2021年、平和軍縮時評

2021年09月30日

潜水艦を追う日米の音響測定艦という脅威

湯浅一郎

1)潜水艦戦争体制強化の中での海自の対潜戦能力

 南北朝鮮の潜水艦やSLBMの開発競争が急激に進んでいる。2021年4月11日の『聯合ニュース』は、韓米の情報当局の分析として、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)が3000トン級の潜水艦の建造を終え、進水の時期を検討している段階にあると報じた(注1)。これは、1800トン級の潜水艦を改造したもので、全幅7メートル、全長80メートル程度の大きさで、潜水艦発射弾道ミサイル(以下、SLBM)3発を搭載可能とみられる。同潜水艦は、2019年7月に北朝鮮メディアが建造現場を金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長(朝鮮労働党総書記)が視察したと報じたことで、その存在が明らかになった。米韓の情報当局は北朝鮮が戦略的に最も効果的な時期に同潜水艦を進水させようと時期を検討しているとし、就航すれば「北極星3」などのSLBMを発射する可能性があると指摘した。  
 一方、2021年9月15日には、韓国が、潜水艦『島山安昌浩(トサンアンチャンホ)』(3000トン級)に搭載した独自開発の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を水中から発射する実験に初めて成功した(注2)。これにより、韓国は、米国、ロシア、中国、英国、フランス、インドの6か国に続き、世界で7番目にSLBMの発射実験に成功した国となった。ただし、核弾頭を装備しない唯一の国でもある。潜水艦が敵対勢力の近くの海まで密かに接近し、隠密性に優れた潜水艦から発射するため、戦争の構図を変えられる「ゲーム・チェンジャー」と呼ばれる。朝鮮半島の平和と非核化をめざす韓国が、何故あえて新たなSLBM開発に邁進するのかは理解しがたいが、北朝鮮に対する対抗意識がそうさせているのであろう。 
 いずれにせよ南北のSLBM開発競争が進んでいることは疑いようがない。北朝鮮が近い将来、潜水艦にSLBMを実戦配備し、公海を自由に航行することが実現すれば、日米にとってもICBMとは比較にならない深刻な脅威となり、米国の核抑止戦略を根本から揺るがす可能性もある。
 北東アジアでは、元々、中国の海洋進出に伴い、東シナ海や南シナ海において中国の潜水艦の活動が活発になってきていた。その上に、北朝鮮や韓国の潜水艦開発競争が激化する中で、北東アジアにおいては対潜水艦への対応が重要な課題になってきている。
 こうした中で、自衛隊は、1980年代末頃から対潜水艦戦争(anti-submarine warfare、ASW)体制を整備してきている。その概略は以下のとおりである(注3)。
ア) 対潜水上艦艇:高性能潜水艦に対処するため、対潜ヘリコプター、総合情報処理システム、曳航式パッシブ・ソナー(TASS)などを装備。
イ) 対潜航空機:固定翼対潜哨戒機として高性能潜水艦に対処できるP-3Cの100機体制。対潜ヘリコプターとして捜索能力に優れたSH-60Jを整備。
ウ)潜水艦:雑音の低減と水中行動能力の向上による隠密性の向上、潜水艦用曳航式パッシブ・ソーナー(STASS)の装備による捜索能力の向上など。「おやしお級」「そうりゅう級」など3000排水トン以上の近代艦合わせ23隻。
エ) その他:潜水艦の静粛化などに対応し、対潜戦に関する各種データの収集・分析などを行うため、1988年度から対潜戦(ASW)センターを整備。音響情報収集能力の向上を図るため、音響測定艦を1991年から配備し、現在は3隻体制。
 これらの中で、領海内に限定して行動する潜水艦の捜索ができる手段としては、音響測定艦によるものが最適である。以下、あまり知られていない日米両国の音響測定艦について、そのクジラなど海生哺乳類への影響を含め、問題点を整理する。

2)音響測定艦とは?―音響測定装置で「音紋」を測定する

2-1:音響測定装置
 音響測定艦は、海中の音響情報を手に入れることだけを目的とした艦船で、船尾からソナー(監視用曳航アレイセンサーシステム、Surveillance Towed Array Sensor System、SURTASS)を海中へ投じ、それを曳航して潜水艦などの音響情報を収集する。潜水艦ごとに微妙に違うスクリュー音の固有の特徴を示すのが「音紋」であるが、地上からは存在を確認することが困難な潜水艦の固有の「音紋」を集めることで、潜水艦の国籍や型式を識別することができるというわけである。胴体が二つある双胴船型で、左右で海中に没しているボディを持つ(写真参照)。これにより荒天時でも安定した航行が可能となる。この海中に没している部分は潜水艦や魚雷のような形状をしている。

