ニュースペーパー
2020年11月01日
「敵基地攻撃」で日米軍事統合化が進み、核の持ち込みの可能性も
イージス・アショアの配備中止が決定した直後から、政府・自民党がにわかに「敵基地攻撃論」を煽り立てています。
平和フォーラムは、半田滋さん(防衛ジャーナリスト)、前田哲男さん(軍事評論家)、飯島滋明さん(名古屋学院大学教授)の3人をお招きし、このことをテーマにディスカッションを行いました。ここではその冒頭、それぞれからの提起の要旨を紹介します。
なお、このディスカッションの全編は、「 peaceforum channel 」に掲載していますので、ぜひご覧ください。
半田滋さん(防衛ジャーナリスト)
日本は2003年に、ミサイル防衛システムをアメリカから導入することを閣議で決めました。そこで北朝鮮が発射する弾道ミサイルを日本海上空で、イージス護衛艦4隻で迎撃する、撃ち漏らした場合には、地上に配備されたPAC3で迎撃を試みるという2段階の迎撃システムの導入を決めました。
北朝鮮の弾道ミサイルの能力の向上や配備数の増加などにより、よりこの防衛網を手厚くしようと、2012年にイージス防衛艦を4隻から8隻に倍増させ、迎撃ミサイルも今までの性能を2倍にして、より遠い宇宙空間で迎撃できるようにすることにしました。防衛省は、非常に手厚い、防御態勢をめざしていたわけです。
では、イージス・アショアはなぜ出てきたのか。イージス護衛艦の機能をそっくり切り取って、地上に置くのがイージス・アショアです。これは秋田市にある新屋演習場と、山口県萩市にあるむつみ演習場に2台置けば、日本列島全体を網羅できるという説明でした。
しかしこれは、後付けの理由としか言いようがありません。2017年1月にトランプ大統領が就任し、翌2月に安倍晋三首相が首脳会談をしたところ、トランプ大統領からアメリカ製武器の大量購入を迫られます。安倍首相はアメリカから帰ってきた5日後、参議院本会議で、アメリカ製の武器を、よりいっそう購入することを宣言しました。
この宣言を受けて、この年の3月には、自民党の中に検討チームが出来て、ミサイル防衛システムを手厚くする提言を出しました。これを受けて、防衛省はイージス・アショアか、もしくはTHAAD(サード、イージス・アショアとPAC3の中間の性能)のどちらかを買う方針を出して、8月に小野寺五典防衛大臣が訪米してマティス国防長官と会って、イージス・アショアの導入を伝えます。そしてこの年の12月にイージス・アショア導入を閣議決定したのです。
つまり、安倍首相がトランプ大統領に武器の「爆買い」を迫られた結果、購入が決まったのであって、日本防衛に必要というのではなく、あくまでも安倍首相の政治案件として導入を決めたのです。
イージス・アショアは、2台配備するのに4664億円が必要でした。これはレーダーとシステムの値段で、迎撃に使うミサイルと発射機は別料金です。結局、すべてを合計すると1兆円近い「爆買い」を約束したということです。
このイージス・アショアについて、今年の6月15日に河野太郎防衛大臣が突然、配備の停止を言い出しました。その理由は、イージス・アショアから発射する迎撃ミサイルの推進装置のブースターを安全に落下させるためには、さらに2200億円の追加費用と12年の年月が必要だ、ということです。そして6月24日には、国家安全保障会議で配備中止を正式に決めました。
これを受けて、自民党の国防部会などで議論をして、イージス・アショアが持てないのだったら日本を防御できなくなるから、敵基地攻撃能力を持とうじゃないかということになり、8月4日に安倍首相に敵基地攻撃能力の保有を検討すべきとの提言を渡し、安倍首相が「前向きに検討する」と引き取って、敵基地攻撃の能力の保有について本格的に検討していくということになったわけです。
敵基地攻撃については、1956年に鳩山一郎首相(当時)が、弾道ミサイルが落ちてくるような時に座して死を待てというのが憲法の趣旨とは到底思えない、他に手段がない場合に限って、敵基地攻撃するのも専守防衛の範囲に入って合憲だという答弁をしています。この答弁を根拠に敵基地攻撃は合憲との考えが自民党内に広がっていったのです。
しかし、説明した通り、そもそもイージス・アショアは安倍首相の政治案件であって、国防の必要性から生まれたものありません。にもかかわらず、その配備中止をいい機会と捉えて、自民党が以前から希望していた敵基地攻撃能力の保有について、政府部内での議論が始まったのです。
