2011年、ニュースペーパー

2011年04月01日

ニュースペーパー2011年4月号

東日本大震災犠牲者の方々に心から哀悼を表するとともに、被災者のみなさまにお見舞い申し上げます
 3月11日、14時46分ころ発生した「東日本大震災」は、日本の観測史上最大規模の巨大地震であり、東北地方を中心に日本各地に大きな被害をもたらしました。津波や家屋の崩壊、地滑り、火災など、この地震による犠牲者の方々に心から哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。事態はいまだ進行中であり、今後も予断を許しません。余震活動も活発であり、生存者の救出活動やライフラインの復旧などに、今は全力を尽くすべきと考えます。
 今回の地震と津波によって東京電力福島第一・第二原子力発電所は緊急停止しました。しかし緊急停止時の安全確保に欠かすことのできない「緊急炉心冷却装置(ECCS)」が作動せず、炉内溶融に至る重大事故に発展しています。格納容器内の温度上昇及び圧力上昇が起こり、格納容器減圧のために炉内水蒸気の大気中への放出も行われました。大気中への放射性物質の拡散がおこり、一部の住民の被曝の実態も報告されています。発生した水素ガスが爆発し原子炉建屋が吹き飛ぶという事態や使用済み核燃料貯蔵プールの火災など深刻な事態が続いています。 原発の危険性を指摘し脱原発の取り組みを進めてきた平和フォーラム・原水禁は、この事態を招いたことを極めて遺憾に思います。運動の足下を見直し、強力な取り組みを進めなければならないことは議論の余地がありません。事態は進行中であり、情報の収集と問題の把握に努めるとともに、今後に向けて何をしなければならないか、また、何をすべきかを真剣に検討すべきと考えます。
 平和フォーラム・原水禁は、今年1月「原水禁エネルギー・プロジェクトからの提言─持続可能で平和な社会をめざして─」をまとめ政府に提出しました。私たちは、危険な原発に依存する社会から再生可能な自然エネルギーを中心とした社会への転換を求めてきました。今後、この運動を全国的に国民の中に広げ、日本のエネルギー政策を変えていくことに全力で取り組んでいきたいと思います。
 現在、消防署員・警察官・自衛官・東京電力社員・協力会社社員・自治体職員など、多くの方が身の危険を顧みず、事態の収拾と住民の安全確保に全力をあげています。その勇気に敬意を表するとともに、政府・自治体・東京電力一丸となって、周辺住民や現場において事態の収拾にあたっている方々の生命と安全を最優先に、事態の収拾を図ることを心から望みます。
3月18日
※今号は大震災のため、内容を一部変更して編集しました。

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未曾有の大災害に襲われた福島第一原発
危機的状況続く 一日も早い収束を

東日本を直撃した巨大地震


震災を伝える各社の新聞記事

 3月11日、14時46分頃、三陸沖(北緯38.0度、東経142.9度、宮城県牡鹿半島東130㎞付近、深さ約24㎞)で、マグニチュード9.0という巨大な東日本大地震が発生しました。その地震発生から今日でまる一週間が経とうとしています。その間、震度5強以上の地震が20回以上も繰り返され、甚大な被害が東北を中心に発生し、多くの爪痕を残しました。
 被災地では、交通・通信・医療・食料・水・居住などのライフラインが喪失し、その復旧もめどが立っていません。現地では被災者救援に全力が注がれていますが、被災者が求める要求にはいまだ届いていないのが現状です。今回の震災により、死者・行方不明者は2万600人を超え、44万人が避難所生活を強いられています(3月18日現在)。この数字は、今後もさらに増えようとしています。これから、私たちも協力しながら、全力を挙げて救援、復旧に向けて努力を重ねなければなりません。

福島第一原発で連鎖的に事故が発生


図1(東京電力HPより)

 東日本大地震は、地震時に運転中であった東京電力・福島第一原子力発電所、同第二発電所、東北電力・女川原子力発電所、日本原電・東海第二原子力発電所の計11基の原子炉が自動的に停止しました。しかし、地震による影響で外部電源が失われました。女川原発や六ヶ所再処理工場では非常用電源が稼働する事態となりました。しかし、福島第一原発は、津波によりオイルタンクが流出し、非常用電源も津波の影響で全て動かなくなり、非常用炉心冷却装置が注水不能に陥りました。事態はさらに進み、炉心の冷却不能、そして使用済み核燃料のプールも電源喪失による冷却不能に陥りました。
 同原発1・2・3号機では水素爆発による原子炉建屋や格納容器下部の圧力抑制室の破損を引き起こしました。原子炉を制御する各種の計測器も故障し、現場は放射線も強く容易に原子炉に近づくこともできず、原子炉そのものを制御することができない非常事態を招きました。まさに危機的状況にあります。

東京電力によるこれまでの地震対策の甘さ


事故前の福島第一原子力発電所(東京電力HPより)

