2022年、平和軍縮時評
2022年02月28日
核兵器に固執する核兵器国 ~2021年における米露英仏中の動きを中心に~
渡辺洋介
1.はじめに
2021年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻した。侵攻に前後して、ロシアは度々「核兵器の使用」をちらつかせている。2月19日、ロシア軍は核部隊によるミサイル発射演習を実施し、24日にはプーチン大統領が「ロシアは最強の核保有国の1つ」と強調。27日にはプーチン大統領が核部隊に特別態勢を取るよう命じ、翌日、ショイグ国防相は命令を実行に移す準備が整ったと述べた。こうした行為は、武力による威嚇と武力の行使を禁じた国連憲章第2条第4項や、これまで積み重ねられてきた核不拡散条約(以下、NPT)合意など、多くの国際合意に反するもので、決して許されるものではない。近年、核兵器をめぐる問題は気候変動などの問題の影に隠れがちであったが、ウクライナ危機が生じたことで、いま核問題の深刻さが再認識されつつあるように思われる。世界が直面する核兵器の問題を改めて考えるため、本稿では、2021年を中心に近年における核政策をめぐる核5大国(NPT上、核兵器保有を容認されている米露英仏中)の動きを振り返り、核問題の現状をふまえたうえで、進むべき方向性を示したい。
2.バイデン政権の誕生と核政策
2021年1月20日、米国でバイデン政権が発足した。同政権は「同盟国・パートナー国との協調」「外交第一」を掲げ、トランプ政権下で傷つけられた同盟国との関係修復を図り、脱退していた国際条約と国際機関への復帰を果たした。政権発足早々、ロシアとの間で新START(戦略兵器削減条約)の5年延長で合意したのも、この流れの反映といえよう(後述)。また、バイデン政権は、オバマ政権が始め、トランプ政権が拒否していた米国の核弾頭保有総数の公表を再開し、2020年9月30日現在、米国は3750発の核弾頭を保有していたことを明らかにした。これは核兵器の透明性を高める措置であり、評価できる。
一方で、米国は中国を覇権争いの第一の競争相手とみなすようになり、バイデン政権はトランプ政権の強硬な対中国外交を継承した。中国の核軍拡のスピードに対する過大とも思える米国防総省の評価や米英豪によるAUKUSの創設(後述)は、中国への対抗意識や警戒感を反映したものといえよう。
また、2021年は、バイデン政権が選挙中から掲げていた核兵器の先行不使用・唯一の目的政策が「核態勢見直し(NPR)」に反映されるかどうかに注目が集まった一年であり、各国の市民団体が先行不使用政策採用を求めて要請書を提出した。しかし、「核態勢見直し」は年内には出されず、11月に「地球規模の軍事態勢見直し(GPR)」が完了したのみであった。
3.新START延長と米露戦略的安定対話
新STARTの失効まで残り2日と迫った2021年2月3日、米国とロシアはそれぞれ条約の5年延長で合意したと発表した。トランプ政権は、中国を含めた条約が必要などと主張して、米露間の交渉は長引き、任期内に妥結まで至らなかった。しかし、2021年1月にバイデン政権が発足したことにより、条約延長の方向で交渉が進み、5年延長で妥結した。これにより、トランプ政権によるINF全廃条約からの離脱後、米露間に残る唯一の核軍縮条約がかろうじて生き残った。
つづいて、バイデン大統領は、6月16日、ロシアのプーチン大統領とスイスのジュネーブで首脳会談を行い、共同声明を発表した。声明では、1985年、レーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長が同じジュネーブの地で発表した「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」という共通認識が改めて確認された。また、両国は二国間の核軍備管理に関する「戦略的安定のための対話」の開始で合意した。対話では、両国にとって重要な問題を幅広く議論する予定である。米国が、近年ロシアが開発に力を入れている新型戦略兵器や非戦略核を含むすべての核兵器の制限を求めているのに対し、ロシアは、ミサイル防衛システムの制限や宇宙空間での軍拡競争の防止など戦略的安定性に影響を与えうるすべての兵器やシステムの制限を求めている。対話の第1回が2021年6月28日、第2回が9月30日、第3回が2022年1月10日にいずれもジュネーブで開催され、米側からシャーマン国務副長官、ロシア側からリャプコフ外務次官が出席した。第3回対話では、上述の議題の他にウクライナ情勢についても話し合われた。
4.英国と中国が核軍拡へ
英国は、2010年、保有核弾頭の上限を、2020年代半ばまでに180発まで引き下げる意向を表明していた。ところが、2021年3月16日に公表した中長期的安全保障政策の報告書「競争時代におけるグローバルな英国」(注1)で、英国は保有核弾頭数の上限を260発に引き上げた。これは、これまで英国がとってきた核軍縮の方針を転換するもので、NPT第6条に明白に違反する。この違法性の確認は、英国の核軍縮運動(CND)によって国際法の専門家に委嘱され、専門家は違法性を確認。12月8日、CNDはその事実をNPTを主管する国連に通報したと報告した。
