2024年、平和軍縮時評
2024年05月31日
朝鮮半島に「非核の傘」を!―「北東アジア非核兵器地帯」構想の歴史を振り返る
渡辺洋介
はじめに
韓国で保守強硬派の尹錫悦政権が誕生して以来、南北朝鮮は軍事的対立の度を深めている。とりわけ2023年に入り、尹政権(ユン・ソンニョル)は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核兵器に対して米国の核兵器で対抗する方針をより明確に示すようになった。その一例が2023年4月26日の米韓首脳会談後に発表された「ワシントン宣言」である。同宣言には、核兵器搭載可能な米国の原子力潜水艦や爆撃機の朝鮮半島への展開拡大、米韓両国が核抑止を議論する「核協議グループ」の設立などが盛り込まれた[注1]。
一方で北朝鮮最高人民会議は、2023年9月、同国憲法第58条に「核兵器の開発加速」という新しい内容を追加し、これを受けて金正恩(キム・ジョンウン)総書記は、北朝鮮の核戦力増強政策は永久化されたと述べた[注2]。
こうした厳しい軍事的対立が続く中、朝鮮半島の非核化は、もはや実現不可能となってしまったのだろうか。
筆者はそうではないと考えている。なぜなら核兵器の保有や核戦力の増強がその国の安全を高めるとは到底言えないからだ。実際に、北朝鮮が核兵器とその運搬手段の近代化を進めた結果、2023年1月、尹政権は韓国が核武装する可能性に言及した。それを思いとどまらせるため、米国は韓国に対する核兵器による拡大抑止強化を約束し、核兵器搭載可能な原子力潜水艦を韓国に寄港させたり、核兵器搭載可能な戦略爆撃機を朝鮮半島周辺で飛行させたりするようになった。北朝鮮が核兵器の近代化を進めた結果、同国の安全保障環境は逆に悪化してしまったのである。
核保有によって国の安全が高まるのであれば、すべての国が核を保有すれば世界の安全が高まるはずだ。しかし、すべての国に核武装を促す議論は聞いたことがない。むしろ、世界のすべての国が核保有に向かうような危険な事態を避けるために、1968年に核不拡散条約(NPT)が署名され、それ以前に核開発を終えていた5つの国(米露英仏中)以外の国の核保有を禁じるとともに、5つの国には核軍縮に誠実に取り組む義務を課した。
また、核兵器を持たない国の多くは、核抑止に頼るのではなく、非核兵器地帯を築くことで自らの安全を確保しようとしている。実際、世界196か国のうち114か国が世界各地に広がる6つ非核兵器地帯(モンゴル非核兵器地位を含む)に加入している。世界の国の約6割は「核の傘」ではなく、非核兵器地帯という「非核の傘」で自国の安全を守ろうとしているのだ。
北東アジア非核兵器地帯構想
前世紀の話になるが、北東アジアに非核兵器地帯を創設しようという呼びかけは長らく北朝鮮によって行われてきた。それが実現すれば、1958年以来、在韓米軍基地に配備されていた米国の核兵器を撤去できるからであった。ところが、1990年代に入り、この状況は大きく変化した。冷戦の終結に伴い、1991年9月に米国が戦術核の撤去を宣言。その後、在韓米軍基地からの核兵器撤去が確認されたことから、同年12月に「朝鮮半島非核化共同宣言」が南北朝鮮の間で署名された(1992年2月発効)。こうした中で、朝鮮半島の非核化をどう確固としたものにするかが喫緊の課題となり、学界や市民社会においても北東アジア非核兵器地帯構想が提起され始めた[注3]。
その1つが、オーストラリア国立大学のアンドリュー・マック教授の構想であった。彼が1992年8月に提出したワーキングペーパー「北東アジア非核兵器地帯の事例」によると、韓国、北朝鮮、日本、台湾を非核兵器地帯とし、地帯内の国による核兵器の取得、実験、使用を、また、地帯内への他国の核兵器の配備及び核廃棄物の廃棄を禁じるとともに、核保有国が地帯内の国に核兵器の使用と使用の威嚇を行なうことを禁じるという構想を提起した[注4]。
マック教授とほぼ同時期(1991年)に北東アジア非核兵器地帯に関する研究を始めたのが、ジョージア工科大学のジョン・エンディコット教授らのグループである[注5]。数年にわたる研究を経て、同グループは、1995年3月、記者会見を開き、「限定的北東アジア非核兵器地帯」構想を発表した[注6]。この構想は、朝鮮半島の板門店を中心に半径約2000kmの円を描き、その内側を「限定的非核兵器地帯」とし、地帯内への非戦略核の配備を禁止するというものであった。地帯内には、南北朝鮮の他、日本、中国、ロシア、モンゴルの領土全域あるいはその一部が含まれる。また、日本と韓国に軍事基地をもつ米国も条約に参加するという構想であった。その後、地帯内に米国の領土も含むべきという考えから、円をアラスカまで伸ばした楕円形に拡大した非核地帯案に修正した[注7]。
