2022年、平和軍縮時評

2022年03月31日

ウクライナ危機を軍拡の加速に利用させてはならない

湯浅一郎

2022年2月24日、ロシアがウクライナへの軍事侵略に踏み切った。侵攻当日、プーチン大統領は、ウクライナ東部ドンバス住人をジェノサイドから守るための「特別軍事作戦」を宣言し、NATOの東方拡大やウクライナの核の独自開発でロシアの「レッドラインを越えた」とロシアの防衛を理由に侵攻を正当化した。

1945年成立の国連憲章には「行動の原則」を規定する第2条があり、その4項は「すべての加盟国は、その国際関係において、武力により威嚇または武力の行使をいかなる国の領土保全、または政治的独立に対するものも・・慎まなければならない」としている。ロシアの行為は、これに真っ向から違反するものである。国連安保理の常任理事国が、その先頭に立って国連憲章違反を実行しているありようは、無残としか言いようがない。さらに言えば、2回にわたる世界大戦を経て積み重ねてきた多くの国際法や国際合意をことごとく破るものであり決して許されることではない。

この問題は、現在進行中の事態であるとともに、包括的に論じる準備がないので、別の機会に述べたい。ここでは、これを機に世界が、特に日本が軍事同盟の強化や軍事費増の動きを加速させかねない懸念につき考えたい。実際、ドイツのショルツ首相は国防費をGDP2%以上に増やすとし、国防政策の転換を表明した。日本では、安倍元首相が米国との核共有を議論すべきと、非核三原則を放棄し非核兵器国への移転を禁じたNPT第二条にも反する主張を始めた。既に日本政府は、敵基地攻撃能力の保有、防衛費大幅増、憲法改悪の動きを準備する体制をとりつつあった。そこへウクライナ事態が加わったのである。

1.日米安全保障協議委員会で敵基地攻撃能力保有の検討を表明

コロナ禍の中で、軍事力は感染症にとって全く役に立たないことが明確になっているにもかかわらず、各国政府はむしろ逆に軍拡に向かっている。憲法9条のもとで平和主義を基本にしているはずの日本政府も例外ではない。2022年1月7日、岸田政権初の外務・防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」)が、オンライン形式で開催された。共同発表(注1)には「自由で開かれたインド太平洋地域へのコミットメントを強く再確認し、また、地域の平和、安全及び繁栄の礎としての日米同盟の不可欠な役割を認識した」とある。加えて「日本は、戦略見直しのプロセスを通じて、ミサイルの脅威に対抗するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する決意を表明した」とし、事実上、敵基地攻撃能力保有の検討を表明した。

その上で共同文書は、日米は「同盟の役割・任務・能力の進化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎した」としている。これは、日本政府が年内に進める国家安全保障戦略の改訂作業において、自衛隊が防御の「盾」、米軍が攻撃の「矛」を担うとしてきた日米の役割分担を見直すことにつながる極めて重大な踏み込みである。

共同発表は、東シナ海や南シナ海における中国の一方的な現状変更の試みに懸念を表明した上で、日米両国は「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促した」とした。これは、日本政府が「台湾という存在を公的に認めたこと」になる。しかるに1972年の日中国交正常化の際の日中共同声明には「台湾が中華人民共和国の領土の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国の立場を十分理解し、尊重する」としていた。今回、日本政府は、この建前を放棄したことになる。

そして、もろもろの日米の軍事力強化の合意を羅列している。

・米国は、核を含むあらゆる種類の能力を用いた日米安保条約の下での日本の防衛に対するゆるぎないコミットメントを改めて表明した。
・米国は、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを再確認した。
・宇宙、サイバー、電磁波領域及びその他の領域を統合した領域横断的な能力強化が死活的に重要であることを強調した。
・辺野古における普天間飛行場代替施設の建設、馬毛島における空母艦載機離着陸訓練施設を実施することにコミットする。

トランプ政権以降、米国は中国を「競争国」と位置づけ、中長期的な観点から経済、政治、軍事、あらゆる面での競争に勝つための施策を進めている。バイデン政権はこれを継承しつつ、多国間主義を復活させ、中国を包囲する軍事体制の構築をめざしている。その中心が日米同盟であり、それを広げた日米豪印(QUAD)(注2)、米英豪の軍事同盟AUKUSである。1月7日の日米「2+2」共同文書は、それを象徴している。

