平和フォーラム資料
普天間基地の移設問題についての考え方
作成者 八木隆次   
作成日 10年4月7日
(一部改訂)



1.政府内での検討状況
 普天間基地の移設先について、政府部内でどのような検討が行われているのか明確ではありません。政府からは、公式な発表が何も出ていないからです。政府は3月中に考え方をまとめ、5月中には方針を決定するとしています。しかし検討過程で具体的な地名を公表すると、関係自治体などからの反発を受けて検討が困難になると危惧しているようです。
 政府は「基本政策閣僚委員会」の下に設置した、「沖縄基地問題検討委員会」で協議を続けてきました。検討委員会は平野博文官房長官が委員長となり、政府からは松野頼久官房副長官・武正公外務副大臣・榛葉賀津也防衛副大臣、社民党からは阿部知子政策審議会長と服部良一衆議院議員、国民新党からは下地幹郎政調会長が出席し、数回の会議が行われた後に両党が移転先についての提案を行いました。またこの委員会とは別に、防衛省や外務省も独自の検討を行っていたようです。
 3月25日には平野長官が、阿部・下地両議員に政府としての一定の考え方を伝えました。関係者の話や報道によると、平野長官は具体的な地名はあげなかったものの、普天間基地の機能をキャンプ・シュワブ陸上地域と推定される場所に暫定的に移転し、その後にうるま市の米海軍ホワイト・ビーチ沖(与勝半島沖または沖勝連沖とも表記)と推定される場所に本格的に移転すること、沖縄の負担軽減のために鹿児島県の徳之島などに基地機能の一部を分散移転することを表明したようです。
 この件に関して朝日新聞インターネット版は3月28日付けの記事で、北澤俊美防衛大臣の発言を以下のように伝えています。
『北沢氏は27日、長野市で講演し、「普天間の60機のヘリコプターを全部引き受けてくれるところはない。2カ所ぐらいに配置を変える」と述べた。また、講演後、記者団から「1カ所は沖縄県内、もう1カ所は県外か」と問われ、「まあ、そういうことだ。そうでないと理解は得られない」と述べた。』
 一方、鳩山由紀夫首相は3月26日の記者会見で、「全面的に県外か、一定程度かというようなことでございます。恐縮ですがそのことに関して、今、答えを申し上げるわけにはまいりませんが、特に沖縄の皆様方の過重な負担というものを考えたときには、極力、鳩山としては、県外に移設をさせる道筋というものを考えてまいりたいと思っているところでございます」と述べています。
 北澤防衛大臣と鳩山首相の発言を比較すると、県内・県外の位置づけに差があります。鳩山首相はまだ、県外の選択を捨て切っていないようです。


2.沖縄県内での新基地建設は不可能
(1)県民の世論
 仮に政府が県内移設を決定しても、新基地建設に着工できる可能性は「ゼロ」ではないでしょうか。1996年のSACO最終合意以来、自民党政府は辺野古での新基地建設を推進しようとしてきました。当時は自民党政府であり、県知事・県議会・名護市長ともに新基地建設容認でした。また政府は基地建設に反対する地域住民を懐柔するために、多額の地域振興策を次々と打ち出しました。反対派の建設阻止行動に対しては、海上自衛隊すら導入したのです。しかし、それでも住民の反対運動と県民世論の前に、13年を経ても建設に着工することができませんでした。
 では現在はどうでしょうか。08年に行われた沖縄県議会議員選挙では、基地建設に反対する野党議員が過半数を占めました。09年8月に行われた衆議院議員選挙でも、4つある小選挙区の全てで、新基地建設に反対する民主党・社民党・国民新党の候補者が当選しました。本年2月に行われた名護市長選挙では、やはり基地建設に反対する稲嶺進さんが当選しました。沖縄県議会は今年3月に、普天間基地の閉鎖と県内移設に反対する意見書を、自民党・公明党を含めた全会一致で可決しました。4月25日には読谷村で10万人を集めての県民大会も計画されています。沖縄県も名護市も、首長・議会・住民の意思がそろって新基地建設反対であることは明らかです。基地建設を推進する側にとっては、自民党政権時代よりも、現在のほうが困難は増しているのです。