11月には結論を得て、12月に改定される防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画のなかに、「敵基地攻撃」という名前になるかどうかわかりませんが、自衛隊が攻撃能力を持つと受け取れる内容が、おそらく書き込まれるだろうと思います。一方、野党は臨時国会の開会を希望しても自民党は開かない。その結果、政府と自民党だけで敵基地攻撃能力の保有が既成事実化していく。それが今の政治的な状況だと思います。
前田哲男さん(軍事評論家)
鳩山首相が敵基地攻撃論を是認したやりとりを、国会議事録で読み返すと、もともと彼は改憲論者なのです。現行憲法が改正されない限り、自衛隊は違憲だと主張していました。その人が首相になったので、国会で追及され、窮したかたちで、あの発言、つまり敵基地攻撃論が出た。それも「法理上」の応酬で、自衛隊の装備に関してではない。
それ以後、例えば1970年の第1回防衛白書では、「我が国の防衛は専守防衛を本旨とする、すなわち憲法を守り、国土防衛に徹するという考え方である」という、確立した見解が打ち出されました。今年度の防衛白書にも「専守防衛」という言葉が用いられているわけで、憲法と敵基地攻撃が相容れない概念であることは言うまでもありません。
つまり鳩山首相の言葉は、敵基地攻撃合憲論者たちが苦し紛れに、歴史を遡ってみたらそこに突き当たった国会答弁を、いま引きあいに出しているものでしかありません。
8月4日の小野寺検討チームの「提言」、また9月11日の安倍首相の「談話」をみても、専守防衛という考えは引き続き持つ、そして憲法にも反しない、国際法にも反しない、という3つの歯止めをしめしながら、しかし結論においては敵基地攻撃もあるんだということを強く匂わせています。
けれども、憲法と相いれない、専守防衛とは相いれないということは、すでに明白でありますし、1974年の国連の「侵略の定義に関する決議」でも、先制攻撃は、侵略の第一要件であると冒頭に掲げてあるわけです。「憲法にも反しない、専守防衛とも合致する」という言い方は、もうどうしようもないデタラメ、厚顔無恥な言い訳でしかない。
敵基地攻撃論が自衛隊の任務、装備、行動に反映されて起こりうること、それは完全な米軍戦略との一体化です。ミサイル防衛を接点とする敵基地攻撃戦略が自衛隊の政策に導入されると、日米両軍事組織は完全に一体化し融合しなければならない。
アメリカ軍が目指しているIAMD(統合防空ミサイル防衛)という戦略、つまり低軌道に偵察衛星を200から300個打ち上げて、中国、極東ロシア、北朝鮮の上空を間断なく見張りつつ、そういう監視体制の下で初めて攻撃ミサイルが発射できるという将来戦略と一体とならなければ機能しないような動きのなかに「敵基地攻撃論」は位置づけられている。
もう一点、敵基地攻撃が装備、武器のかたちで実現すると、必ず起こってくるのは米軍による核の持ち込み、つまり我が国の国是と言われる「作らず持たず持ち込ませず」の非核三原則が、少なくとも「持ち込ませず」に関しては消えてしまう「非核二原則」になる可能性が極めて高い。なぜなら、米軍の弾道ミサイルは「核つき」が前提だからです。
アメリカの戦略が21世紀の初頭までは、迎撃ミサイルに力を入れる、それはイージス・アショア配備が典型ですが、ルーマニア、ポーランドに置いてヨーロッパを守る、日本に導入させて中国に、とする迎撃が主だったのですが、トランプ政権成立後は極めて顕著に、昨年INF条約(中距離核戦力全廃条約)から離脱したその前後から、攻撃型に転換しました。
実際に、トマホークブロックⅣと言われる新しいタイプの地上発射型巡航ミサイルや地上発射型弾道ミサイルの実験を度重ねていますし、これを東アジアに置きたいということは、エスパー国防長官をはじめ、アメリカの要人の口から漏れています。
となると、イージス・アショアの代わりに、攻撃型の地上発射型巡航ミサイル、あるいは攻撃型弾道ミサイルが置かれる可能性が極めて高い。そうすると、非核三原則は崩壊することにならざるを得ない。
それから安保条約で明言された事前協議の条件として、「中・長距離弾道ミサイルの持ち込み」に関しては、必ず事前協議の対象とするということが約束されていますが、これも菅内閣がOKするとすればクリアされてしまう。
