WE INSIST!、ニュースペーパー
2021年04月01日
五輪の強行を前にして思う
WE INSIST!
大坂なおみは、準決勝でセリーナ・ウィリアムスをくだして全豪オープンの覇者となった。セリーナにいきなり2ゲームを奪われる展開に、セリーナ復活かと思ったが、大坂の160キロを超えるサーブは、セリーナのミスを誘った。小さいときから憧れてきたセリーナに、大坂は、セリーナの得意とするパワーテニスで圧倒した。大坂を抱擁し祝福するセリーナの表情はうつろに見えた。会見で引退について聞かれたセリーナは、涙声で「分からない」と答えた。グランドスラム23勝の絶対的王者は、出産から復帰後、覇者となれず、マーガレット・コートの記録の前で、立ち尽くしている。
アスリートは勝利をめざして努力する。しかし、努力すれば必ず成果が上がる訳ではない。一人の勝者の前に多くの敗者が存在する。そして勝者もまた、いつか華やかな選手生活に幕を閉じる。明暗を含めた人生のドラマに、勝者を、そして勝者を祝福する敗者を見つめ、私たちは感動を分かち合うに違いない。
JOC会長の山下泰裕会長は、五輪史上初となる異例の事態に直面したが金メダル30個の目標は「変える理由はないと思う」と述べた。1964年の東京五輪は戦後復興のモニュメントであった。2020東京五輪は東日本大震災・福島原発事故からの被災地の復興をテーマにしている。五輪強行と金メダル30個は、国威発揚の政治テーマだからか。その呪縛から五輪を外し、純粋にスポーツとして楽しむことができないのか。
17歳でソチ冬季五輪に出たスキージャンプの高梨沙羅は、優勝候補の呼び声が高かったが4位に終わった。平昌冬季五輪前の記者会見で、彼女は「金メダル」という言葉を5度も口にした。銅メダルに輝くも「2強の壁を崩せず、悲願の金メダルに届かず」と評された。その後、低迷した彼女はW杯で今季は3勝、自身の持つ歴代記録を塗り替える60勝目を挙げた。東京五輪競泳代表の池江璃花子は、2019年2月、白血病と診断され療養に入った。桜田五輪担当大臣は「がっかりしている」とコメントしてきびしく非難された。2020年8月、復帰を果たした池江は、東京五輪に向けて着実に成績を伸ばしている。彼女らは、また日の丸を背負い金メダルの呪縛に囚われるのだろうか。
スポーツは、個人の闘いであり、だからこそのドラマだ。日の丸を背負わせることの意味はない。「父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました。干し柿、餅も美味しゆうございました」の遺言を残して東京五輪マラソンの銅メダリスト円谷幸吉は、メキシコ五輪を前にして自ら命を絶った。それが、金メダルの呪縛だったのは間違いない。政治は、五輪から離れるべきだ。(藤本 泰成)