平和軍縮時評
2019年01月31日
朝鮮半島の非核化合意の履行を監視しよう 湯浅一郎
2017年、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK, 以下、北朝鮮)の核・ミサイル開発の飛躍的な技術的進展、軍備拡張を主張する米トランプ政権の登場が相まって、北東アジアではかつてなく軍事的緊張が高まっていた。しかし17年5月、韓国に文政権が誕生し、2018年に入りピョンチャン(平昌)五輪への北朝鮮参加を契機に南北の対話が始まり、4.27南北板門店(パンムンジョム)宣言、6.12米朝共同声明、更には9.19南北平壌宣言を基礎に朝鮮半島の平和と非核化への劇的な変化が起きた。日本では、北朝鮮が核・ミサイル開発を進める背景が何かという視点を欠いたまま、一方的に北朝鮮を悪者扱いする風潮が社会を覆っていた。17年当時には、到底想像できなかった画期的な情勢が今、出現しているのである。
米朝交渉の方法論に関する合意が不確か
しかし、ここで最大の問題は、米朝交渉の原則に関する合意が不確かな点である。シンガポールでの米朝共同声明の合意を履行する方法論について、米朝間がどこまで認識を一にしているのかが極めて不明確なままである。その結果、18年の後半期における米朝交渉の停滞が起きたと考えられる。
首脳会談の翌日(6月13日)、北朝鮮の朝鮮中央通信●1は、交渉の方法論に関し「金正恩とトランプは、朝鮮半島の平和と安定と非核化を達成する際に、段階的かつ同時行動の原則を守ることが重要であるとの趣旨における認識を共有した」と記した。この記事から、北朝鮮がかねてからの主張である「段階的かつ 同時行動の原則」を主張したことは間違いない。しかし、「趣旨における認識」を米国と共有したと書かれているが、これは、共同声明や会談後のトランプ大統領の長い記者会見においても確認できない。むしろ、北朝鮮は、この希望的観察を述べることによって、米国から同意を引き出す意図が込められたものと考えるべきであろう。
その曖昧さは、とりわけ経済制裁の段階的解除について両者の認識の隔たりとして最近表面化している。 同じ6月13日の朝鮮中央通信は、金正恩国務委員長がサミットで「(トランプは)北朝鮮に対する経済制裁を、対話と交渉を通して相互の関係の改善が進むとともに解除するつもりである」と理解したと述べている。
しかし、会談後の記者会談でトランプ大統領は「核がもはや問題でなくなったら解除する。今は続ける」などと極めてあいまいな言葉で回答した。経済制裁の解除に関する米国の立場は、その後、「段階的解除を示唆しない」という点で一貫している。しかし、段階的解除を否定する発言もしていない。9月25日、トランプ米大統領は国連総会演説において 「私は、やるべきことは、まだたくさん残っているが、金委員長の勇気とこれまでの措置について彼に感謝したい。非核化が達成されるまでは、 制裁は継続されるだろう」と述べた。このように「非核化が達成されるまで制裁が続く」というのが、米国のこの件に関する当面の姿勢である。
希望をつないだ金正恩労働党委員長の「年頭の辞」
18年に始まった米朝交渉での合意履行は、18年の後半、膠着状態が続いた。19年以降どう進んでいくのかが問われている中、19年1月1日、北朝鮮の金正恩労働党委員長は、恒例の年頭の演説を行った●2。昨年の演説は、北朝鮮選手団の韓国・平昌オリンピックへの参加の意思を示し、その後の南北対話や米朝協議への急進展をもたらすものとなった。今年の演説は、南北・米朝会談の積み上げにより、昨年始まった南北の緊張緩和と協力の拡大、米国との対話を今年も続けていく方針を明らかにした。北朝鮮が対話継続を追求し続けていることが確認できるものとなり、希望をつないだといえる。
