2024年、平和軍縮時評

2024年04月30日

「アル・アクサ―の洪水」作戦から7か月 ~西側諸国の誤算とパレスチナ解放運動・連帯運動の到達点

役重善洋

1.はじめに

昨年10月7日に「アル・アクサ―の洪水」作戦が発動されてから7か月が過ぎた。イスラエルはガザ地区北部から次第に南下し、徹底的な空爆と地上侵攻とを組合わせた「ハマース殲滅作戦」を継続してきた。その間、4万人以上の住民がイスラエル軍によって殺害され、住民230万人のうち200万人以上が避難を余儀なくされ、飢餓の淵に立たされている。そのような中、当初、西側諸国によって表明されたイスラエル軍の作戦への支持の前提となる認識のいくつかはその根拠が崩れてしまったか、あるいは崩れつつある。以下、5つの論点を掲げる。

2.10月7日のイスラエル側の犠牲者1200人は誰によって殺されたのか?

イスラエルはハマース戦闘員によって殺害されたイスラエル人の人数を1200人(当初は1400人)と主張し続け、日本のメディアもそれを事実として報道してきた。しかし、戦闘を生き延びたキブツ住民によって、イスラエル軍はハマースの戦闘員とイスラエル市民と区別することなく攻撃をしていたとの証言が行われたり、アパッチヘリからの無差別爆撃の様子と見られる映像がリークされたりする中で、1200人のうちかなりの部分はイスラエル軍によって殺害された可能性が濃厚となっている。事件直後に報道されたノヴァ音楽祭参加者の乗っていた何百台もの車が破壊された様子は、ハマースの装備によってもたらせるものではないことは素人目にも明らかである。さらに、イスラエルによって主張されてきた、ハマースによる幼児殺害や強姦は、まったくの捏造か、あるいは直接的根拠がまったくないことが分かっている。欧米諸国は10月7日の作戦の直後、ハマースの「テロ行為」を糾弾し、イスラエルの自衛権を擁護するとの立場を一致して明確にしてきたが、その前提となる事実認識が早い段階で大きく揺らいでいた。今のところ、示し合わせたかのように大手メディアはこのことを報じていない。メディアの自己検証能力が試されている。

3.世界で最も道徳的な軍隊?

イスラエルはこれまで西側諸国の政治的・軍事的支援を得るため、自らを民主主義的で道徳的な国家であると宣伝してきた。例えばガラント国防相は、昨年10月13日にテルアビブで行われたオースティン米国防長官との共同記者会見で、「これは、成功した国家としての、民主主義国家としての、また、ユダヤ民族の故郷としてのイスラエルの存在を守るための戦争である。これは、自由、そして我々の共通の価値を守るための戦争である」と述べている。ところが、その後ガザから流れてくる凄惨な映像によって、こうしたプロパガンダに根拠がないことが白日の下に晒されることとなった。

イスラエル兵のモラル崩壊状況も兵士たち自らのSNS投稿によって明らかにされた。商店に陳列されている子供用の人形を破壊する様子、配給用の食料や水に放火する様子、パレスチナ人捕虜にイスラエル国旗を被せ、記念撮影をする様子などが拡散されている。ガザの破壊跡のあちこちに書かれた人種差別的落書きが報道されたため、落書きの消去命令が出されると、「落書きを消すかわりにガザを消去しよう」と書いた落書きと一緒に記念撮影をするイスラエル兵が現れるなど、歴史上のあらゆる侵略軍の例に違わず、軍紀紊乱を正すことができないイスラエル軍の状況が明らかになった。

昨年11月には米国務省で武器移転を監督していた幹部職員が、イスラエルへの無批判な軍事援助を批判して辞職したことがマスメディアでも注目された。今年4月には超正統派ユダヤ教徒から構成され、多くの人権侵害事件を引き起こしていることで悪名高い「ネツァ・イェフダ部隊」に対する制裁にブリンケン国務長官が言及するなど、11月の大統領選を控えるバイデン政権は、イスラエル支援の在り方を修正せざるを得ない状況に追いやられている。