 当初、東京電力は津波対策を軽く見ていました。東京電力のホームページを見れば、「原子力発電所では、敷地周辺で過去に発生した津波の記録を十分調査するとともに、過去最大の津波を上回る、地震学的に想定される最大級の津波シミュレーションにより評価し、重要施設の安全性を確認しています。また、発電所敷地の高さに余裕をもたせるなどの様々な安全対策を講じています」とされて、津波が直接原子力施設を襲うことはないとしていました(図1)。福島第一原発の防波堤は約6mほどでした。今回はそれを上回る津波がきたことになります。
 同ホームページでは、原子力発電所建設の際には、「事前に徹底した地質調査を行い、発電所の敷地を含む周辺の地質・地質構造、活断層および、過去に発生した地質等を確認・評価しています」とし、原子炉の設計も「考えられる最大の地震も考慮して設計」とされています。しかし、原子炉圧力容器などはSクラスとして、高い耐震性を与えられていましたが、発電機、循環水系などはCクラスとして耐震設計上も弱い部分とされていたのです。津波による影響が大きかったのですが、今回の一連の制御不能の事態には地震動による影響も考えなければなりません。今後、事態の収束を待って、徹底した検証が必要になります。

原子炉 主要事象・対応
1号機 水素爆発
原子炉への海水注入
2号機 異音発生・サプレッションプール損傷
白煙発生
原子炉への海水注入
3号機 水素爆発 白煙発生
原子炉への海水注入
4号機 3階部分で火災発生
5号機 使用済燃料貯蔵プール水温度が上昇傾向
6号機 使用済燃料貯蔵プール水温度が上昇傾向

「非常事態」は現在も続く
 福島第一原発での一連のトラブル(図2)によって、政府は原子力緊急事態宣言を発して関係者とともに懸命に事態の収束に動いています。特に3号機に対して自衛隊や消防庁などの協力を得て、空と陸からの放水で使用済み核燃料のプールを冷やそうとしています。しかし、現場は放射能が強く、作業員も十分に動けない中での活動で、思うように成果があげられていません。今後もこの事態が続けばさらに厳しい事態につながっていきます。
 現在、政府は原発から半径20km圏内に避難を指示し、20~30km圏内は屋内退避としています。事故の拡大が続く中、この範囲設定で良いとはとても思えません。原水禁として、この状況に対して3月16日に緊急要請として、「妊産婦並びに乳幼児・児童・生徒などの避難について」を首相宛に提出し、関係国会議員にも要請しました(原水禁ホームページ参照)。事態がより一層深刻化する中で、被曝も喫緊の問題となっています。すでに現場で作業する人々の被曝線量が、緊急時被曝上限100ミリシーベルトを大きく超え、250ミリシーベルトまで引き上げられました。これまでの法令にもない超法規的措置です。現場の労働者に、そこまで迫るほど事故が厳しいものであることを示しています。

今後、事態はどのように推移するのか
 厳しい状況が続く福島第一原発の今後の推移はどのようなものになるのでしょうか。3月17日に参議院議員会館を会場に、原子力資料情報室の主催で開催された院内集会では、「福島第一原発で何が起きているのか」と題して、元東芝の原子力技術者の後藤政志さんから報告がありました。主に原子炉格納容器の設計に携わったという後藤さんからは、今後予想される危険として、以下の三つの可能性が指摘されました。

  1. 原子炉の冷却ができないと炉心が溶融して原子炉の底に原子炉の底に溶融物(デブリ)が落ちる。さらに冷却ができないと原子炉容器の底が抜ける。溶融物が格納容器の床を突き抜けコンクリートと反応し大量の水素ガス等を出す。この段階で格納容器が破損するので外部に大量の放射性物質が放出される。
  2. 冷却に失敗すると事故の進展に伴い水素爆発、水蒸気爆発、あるいは再臨界が起こりうる。大規模な爆発現象を伴うと、大量に放射性物質が飛び出し、チェルノブイリのようになる。爆発を起こさない場合には、徐々にではあるが放射性物質が外部に出続ける可能性がある。
  3. 原子炉建屋の上部のプールに使用済み燃料が大量に貯蔵されている。冷却できなくなると、使用済み燃料が溶融し、同様に放射性物質が撒き散らされる可能性がある。

 大変な状況下で、関係者による懸命な努力がなされています。私たちは一刻も早く事態の収束が図られることを切に願っています。しかし、政府や事業者、マスコミなどの発表や報道を冷静に見れば、より厳しい事態が予想されます。 安易な楽観論は国民の選択を大きく誤る恐れがあり、今後の推移に注目していかなければなりません。次号にも詳しい事故について報告などを掲載します。
(3月18日)

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【インタビュー・シリーズ その56】
地域の人に信頼される農民運動をめざす
全日本農民組合連合会 会長 斉藤 孝一さんに聞く

【プロフィール】
1939年熊本市生まれ。大学卒業後、故・米内山義一郎元衆議院議員の秘書を経て青森県十和田市に居を移し、農民運動を指導。87年から十和田市議会議員を3期。98年に青森県農民組合会長、06年に全日農副会長、09年に会長に就任。十和田商工業者互助センター代表、生協とわだ常務理事も務める。趣味は読書の他に川柳もたしなむ。最近の句は「あじさいに いたわり貰う 傘の中」「景気など どこ吹く風か 小あきない」(斉藤蛙井)。

──斉藤さんが農民組合の活動に入るきっかけを教えてください。
 私の経歴は変わっていて、実は熊本生まれです。九州大学に入った頃は日米安保闘争の頃でした。私はボート部にいたのですが、漠然と、これでいいのかと思っていた頃、偶然、大学の経済研究会に入りました。そこで、自分がいかに知らないことが多いかわかりました。大学を卒業して、合化労連傘下の会社に入り、当然、労働組合運動もやれると思っていましたが、5月のメーデーに誰も参加しないような会社でした。その頃も大学の関係で向坂逸郎さん(マルクス経済学者・社会主義思想家、社会主義協会代表を歴任)の勉強会に参加していました。そこで向坂さんに、青森から社会党の衆議院議員となった米内山義一郎さん(1909~92年、衆院3期)の秘書として推薦されました。会社は1年で辞めて、64年に米内山さんの秘書になりました。米内山さんはマルクス・レーニン主義に固まった方ではなく、スケールの大きい方でした。私は社会主義青年同盟の運動に熱中し、まともに秘書の仕事もしなかったので、「給料を返す」と言っても「その分は活動すればいい」と怒られもしませんでした。米内山さんが70年に落選してから、青森の地元である十和田市を中心に活動を始めました。私は地域で活動をすることを学びたいと、30歳の時に青森に行ったのが農民運動を始めるきっかけでした。