演説の多くの部分は、経済建設に総力をあげるという、 昨年4月の党中央委員会以来の新たな戦略を述べることにさかれている。電気、金属、製鉄、石炭、軍需 などの産業分野で自立的経済によって国民生活の向上を促進するべく、19年も「国家経済発展5か年戦略」の目標達成への努力を継続し、経済建設に集中していくことを表明した。16年5月の第7回朝鮮労働党大会で金正恩が発表したこの「5か年戦略」は16年から20年までの5年間で人民経済発展の土台作りをし、人民の生活向上を目指すものだとする。
その上で、昨年の南北関係の飛躍的改善を成果として力説した。南北関係については、昨年の会談で出された板門店宣言(2018年4月27日)と9月平壌共同宣言、南北軍事分野合意書の3つの文書●3について、「事実上の不可侵条約であり、 実に重大な意義を持ちます」と述べた。また、南北関係の変化は「朝鮮半島を最も平和的で末長く繁栄する民族の真のすみかにできるという確信を全同胞に抱かせた」とした。
一方で、朝鮮半島の平和体制の確立のために避けて通ることのできない米韓軍事同盟の問題については、「北と南が平和・繁栄の道を進むと確約した以上、朝鮮半島情勢緊張の根源となっている外部勢力との合同軍事演習をこれ以上許してはならず、外部からの戦略資産をはじめ戦争装備の搬入も完全に中止されなければならない」と述べた。 また「現在の停戦体系を平和体系に転換するための多者協商も積極的に推進」する必要があるとした。ここで、注目すべきは、軍事同盟そのものの廃棄を求めることはせず、米韓合同軍事演習や米戦略兵器の朝鮮半島派遣といった具体的行為の中止を求めていることである。一方で同胞に向けて「朝鮮半島平和の主人はわが民族である」と述べ、民族の団結によって「この地で平和を破壊し、軍事的緊張をあおる一切の行為を阻止」することを訴えた。
「年頭の辞」は、18年6月の米朝首脳会談について 「敵対的であった朝米関係を劇的に転換させ、朝鮮半島と地域の平和と安全を保障するのに大いに寄与した」と評価した。また、共同声明で約束した「完全な非核化」は「わが党と共和国政府の不変の立場であり、私の確固たる意志」であると説明するとともに、対外的にも非核化への意志が途切れていないことを示した。さらに具体的に「これ以上、核兵器の製造、実験、使用、拡散などをしないということを内外に宣布し、さまざまな実践的措置を講じてきた」と述べた。昨年の年頭の辞では「核弾頭と弾道ミサイルを大量生産して実戦配備する」ことを号令していたことと比べれば、大きく変化していることがわかる。米朝関係に関しては 「いまわしい過去史をひきつづき固執し抱えていく意思はなく、一日も早く過去にけりをつける」と述べるとともに、今後の米朝会談の可能性について「対座する準備ができている」と、関係のさらなる前進に意欲を示した。
しかし「、依然として共和国に対する制裁と圧迫を続けるならば、われわれとしてもやむをえず国の自主権と国家の最高利益を守り、朝鮮半島の平和と安定を実現するための新しい道を模索せざるを得なくなるかも知れない」とも述べている。このまま米国が動かないのであれば、北朝鮮は別の方法で朝鮮半島の平和を実現すると警告している。
メディアではこの一文に多くの関心が注がれたが、ここに「年頭の辞」の主眼があるわけではない。北朝鮮が昨年の米朝・南北関係の前進を肯定的にとらえ、今年も非核化に向けて努力するとの希望をつなぐ意思を示している点にこそ、「年頭の辞」の主眼があるとみるべきであろう。
ピースデポとして監視プロジェクトを立ち上げ
こうした新たな動きを、着実に積み上げていくためには、政府に任せるだけでなく、市民社会が合意の履行状況を監視し、その事実に関する認識を共有することが極めて重要である。そこで、調査・研究を旨とするピースデポは、18年11月14日、「北東アジア非核兵器地帯へ:朝鮮半島非核化合意の公正な履行に関する市民の監視活動(」略称:非核化合意履行・監視 プロジェクト)なる新たなプロジェクトを立ち上げた●4。やや長いが、その趣旨文を以下に紹介する。