4.ガザ武装勢力の実力に関する誤算

イスラエル軍は、10月中旬にガザ地区北部住民に対し「ワディ・ガザ」以南への避難命令を出し、さらに12月、南部の町ハンユニス住民の一部に対しても非難を命じ、ガザ住民の大部分が最南部の町ラファに集中する状況を作り出した。さらにラファに対する侵攻へと突き進みつつある。ラファに残るハマース等抵抗勢力の最後の4つの大隊を解体するためだと説明されているが、そうこうしている間に、抵抗勢力の解体を宣言していたはずのガザ北部でイスラエル軍に対する激しい攻撃が再開されている。戦況はまさにモグラ叩きの様相を呈している。ハマースは、持久戦の用意があると宣言しており、ラファへの軍事侵攻がハマースの全面的解体をもたらす見通しはまったくない。

このような状況を受け、米バイデン政権は、イスラエルに対しラファへの大規模侵攻を止めるよう強く要請し、カタルとエジプトの仲介による停戦交渉の妥結に向け、外交努力を加速している。ネタニヤフ政権に参加する極右政党指導者のベングヴィール国家安全保障相とスモトリッチ財務相は停戦合意するのであれば政権を離脱するとネタニヤフ首相に揺さぶりをかけている。彼らが政権離脱すれば政権が崩壊することは免れ得ず、汚職をめぐる裁判を抱えるネタニヤフ氏の政治生命は断たれる可能性が高い。イスラエル政府は、合理的な政治判断ができる状況にないと言わざるを得ない。

5.アラブ大衆の政治意識に対する過小評価

「アラブの春」以降、中東・アラブ地域における大衆運動は依然として厳しい政治状況下にあり、ガザへの連帯の表明は多くの国――とりわけ親米アラブ諸国――において政治的に危険視され、弾圧対象となっている。エジプトやヨルダンでは、パレスチナ連帯デモは厳しく制限され多くの活動家が逮捕されている。UAEやバーレーン、サウジアラビアでデモを行うことはほぼ不可能でありオンライン上の活動も厳しく監視されている。

一部湾岸産油国を除き中東地域の経済は低迷しており、ガザの人々への連帯は、政権批判に容易に結びつく状況にある。そうした中でアラブ諸国の指導者たちは、政権の道徳的正統性を示すためのポーズとしてイスラエル批判をしながらも、同時に西側からの経済投資を呼び込むための方策として、また反対派から政権を防衛するための軍事・セキュリティ技術を求めて、イスラエルと接近しようとする傾向を示してきた。同時に、中東における米国の軍事的プレゼンスの縮小を受け、中国との外交・経済関係を強化する動きも活発になっている。UAEやサウジアラビアなどにおいては、イランとの関係正常化が進められてきている。このような中東諸国における全方位外交の傾向に対し、イスラエルはイランに対する国際的な制裁が緩和されることについて危機感をもち、4月1日には在シリア・イラン大使館を空爆するなど、挑発行動をエスカレートさせている。

他方、ハマース等パレスチナ抵抗勢力も、アラブ諸国とイスラエルとの関係正常化の動きに強い反発を示してきた。とりわけ、サウジアラビアは、米国の仲介の下、イスラエルとの関係正常化交渉を進めており、2023年9月には交渉妥結の直前とまで言われていた。「アル・アクサ―の洪水」作戦が敢行されたタイミングが、この政治状況と密接にかかわっていることは間違いないだろう。

サウジとイスラエルの関係正常化への動きは、一時中断を余儀なくされたものの、その後も米国は、イスラエルの停戦受入れの条件として追及し続けている。サウジ側は、米・サウジ安全保障協定の締結や平和的核開発の支援を条件として掲げており、大枠での合意はすでになされている。こうした米国の動きにおいて欠落ないし軽視されていると思われているのは以下の点である。

①アラブ諸国の一般大衆におけるイスラエルに対する不信はかつてなく高まっており、イスラエルとの接近はアラブ権威主義体制の基盤を揺るがすリスクを高めるということ。
②イスラエルの政治と社会における民族宗教派(急進的宗教右派)の影響力はますます深まっており、停戦後、安定した政権運営が行われる保証はまったくなく、したがって、①で述べたリスクが減少する見通しもないこと。
③パレスチナ大衆のPLO指導部に対する不信は極めて高く、他方、ハマース等抵抗勢力に対する評価は高まっている。ハマースを合法的にパレスチナ指導部に組み込む以外に、安定したパレスチナの戦後復興は望めないということ。

6.イスラエルの自衛権とは何か?