──熊本と青森はかなり違いますし、苦労されたでしょう。どんな活動をされたのですか。
 給料は出ませんから、米内山さんを所長に農業問題研究所をつくり、雑誌を毎月出して、それを売りながら生活していました。青森の南部地方の人はなかなか本音を話さない。私も最初は地域に溶け込めず苦労しました。連れあいは生粋の江戸っ子でしたので、もっと苦労したと思います。言葉が通じなくて、泣いていたこともあったようです。
 ちょうどその頃、近くで「むつ小川原巨大開発」が進められようとしていました。米内山さんは当初からこの計画の謀略性を見抜き、土地盗り、海盗りの「うそごまかしの虚大開発」と喝破し、激しく追及していました。現在、そこは六ヶ所再処理工場などになろうとしていますが、最初から下北半島が電力資本に原子力のメッカに狙われているのではと米内山さんは見ていたのです。毎夜、六ヶ所村に通って農民と話し合いました。
 そうした運動を経て、米内山さんを会長に青森県農民組合をつくり、そこで始めたのが税金闘争です。最初は農民に相手にされませんでしたが、税の仕組みを農民は知らないために、不当に税金を取られていたものを、農民組合を通すと税金申告が簡単にできるようになり、集落全部が農民組合に入るようになりました。
 次に、高圧送電線の下の農地への補償を求める「高圧線下補償闘争」を始めました。こちらは巨大な電力会社が相手で、本当に苦労しました。全日農本部の指導を受けながら、ねばり強く交渉して、ようやく東北で初の補償を勝ち取りました。そのようにして1,000人近い組合員をつくり、組合財政の基盤をつくることができました。
 こうした運動を通じて、地域闘争の難しさと面白さを感じてきました。選挙でもそうですが、やはり地域の人に信頼されないと、いくら理屈を言ってもダメなのです。

──全日農の歴史は古いのですが、どのような運動をしてきたのですか。
 全日農は1958年に結成された農民の社会的、経済的地位の向上をめざす農民の自主的な運動組織です。その前身は、全国の小作争議(地主に対し小作料の減免、農地解放を求める小作人の闘争)を指導した日本農民組合(1922年創立)にさかのぼることができます。組合は太平洋戦争で一旦解散させられますが、46年に再結成され、その後の農地解放に影響を与え、中心的な役割を担いました。
 全日農は生産者米価引き上げ、米の生産制限(減反)反対、公共工事に伴う農地取り上げ反対闘争を全国的に展開してきました。最近とくに力を入れている運動は、世界貿易機関(WTO)や環太平洋連携協定(TPP)などの農畜産物輸入自由化反対、農産物価格政策や所得政策、有機農業の推進、農業課税や土地改良費用の軽減、農業資材価格引き下げ、高圧送電線下農地の被害補償、兼業農民の労働問題の解決などです。

──TPP問題など厳しい状況が続いていますが、今後の農業のあり方をどう考えますか。


アジア・アフリカ支援米の
作付けを指導する斉藤さん(中央)

 農業もコスト競争は避けて通れません。ある程度の規模拡大は必要です。昨年から実施されている戸別所得補償制度については、その考えは私たちが提唱してきたもので基本的に支持していますが、その中に規模拡大につながる仕組みがすでに入っています。TPP問題と絡めて、改めて規模拡大政策が言われていますが、それはおかしなことです。
 いま、農産物価格の大部分は流通段階で取られています。政府は、農産物の加工や流通も含めて「6次産業化」で農家所得の向上を言っていますが、すでに昔から農民運動の中でそうしたことを実践してきました。米内山さんは、鉱山からの有害な排水で絶滅しかけた小川原湖のワカサギ漁を復活させて、それを加工・販売をして農民の収入を増やすなど工夫を重ねてきました。こうした方向も含めて、意欲のある担い手を中心に地域全体がまとまってレベルアップする運動が必要です。特に水田は連作障害もない優れた生産基盤です。これを牛豚の飼料用の米や米粉の生産など、全面的に利用する方向が大切です。麦作も含めて、品種改良や多収性などもっと研究開発を進めれば、アジアの国々への技術援助もできるでしょう。

──農業は生産だけでなく、風土や文化とも結びついています。
 61年に制定された農業基本法は、農業での金儲けを勧めるものでした。しかし、農業は経済だけで語ってはいけないと思います。欧米の思想では自然は支配するものですが、アジアでは自然と一体となり、その中で農業生産があると捉えています。地球的な環境破壊が言われる中で、その考え方がいまこそ大切ではないでしょうか。また、農業には人間の本来的な労働の意味があります。それは社会の安定にもつながっています。農業が無くなったら、日本社会は壊れてしまいます。そうした位置づけをきちんとすべきでしょう。
 貿易はもちろん必要なものですが、それを完全な自由貿易にして、工業品のようにコストだけでものを考えていくような思想は、やはりおかしいと思います。お米は茶碗一杯でわずか30円です。それを、アメリカやオーストラリアのように先住民の地を略奪して、輸出産業としての農業をつくってきた所との競争で考えていいのかどうか。日本の食生活、食文化のあり方をもっと考えてほしいと思います。
 いま農村では高齢化と過疎が急速に進んで、独り暮らしの老人も多い。これは農村だけでなく、都市部も含めた日本全体の問題になっています。これらの人々を地域で支える運動が必要になります。それをきちんとできれば、日本は世界の手本になると思います。