2.安保法制下で進む日米軍事一体化と琉球弧のミサイル基地化

日本政府は2015年に強行採決した安全保障関連法の下ですでに自主的に軍事強化を強めており、装備面で見れば「専守防衛」を超える既成事実を積み上げている。

護衛艦「いずも」型を垂直離着陸ステルス戦闘機F35B搭載可能に改造し、空母化することがその一つである。遠隔攻撃力を意味するスタンド・オフ・ミサイル(注3)の購入と配備を進め、事実上、敵基地攻撃能力の保有も進めている。

さらに「いずも」型護衛艦を中心に2か月半にわたり、インド洋から西太平洋に至る広大な海域で日米共同演習(米原子力空母と日本の実質空母である「いずも」型護衛艦との共同演習含む)、沿岸各国海軍との共同演習をくり返すインド太平洋派遣訓練が2018年から始まっている。古くから武力を背景に展開する外交戦略として砲艦外交がある。ペリー提督が黒船を東京湾に浮かべて日本の開国を迫ったのもその一つである。今日においては、米空母の常時の世界的パトロールはその典型である。最新の「防衛計画の大綱」(18年)には「積極的な共同訓練・演習や海外における寄港等を通じて平素からプレゼンスを高め、我が国の意思と能力を示す」とある。海自のインド太平洋派遣訓練は、それを具現するものである。同訓練も、まさに砲艦外交であり、東シナ海からインド洋に至る広大な海域にわたる米国中心の中国包囲網における自衛隊の位置の重要性を象徴的に示している。

3.虚構の新冷戦に騙されて「軍事力による安全保障ジレンマ」を深刻化させてはならない

この構図の延長にあるのは、軍事力による安全保障の思考にもとづき、相互に軍事態勢を強化し、結果として際限のない軍拡競争をくり返す悪循環にはまり込んでいく姿である。

「軍事力による安全保障ジレンマ」そのものである。相互の不信が、核軍拡競争を生みだし、さらに不信と憎悪を増幅する悪循環である。その先にある未来は、止めどのない軍拡と終わりが見えない対立である。政府の方針は、まさに、この悪循環にはまり込むことを選ぶ道である。そうではない、もう一つの道を描かねばならない。

この局面で求められるのは、80年代後半の米ソ冷戦終結のプロセスに学ぶことであろう。欧州での冷戦終結の基本概念は、1982年にパルメ委員会(スエーデンのパルメ首相が主催した国連の「軍縮と安全保障問題に関する独立委員会」)が提唱した「共通の安全保障」(Common Security)である。その原則は「すべての国は安全への正当な権利を有する」「軍事力は、国家間の紛争を解決する正当な道具ではない」という認識の共有である。ソ連のゴルバチョフ書記長がこの概念を採りいれ、80年代後半のわずか5年ほどで、米ソ冷戦を終わらせた。米ソ冷戦の終結から欧州安全保障協力機構(OSCE)という地域的な安全保障協力機構をつくるプロセスの中に、北東アジアの平和ビジョンを構想するうえで、学ぶことがたくさん含まれているはずである。

しかし今回のロシアによるウクライナ侵略という事実の前で、1986年のレイキャビクでの米ソ首脳会談から1991年ソ連崩壊に至る過程で依拠した「共通の安全保障」は、色あせているように見える側面は否定できない。冷戦終結により欧州での大きな戦争は起こらないはずだという確信は、もろくも崩れた。冷戦終結から30年の時間の経過とともに、ロシアと米国、ないしはNATOとの相互の不振、対立と軍備拡張競争の再燃への揺り戻しが来て、ロシアの暴走という形で表面化した。悪いのはロシアであることは確かであるが、ただ一方的にロシアを非難するだけではすまない、人類全体の敗北としてとらえるべき深刻な課題である。これを機に相互に軍拡に進むのではなく、むしろ脱軍備で共に生きていく道の重要性がますます高くなっていることを世界規模で共有せねばならない。ウクライナ危機で、1980年代後半に起きた米ソ冷戦終結は、実は、そう簡単に定着するものではなく、今も冷戦構造の観念は染みついたものとして存在し、「共通の安全保障」を持続していくための双方の努力が不可欠であることを教えている。しかし、その一方で「共通の安全保障」という考え方が「軍事力による安全保障ジレンマ」を克服していくために依拠すべき考え方であることに変わりはないことも押さえておかねばならない。