ハマースの攻撃に関して、「イスラエルの自衛権」という概念がまったく自明ではないことは、ラトガース大学で教鞭を取る国際法の専門家ヌーラ・エラカートなどによって、攻撃直後から正しく指摘されている。つまり、国連憲章で述べられている国家の自衛権は国外勢力に対する自衛権であって、自国の占領地人民の抵抗運動に対して自衛権概念は適用され得ないという議論である。アパルトヘイト時代の南アフリカ白人政権がアフリカ民族会議に対して自衛権を主張し得ず、米国政府が黒人解放運動に対して自衛権を主張し得ないのと同じことである。

「イスラエルの自衛権」を批判するときに、ガザ地区や西岸地区がイスラエルの占領地だということの指摘だけでは十分ではない。ガザ地区の境界は第一次中東戦争においてイスラエルとエジプトとの間で取り決められた暫定的休戦ラインに過ぎない。ガザ住民の大半は現イスラエル領内に帰還する権利を有するパレスチナ難民であり、「アル・アクサ―の洪水」作戦に参加した多くの若者たちは、この帰還権を実力で履行しようとしたに過ぎない。

ところが、「ユダヤ人」に対する強いステレオタイプが残存する欧米社会においては、セルフイメージを投影するかたちでイスラエルをユダヤ人の国民国家だとする認識が浸透しており、その構成員ないし準構成員にパレスチナ人がいるという事実を認めることができず、この問題を民族対立ないし宗教対立というようにしか理解できない状況がある。現在イスラエルが支配する領域のマジョリティはパレスチナ人である。欧米流民主主義の原則に立つならば、「イスラエルの自衛権」にはパレスチナ人の自衛権が含まれてしかるべきであり、その自衛権を徹底的に踏みにじっているのは他ならぬイスラエル政府なのである。

この間、欧米諸国では「川から海までパレスチナを解放しよう」というスローガンがイスラエルの存在を否定しているという理由で反ユダヤ主義に当たるという議論がなされている。英国ではこのスローガンを演説で述べたために労働党議員が議員資格停止の懲罰を受け、米国ではこのスローガンをSNSで流したためにラシーダ・タリーブ下院議員に対して問責決議が可決された。ドイツのベルリン市では「川から海まで」を扇動罪の対象とする決定がなされた。

こうした動きにもっとも激しく抗議しているのは若い世代のユダヤ人たちである。シオニズムに対して距離を置き、「パレスチナが解放されるまでユダヤ人の解放はない」と主張する彼らは、各国におけるパレスチナ連帯運動を牽引しているといっても過言ではない。「ユダヤ人解放」をイスラエル国家から切り離し、よりインクルーシブで普遍的な文脈から再解釈しようとする彼等のスタンスは、様々な被抑圧者の運動とパレスチナ連帯運動とを結びつける動きにおいて重要なインスピレーションを提供している。国民国家を単位とする第二次世界大戦後の国際秩序認識は、ガザの惨劇を受け、大きく揺らぎつつある。ポスト国民国家の時代における社会連帯のイメージの形成がパレスチナ連帯運動の中でなされつつあると言っても良いだろう。

7.おわりに:日本の課題

10月7日以降、日本においても若い世代によるパレスチナ連帯の声が大きな拡がりを作りつつある。そこでは、旧来の連帯運動の枠を超えて、在日アラブの若者の主体的参加や、撮影禁止ゾーンやUDトーク(自動文字起こしサービス)の導入など、デモをよりインクルーシブにするための新たな運動文化の導入が見られる。

冷戦後、日本外交は対米追従の度合いを深め、また、日本の社会運動・平和運動も一国平和主義的志向が強く、グローバルな運動潮流と十分にシンクロできずにきた面がある。欧米のパレスチナ連帯運動においてアラブ・イスラーム世界にルーツをもつ移民2世・3世の世代が大きな影響を持つようになっていることを考えれば、日本の社会運動の先細り状況を打開する一つの鍵は、民族・世代・障害の有無・性別・SOGI等々、異なる属性のコミュニティに積極的に運動を開き、連帯の視点を広げていくような工夫と発想の転換が必要であるように思う。

ガザで日々殺されている人々、日々死ぬ思いで生きている人々は、決して無駄な犠牲を払っているのではない。彼/彼女らは人類が突き進みつつある文明崩壊プロセスの方向を転換しようとする共同作業を最前線において闘っている人々であり、私たちは、彼/彼女らに生かされつつ、その闘いに創造的に合流していく必要がある。

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