〈インタビューを終えて〉
 熊本出身の青年は、自らを青森県南部地方の農民運動の中に投じました。自ら稼ぎ、自ら農村を回り、人を説き、そして「よそ者」が信頼を勝ち得ていくことに、どれほどの苦労があったのか想像だにできません。自らの師と仰ぐ故・米内山義一郎さんの話をするときの眼の中に、肥後「いごっそう」の真骨頂を見たような気がしました。日本の農業は、現在きびしい状況にさらされています。「農業には人間の本来的な労働がある」との斉藤さんの言葉を、真剣に考えるべきと痛感しました。
(藤本 泰成)

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県内移設反対」に対する米国のいら立ち
世界一危険な普天間基地を閉鎖させよう
前沖縄県宜野湾市長 伊波 洋一


昨年の5.15県民大会で発言する伊波さん

 昨年の沖縄県知事選挙では、平和フォーラム関係者の全国からの御支援ありがとうございました。
 沖縄では米軍基地をめぐる問題が各地で続いています。東村・高江では沖縄防衛局がヘリパット建設を強行しており、座り込みを続ける住民団体が連日対峙して抗議しています。

「最低でも県外」断念に県民の怒りと反発
 1996年に返還合意された普天間基地問題も解決のめどがつかず、今年で15年目を迎えます。96年の返還合意で撤去可能な海上ヘリポート建設だった代替施設は、その後に辺野古から2km離れた海上軍民共用飛行場になりました。しかし、反対運動で海上調査が阻止される中、県や名護市の頭越しに米軍再編協議で2006年5月に辺野古沿岸域へV字型航空基地建設が日米合意されました。
 辺野古地区に隣接する新基地建設の日米合意は名護市民や県民に大きな反発を生み出しました。
 そのような中で、09年8月総選挙において鳩山民主党が打ち出した「国外、最低でも県外」という公約は、沖縄の全選挙区で自民党候補を敗退させ、政権交代を実現するとともに、着実に沖縄県民の意識を変えていきました。
 まず昨年1月には辺野古移設に反対する稲嶺進名護市長が誕生し、2月には沖縄県議会が全会一致で県内移設反対決議を行い、県議会の呼びかけで4月25日には県知事と県下全市町村長、議長が参加する県内移設に反対する県民大会が開催され、9万人の県民が参加しました。しかし、当時の鳩山政権は県民の声に応えることなく、米国の圧力に負けて「最低でも県外」を断念して5月28日に辺野古新基地建設に舞い戻る日米共同発表を行い、沖縄県民の怒りと反発を引き起こしました。9月の名護市議選でも県内移設に反対する市議が圧倒的に多数を占めました。

押し付けに躍起となる日米政府
 その後、昨年11月の沖縄県知事選挙に私が「国外・県外移設」の立場で立候補することを明らかにすると、相手候補の仲井真弘多知事も「県外移設」を公約とすることを明言し、有権者からは両者とも県内移設に反対する立場となりました。自民党沖縄県連が従来の移設容認では県民の支持は得られないと考えたからです。仲井真知事は最後まで「県内移設反対」とは言わず、「県内移設は不可能」と言い続けましたが、多くの有権者にとって同じ意味と受け止められています。知事選挙を通して一期目の県内移設容認の立場から「県外移設」に変わったことになります。結果的に沖縄は県内移設反対にまとまりました。
 沖縄県民が「県内移設反対」の立場にまとまったにもかかわらず、日米両政府は辺野古新基地建設を沖縄に押し付けようと躍起になっています。県知事選挙の直後に、防衛大臣、官房長官などが相次いで沖縄に来て県内移設の手がかりを得ようとしましたが、いずれも失敗しました。菅首相も仲井真知事を訪ねて、辺野古新基地建設が「ベター」だと新基地建設への同意を求めました。「ベター」の表現はかつて仲井真知事が使っていた言い回しですが、知事は「県内はすべてバッド」と返しました。