『韓国と北朝鮮は、南北首脳会談における板門店宣言において、朝鮮半島の軍事的緊張を緩和し、戦争の危険を除去し、非核化を含む恒久的平和体制を確立するために協力し合うことに合意した。米朝両国は、シンガポール首脳会談における共同声明(同年6月12日)において、平和と繁栄のための新しい米朝関係を築き朝鮮半島に永続的で安定した平和体制を建設するという共通目標を打ちだした。そして、米国は北朝鮮に安全の保証を約束し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化を約束した。
2つの首脳合意は、核戦争の瀬戸際にあった北東アジアの国際情勢を一変させた。いま、私たちは南北と米朝の間に対話の継続を目撃している。これは、歴史的な変化である。北東アジアには、第2次世界大戦の終戦と冷戦の終結という大きな歴史の変化をくぐった今も、過去に作られた異常な関係が続いてきた。70年を超えて日本の植民地支配が公的に清算されず、65年を超えて朝鮮戦争が正式に終結していない。
この歴史を克服する千載一遇のチャンスが、今訪れている。私たちはこの機会を何とかして活かしたい。そのためには、長年の不信を克服しながら、2つの首脳合意が誠実に履行されるよう、忍耐強い関係国の外交努力が必要だ。
この努力の過程において、とりわけ日本、韓国、米国 の市民社会の果たすべき役割が極めて大きいと私たちは考える。外交努力の進展を注意深く監視しつつ、民主主義国の政府に対して、このチャンスの重要性を訴え、過去の朝鮮半島非核化交渉に関する正しい理解とそこから得られる教訓を生かすことを求める必要がある。 また、長い非正常な歴史の間で培われ、市民社会に根を張っている不信感や誤った認識を克服することは、議会や自治体やメディアを含む市民社会全体に課せられた課題だ。
NPO法人ピースデポでは、このような趣旨から、首脳合意履行の外交過程を追跡する、この監視活動プロジェクトを立ち上げた。日、韓、米のNGOの共同プロ ジェクトとすることも考えたが、この監視プロジェクトに関しては、それぞれの国の置かれている政治状況 の違い、市民社会を取り巻く歴史的背景の違いを考慮すると、それぞれの国の市民社会が、自国の政府や市民 社会に対して訴え、そのうえで相互に緊密に連絡を取り合う形がより効果的であると考えられる。とりわけ、被爆国日本においては、朝鮮半島の非核化の課題は、日 本自身の真の非核化、そして日本を含めた北東アジア非核兵器地帯の設立という課題と切り離なすことができない。そこで、同様な取り組みを行う韓国、米国のNGOと情報交換しつつ、それぞれが独立の取り組みを行う方法を選んだ。』
このプロジェクトは、「監視報告」という不定期刊行物を、概ね3週間に1回発行し、予約者にメールマガジンとして発信すると同時に、下記ウェブサイトに掲載している。
https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/
これまでに4号まで刊行している。
金委員長の「年頭の辞」を受けて、2月末にも2回目の米朝首脳会談が開催される見込みである。こうしたことを積み上げることで、18年に開始した対話による朝鮮半島の平和と非核化への道が、一歩前進する可能性があるが、それを着実に前進させていくために市民社会が合意の履行を監視し、促進すべきであるとの世論を形成していくことが重要であろう。
注;
●1 「朝鮮中央通信」2018年6月13日。
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm
●2 『核兵器・核実験モニター』561号(19年2月1日)に抜粋訳。
●3 『核兵器・核実験モニター』555号(18年11月1日)に抜粋訳。
●4 『核兵器・核実験モニター』556号(18年11月15日)に関連記事。