2023年、平和軍縮時評

2023年07月31日

バイデン政権の核兵器政策と新START後継条約交渉の行方

渡辺洋介

はじめに

 2023年6月2日、バイデン政権のジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)が、首都ワシントンで行われた米シンクタンク・軍備管理協会(Arms Control Association)の年次会合で講演し(注1)、現在の米国の核兵器政策を体系的に説明するとともに、ロシアに対して新戦略兵器削減条約(新START条約)失効後の新たな核軍縮条約締結に向けた交渉の開始を呼びかけた。本稿では、サリバン講演に見るバイデン政権の核兵器政策を確認したうえで、新START後継条約交渉の現状を紹介し、今後、進むべき方向を考える。

バイデン政権の核抑止戦略

 上述の通り、サリバンは6月2日の講演でバイデン政権の核兵器政策の概要を改めて説明した。講演によると、米国の変わらぬ目標は、核の脅威から米国民と世界の人々の安全を保障することであり、この目標を達成するために、第一に核兵器の近代化、第二に新たな核軍縮条約締結とリスク低減策の推進が必要だと主張した。

 第一に核兵器近代化について、抑止を機能させるためには、米国の核戦力がロシアや中国といった競争相手が保有する核弾頭の合計数を上回る必要も、より危険な核兵器を配備する必要もないとした。必要なことは、米国、同盟国、同志国に対する大規模な侵略を抑止し、必要であれば侵略国に勝利するために必要な能力を確保することである。その有効性を高めるため、米国は最先端の非核能力の開発・配備に資金を投入するという。その例として、厳重に防御された高価値の目標を攻撃できる通常弾頭の極超音速ミサイル、宇宙・サイバー空間における新型兵器の開発をあげた。

 一方でサリバンは、宇宙・サイバー空間における紛争を予防するため、新たな国際ルールを創設するよう呼びかけた。その1つに地上から人工衛星を打ち落とすミサイル実験(直接上昇型衛星破壊ミサイル実験)の禁止がある。その背景には、近年、同実験の際に生じる宇宙ゴミ(スペース・デブリ)が国際宇宙ステーションや他の人工衛星と衝突する危険性が注目されるようになったことがある。米国は各国に同政策の採用を呼びかけるとともに、2022年より同実験を禁止する国連総会決議を成立させている。

 核抑止戦略の第二の柱は、同盟関係の強化である。これはバイデンが大統領に選ばれてから最優先課題として取り組んできた課題である。この点に関して、サリバンは、同盟国や同志国に対して米国が拡大核抑止を提供することによって、それらの国々による独自の核開発を不要にし、これが核不拡散の最大の成果のひとつであったとの認識を示した。

バイデン政権の核軍縮政策

 続いてサリバンは、米国の核軍縮政策を3つのアプローチに分けて、すなわち、2国間、5か国間、多国間に分けて説明した。第一に、2国間アプローチに関して、サリバンは、核リスクを管理するため、米ロ間の意見の相違がすべて解決されるのを待つのではなく、今、ロシアと新START後継条約の議論を始める用意があると述べた(この点については後述)。

 第二のアプローチは、核5大国(米国、ロシア、英国、フランス、中国)間の新たな軍縮・軍備管理協定に関するものである。その例として、サリバンは、5か国間でミサイル発射通知レジームを正式なものとすること、危機時のコミュニケーション・チャンネルを創設すること、核兵器に関する政策、ドクトリン、予算の透明性を確保することをあげている。一方で、中国が呼びかけている核兵器先行不使用の条約化についてはまったく触れなかった。

 第三は多国間アプローチである。サリバンは、NPT再検討会議、ジュネーブ軍縮会議、化学兵器禁止条約、生物兵器禁止条約といった世界規模の大量破壊兵器に関する多国間会議を通じて、新たな核時代における規範を作ることをめざすと述べた。ただ、上記の2つのアプローチで示されたような具体的な提案はなかった。

 サリバンは講演で、核兵器近代化と同盟関係強化の2つを組み合わせることで、戦略的安定という目標を達成できると述べた。しかし、この主張は誤りである。サリバンは、2つの施策によって、敵対国や競争相手が米国に軍拡競争を挑むことは、よくて逆効果、最悪の場合、破壊的であることを示すことができるという。しかし、米国が競争相手と目している中国は急速に核軍拡を進めている。米国が核抑止力強化を進めれば、競争相手との軍拡競争が激化するだけである。

 続いてサリバンは、核兵器近代化と同盟関係強化は、米国が有利な立場から軍備管理協定の交渉をすることを助けると主張した。しかし、この主張も必ずしも正しいとはいえない。強大な軍事力を背景に米国が傲慢さを示せば、ロシアや中国との新たな核軍縮・軍備管理協定締結に向けた機運をつぶしかねない。米国の核抑止力強化が同国主導の核軍縮交渉につながるとは限らない。