(2)公有水面埋立許可
辺野古の沖合や、うるま市の与勝半島沖合に基地を建設するには、海を埋め立てなければなりません。海の埋め立ては、公有水面埋立法により県知事の許可が必要です。
沖縄県の「自然環境の保全に関する指針 沖縄島編」は、与勝半島沖合を「評価ランクT・自然環境の厳正な保護を図る区域」に指定しています。簡単に埋め立てが許可できるものではありません。仲井真弘多知事は現在、基地の県外移設を求めていますから、埋め立てを許可する可能性は低いでしょう。また沖縄県では本年11月に県知事選挙が行われます。この選挙で、基地の県内移設に反対する野党側の候補者が当選すれば、埋め立て許可の可能性は完全に無くなります。
政府はこの問題に関する特別措置法を制定して、埋め立て許可の権限を知事から取り上げることもできます。しかしそれは、鳩山内閣に大きな傷をつけることになるでしょう。

(3)ジュゴンの保護
 「ジュゴンネットワーク沖縄」によれば、与勝半島沖の中城湾や金武湾でもジュゴンの目撃情報があるとのことです。ジュゴンは日本の天然記念物に指定され、絶滅の危機に瀕している希少生物です。
このジュゴンは、普天間基地の移設先にされた名護市辺野古の沖合で生息が確認されています。そこで日米の環境保護団体は辺野古での基地建設を止めるために、米国のサンフランシスコ地裁に対して、天然記念物であるジュゴンの生息地での基地建設は、国に歴史的文化遺産の保護を命じるNHPA(国家歴史保護法)違反である――との訴えを起こしました。この訴えに対してサンフランシスコ地裁は、米国防総省がNHPAの必須条件の順守を怠ったことを認めました。そのために米国政府は、辺野古沖合での基地建設の着工許可を日本政府に出すことができず、また許可が出た場合でも差止請求をすれば裁判所によって認められる可能性が高いようです。
日本では、この裁判はあまり報じられていません。しかし与勝半島沖合でも、ジュゴンの生息が確認できれば、同様な事態になるかもしれません。

(4)キャンプ・シュワブ陸上
 政府が暫定的な飛行場の建設を進めようとしているのは、海兵隊キャンプ・シュワブの陸上地域です。キャンプ・シュワブの海側地域には基地施設や兵舎などが立っているために、飛行場を建設するとすれば山側になることが想定されます。山側地域の多くは、前述の自然環境の保全に関する指針で、「評価ランクU・自然環境の保護・保全を図る区域」に指定されています。米軍の基地・演習場内ですが、建設に伴って環境影響評価(アセスメント)を実施すれば、多数の希少生物が発見されるでしょう。また保護が必要な地区を避ければ辺野古の村落に近づくことになり、航空機の飛行経路下に住宅地が含まれることにもなります。
 稲嶺名護市長は、「海はもとより陸にも反対」との姿勢を示しており、自治体や住民の同意を得ることは、できそうもありません。またキャンプ・シュワブに土地を提供している辺野古・久志・豊原の3区の軍用地地主会は、政府がキャンプ・シュワブ陸上案を最終決定した場合は土地使用の契約を更新しないことを表明しました。キャンプ・シュワブの土地使用契約は、2012年5月以降に期限切れを迎えます。普天間基地の機能を沖縄県内で維持することが、米軍基地そのものの存続を危うくしているのです。
政府は駐留軍用地特別措置法を適用して、地主の同意がなくても土地の強制使用を継続することができますが、こうした法律の適用は鳩山内閣にとっては痛手となるでしょう。