そういう日本の国是にも影響を及ぼしかねないような効果を持つものであるわけで、したがって、専守防衛に反することはもちろん、米軍戦略と自衛隊が完全に密着するという事態の結果、核に関する国是の崩壊をもたらすだろうということを、まず指摘したいと思います。
飯島滋明さん(名古屋学院大学教授・憲法学)
憲法学者の長谷部恭男さんが国会で「集団的自衛権」は憲法違反だと言ったとき、自民党の人たちは憲法学者が判断するんじゃない、最終的に判断するのは裁判所だと言っていたと思うんですけど、それがブーメランとして自民党に帰ってきているように思います。鳩山首相の敵基地攻撃論は、裁判所が合憲とお墨付きを与えたものではなく、単なる行政解釈にすぎません。
防衛白書によれば、相手から武力攻撃を受けたときに初めて武力を行使するというのが専守防衛なんです。しかし、敵地攻撃能力というのは、日本が攻撃されているわけでもないけれども、相手方が攻撃しそうだって段階で先に手を出してしまう。
そもそも専守防衛自体が憲法学上、正当化できないということは言わなくてはなりませんが、仮に専守防衛が認められるって立場に立ったとしても、敵基地攻撃能力は専守防衛と相いれないものだと言えます。
敵基地攻撃能力を保有するとなると、それに合った武器体系、装備体系が必要となります。果たして憲法9条の範囲と認められるのかと言いますと、これも明らかに認められないものに変わると思います。
自民党は、自衛のための必要最小限度の実力、これを超えるものが憲法9条で禁止された戦力だとして、これを超えないのであれば合憲、自衛隊は合憲だということを言ってきました。しかし、敵基地攻撃能力を持つとなると、この自衛のための必要最小限な実力というのを明らかに超えており、そうなると敵基地攻撃能力を持つということは憲法9条2項違反と言わざるを得ません。
射程距離が500kmもある「JSM」、射程距離が900キロもある「JASSM」、「LRASM」といったミサイルを持とうとしています。あるいは、いままで政府見解で持てないとしていた航空母艦にしても、例えば「いずも」は今年度中に空母化の改修などが行われ、「かが」についてもそういった改修がこの数年以内に行われる予定で、それらにF35Bというのを垂直離発着させる。こういったものを持つようになれば、世界中で自衛隊が攻撃できるようになってしまうわけです。
さらに、安保法制と重なることによって、実際に敵を攻撃する可能性が高まります。2015年8月の内閣法制局長官の答弁で、敵基地攻撃論の理論は、存立危機事態にも適用されると言っています。
安保法制によれば、日本が攻撃されてなくても、日本と密接な関係にある仲の良い国が攻撃されたとき、そのときに武力行使をしますよっていうのが、存立危機事態になります。
実際、自衛隊法76条1項2号に基づいて防衛出動もできますし、88条に基づいて武力行使も存立危機事態の段階でできることになります。
日本が攻撃されていないにもかかわらず武力行使しますということに加え、敵基地攻撃論が使えるって話になってしまうと、日本が攻撃されてもないのに先に攻撃してしまうというのが、現実問題として起こりうる。そうなれば、憲法9条1項で禁止された武力の行使、あるいは国権の発動たる戦争にあてはまり、憲法上正当化できる事態ではありません。
法的な話をしますと、そもそも先制攻撃というのは国際法違反だというのが当たり前の話になっていますが、それに加担する可能性というのが出てくる。
すでにいまの日米軍事協力というのは、日米安保条約でも正当化できない段階に入っています。安保条約改定を行った当時の人たちは、日本がアメリカの戦争に巻き込まれることはそれなりに恐れていたところがあります。米韓相互防衛条約、米比相互防衛条約、太平洋安全保障条約などでは共同武力行使領域が太平洋になっているのに対して、日米安保条約では「日本の施政の下」って限定されているんです。
なぜかと言いますと、日本が太平洋で戦うってことは認められないということで、相当抵抗して、日米安保条約では日本の施政下に限定するということになっているわけです。
しかしいまのままでは、日本の防衛に無関係にもかかわらず、海外に行って戦えるようになってしまいます。日米安保条約でも日本の施政下に対する武力行使しか認められていないにもかからず、どんどんアメリカのために先に攻撃することを可能にする法制度が作られつつあります。日米安保条約でも正当化できない武力行使が、行われる危険性があると思います。