新START後継条約の一刻も早い交渉開始を

 上述の通り、6月2日の講演でサリバンはロシアに対して新START失効後の軍縮条約締結に向けた交渉を呼びかけた。これに対して、ロシアのドミトリー・ペスコフ報道官は、6月5日、サリバンの発言を「重要かつ前向きなもの」とし、「外交ルートを通じて実際の行動がとられることを期待する」と述べた(注2)。同様に、セルゲイ・リャブコフ外務次官も、6月8日、外交ルートを通じて米国から正式な提案が届けば「我々はそれを検討する」と述べ、新START失効後の新たな核軍縮条約に向けて話し合いの余地があることを示唆した。

 ところが、プーチン大統領は、軍縮協議、とりわけ戦術核兵器に関する協議の可能性を否定し続けており、サンクトペテルブルグで開催された国際経済フォーラムでの演説(6月16日)においてもその可能性を否定した(注3)。こうして新START後継条約をめぐる交渉は早くも暗礁に乗り上げてしまった。

 ロシアが交渉に応じない背景には、ウクライナ侵攻後の米国との急速な関係悪化がある。その結果、新START後継条約を交渉のテーブルにのせる以前に、同条約自体が機能不全に陥っているという悲しい現実がある。その経緯を簡単に振り返ってみたい。

 そもそも新START条約で義務づけられている核施設査察の一時停止が始まったのは、新型コロナ感染症が流行し始めた2020年である。この時は米ロ両国の合意のもとで下した決定であった。パンデミックが落ち着きを見せ始めた2022年6月、米国が査察再開をロシアに求めた。しかし、この時点でロシアはウクライナに侵攻しており、米ロ関係は急速に悪化していた。同年8月8日、ロシア外務省は他の新START条約の規定は守るとしたうえで、査察の一時停止は継続すると発表した。この問題などを話し合うため、11月29日から新START条約の2国間協議委員会(BCC)が開かれることとなったが、直前の28日に延期となった(注4)。その原因についてロシア外務省のザハロワ情報局長は、米国が極めて有害で敵対的な対応をとっていることにあるとSNS(テレグラム)で非難、ウクライナ戦争をめぐる米ロ間のきびしい対立が新START条約の義務不履行の理由であることを示唆した。

 2023年2月21日、プーチン大統領は年次教書演説で、米国はロシアを戦略的に敗北させようとしているにも関わらず、核施設の査察も行おうとしていると非難。新START条約の義務不履行を正当化した(注5)

 これに対し、米国家安全保障会議のカービー戦略広報調整官は、3月28日、対抗措置として、新START条約により義務づけられている核戦力に関する年2回の情報提供を停止すると発表した。

 このように新START条約は十全に機能していない。それにも関わらず、あるいは、そうであるからこそ、バイデン政権は米ロ間の意見の相違がすべて解決されるまで待つのではなく、核軍縮・軍備管理の問題を優先的に取り組むべき課題と判断し、サリバン講演の機会を利用して新START後継条約の交渉を呼びかけたのであろう。

 一方でロシアは、新START後継条約の実質的な交渉に入るためには、西側諸国が「反ロシア政策」(対ロ制裁などを指しているものとみられる)を見直すことが必要であるとしている。しかし、西側諸国がロシアに制裁を科したのは、そもそもロシアが国際法を踏みにじり、ウクライナに侵攻したことに起因している。したがって、ウクライナ戦争が解決に向かわない限り「反ロシア政策」見直しは難しい。現在のところ、戦争が収拾する見通しは立っていない。

 このまま2026年を迎え、新START条約が失効すれば、米ロ間の核軍縮・軍備管理条約はすべてなくなり、最悪の場合、新たな核軍拡競争が始まりかねない。核兵器の問題は米ロ2か国だけでなく、人類全体の生存に関わる問題である。米ソ冷戦がきびしかった時代にも核兵器をめぐる米ソ間の交渉は継続的に続けられた。実際、第1次戦略兵器制限条約(SALTI)が締結されたのは、ベトナム戦争で東西両陣営が鋭く対立していた1972年であった。こうした過去の例に学び、米ロ両国は新START後継条約の問題をウクライナ戦争と切り離し、一刻も早く交渉を開始すべきである。

注1 米ホワイトハウスHP(2023年6月2日)
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2023/06/02/remarks-by-national-security-advisor-jake-sullivan-for-the-arms-control-association-aca-annual-forum/
注2 インターファックス通信(2023年6月5日)
https://interfax.com/newsroom/top-stories/91166/
注3 シャノン・ブゴス「ロシア、米国の軍備管理提案を検討へ」(2023年7月・8月)
https://www.armscontrol.org/act/2023-07/news/russia-consider-us-arms-control-proposal
注4 米国務省HP(2023年2月27日)
https://www.state.gov/mallory-stewart-remarks-at-brookings-institution/
注5 ロシア大統領府HP(2023年2月21日)
http://en.kremlin.ru/events/president/news/70565
 

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