3.不明点が多い海兵隊のグアム移転
(1)移転する海兵隊員は何人なのか?
 普天間基地を閉鎖して県内に代替施設を建設する計画は、1996年のSACO最終報告に盛り込まれたものです。この時、米国には沖縄の海兵隊を削減する計画はありませんでした。
一方、2006年の「米軍再編のための日米のロードマップ」では、@海兵隊約8000人を沖縄からグアムに移転する、A嘉手納基地以南の海兵隊基地を返還する、B普天間基地の代替施設を辺野古に建設し普天間基地を返還する、Cグアムの海兵隊基地建設に日本が資金を提供する――という4つを約束しました。
 ここで疑問が生まれます。海兵隊約8000人が沖縄を去り、嘉手納基地以南の基地が返還されるのに、なぜ普天間基地の返還には代替施設が必要なのかということです。海兵隊が大幅に移転するのであれば、新しい基地は必要なくなるのではないでしょうか。こうした疑問に対して当時の自民党政府は、日米合意は海兵隊の「定員」を1万8000人から8000人削減し1万人にする、削減される海兵隊員の実数や移転する部隊の詳細は不明――と説明してきました。その説明には、移転後も沖縄には相当数の海兵隊が残るという意味合いが含まれていました。
 それでは、沖縄には何人の海兵隊が駐留しているのでしょうか。沖縄に駐留する海兵隊の部隊は、第3海兵遠征軍です。宜野湾市が米国政府のインターネットサイトから探し出した「第3海兵遠征軍コマンドブリーフ」によれば、第3海兵遠征軍の編成は沖縄に1万6000人、日本本土に3000人、ハワイに5000人、韓国などに1000人で合計2万5000人です。この時点で、日本政府がいう1万8000人より2000人も少ないのです。しかもこの数も「定員」であって、実数ではありません。
 米国防総省の資料によれば、09年3月時点で日本に駐留する海兵隊員は実数で1万5243人です。また別の資料では、山口県岩国基地に約3000人、静岡県キャンプ富士に約190人、ほかが駐留しています。在日海兵隊員全体から日本本土の海兵隊員を引き算すると、沖縄駐留海兵隊員の実数は約1万2000人になります。
(*1 沖縄県の資料によれば、08年時点で沖縄に駐留する海兵隊員は1万2402人です。)
沖縄海兵隊の実数が約1万2000人とすると、自民党の説明のようにグアム移転後も約1万人が沖縄に残るのであれば、削減される実数はわずか2000人です。日米合意は沖縄の基地負担軽減が目的でしたが、これでは負担軽減にはなりません。一方、実数で約8000人が移転すれば、沖縄に残る海兵隊員は約4000人です。これは3分の2の削減です。
それでは移転する海兵隊員は、「定員」なのでしょうか、実数なのでしょうか。

(2)海兵隊はグアムへ移転する
 米国政府は09年11月に、「沖縄からグアム及び北マリアナ・テニアンへの海兵隊移転の環境影響評価/海外環境影響評価書ドラフト」を発表しました。宜野湾市が内容を詳細に検討したところ、沖縄からグアムに約8600人が常駐部隊として移転すること、さらに約2000人が一時配備部隊として展開すると書かれていることが判明しました。また08年9月に作成された「国防総省グアム軍事計画報告書」には、沖縄からグアムへ移転する部隊の詳細が記載されており、そこには普天間基地の航空管制部隊やヘリコプター部隊の名前も書き込まれているのです。これらを勘案すると、実数で8600人が移転すると考えられます。1万2000人から8600人が移転すれば、沖縄に残る数は3400人です。さらに一時配備で2000人が移転すれば、最も少ない時期には沖縄の海兵隊は1400人になるのです。
(*2 一時配備の中には、岩国基地に所属する戦闘機部隊の一部が含まれていますが数は少数です。)
 沖縄本島北部には、広大な北部訓練場があります。ここは海兵隊が保有する世界でただ一つのジャングル戦訓練施設です。この施設がある以上、一定数の海兵隊員がローテーションで沖縄にやってくるでしょう。訓練に使用するため、輸送用のヘリコプターが必要になります。しかしそれは、普天間基地に配備されているような規模ではありません。地上部隊の訓練に必要な少数のヘリコプターの運用であれば、米軍が現時点で保有している他の施設でも十分に対応できるはずです。
 普天間基地移設がこれだけ大きな問題になった原因は、日米合意を結んだ自民党政府や、外務省・防衛省が、合意の内容を明らかにしないからです。巨額の予算を投じてグアムと沖縄に基地を建設するのに、「グアムに移転するのはどの部隊で何人か」、「沖縄に残るのはどの部隊で何人か」という、基本的な事実関係さえも明らかにされていません。どの部隊が、どのように使用するのかも不明なままに、移設先の検討だけが行われてきたのです。そしてこの秘密主義は、政権交代が行われた現在でも変わることがないようです。