図1 海上自衛隊呉基地に停泊する音響測定艦「ひびき」(2004年2月15日)(出典;戸村良人「行動の写真集」より)。
                                       
この「音紋」を収集するのが曳航式ソナーシステム(SURTASS+LFA)と言われる音響測定装置である。これは、以下の2つで構成されている(図2参照)。
1. パッシブ・ソナー(水中マイク)(SURTASS)。
これは、音響測定艦の船尾からケーブルで引き出された音響マイクロフォンである。船尾から数キロメートルも引き出されるため、自艦の音の影響を低減させることができる。その代わり、周辺を航行する漁船の漁具を切断するなどの問題が付きまとっている。
2. アクテイブ・ソナー(LFA=Low-Frequency Active)。
LFAは、低周波音を発信し、数百キロ先のターゲットに反射させ、戻ってきた音をパッシブ・ソナー(SURTASS)が拾う。
 ここで、ソナー(SONAR=Sound Navigation and Ranging)とは、音波を利用して水中の物体を探知する装置である。
 両者を組み合わせることで、潜水艦のエンジン音や船体の反響特性などのデータをまとめ、何と数百キロ先の潜水艦の音紋を聞きわけることが可能となる。これらの情報は、軍事静止衛星を経由して本国の情報センターへ送られ、自国の軍事情報として対潜フリゲート艦、対潜ヘリや対潜哨戒機などに提供される。

図2 米海軍の曳航式ソナーシステムSURTASS(+LFA)の概略図。

2-2 現在の運用体制;
 2021年3月4日、音響測定艦「あき」が就役し海上自衛隊呉基地(広島県呉市)に配備された。同種艦の新造は29年ぶりで、既存の「はりま」(1991年)、「ひびき」(1992年)を含めて海上自衛隊の音響測定艦は3隻体制になった。すべて呉基地に配備されている。自衛隊の音響測定艦の寄港先は、ほとんど不明である。母港の呉以外では、ごく稀に佐世保、横須賀の海上自衛隊基地で目撃されているくらいである。このほかには、後述するが延べ縄漁具を切断したなど事故を起こし場合、報道などにより活動地点が特定される場合もある。
 一方、米海軍は、海洋監視艦(Ocean Surveillance Ship)と呼ぶが、ヴィクトリアス級4隻、及びインペッカブルを加えて計5隻体制である。それらのほとんどが、日本周辺など北西太平洋に集中して運用されており、横浜ノースドック、沖縄ホワイトビーチ、そして佐世保に寄港している。とりわけ横浜ノースドックへの寄港が最も多い。
 図3は、米議会が承認した音響測定艦による低周波アクテイブ・ソナー(LFA)使用可能海域(白線内) である(リムピースHPより引用、注4)。クジラなど海洋生物の保護と、潜水艦を探知する軍事的な要求とのせめぎあいの中で引かれた線である。日本列島の周囲は、海岸線沿いを除き、ほぼ全域が使用可能とされている。

図3 米議会が承認した低周波アクチブ・ソナー(LFA)使用可能海域(白線内)(リムピースHPより)。

 リムピースは、この地図と日本の各地での寄港データを重ねて考察した結果として、2006年段階でやや古いが、米音響測定艦の動きを以下のように推測している(注5)。
 「私たちが得ている寄港実績データも、音響測定艦が沖縄近海で活動していることを裏付けている。今や音響測定艦の実質母港となった横浜ノースドックから出港し、2ヶ月前後で戻ってくる間に、那覇軍港やホワイトビーチに短期間寄港することが、何回も確認されている。特に音響測定艦「コリー・ショウエスト」の場合、「西太平洋でLFAのテストと訓練を開始した」と米海軍補足文書に書かれている。2003年1月25日以降、長い航海で横浜に戻ってくる直前に寄港した港は、ほとんどが那覇軍港となっている。また、頻度は少ないが音響測定艦が佐世保に寄港した例もある。日本海もしくは東シナ海北部での任務の途中に、短い寄港を行ったと見ていいだろう。」
 この動き方は、現在も基本的に変わっておらず、九州から沖縄、東シナ海、さらに近年では南シナ海をパトロールしており、主に中国の潜水艦を常時、監視していることがうかがえる。