米国のいら立ちを象徴する「メア発言」
 このように沖縄全体が県内移設反対へ変わったことに一番いら立ちを感じているのは米国です。その一つの表れが「メア発言」でしょう。沖縄に行く前の米国大学生の米国務省内での事前学習の講義で米国務省ケビン・メア日本部長が「沖縄人は怠惰でゴーヤー(苦瓜)も栽培できない。沖縄人はごまかしとゆすりの名人。日本政府は沖縄県知事に『お金が欲しいなら(移設合意の)サインをしろ』と言うべきだ。普天間飛行場が危険でないことを沖縄人は知っている」などと事実に反することを言って沖縄県民を誹謗、中傷したことが報じられ大きな問題となっています。ちなみに、ゴーヤーは沖縄を代表する野菜で沖縄県の生産量は全国一です。
 その後の報道によると「沖縄は日本のプエルトリコ(米国の属領)。沖縄人は沖縄戦を、日本政府からお金をゆするために使っている」とも言ったようです。彼はこれまでに何度も物議を起こす発言をしていますが、今回の発言には特に沖縄県民への蔑視といら立ちが見えます。私は、その背景として昨年の県知事選があると思います。県内移設容認派のトップだった仲井真知事が「県外移設」を公約して当選し、県内移設を認めない立場をより強固にしていくことへのいら立ちと怒りが「メア発言」に見えます。「メア発言」は、11月28日の県知事選挙から1週間も経たない12月3日に行われたのです。
 私が、「メア発言」を重視するのは、ケビン・メアは米軍再編協議の米側窓口としての大きな役割を果たしてきたからです。彼は、06年6月までは米国大使館の安全保障部長として米軍再編協議に関わり、06年5月の再編ロードマップ合意後に沖縄総領事として06年7月から09年6月まで辺野古新基地建設の推進や石垣島への米軍艦の強行寄港などを後押ししました。私が宜野湾市長として普天間飛行場の危険性を指摘したときも福岡空港を例に挙げて「普天間飛行場は特別に危険ではない」と強弁しました。
 普天間飛行場には航空法も適用されず、米軍の安全基準に違反して普天間第二小学校などが一切の構築物が許されないクリアゾーンに設定されていることを示しても態度を変えませんでした。「メア発言」後の報道でも、国務省日本部長として国務省内の会議でクリントン国務長官に対して普天間を固定化しても「米軍に問題はなく、米国に不利益をもたらさない」と説明し、国務長官は了承したと伝えられています。同様なことを、ケビン・メアは日本政府に対しても行っていたと考えられます。

隠された海兵隊のグアム移転
 06年5月のロードマップ合意で、沖縄の海兵隊8千人とその家族9千人がグアムに移転しますが、詳細は日本政府に伝わっていません。私は詳細が伝わらないことについてケビン・メアが深く関わっているのではないかと疑っています。
 私は、宜野湾市長として海兵隊の沖縄からグアムへの移転について、米太平洋司令部や米国連邦議会、グアム群島政府などのホームページ等に公開される資料を通して調査してきました。06年7月にはグアム統合軍事開発計画が策定され、沖縄からグアムへの海兵隊移転の詳細な部隊構成、施設計画が示されています。07年3月から環境影響評価が開始、09年11月に環境影響評価書ドラフトが公開、グアムで意見聴取のための公聴会等が開催され、10年9月に環境用影響評価書ファイナルとなりました。
 沖縄から実戦部隊を含む常駐部隊8千600人と一時部隊2千人の計1万600人の海兵隊とその家族9千人が移転し、海兵隊の主力ヘリ部隊25機も移転し、アンダーセン飛行場で年間1万9,255回の飛行訓練をするとしています。しかし、ケビン・メアは沖縄にいる間、沖縄からグアムに海兵隊の実戦部隊が移転することを否定し続けました。
 私は、何度もグアム移転計画を総領事館で彼に示して説明を求めましたが、太平洋軍司令部の移転計画を紙切れに過ぎないと否定し続けました。そのような説明を私だけでなく、外務省や防衛省にも行った可能性があります。

絶対に辺野古新基地建設を許さない
 「メア発言」でケビン・メアは「1万8千人の海兵隊と航空部隊が沖縄に駐留している」としていますが、08年には1万2,400人しか駐留していません。日本政府は米側から沖縄の海兵隊定数は1万8千人なので8千人がグアムに移転しても1万人が沖縄に残ると説明されたと国会答弁していますが、1万8千名の根拠を示せないでいます。
 08年9月に米海軍長官がグアムに移転する部隊名を米連邦議会に報告し、中型ヘリ中隊など普天間の海兵隊航空部隊関連の11部隊が入っています。しかし、国は中型ヘリ中隊について岩国の大型ヘリ部隊であるとの説明を米側から受けています。岡田外務大臣(当時)は「米側から詳細は未定と聞いている」と答えるだけでした。米議会やグアムで詳細は明らかになっているにもかかわらず、日本政府には知らされず、今でも政府官僚や大臣、国会議員の多くは、海兵隊のグアム移転の詳細を知らされていません。
 私は、ルース大使にグアム移転の詳細を隠し続ける事は日米関係を大きく損なうことになると指摘しましたが、今回の「メア発言」を契機にグアム移転計画の詳細を明らかにさせることが重要です。そして、絶対に辺野古新基地建設を許さず、世界一危険な普天間基地を閉鎖させましょう。

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2009年度分の化学物質排出データが公表される
9年連続、家庭からの有害排出物質の半分以上が合成洗剤!
きれいな水といのちを守る合成洗剤追放全国連絡会 事務局次長 岩野 淳

 私たちの便利な生活の中に、多くの化学物質が入り込み、健康や環境に悪影響を与えています。これに対処するため、化学物質安全データシート(MSDS)と化学物質排出移動量届出(PRTR)制度の運用により、事業者と行政・市民が情報を共有し、協力しあって有害化学物質の減量・代替を図るため、1999年にできた法律が「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」(化管法=PRTR法)です。

全体のワースト5に合成洗剤の成分が二つも

 その2009年度分のデータが今年の2月、政府から公表されました。それによると全国の工場、家庭等から排出される全ての有害化学物質のうち、第3位が合成洗剤成分の一つであるポリオキシエチレン=アルキルエーテル(AE)で、第5位が同じく直鎖アルキルベンゼンスルホン酸及びその塩(LAS)でした。両方とも多くの合成洗剤に使われています。
 日本のPRTR制度は経済産業省と環境省が所管し、事業所から都道府県を経由しての届出データと併せ、国による届出外の推計値も公表されます。これは一般消費者が使う化学物質の影響も反映されることから、世界的に見ても優れた仕組みです。