(3)普天間基地の代替施設は不要
 海兵隊の地上戦闘部隊にとって、ヘリコプターはタクシーのような乗り物です。そのため米軍の司令部は、普天間基地の代替施設は地上戦闘部隊のそばになければならないとして、県外への移設を拒否してきました。しかし現在沖縄に駐留している海兵隊の地上戦闘部隊の多くは、グアムに移転します。それに伴いヘリコプター部隊もグアムに移転するのです。そのためグアムでは、海兵隊のヘリコプターを運用するための準備が進んでいます。このままでは日本政府の予算で普天間基地の代替施設を、沖縄県内とグアムの2か所に建設することになってしまいます。これはとても不公平な約束です。
 それではなぜ米国政府は日本政府に対して、普天間基地の代替施設を求めるのでしょうか。それは「1996年のSACO最終報告で約束したから」という以外に、理由が見当たりません。1996年のSACOは、沖縄の海兵隊は沖縄に駐留し続けることを前提にして、地上戦闘部隊に必要なヘリコプター基地を普天間基地から別の場所に移すというものでした。一方で2006年のロードマップでは、沖縄の海兵隊は地上戦闘部隊を含めてグアムに移転することになり、日本政府の予算でグアムに新しい基地を建設します。SACOとロードマップでは、前提条件が全く変わっているのです。日米の新しい約束は、米国は沖縄から海兵隊を移転させる、日本はグアムに基地を建設する――この2つで十分に対等平等な関係なのです。対等平等な新しい約束を結ぶ時に、古い約束を持ちだして「代替基地も作れ」という米国の態度は不誠実です。
 また代替施設の建設を求める声の後ろ側には、日米の大手ゼネコンやマリコン(海洋専門の建設業者)がいるのかもしれません。普天間基地の代替施設の建設予算は公表されてはいませんが、1兆円規模ともいわれています。これだけの大規模工事であれば、建設業者だけではなく、日米両国の政治家や官僚機構も絡んだ利権構造があっておかしくありません。鳩山内閣はこうした問題にも、メスを入れるべきです。


4.意味のない「抑止力」の議論
(1)グアム移転後の海兵隊に「抑止力」はあるか

鳩山内閣の中から、「海兵隊の抑止力が必要」という声が聞こえてきます。また米国からも「辺野古新基地建設ができなければ海兵隊は沖縄から撤退する」との発言が出てきました。
普天間基地の移設問題は、基地負担の軽減を目的にした、沖縄海兵隊のグアム移転を前提にしています。もし自民党政府時代の説明のように、「定員」を8000人移転させて1万人が沖縄に残るのであれば、抑止力は維持できても基地負担の軽減にはなりません。また実数で8600人が移転すれば沖縄に残りは3400人になり、基地負担は軽減できても抑止力は維持できません。
海兵隊の移転と抑止力の維持は両立しないのです。いま行われている議論の中身は、非常にちぐはぐなものです。

(2)在日海兵隊の実態
 それでは在日海兵隊には、どのくらいの能力があるのでしょうか。海兵隊は3つの海兵遠征軍を保有しています。第1・第2海兵遠征軍は米本土にあり、定員は約4万6000人です。日本にいるのは第3海兵遠征軍で、定員は2万5000人です(沖縄1万6000人・日本本土3000人・ハワイ5000人・その他1000人)。第3海兵遠征軍は唯一の前方展開(海外展開)部隊ですが、編成は他の2つよりも小規模です。またこの数は定員であり、実数はさらに少なくなります。
 第3海兵遠征軍は、司令部部隊・第3海兵師団・第1海兵航空団・第3海兵兵站群の4つの要素で編成されています。第3海兵遠征軍の特徴は、沖縄と日本本土の部隊のうち、主要な戦闘部隊を米国からのローテーション派遣で構成していることです。司令部部隊と第3海兵兵站群は沖縄に常駐していますが、第3海兵師団の戦闘部隊(沖縄)の多くと、第1海兵航空団の戦闘機部隊(岩国)の多く、またヘリコプター部隊(沖縄・岩国)の半分がローテーションです。これらローテーション部隊の日本での主要な任務は訓練の実施です。在日海兵隊には、戦争が起きた場合の即応力が期待されているわけではありません。
 第3海兵遠征軍には、緊急展開能力を保有する部隊として、第31海兵遠征隊(31MEU)があります。しかし人員は約2,200人で、局地的な紛争への対処が主であり、本格的な戦争に対応するものではありません。しかもこの部隊は1年のうち半年を、韓国・タイ・オーストラリアなど日本以外での訓練に当てています。

(3)普天間基地の能力
 次に普天間基地の能力について見てみましょう。普天間基地には、第1海兵航空団の第36海兵航空群が駐留しています。所属部隊は、中型ヘリコプター飛行隊(CH−46ヘリ・12機)×2個、大型ヘリコプター飛行隊分遣隊(CH−53ヘリ・4機)×1個、空中給油飛行隊(KC−130空中給油機・12機)×1個、軽攻撃ヘリコプター飛行隊(AH−1/UH−1・17機)×1個――です。またこの他に、航空管制や機体整備などを担当する支援部隊も所属しています。
 ヘリコプター部隊のうち、兵員輸送の能力があるのは、中型ヘリコプター24機と大型ヘリコプター4機で、この28機を合わせた輸送兵員数は約750人です。
 普天間基地の能力は、簡単にいえば750人の輸送力です。そうした基地の機能を「維持するのか」「維持しないのか」で、米軍の抑止力が変わるのでしょうか。