また、中国も核戦力の増強を図っていると見られている。2020年に320発と見積もられていた同国の保有核弾頭数は、2021年には350発まで増加したようだ。米国防総省の中国の軍事力に関する年次報告書(注2)によると、今後10年間で中国が保有するであろう核弾頭の総数は1000発以上と見積もっている。今後増強される核弾頭の運搬手段の多くはICBMと見られており、そのためのミサイル・サイロ建設の兆候が、米国の複数の核問題専門家グループによる商業衛星写真の分析によっても明らかにされている。
この件に関して中国政府は直接言及していないが、米国防総省報告書については事実に基づかず偏見が多いと主張した。また、中国は如何なる状況下でも核兵器を先行使用しないと再確認している。
英国、中国は核軍拡を進めているが、世界に存在する核弾頭約13100発のうち、米国やロシアは5000発以上の核弾頭を保有しているのに対し、英国、中国は桁違いに少なくそれぞれ400発以下である。米露2か国の核軍縮が最優先課題である状況は今も変わりはない。
5.AUKUSと原子力潜水艦供与の問題点
2021年9月15日、米英豪3か国による新たな軍事協力の枠組みAUKUSが創設された。この合意には米英が原子力潜水艦技術を豪州に供与することが含まれており、AUKUSのターゲットと目される中国が反発するとともに、豪州に12隻の通常型潜水艦を供与する契約を一方的に破棄されたフランスが強く異議を唱えた。
また、AUKUSは核不拡散の観点からも懸念が表明されている。原子炉を動力源とする潜水艦や艦船およびその原子炉で使用される核物質は、IAEA保障措置の適用外とすることができる。IAEAによる監視のない中で、潜水艦の原子炉で使用する高濃縮ウランを米英が豪州に供与すれば、その高濃縮ウランを使って豪州が核兵器を製造しないという保証はない。さらに原潜保有を望む他の国々がAUKUSと同様の手法で原潜を手に入れることになれば、IAEAの監視下にない核兵器に転用されかねない核物質が大量に非核兵器国の手に渡ることとなる。こうした事態は核不拡散の観点から大きな問題であると指摘されている。
6.今こそ核兵器の先行不使用宣言を
2022年1月4日、ロシアを含む核5大国は共同声明を発し、核軍縮に取り組む姿勢を明確に示すとともに「核戦争に勝者はなく、決して戦ってはならない」と誓約した。しかし、現実には「核使用の威嚇」が度々なされ、また、核保有国は核兵器の使用を想定した戦略と態勢を維持したままである。例えば、ロシアは、2020年6月に公表した「核抑止に関するロシア連邦国家政策の基本原則」(注3)の中で、核兵器使用に移る条件を明記し、「通常兵器による侵略により国家存亡の危機に瀕した場合において、核兵器を使用する権利を留保する」としている。すなわち、ロシアは通常兵器による攻撃に対して核兵器で報復する可能性があることを明示しているのである。
こうした状況の中、米国で「核態勢見直し(NPR)」をめぐる議論が進められているが、ロシアによる核兵器使用の威嚇がなされ、核戦争のリスクが高まっている今こそ、米国は「核の先行不使用」を宣言し、通常兵器による戦争を核戦争にエスカレートさせないよう、明確な姿勢を示すべきである。バイデン大統領は2020年の大統領選挙で、核抑止を核兵器保有の「唯一の目的」とするという公約を掲げたが、バイデン氏には、現在策定中のNPRで、さらに一歩進んで「核の先行不使用」政策の採用という英断を下してもらいたい。
なぜ「唯一の目的」政策ではだめなのか。「唯一の目的」政策は、核保有の目的を核攻撃の抑止に限定するが、核攻撃の脅しに対しては先制核攻撃を行なうという考え方である。米国がこの政策を採用し、公表すれば、現在のロシアのように「核使用の脅し」をする国には米国は先制核攻撃を検討するという方針を明示することとなってしまう。それではかえってロシアの恐怖・不安を刺激しかねず、ロシアが自ら核戦争を起こす意図がなかったとしても、例えば、ロシア軍のレーダーに映った何らかの物体を米国からの先制核攻撃と誤認して、ロシアが報復の核ミサイルを発射してしまうリスクを高めることになりかねない。
一方で、「核の先行不使用」政策は、非核攻撃に対する報復に核兵器を使用しないだけでなく、核攻撃の脅しを受けた場合でも、それを防ぐための先制攻撃に核兵器を使用しないという考え方である。現在、中国とインドがこの政策を採用している。米国も「核の先行不使用」政策を宣言し、NPRなどで公式の政策として採用することができれば、通常兵器による戦争が核戦争にエスカレートするリスクを大幅に低減させることができる。核戦争のリスクが高まっている今こそ、米国は「核の先行不使用」政策の採用に舵を切るべきである。
(注1)英国政府HP
https://www.gov.uk/government/publications/global-britain-in-a-competitive-age-the-integrated-review-of-security-defence-development-and-foreign-policy
(注2)米国防総省HP
https://media.defense.gov/2021/Nov/03/2002885874/-1/-1/0/2021-CMPR-FINAL.PDF
(注3)ロシア外務省HP
https://www.mid.ru/en/web/guest/foreign_policy/international_safety/disarmament/-/asset_publisher/rp0fiUBmANaH/content/id/4152094