 上のグラフが示すように、合成洗剤成分のAEやLASの大部分は家庭あるいは家庭から下水道経由で環境中に排出された届出外の推計値です。特に水環境中へ排出される合成洗剤成分の占める量は大きく、私たちが日常の暮らしの中で、有害な合成洗剤の使用を減量・代替することで、大きく水環境負荷を減らすことができます。合成洗剤追放全国連絡会は、合成洗剤の使用を減らして、石けんなどに切り替えるよう運動を進めています。
 家庭からだけの09年度の有害物質排出量を示すのが下のグラフです。AEやLAS等の合成洗剤成分が50%以上を占めています。この傾向はPRTRデータが公表され始めた2001年度から大きく変わっていません。家庭で衣類の防虫剤等に使用されているp-ジクロロベンゼンも毎年大きな比率を占めています。これも家庭からの排出量削減には大きな課題です。

地方自治体へ削減に向けた働きかけを強めよう!
 PRTRの対象物質は「人の健康や生態系に有害なおそれのある化学物質」「第1種指定化学物質」と規定され、これまでは354物質で、うち合成洗剤成分は6種類でした。2008年の制度見直しにより、これが462物質に増加し、合成洗剤成分も9種類に増えました。来年公表される分からは9種類の合成洗剤成分のデータが公表されます。
 政府(環境省・経済産業省)のホームページからは個別企業・工場のデータを見ることもできます。そして、政府により届出・集計されたデータは、都道府県など地方自治体が市民にわかりやすく公表することになっています。
 これをもとに、化学物質の排出を抑制するために働きかけることが大切になっています。地域住民のより積極的な働きかけがPRTR制度を使っての環境保全には不可欠です。ぜひ自治体の環境部局へ地域版09年度のPRTRデータのわかりやすい説明を求めていきましょう。

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世界の核兵器の状況を考える(1)
楽観できない核軍縮

核弾頭の削減幅が小さい新START
 今年2月5日に新START条約が発効したのを機に、世界の核兵器の状況を考えてみます。米国科学者連合(FAS)が2月19日に、各国の核兵器保有状況を公開しています。世界の90%超の核兵器を保有している米ロの状況は以下のとおりです。

国別 戦略核 非戦略 予備 軍事的備蓄 総数
ロシア

1,900

0

6,100

8,000

11,000

米国

1,950

200

2,850

5,000

8,500

 (注:ロシアの非戦略核 3500発が軍事的備蓄に含まれる)

 新STARTでは7年以内に米ロの核弾頭数の上限を1,550発、運搬手段(ミサイル、原潜、爆撃機など)を800基(実戦配備は700基)に制限することになっていますが、条約には大きな問題が存在していることは、昨年4月に米ロ首脳による署名の直後から語られてきました。>
 それは1)戦略爆撃機にはさまざまな機種があることを理由に、核弾頭数に関係なく1機=1発の核弾頭として計算される。2)配備から外す核弾頭は廃棄する義務はなく、備蓄核弾頭として保有が可能ということにあります。
 確かに1992年12月発効の「第1次戦略核兵器削減条約」(START-Ⅰ)との比較では大幅削減ですが、2003年6月発効の「米ロ戦略的攻撃能力削減に関する条約」(モスクワ条約)との比較では、核弾頭数はあまり削減されるとは言えません。すでにモスクワ条約によって、核弾頭数がある程度削減されていて、さらに戦略爆撃機1機=1発と計算すると、実際の核弾頭数はそれほど削減されないことになります。

期待は今後の戦術核削減交渉に
 新START調印後に、「米国の憂慮する科学者同盟」(UCS)が、条約による爆撃機1機=1発を適用すると、核弾頭数は米国が1,762発、ロシアは1,741発。さらに運搬手段は米国が798基、ロシアは566基になると、新STARTの不十分さを批判しています。
 この計算ではロシアは運搬手段を増やすことができる上、米ロとも実戦配備から外した核弾頭は備蓄に回せますから、新STARTの積極的な意味は、米国のブッシュ前大統領が「モスクワ条約」で無しにした検証査察の復活と、さらに交渉の過程で醸成された米ロの信頼関係が回復(リセット)し、これまで手がついていない非戦略(戦術)核兵器の削減交渉へ取り組むことにあると言えます。

