2021年、平和軍縮時評

2021年11月30日

日本政府は核兵器の先行不使用に反対するな

渡辺洋介

1.はじめに

現在、米国でバイデン政権の「核態勢見直し」(以下、NPR)をめぐって議論が進められている。バイデン大統領は、オバマ政権で副大統領を務めていた時代から、安全保障における核兵器の役割の低減に積極的で、2020年の大統領選挙の際にも公約で核保有の目的を核抑止に限定する方針を示していた。今回のNPRでは、核兵器の先行不使用(No First Use:NFU)政策や「唯一の目的」政策(後述)の採用が期待されている。そうした状況をふまえ、2021年に入ってから、各国の市民社会ではNFU政策採用を求める運動が展開された。ところが、報道によると、米国の「核の傘」の下にある欧州諸国や日本などの核兵器依存国政府は米国のNFU政策採用に反対しているという。広島・長崎を経験した日本は核兵器の恐ろしさをどの国よりもよく理解しているはずである。にもかかわらず、核戦争が起きる危険性を低減する効果が期待できるNFU宣言に反対しているとは一体どういうことなのだろうか。以下においては、NFU政策をめぐる各国政府と市民社会の動きを概観したうえで、日本のとるべき方向性を示したい

  

2.核兵器の先行不使用をめぐる各国政府の動き

核兵器の先行不使用政策とは、どのような状況に置かれても、核兵器を先に使用しない政策のことをいう。この政策を採用した場合、化学兵器や生物兵器を含む非核攻撃を受けても、その報復に核兵器を使用しないばかりでなく、核攻撃の脅しを受けた場合でも、それを防ぐための先制攻撃に核兵器を使用しないこととなる。一方、「唯一の目的」政策は、核保有の唯一の目的を核抑止に限定するもので、核攻撃の脅しに対しては先制核攻撃を行うとしている。この点においてNFUと「唯一の目的」は異なるが、マスメディアや市民社会における議論では、多くの場合、NFUと「唯一の目的」は、ほぼ同じものとしてほとんど区別されずに用いられている。

NFU政策のねらいの1つは、核の先制使用が核の報復を招き核戦争に発展することを回避することにある。NFU政策をすべての核保有国が採用すれば、どの国も自国から核攻撃をしないこととなり、いずれかの国がNFU宣言を破って先に核兵器を使用しない限り、核戦争が起こることはなくなる(ただし、事故や誤認で核兵器が誤って発射される危険性は残る)。また、すべての核保有国がNFU政策を採り、核兵器の役割を他国の核抑止に限定できれば、核保有国が一律に核兵器の削減を実施しても、安全保障上、どの国も失うものはない[注1]。この状況が作れれば、核軍縮への道が大きく拓かれるのである。NFU宣言は、そうした道のりにおける第一歩といえる。

NFU政策は、現在、中国とインドが採用していると表明している[注2]。1982年から1993年まではソ連もNFUを宣言していたが、実際には核の先制使用の計画も同時に有していたことが後に明らかになっている。米国については、2016年、オバマ政権下でNFU政策の採用が検討されたが、北大西洋条約機構(NATO)諸国や日本などの反対に遭い、最終的には断念した。当時の米政府高官によると、米国のNFU宣言が中国に誤ったシグナルを送ることになることを恐れた日本の反対が強く、それがNFU政策採用断念の最大の原因であったとのことだ[注3]。

米国におけるNFUをめぐる議論は、その後、「唯一の目的」をめぐる議論に引き継がれた。2020年の大統領選挙で「バイデンは、米国の核兵器保有の唯一の目的は、核攻撃を抑止し、必要に応じて報復することであると信じている。大統領になれば、同盟国や軍と相談しながら、この信念を実行に移すだろう」[注4]と述べ、政権をとれば、「唯一の目的」政策を推進する姿勢を示した。この点について11月2日付の『ワシントン・ポスト』は、同月に開かれる国家安全保障会議において、バイデン政権は「唯一の目的」政策の採用について検討するだろう報じている[注5]。

一方で、米国のいくつかの同盟国は、バイデン政権のこうした姿勢に対して、米国によるNFU政策の採用は中国とロシアを利するだけであるとして反対している。10月29日付の『フィナンシャル・タイムズ』は、日本と英仏独豪が、バイデン政権がNFU政策を検討していることを懸念し、米国のNFU政策採用に反対していると報じた[注6]。この報道を受けて、松野博一官房長官は11月10日の記者会見で、わが国の安全保障にも関わる性質のものであり、米側との関係もあるとして言及を避けたうえで、「核の先行不使用宣言は一般論として、全ての核兵器国が同時に行わなければ有意義ではない」と述べ、日本はNFU政策に対して否定的であることを示すとともに、米国のNFU政策採用に日本が反対したことを否定しなかった[注7]。こうした状況や過去の日本政府の言動から、日本が米国のNFU政策採用に反対していることはほぼ間違いない。