3)低周波音の発信に伴う海棲哺乳類への影響

 パッシブ・ソナーのSURTASSはそれほど環境へ影響を与えないが、長いケーブルを引っ張るため、延縄を切断するなど漁業への被害が出ている。内閣府沖縄総合事務局によると、2013年5月12~15日にかけて沖縄本島南西の公海上で宮崎、鹿児島両県のマグロ漁船9隻のはえ縄漁具が米艦船により相次いで切断される被害が発生した。16日夕から夜にかけては6隻が海自艦艇により同様の被害を受けたとの報告があった(注6)。米艦艇とは音響測定艦「インペッカブル」、海自艦艇とは音響測定艦「ひびき」である。このような被害は、時々発生している。 
 これに対し、アクティブ・ソナーLFAは、周波数100〜500ヘルツ(Hz)、215デシベルのピンを平均60秒間隔で打つ。数百kmも先まで効力を持つ大音響をパルス的に発することが、クジラなどの海棲哺乳類や魚介類の生態に悪影響を与える可能性がある。例えば、アクティブ・ソナーLFAの発信が、浅瀬への乗り上げ座礁などの集団自殺に関係しているのではないかという仮説に基づく多くの研究がある(注7)。
 米海軍は、曳航式ソナーシステムによる、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、ザトウクジラ、コククジラの4種類に対する影響を調べた研究をしている。その結果、シロナガスクジラとナガスクジラの採餌行動への影響はない、コククジラの渡りはパッシブ・ソナーのLFAを回避する行動がみられるなどを報告している。これらの報告の多くは、海棲哺乳類への影響はさほど大きいものではないという論調になっており、客観性に疑問符がつく面はある。
 2012年、米海軍は、海軍作戦部長名でソナーシステムに関する1100ページに及ぶ海棲哺乳類の保護を目的にしたガイドラインを出している。これによれば、近くにクジラなどの海棲哺乳類がいる場合、作戦行動を続行するか止めるかの判断に何段階もの規制を設け、影響が大きいと考えられるなら作戦を中止すべきであるとしているという。
 米海軍によるこの種の資料は山のようにあり、その詳細な分析は別の機会に譲り、ここではこれ以上の深入りはしない。しかし、たとえ軍事行動でも自ら調査研究をし、得られた情報は開示するという姿勢を保持している点は評価されるべきである。
 その背景にあるのは、半世紀前から米国に存在している2つの法律である。1972年10月に施行された海棲哺乳類保護法(Marine Mammal Protection Act:以下、MMPA)は、例外を除いて海棲哺乳類の所持、輸出入、その行動に影響を与えること、傷つけることおよび捕殺することを禁止している。また1973年施行の絶滅が危惧される海洋動物に関する絶滅危惧種法(Endanger Species Act :以下、ESA)がある。このため、海洋で行う人間活動が、海棲哺乳類やウミガメなどの海洋生物に影響を与える場合には、許可が必要となっている。
 そもそも米国では、海生哺乳類を食用の水産生物として利用する文化がないこともあり、半世紀も前に海棲哺乳類を保護する法ができ、当然、米海軍の行為に対しても、それらの法が適用される。従って音響測定装置のパッシブ・ソナーによる低周波音の発信がMMPAに違反しないようにせねばならない。そのため、米海軍は多くの調査研究をしているが、「影響はほとんどない」という主張をくり返しているようにも見える。それでも、法律があるからとはいえ、建前に沿って一定の努力を蓄積していることは事実である。
 これに対し、日本では、海自の音響測定艦によるパッシブ・ソナーの影響について、全く議論になっていない。少なくとも海上自衛隊が何らかの調査をしたとか、環境省が防衛省に対して意見具申をしているとかいう動きは一切ない。こうした中では、市民社会の側からこの問題を提起していくことが重要である。米中対立の中、東シナ海や南シナ海での中国の潜水艦の動きが活発になり、また朝鮮半島の南北両国が潜水艦やそれが搭載するSLBMの開発競争を繰り広げている現在、音響測定艦の行動はより活発になり、かつその隠匿性が高まることが予想される。米海軍のLFAによる海棲哺乳類への影響調査は、極秘性が高い音響測定艦の動きの一端を見せてくれる側面がある。そうであれば海自音響測定艦のLFAによる環境影響を厳しく調査研究をすることが必要である。それは結果的に音響測定艦の動きを浮き彫りにすることにもなる。
 今、世界では生物多様性の保持と回復が重大事となり、2010年の第10回生物多様性条約締約国会議で合意された愛知目標の次の目標(ポスト愛知目標)が来年春にも合意されようとしている。そうした状況の中で、海中で強力な低周波音を発するLFAによる海棲哺乳類への影響に関して、何ら問題にしない日本政府の怠慢は許されないことである。生物多様性を重視する立場から、音響測定装置の強力な低周波音を発信するLFAが海生哺乳類へ悪影響をもたらすのではないかという問題を提起していくことが強く求められている。それは、ほとんど明らかにされない音響測定艦の運用実態の透明性を高めることにもつながるはずである。

注1 『聯合ニュース』2021年4月11日。
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20210409003700882?section=nk/index
注2 『ハンギョレ新聞」2021年9月16日。
注3 『防衛白書1990年』http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/1990/w1990_03.html
注4 リムピースHP。
http://www.rimpeace.or.jp/jrp/umi/northd/tagos1.html
注5 注4と同じ。
注6 『毎日新聞』2013年5月23日。
注7 例えばJA.ゴールドボーゲンら、「シロナガスクジラはシミュレートされた中周波軍事ソナーに反応する」、Proc R Soc B 280(2013)。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3712439/pdf/rspb20130657.pdf

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