ニュースペーパー
2020年12月01日
バイデン新政権と日本の反核運動の課題
先制不使用に焦点を
核兵器禁止条約が2021年1月22日に発効とのニュースを受けて、条約に好意的な各紙の社説は、核兵器国との橋渡し役となるよう政府に呼び掛けています。「唯一の被爆国日本」は米国の核の傘の下にあるが、核戦争の悲惨さをよく理解していて、核廃絶を強く願っているはずだ。だから「非核保有国(核兵器禁止条約推進国)」(A)と「核保有国」(B)(とりわけ米国)の間の橋渡しをすることができるはずだし、また、そうすべきだ、という主張です。以下、このA、日本、Bという位置関係の想定がそもそも正しいのかどうかを検討してみましょう。
米国における先制不使用議論と日本
オバマ政権は2016年、「米国は決して先に核兵器を使うことはない」との「先制不使用」宣言をすることを検討しましたが、結局断念しました。ニューヨーク・タイムズ紙は、16年9月5日の記事で、同年4月に広島を訪れたばかりのジョン・ケリー国務長官が「米国の核の傘のいかなる縮小も日本を不安にさせ、独自核武装に向かわせるかもしれないと主張した」ことが一つの理由だと報じました。ウォールストリート・ジャーナル紙は、その1カ月前の8月12日に、7月に開かれた「国家安全保障会議(NSC)」の関係者の話として、アシュトン・カーター国防長官が「先制不使用宣言は米国の抑止力について同盟国の間に不安をもたらす可能性があり、それらの国々の中には、それに対応して独自の核武装を追求するところが出てくる可能性があるとして、先制不使用宣言に反対した」と伝えていました。
クリントン政権において先制不使用宣言が検討された際にも、オバマ政権が誕生した2009年に、「核態勢の見直し(NPR)」の中で「米国の核兵器の唯一の目的(役割)は他国による核攻撃の抑止とする」との政策の採用が検討された際にも、日本の不安や独自核武装の可能性が断念の理由の一つとされました。
日本側の懸念とそれによる核武装の可能性が、米国の核の役割を減らす政策の採用を妨げているという構図です。つまり、「非核保有国(核兵器禁止条約推進国)」、「米国核穏健派」、「米国核保守派+日本政府」というのが正確な位置関係ということです。
米国による先制不使用宣言に反対する日本
日本政府は、日本に対する核攻撃だけでなく、生物・化学兵器及び大量の通常兵器による攻撃にも核報復をするオプションを米国が維持することを望んでいます。例えば、1982年6月25日の国会で、政府は次のような解釈を示しています。米国の「核の抑止力または核の報復力がわが国に対する核攻撃に局限されるものではない」。また、1999年8月6日には、高村正彦外務大臣が、「いまだに核などの大量破壊兵器を含む多大な軍事力が存在している現実の国際社会では、当事国の意図に関して何ら検証の方途のない先制不使用の考え方に依存して、我が国の安全保障に十全を期することは困難である」と述べています。この種の答弁が、民主党政権時代も含め、繰り返されてきました(民主党の岡田克也外相は先制不使用に理解を示しながら、外務省が首相用に準備する文章は変えられなかったようです)。
下線部分は、「先制不使用条約」についての反論のようです。しかし、米国で議論されているのは、米国による一方的宣言です。敵国の先制使用は、米国側の核報復の威嚇で抑止する考えです。核攻撃に対する核報復は否定されていません。そもそも、一般の人々は、日本が頼っている核の傘は核攻撃を抑止するだけのものだと理解しているのではないでしょうか。
バイデン元副大統領の信念と米国の核軍縮運動
オバマ政権のバイデン副大統領は、退陣直前の2017年1月11日に行った演説で、「核攻撃を抑止すること──そして、必要とあれば核攻撃に対し報復すること──を米国の核兵器の唯一の目的(役割)とすべきである」との信念を表明しました。「唯一の目的」は、定義に曖昧な点があり、敵の核攻撃が目前に迫っているとの判断あるいは口実の下での核使用を認める可能性が残るが、「使用の可能性は核攻撃に対する報復に限る」と強調すれば、「先には絶対使わない」とする先制不使用と同じ意味になると理解されています。米国では、今回の大統領選挙に向けて、民主党のどの候補が大統領となっても先制不使用宣言をするよう保証することを目指す運動が展開されました。
例えば、集会などで各候補の見解を質すという戦術が採用されました。バイデン候補は、2019年6月4日の集会で、先制不使用を支持するかと問われ、20年前から支持していると応じています。また同じ6月、NGOによるアンケートの「米国は、核兵器を最初に使う権利を保持するという現在の政策を見直すべきか」という問いにイエスと答えました。
バイデン候補は2019年7月11日、17年1月に表明した信念に触れ「同盟国及び軍部と協議してこの信念を実現するために力を尽くす」と述べています。
日本の反核運動は米国の運動に呼応できるか
米国の軍縮運動は、バイデン新政権に対し、先制不使用宣言を要請する取り組みを強化していくでしょう。その時、「核を先に使うことはしない」という最低限の宣言を米国がするのを日本政府がまた邪魔することになるのでしょうか。日本の運動が米国による先制不使用宣言を支持する声を上げ、日本政府の政策を変えさせられるかどうかが鍵となります。それさえできないなら「橋渡し」の話をしてもしょうがないし、日本政府による条約支持など望みようもないでしょう。(核情報主宰 田窪 雅文)