3.NFU政策採用を求める各国市民社会の動き

日本政府やNATO諸国が米国によるNFU宣言に反対する一方で、バイデン政権の発足以降、各国の市民社会においてはNFU政策の採用を求める運動が活発に展開されている。例えば、核軍縮をめざす市民団体の国際的ネットワークであるアボリション2000は、2021年の春に「NFUグローバル」というNFU政策の採用を呼びかける世界規模のキャンペーンを行うチームを立ち上げた。筆者は、ピースデポがアボリション2000の日本の窓口をしている関係で、キャンペーン・チームの一員となり、その後の動きをフォローしている。以下、NFUグローバルの動きを中心に各国市民団体の動きを見ていきたい

NFU グローバルが行っているキャンペーンは以下の3つの目的を有している。第一に、核保有国に対してはNFU政策あるいは「唯一の目的」政策を採用するよう求める。第二に、「核の傘」の下にある米国の同盟国に対しては、米国がそうした政策を採用することに反対しないよう働きかける。第三に、NFUの推進は、核リスクの軽減、核不拡散、核軍縮といったより大きな目標を達成するための一環として行う、の3つである。

この3つの方針のうち、日本の市民社会に期待されるのは、第二の方針に関わる活動である。日本など米国の「核の傘」のもとにある国々の反対がオバマ政権が検討したNFU宣言を葬ったという過去の経緯から、そうした国々が米国によるNFU・「唯一の目的」政策採用に反対しないように働きかけることも、NFUキャンペーンの重要な一部である。以下においては、NFUグローバルが2021年に行なった主な活動を、他の団体が行ったNFU採用を求める活動を織り交ぜながら紹介する。

6月7日、スイスの国際平和ビューロー(IPB)が窓口となり、公開書簡「米露首脳会談に際してのバイデン、プーチン両大統領へのアピール」をマスメディアに公表するとともに米露両国へ送付した。同書簡は29名の著名な元政治家、元軍人、外交官、研究者、活動家を差出人とし、世界各地に住む約1200名が署名した。公開書簡は、1985年に同じジュネーブの地でゴルバチョフソ連大統領とレーガン米大統領が共同声明に盛り込んだ「核戦争に勝者はなく、決して戦われてはならない」という方針を再確認することや、米露二国間戦略対話を実施し、核リスクのさらなる軽減につなげ、核兵器のない世界への道を再発見すると約束することを求めた。この公開書簡の効果かどうかは不明だが、6月16日の米露共同声明では公開書簡が求めた通り、「核戦争に勝者はなく、決して戦われてはならない」という方針が再確認された。

8月9日には、NFUグローバルとは別の動きではあるが、米国の市民団体が中心となり、ペリー元米国防長官や元ホワイトハウス高官、核軍縮の専門家ら21人5団体が自民党など日本の主要政党8党首にNFUに関する公開書簡を送付した[注8]。同書簡は、日本の各党首に対して、バイデン政権がNFU・「唯一の目的」政策を宣言することに反対をしないと宣言し、このような政策が日本の核武装の可能性を高めることはないと確約するよう求めている。

これを受けて、日本の市民団体でも同様の要請を行う準備が進められ、9月7日、22の市民団体と個人44人が「日本の与野党党首に対し、バイデン政権による先制不使用・「唯一の目的」宣言に反対しないよう要請する日本の団体・個人からの公開書簡」を送付した[注9]。要請の内容は、米市民団体のものと同様、バイデン政権がNFU・唯一の目的政策を宣言することに反対をしないと明言すること、および、このような政策が日本の核武装の可能性を高めることはないと確約することの2点であった。

一方、NFUグローバルは10月28日に「NPTを履行せよ:核の脅威から人間の安全保障へ」と題したNPT締約国宛ての公開書簡を公開した[注10]。その4つの要請項目の1つに「NFU政策の採用を支持することにより安全保障ドクトリンにおける核兵器の役割を段階的に減らすこと」を含めた。この公開書簡は現在も署名を集めている。