戦略、非戦略の区別はできない
 ロシアは新START交渉の過程で、米国が北大西洋条約機構(NATO)で展開するミサイル防衛や、米国の「即時グローバル打撃」(PGS、地球のあらゆる地域を短時間で攻撃するシステム、戦略原潜に通常弾頭搭載も含まれる)を脅威と感じ、懸念を持ち続けてきました。
 そして調印の日、条約からの脱退を規定した第14条3項の「異常な事態」に「米国のミサイル防衛システムがロシアの戦略核兵器の能力に脅威が生じた場合は、条約から脱退する権利を有する」と声明しました。
 新条約の前文には「戦略攻撃兵器と戦略防衛兵器は相互に関連していること」、戦略攻撃兵器の削減によって「戦略防衛兵器が戦略攻撃兵器の適合性、有効性を損なうものでないこと」と述べられていますが、ロシアは不安を拭いきれていないのです。
 一方、米国議会はロシアの非戦略核兵器が米国との均衡を欠くという懸念のほか、ミサイル防衛やPGSに条約が障害とならないことを求めました。
 上院はまた、新START発効から1年以内に非戦略核兵器削減交渉をロシアと開始することを大統領に求める決議を採択しました。
 こうした懸念に対応するため昨年、オバマ米大統領は新START批准法案を議会に提出するにあたり、核兵器の信頼性を維持し、核兵器開発基盤を強化するための予算増額計画を提案しました。それは2011年度~2020年にかけて総額810億ドル、各予算年度で70~90億ドルという内容です。
 戦略核兵器と非戦略核兵器の区別は厳密には不可能で、米ロ間では射程5,500㎞以上の大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)搭載の戦略原潜、航行距離の長い爆撃機などが新STARTで規制の対象となりますが、非戦略核兵器でも広島・長崎原爆以上の破壊力を持つものもあり、戦略・非戦略の線引きは、核兵器の性質上不可能と言えます。
 ロシアは2月24日、戦略核兵器強化の計画を発表しました。新たな核軍拡の動きから目が離せません。

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《各地からのメッセージ》
「核燃阻止」へ、六ヶ所再処理工場を止める運動を強化
青森県平和推進労働組合会議 事務局長 米沼 一夫

 3月11日に発生した東北地方太平洋沖震災で被災した皆様に対し、心から御見舞いを申し上げますとともに、犠牲者の皆さまに謹んで哀悼の意を表します。
 私たち、「青森県平和労組会議」の重要な取り組みの一つに六ヶ所再処理工場に関わる運動があります。3月4日、「核燃サイクル阻止1万人訴訟原告団」が、国に六ヶ所再処理工場の事業許可取り消しを求めた訴訟の口頭弁論が青森地方裁判所で行われました。東洋大学の渡辺満久教授は、六ヶ所再処理工場の近くの活断層の存在を指摘し、大陸棚外縁断層でM8クラスの地震が起きる可能性に言及。その場合、再処理工場に甚大な被害を与える可能性があるとしています。しかし、国と事業者は活断層の存在を否定し、争いとなっているものです。
 今回の東北地方太平洋沖震災は、観測史上最大のM9となり、東北・関東一帯に甚大な被害を及ぼしました。そんな中、地震によって東京電力の福島第一原発1号機・2号機・3号機が水蒸気爆発を起こし、原子炉燃料の一部を溶かす「炉心溶融」という最悪の事態に陥り、放射性物質が外部に漏れ、原発からヒバクシャを出す最悪の「原発震災」を招きました。国と事業者がこれまで繰り返してきた「安全神話」は完全に崩壊し、地震と津波の影響を過少評価してきた国と事業者の責任は免れません。
 同様の被害が、2012年10月の運転再開をめざすとされている六ヶ所再処理工場や東通原発、大間原発で起きないという保証は何もありません。現在、国が進める原子力大綱の見直し策定について一部の委員から「大きく変更することはない」という意見も出されていますが、ただちに再処理工場の運転再開に向けた準備を中止し、再処理路線そのものを止め、新規立地を認めないことはもちろん、再生可能エネルギー利用への転換を図るなど、根本から政策を見直すべきです。
 私たちは、再処理工場の本格稼動を止めるまで闘う決意を新たにして、今年は6月4日開催予定となっている「第26回4・9反核燃の日全国集会」に向けて、現地で「核燃阻止」の取り組みを強化してまいります。

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【本の紹介】
ザイニチ魂!
三つのルーツを感じて生きる
鄭 大世 著


2011年刊・NHK出版新書

 著者(チョン・テセ)は昨年までサッカーJ1の川崎フロンターレで活躍し、昨年南アフリカのワールドカップで北朝鮮の代表に選ばれ、現在はドイツのブンデスリーガ(プロリーグ)で活躍しています。ワールドカップの試合前に、北朝鮮の国家に感涙する姿とパワフルなプレーが印象に残ります。
 韓国籍の父、朝鮮籍の母のもとに生まれた、現在26歳の在日青年としての生い立ちが率直に語られています。サッカー選手として大成することで、日本および世界と「在日」との架け橋でありたいと願い、自身の半生を振り返り、これからの夢を語ることで、偏狭なナショナリズムを超えた民族のアイデンティティの在り方を問いかけています。
 「世界に出ていけばいくほど、人を区別する線というものの存在がくだらなく思えてきます。そういう線を作るからこそ、敵が生まれるのです。誇りを持つのはいいけれど、誇りゆえに敵を攻撃することは許されない」「日朝間の仲が悪いからこそ、僕という人間の存在が意味を持つのだと思います」「在日という少数派に生まれてきた僕は、そのルーツと立場を世界に高らかに伝えていく存在にならなければならない」といった言葉にも重みがあります。その一方で、朝鮮学校の青春時代や、ワールドカップの舞台裏での有名選手との「ユニフォーム交換事件」や「ブラジル代表のロッカールーム潜入の事実」など、読んでいて彼の微笑ましい一面も見えてきます。
 現在、大震災の影響で、プロスポーツの分野でも延期や中止が相次いでいます。そうした中、アスリートたちからの支援の輪も広がっています。チームや個人の思いを託す従来の支援にとどまらず、選手は自身のブログなどで一般の人々に呼びかける動きも目立ちます。やはり、スポーツの発信力は大きいのだと感じています。アスリートには人々に希望をもたらす力があります。心一つにがんばりましょう!
(鈴木 智)