エンディコット教授らの構想は、後に『朝日新聞』(1995年6月13日)で報じられた。この案に刺激を受けた市民運動家の梅林宏道は、1996年5月、韓国、北朝鮮、日本の3か国が非核兵器地帯条約を締結し、周辺の3つの核保有国(米国、中国、ロシア)が上記3か国に対して核兵器の使用と使用の威嚇を禁じることなどを明記した議定書に参加するという構想を国際会議で発表した(スリー・プラス・スリー構想)[注8]。この構想が、その後、日本で提起される北東アジア非核兵器地帯構想の源流となった。
2011年11月、北東アジア非核兵器地帯構想を推進するうえでの大きな進展があった。著名な国際政治学者であり、米国大統領特別補佐官も務めたモートン・ハルぺリンが、米国のノーチラス研究所の委託を受け、北東アジアの平和と安全に関する包括的協定を提起したのだ。包括的協定には、(1)朝鮮戦争の終結、(2)安全保障に関する常設協議体の創設、(3)相互に敵視しないとの宣言、(4)核及びその他のエネルギーに関する支援条項、(5)対北朝鮮制裁の終了、に加えて(6)北東アジア非核兵器地帯の設置が明記された。
これを受けて、長崎大学核兵器廃絶研究センターは、ハルぺリンの構想をさらに発展させるための研究を続け、2015年3月に「提言:北東アジア非核地帯設立への包括的アプローチ」を発表した。同提言は、ハルペリンが提起した上記の6つの要素を評価したうえで、「包括的枠組み協定」には以下の規定が含まれるべきと提起した。すなわち、(1)朝鮮戦争終結宣言と「枠組み協定」締約国の相互不可侵・友好・主権平等などの基本理念に関する規定、(2)核を含むすべての形態のエネルギーにアクセスする平等の権利と北東アジアエネルギー協力委員会の設置に関する規定、(3)北東アジア非核兵器地帯の設置に関する規定、(4)北東アジア安全保障協議会の設置に関する規定、の4つである[注9]。
この研究を受けて、同研究センターは、2019年12月、韓国の世宗研究所と共同で「政策提言:朝鮮半島の平和から北東アジア非核兵器地帯へ」を発表した。同提言にはこれまでの包括的アプローチを継承したうえで、非常に具体的で多岐にわたる提言が盛り込まれた。北東アジア非核兵器地帯については、例えば、既存の非核兵器地帯の経験から学ぶために調査団を派遣する、既存のモデル条約を最新の情勢を反映したものにアップデートするための研究を行う、北東アジア非核兵器地帯設立の実現可能性と意義についての作業文書を作成し、NPT再検討会議に提出するなどである[注10]。
北東アジア非核兵器地帯の設立に向けた新たな動き
2021年7月、北東アジア非核兵器地帯の実現に向けた新たな動きが起こった。元参議院議員で世界連邦運動・グローバル政策研究所(World Federalist Movement-Institute for Global Policy)共同代表の犬塚直史氏が中心となり、同運動の正式プログラムとして「北東アジア非核兵器地帯設立をめざす市民連合」(C3+3)を立ち上げたのだ[注11]。ここで採用された「北東アジア非核兵器地帯」の内容は、梅林氏が1996年に提唱した「スリー・プラス・スリー」構想を基礎としている。すなわち、日本、韓国、北朝鮮の3か国が非核兵器地帯を形成し、米国、中国、ロシアの3か国が地帯内の国々に核兵器の使用と使用の威嚇を行なわないことを約束するという構想である。
その短期的目標は、非核兵器地帯設立に向けた取り組みの開始を日本/韓国政府に正式に表明させることにある。その方針に基づいて、犬塚氏は日韓両国の国会議員に働きかけを行った。その結果、2022年8月8日、日本側から5名(立憲民主党4名、れいわ新選組1名)、韓国側から4名(共に民主党2名、国民の力2名)の国会議員が長崎に集まり、「北東アジア非核兵器地帯3+3設立をめざす国際議員連盟」(P3+3)を発足させた。会議には上記の国会議員に加えて、韓国の世宗研究所理事長金正仁教授、梅林宏道ピースデポ特別顧問、長崎大学核兵器廃絶センター副センター長鈴木達治郎教授といった専門家も参加した。P3+3の設立宣言には、日韓両国だけでなく、現在停止している6か国協議のメンバー国、すなわち、米中露朝の政治意思決定者にも参加を広げるとの方針が明記された。
P3+3は、2023年5月12日にはソウルで第2回会議を開いた。会議には日本側から4名(立憲民主党2名、れいわ新選組2名)、韓国側から6名(共に民主党4名、正義党1名、無所属1名)の国会議員および文正仁氏、梅林氏、高原孝生明治学院大学教授らが参加し、意見交換が行われた。
同年9月23日には米首都ワシントンで第3回会議が開かれた。日本側から4名(立憲民主党3名、れいわ新選組1名)、米国側から2名(民主党2名)の国会議員が参加し、モートン・ハルペリンが基調講演を行った。また、会場を移して、米国のNGOや研究者との意見交換会も実施された。2024年は中国での会合を予定しているとのことだ。
北東アジアに「非核の傘」を!