10月末に『フィナンシャル・タイムズ』が日本やNATO諸国がバイデン政権によるNFU政策採用に懸念を示し、米国に同政策の不採用を働きかけていると報じたことを受けて、NFUグローバルはNATO諸国の現職・元国会議員にNFU支持を働きかけ、11月29日には「NATOの国会議員はNFU政策を支持している」と題する公開書簡をバイデン大統領と米議会のリーダーに送付した。同書簡はバイデン政権に対し、(1)NFU政策(あるいは「唯一の目的」政策)の採用に高い優先順位を置くこと、(2)ロシアとの戦略安定対話において相互にNFU政策をとる可能性について議論すること、(3)核5大国の核不拡散条約(NPT)再検討会議における対話でNFU政策の採用について議論することを求めた。書簡の差出人である34人のNATO諸国の現職・元国会議員は、米国が核兵器先行使用の選択肢を残すことがNATOの安全にはつながらないと述べ、バイデン政権がNATO諸国の反対を理由にNFU政策の採用を見送らないよう米政府に求めた。

4.日本政府は核兵器の先行不使用に反対するな

松野官房長官の記者会見(11月10日)で示された通り、日本政府の公式見解は「核兵器の先制不使用宣言は、すべての核兵器国が検証可能な形で同時に行わなければ有意義ではなく、これを達成するには、まだ時間を要するものと考えている」というものである[注11]。この見解は一見もっともに見えるが、実際には本音を覆い隠すための隠れ蓑として機能しているのかもしれない。2016年に日本が米国のNFU政策採用に反対した理由は、それが中国に誤ったメッセージを送ることになるためであったと報じられている。すなわち、米国がNFU政策を採用すれば、中国は米国による核の先制攻撃を心配することなく、安心して日本周辺にも通常戦力を展開し、作戦を実施できるようになる。こうした事情から日本は米国のNFU政策採用に反対したのであろうし、おそらく、現在も同じ理由から反対しているのであろう。

しかし、米国がNFU・「唯一の目的」政策を採用すれば、核兵器の先制使用政策を維持する場合と比較して、核戦争が起きる危険性を大幅に低減させることができる。さらに、すべての核保有国がNFU政策を採用すれば、そこから核軍縮への道を大きく拓く可能性も秘めている。核戦争の危険性を低減し、核軍縮の前進につながる第一歩となりうる米国のNFU・「唯一の目的」政策の採用に向けた動きに日本政府は反対するべきではない。核兵器は1発で数十万の命を奪う恐ろしい兵器であり、そうした兵器が使われる危険性を少しでも低減させることが、人類の生存にとって、より重要な課題のはずである


注1 小川伸一「核の先制不使用に関する議論の経緯と課題」『立法と調査』No.309(2010年10月), pp. 35-36.
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2010pdf/20101001026.pdf
注2 中国とインドは核兵器の先行不使用政策を採用することについて、それぞれ以下のHPで表明している。
中国外務省HP(記者会見)
https://www.fmprc.gov.cn/mfa_eng/xwfw_665399/s2510_665401/2511_665403/202111/t20211104_10442613.html
インド外務省HP
https://mea.gov.in/in-focus-article.htm?18916/Draft+Report+of+National+Security+Advisory+Board+on+Indian+Nuclear+Doctrine
注3 『東京新聞』2021年4月6日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/95967
注4 バイデン陣営2020年大統領選挙用HP
https://joebiden.com/americanleadership
注5 『ワシントン・ポスト』20201年11月2日
https://www.washingtonpost.com/national-security/biden-nuclear-weapons-strategy/2021/11/02/19686832-3be2-11ec-a67c-d7c2182dac83_story.html
注6 『フィナンシャル・タイムズ』2021年10月29日
https://www.ft.com/content/8b96a60a-759b-4972-ae89-c8ffbb36878e
注7 時事通信 2021年11月10日
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021111000475&g=pol
注8 米国の団体・個人から菅義偉首相及び他の政党党首に宛てた先制不使用・唯一の目的宣言に関する公開書簡
http://kakujoho.net/npt/lttrNFU2021j.html
注9 日本の与野党党首に対し、バイデン政権による先制不使用・唯一の目的宣言に反対しないよう要請する日本の団体・個人からの公開書簡
http://kakujoho.net/npt/lttrNFU2021ja.html
注10 ピースデポ『脱軍備・平和レポート』第12号(2021年12月1日号)に全訳。
http://www.peacedepot.org/dp_report/4101/
注11 鳩山由紀夫総理大臣答弁書(2009年11月10日)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/173/touh/t173010.htm
このNFUに対する公式見解は2009年のものであるが、現在も踏襲されている。2021年10月3日に筆者が「核兵器廃絶日本NGO連絡会」の一員として「外務省との意見交換会」に参加した際の外務省からの説明も、2009年の公式見解とまったく同じものであった。

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