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投稿コーナー
祝島自然エネルギー100%プロジェクトがスタート
地産地消できる自分たちの電気や熱を
環境エネルギー政策研究所顧問 竹村 英明

 瀬戸内海の山口県沖に小さなハート形の島が浮かんでいます。それが祝島(いわいしま)です。周りは豊かな漁場で、島の産業の中心は漁業です。いまの時期はひじきの収穫、そしてびわ茶の生産が始まります。1000年の昔から続く神舞(かんまい)などの伝統行事や、この島だけに存在する練塀という建築様式など、貴重な歴史と伝承の島でもあるのです。

29年間、上関原発に反対する島民たち
 その島の目と鼻の先4㎞のところに、1982年に中国電力の上関原発立地計画が持ち上がりました。それから29年間、島の人たちはこの原発建設への反対を訴えてきました。上関町は原発推進の町となり、漁協も祝島漁協以外は補償金を積まれて推進側に変わっていく中で、祝島漁協だけは補償金も受け取らず、原発を建てさせずに今日まで来ました。
 原発の建設予定地である上関半島の先端の田ノ浦は、絶滅危惧種に指定されている希少生物の宝庫です。この場所だけにいるナガシマツボという貝類やナメクジウオ、スギモクという海藻類、海上には世界中でここだけ周年生息しているカンムリウミスズメが飛び、海中にはいまでは珍しくなったスナメリが棲んでいます。開発が進んだ瀬戸内海の中で、この海岸付近だけが昔からの生態系を保った「奇跡の海」なのです。この世界遺産級の海を守るために、自然保護協会をはじめさまざまな環境保護団体や科学者が、原発建設と埋め立て計画に反対しています。
 当初の建設計画発表からすでに30年近く経ち、いまは当初予定した電力需要もありません。原子炉設置許可申請は、原子力安全・保安院から耐震調査が不備として再調査を命じられ現在も調査中です。十分に不許可となる可能性もあります。予定地のすぐ近くを長さ80キロ近い活断層が2本も走っており、直下での地震が起こるかも知れません。それなのに、山口県知事が許可を出したために、埋め立て工事だけが先行開始され、「奇跡の海」を破壊しようとしているのです。

エネルギーシフトへ小さな島が動き出した


自然エネルギー100%プロジェクトの仕組み

 世界はいま、石炭、石油、原子力という巨大発電所から、太陽光、風力、小水力などの分散型のエネルギーへと大きくシフトする時代を迎えています。世界中の自然エネルギーへの投資額は年間20兆円に上り、2020年には100兆円を超すと想定されています。ヨーロッパやアメリカだけでなく、中国や韓国、インドなどのアジアの国々でも急速に増加しています。
 ところが日本の電力だけは、いまだに原子力と石油、石炭が中心です。政権が変わってもエネルギー政策はいっこうに変わりません。それならば自分たちの手でエネルギーシフトを起こそうと小さな島が動き出しました。地産地消できる自分たちの電気や熱をつくり出し、原発の電気は使わないようにしたいと。それは同時に、島に新たな仕事、若者が島に戻って働く場をつくり出すことでもあります。

「あなたの1%」で祝島の応援を
 電気や熱をつくるエネルギー事業だけでなく、一緒に魚介類や農産品を使ったフード事業や、島の自然や稀少生物の宝庫である原発予定地の「奇跡の海」をめぐるエコツーリズム事業、高齢化した島民が安心して生きていくための介護事業なども手がけます。新しい仕事をつくり出し、島から外に出ている子どもたち、島で暮らしたがっている若者たちを受け入れ、再び島の活気を取り戻そうという事業です。
 この事業の実現のために、「1%for祝島」という仕組みができました。企業、団体、個人、アーティスト、作家など、幅広い皆さんの自らできる「1%」を、この祝島のプロジェクトにご寄付くださいというものです。企業の利益の1%でも、個人の給料の1%でも、また楽曲の売上げの1%、何でもかまいません。「あなたの1%」で祝島を応援してください。

寄付の送り先
郵便振替口座 01320−2−88277(祝島千年の島づくり基金)
郵貯銀行 店名139 0088277(祝島千年の島づくり基金)

ホームページ
http://www.iwai100.jp/supporter.html

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今読んでおきたい原水禁の本
『破綻したプルトニウム利用』
──政策転換への提言

原子力資料情報室/原水禁国民会議編著(2010年・緑風出版刊)

 東日本大震災では、原発を動かすことの危険性が白日の下にさらされてしまいました。
 プルトニウム利用路線の中核である六ヶ所再処理工場も、高速増殖炉もんじゅもトラブル続きでまともに動かせないまま今に至っています。本書はプルトニウム利用路線の破たんの全体像を明らかにし、核燃料サイクル政策の転換を訴え提言としてまとめて、昨年夏に刊行されたものです。今このときこそ、原子力中心のエネルギー政策からの転換について考えるため、改めて読んでいただきたい一冊です。

サイズ:B6判・220ページ 定価:1,700円
内容:まえがき、Ⅰ.核燃料サイクルとはなにか、Ⅱ.動けない六ヶ所再処理工場、Ⅲ.高速増殖炉に未来なし、Ⅳ.プルサーマルがもたらす無用の危険、Ⅴ.誰もが損する核燃料サイクル、Ⅵ.世界は脱プルトニウムに向かう、Ⅶ.核燃料サイクル政策の転換を提言する
問い合わせ:緑風出版(TEL:03-3812-9420)
※原水禁でも取り扱っています。

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