冒頭で述べたように、北朝鮮が核抑止に依存した安全保障政策を追求した結果、米韓はそれに対抗して核拡大抑止を強化し、朝鮮半島をめぐる安全保障環境はかえって悪化してしまった。それだけでなく、万が一、核抑止が破綻して核兵器が使用された場合に被るであろう被害の大きさは、以前よりずっと深刻になっている。これが、南北朝鮮が核抑止に依存した政策を追求した結果である。
このように核抑止、すなわち、核兵器による脅し合いは、真の意味での平和をもたらさない。むしろ核戦争と隣り合わせの危険な状況を作り出すだけである。
こうした状況から根本的に脱却するには、北東アジアにも非核兵器地帯という「非核の傘」を築くほかにない。その実現までの道のりは長いものになるかもしれないが、P3+3がめざしている通り、当面は日本あるいは韓国政府に「北東アジア非核兵器地帯の実現をめざす」と公式に宣言させることを目標にすることが現実的である。そのために市民運動は、関係各国のメディア関係者、教育関係者、政府関係者、国会議員などに働きかけ、同構想に対する理解を広げることに注力するべきであろう。
注1 ワシントン宣言(2023年4月26日)
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2023/04/26/washington-declaration-2/
注2 『朝鮮中央通信』2023年9月28日
http://www.kcna.co.jp/item/2023/202309/news28/20230928-01ee.html
注3 Andrew Mack, “The Case for a Nuclear Weapon-free Zone in Northeast Asia” (Canberra : Dept. of International Relations, Research School of Pacific Studies, Australian National University , 1992), p. 8.
このセクションを執筆するにあたって以下の論文を参照した。
梅林宏道「現存する非核地帯と東北アジア非核地帯」(2001年1月30-31日、ソウル)
https://web.archive.org/web/20100704203957/http:/www.peacedepot.org/theme/nwfz/nwfz-1.html#1
梅林宏道「スイスIPPNW主催シンポジウムにおける講演 理想こそが現実的―北東アジア〈非核兵器地帯〉構想」『核兵器・核実験モニター』530 号(2017年10月15日)
http://www.peacedepot.org/nmtr/530cover/
注4 Andrew Mack, “The Case for a Nuclear Weapon-free Zone in Northeast Asia,” pp. 13-18.
注5 John E. Endicott & Alan G. Gorowitz, “Track II Cooperative Regional Security Efforts: Lessons from the Limited Nuclear-Weapon-Free Zone for Northeast Asia,” Pacifica Review, Volume 11, #3, October 1999.
注6 Center for International Strategy, Technology & Policy, Georgia Institute of Technology, “The Bordeaux Protocol of the Limited Nuclear Weapon Free Zone for Northeast Asia,” March, 1997.
注7 注5と同じ
注8 Hiro Umebayashi, “A Northeast Asia NWFZ: A Realistic and Attainable Goal,” INESAP Conference, Gothenburg, Sweden, May 30 – June 2, 1996. It appears in INESAP Information Bulletin, No. 10, August 1996.
注9 『提言:北東アジア非核地帯設立への包括的アプローチ』
https://www.recna.nagasaki-u.ac.jp/recna/bd/files/Proposal_J_honbun.pdf
注10 「政策提言:朝鮮半島の平和から北東アジア非核兵器地帯へ」
https://nagasaki-u.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=426&item_no=1&page_id=13&block_id=21
注11 Coalition 3+3 website
https://www.3plus3.org/
同サイトの日本語訳は『ピース・アルマナック2022』218-219 頁参照。