4.北東アジア全体の平和ビジョンを構想することが急務

北東アジアには2つの軍事的対立構造がある。第一は今なお米ソ冷戦構造が残る分断されたままの朝鮮半島である。朝鮮戦争については1953年7月の停戦協定があるだけで、戦争はいまだ終わっていない。第二は中国の海洋進出によって東シナ海、南シナ海で米中が軍事態勢を強化し、にらみあっていることである。日本は、米国の中国包囲網に加担し、佐世保から馬毛島、薩南諸島、沖縄島から南西諸島にかけて、自衛隊基地の増強をつづけている。文字どうり軍事力による安全保障ジレンマにはまり込んだ状態である。この状況において不信感に基づき双方が軍備拡張を繰り返せば、ジレンマはますます深くなるばかりである。

この状況を打開するために必要なことは、北東アジア全体にわたる平和ビジョンを「共通の安全保障」によってつくりだしていくことである。そのさい、2018年から2つの首脳合意(18年4月27日の南北板門店宣言と同年6月12日のシンガポール米朝共同声明)にもとづき、朝鮮半島の非核化と平和をめざす取り組みが、今も続いていることを正しく評価することが重要である。

首脳合意を履行し、朝鮮半島の完全な非核化をめざせば、朝鮮半島非核兵器地帯条約に行き着く。DPRK(以下、北朝鮮)の核放棄に対して、米国が消極的な安全保証を約束する。韓国が米国の「核の傘」から抜けだし、中国、ロシアが消極的安全保証を約束する。こうして、南北米中露5か国が朝鮮半島非核兵器地帯条約をつくる構想が浮かび上がる。そのプロセスには、朝鮮戦争の終結も含まれる。日本は、北朝鮮への敵視政策を辞め、2つの首脳合意を正当に評価し、北東アジアの非核兵器地帯構想をもって5か国の動きに加わるべきである。朝鮮半島の完全な非核化をめざす国レベルの取り組みがある情勢の下で、北東アジア非核兵器地帯は夢物語ではない。北東アジア非核兵器地帯条約の締結を契機にして、北東アジアの平和ビジョンを構想することは十分に可能である。その過程でさまざまな次元で多国間協議が進み、相互に信頼醸成が生みだされ、米中対立や日中の懸案事項に関する外交交渉を切り開く可能性もある。ただし韓国の政権が5月に尹政権に代わることで、朝鮮半島の平和と非核化にどのような政策を打ち出すかが大きな要素になってくる。2018年首脳合意を反故にしかねない懸念があり、そうなれば膠着状態となる可能性が高い。

ともあれ重要なことは、虚構の米中対立という「新たな冷戦」に惑わされるのでなく、粘り強く、軍事力によらない安全保障体制を生みだす取り組みを求めていくことである。それは、人類が持続可能な生存を可能とする未来に向け、脱軍備をめざすことを意味している。これにより相互に軍事費を増やす愚かな政策は必要がなくなる。膨大な財源を軍事に投入する余りにも愚かな状況から脱却し、軍事費を減らし「人間の安全保障」経費に回していくことが可能になっていくはずである。この脱軍備の過程こそ、人類が目指すべき「戦争のない世界」へ向かう道である。決してロシアと隣接しているのだから国防を強化せねばならない、憲法9条で平和は守れないなどと超え高に叫んでいく道を加速させてはならない。

注:
1.日米安全保障協議委員会(2+2)共同発表、2022年1月7日。
  https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100284738.pdf
2. 日米豪印4か国の首脳や外相らが安全保障や経済を協議する枠組み。「Quad」は英語で「4つの」を意味する。
3.敵の射程外からの長距離攻撃ができるミサイル。

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