10年ぶりの本戦略は、17年12月にトランプ大統領が発表した国家安全保障戦略に基礎づけられており、「これは国防戦略ではあるが、真の意味で米国の戦略である」と強調した。
NDSは、まえがき、戦略的環境、国防総省の目標、戦略的アプローチ、むすび、から構成される。ここでは、戦略的環境の変化を見たうえで、戦略的アプローチで戦略的環境の変化にどう対応しようとしているのかを見てみよう。まず、まえがきで、「国防総省の変わらぬ任務は、戦争を抑止し、国家の安全を保障するに必要な信頼できる戦闘能力を備えた軍事力を提供することである」とした。そして、中国・ロシアなどをめぐる軍拡や情勢の急変で、軍事的競争における米軍の優位性が低下しつつあるとし、「現在、米国の国家安全保障における主要な懸念は、テロリズムではなく、国家間の戦略的競争である」とする。

1)戦略的環境の現状
NDSは、まず中国が南シナ海の軍事的機能を強化しながら、近隣国を脅かす収奪的経済を進めていることなどを踏まえ、「中国は、インド太平洋地域において中国に有利な秩序を、強制的に近隣諸国に再構築させるために、軍事力の近代化、影響作戦及び収奪的経済を活用している」とし、「インド太平洋地域の覇権を目指し、また将来は地球規模での優位を確立し米国に取って代わること」をめざしていると強く警戒している。そして「本戦略での最も遠大な目標は、二国間の軍事上の関係を透明性と不可侵の道に向かわせることである」とする。
一方、ロシアについては、NATO(北大西洋条約機構)を害し、欧州と中東の安全保障及び経済の構図を自国有利に変えようとして、隣接国の政治的、経済的、外交的、安全保障上の決定を拒否する権力を追求している、と述べる。ジョージア、クリミア、東ウクライナにおける民主的プロセスをゆがめ、転覆するために最新の技術を使うことは大きな懸念であるし、それが近代化する核戦力と結びついており、その脅威は明らかである、とする。
一方で、北朝鮮とイランは、ならず者国家であり続け、核兵器の追求やテロリズムを支援することにより地域を不安定にしている。北朝鮮は、政権の生き残りの保証および核・生物・化学・通常兵器のすべてを追求することで影響力を増大させ、また弾道ミサイル能力の向上により日米韓に威嚇的な影響力を及ぼそうとしている。この北朝鮮からの脅威を踏まえ、米軍は北朝鮮に対処する弾道ミサイル防衛の拡充に取り組む必要があるとした。

2)戦略的アプローチにおける3つの柱
上記の戦略的環境への対応としては、「長期間の戦略的競争においては、外交、情報、経済、金融、インテリジェンス、法の執行及び軍事という、国力における多数の要素を切れ目なく統合することが必要である」とし、あらゆる領域で米軍優位の空間を拡大するとした。そのために、3つの別個の方針を併行して推進する。

  1. より強力な統合軍を建設しつつ軍事的準備態勢を再建する。
  2. 新たな友好国を惹きつけつつ同盟を強化する。
  3.  国防総省の業務手法をより低コストでよりよい成果を出すために改革する。

まず1では、「準備態勢を優先する」として、「強さにより平和を達成するには、統合軍が戦争準備態勢により紛争を抑止することが必要である」とし、平時、戦時につき、それぞれ進めるべきことを列挙する。
更に以下のような要となる能力を近代化する。

  • 核戦力については、核の指揮・統制・通信・支援インフラを含めた核の三本柱。
  • 戦争遂行領域としての宇宙及びサイバー空間。
  • 指揮、統制、通信、コンピューター、諜報、監視、及び偵察(C4ISR)。
  • ミサイル防衛に関しては、戦域ミサイルと北朝鮮の弾道ミサイルの脅威の双方に対応する多層的ミサイル防衛及び破壊能力に投資を集中。
  • 戦闘環境下での統合軍の殺傷能力。

2の同盟国と友好国との連携強化では、「互恵的な同盟やパートナーシップは、米国の戦略にとって必要不可欠であり、米国の競争相手やライバルが追随できない永続的で非対称的な戦略的優位性を提供する」としている。具体的には、アジア・太平洋、NATO、中東、米大陸と周辺、アフリカの5地域につき、個々の実情に応じて同盟強化や米軍の優位性を保持するとしている。
3では、限られた防衛費を効果的に活用すべく、適切な早さで成果を出し、統合軍をよりよく支援するために国防総省の組織・業務の改革を行うことなどを掲げている。

3)中国とロシアは、事実無根と反発
NDSの発表を受け、中国国防省は、米国が中国の軍事的脅威を強調することは非現実的な主張で、冷戦思考の考え方であると強く批判した。南シナ海の島々とサンゴ礁に防衛施設を配備することは、中国の主権的権利の範囲内で有ると述べ、中国は、軍事的拡張や影響力の拡大を求めてはおらず、「中国は平和的発展の道を着実に守り、国防政策を守ってきた」とした●6。そして、これまでに二国間関係改善のため両国首脳が達成してきた重要な合意を現実化するべく中国側と協力するよう求めた。
ロシアのラブロフ外相は国連での会見で、米NDSについて「通常の対話の機会や国際法の根拠に基づかず、米国がこのような対立的な戦略を通じて指導力を証明しようとしていることは残念だ」とし、「我々は軍事方針について話し合う準備がある」と述べた。●7
米国は、過去16年あまり、イスラム過激派を中心としたテロリズムとの戦いを国防戦略の優先課題としてきた。しかし、新戦略は、中国やロシアにより米軍の優位性が脅かされており、国家安全保障の主要な懸念は、テロリズムではなく、大国間の競争へと転換しているとした。いわば中ロを主敵とする冷戦思考に回帰する姿勢が示されている。トランプNPRは、この国防戦略に対応して、弾頭の低威力化や使いやすい核兵器の開発をめざしたものとなっている。
このようにNDSで米国が、大国間の戦略的競争として一方的に中国・ロシアを名指ししたことに対して、中国・ロシアは強く反発しつつも共に対話と協調を求めている。前回08年の国家防衛戦略では地域的な敵を抑止する、または打ち負かすことが焦点であったが、今回の中国・ロシアとの長期的な戦略的競争という課題への対処は、それとは比較にならない規模の労力と投資が必要となる。米国が、NDSで示した中国・ロシアへの強硬姿勢を貫くだけであれば、結果として相互のとめどのない軍拡をもたらす危険性が高い。米国は、中国・ロシアの反応を重く受け止めるべきである。また18年に入り、朝鮮半島の対話と緊張緩和の動きは、米国防戦略や核態勢見直しの前提の一つが、大きく変わりつつあることを示していることも重要であろう。

注;
●1 ピースデポ刊「核軍縮・平和2015-17」242ページ。
●2 プーチン大統領の年次教書演説(2018年3月1日)。
http://en.kremlin.ru/events/president/transcripts/56957
●3  ピースデポ・ブックレット「米国・核態勢見直し(NPR)」2002年10月。
●4 梅林宏道。注4における解説。24ページ。
●5  www.defense.gov/News/Article/Article/1419671
●6 「新華社通信」2018年1月21日。
●7「ロイター」2018年1月19日。

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