(4)そもそも「抑止力」とは
 鳩山内閣の閣僚やマスコミが語る「抑止力」は、どのような意味で使われているのでしょうか。その中身は、「日本は米国と同盟を結んでいるから、他国は日本を攻撃してこない」ということでしょう。少し分かりやすくいえば、A国が日本を攻撃した場合、米国からA国に対する報復攻撃が行われてA国は壊滅的な打撃を受ける、そのためにA国は日本への攻撃を行えない――ということです。
 この場合に重要なことは、日本が攻撃を受けた場合に、「必ず米国が反撃する」ということの「証し」・「担保」があるかどうかです。これまで日米関係は、日本の負担で米国に基地を提供することと、米国が日本を守って反撃を行うことを契約の条件にしてきました。
 「抑止力が低下する」あるいは「抑止力が無くなる」とは、日本が他国から攻撃を受けても米国が反撃しない場合があるということです。それは日米安保条約の根本的な変更であり、日本が米国に対して米軍の駐留を認めることの意義が失われます。
 日本政府の求めに応じて普天間基地の県外・国外移設が実現した場合には、米国は「必ず反撃する」ことをためらうのでしょうか。普天間基地の移設は、日米関係にそれほど重大な変更をもたらすのでしょうか。
 また海兵隊の「抑止力」を、日本が他国から攻撃を受けた場合に、即座に反撃する能力と見る論調もあります。しかし上述の通り、在日海兵隊の総数は約1万5000人で、そのうち緊急展開能力があるのは第31海兵遠征隊の約2,200人です。沖縄に駐留している海兵隊だけで、他国からの攻撃に対処できるわけではありません。
 日本が他国から攻撃を受ける可能性が生じた場合、また実際に攻撃を受けた場合、米国が反撃を行おうとすれば相応の兵力をハワイや米本土から移動させる必要があります。国家間の戦争に対処するためには一定の準備が必要であり、即応力が期待できるものではありません。この点から考ええも、沖縄に駐留する海兵隊員の増減や、普天間基地機能の有無は大きな問題ではないと思われます。


5.なぜ米軍は日本に駐留しているのか
(1)在日米軍と日本の負担
 こうした見方に対して、「普天間基地の代替施設を得られないのであれば、米国は日本を見限り、在日米軍そのものが撤退する」という反論があります。
 国防総省の資料によれば、在日米軍兵士の総数は5万1794人です(09年9月)。これはドイツの5万4043人に次いで世界第2位です。多くの人たちは、米国は世界中に兵士を駐留させていると考えています。実際、世界の147か国に米軍兵士が駐留していますが、116か国での駐留人員は50人以下です。1万人以上が駐留している国は、ドイツ・日本・韓国の3か国しかありません。仮に在日海兵隊1万5000人の全てが日本から撤退しても第3位の韓国より多く、世界第2位であることに変わりありません。
(*3 戦時派兵中であるアフガニスタン・イラク・クウェートは、147か国には含めていません。)
 在日米軍基地の面積は147,824エーカーで、グリーンランド、ドイツについで世界第3位です。また基地の数は、ドイツに次いで世界第2位です。在日米軍基地の資産総額は405億9350万ドルで、世界第1位です。海外米軍基地のうち資産価値が高額な上位4位は、嘉手納基地・三沢基地・横須賀基地・横田基地と日本にあります。
 在日米軍のために日本政府が負担している駐留経費は44億1134万ドルで、世界第1位です。これは在日米軍経費総額の74.5パーセントに当たります。米国の同盟国27か国が負担している駐留経費は総額83億9716万ドルですが、そのうち52.5パーセントを日本が負担しているのです。
 このように、米軍の海外展開に対する日本の負担は世界有数です。アジア太平洋地域に関していえば、日本の負担抜きには米軍の存在は考えられません。

(2)米軍再編と在日米軍
 かつて「安保ただ乗り論」という言葉が、日米の保守派から語られたことがありました。「日米安保条約によって、米国は日本の防衛義務を負うが、日本は米国の防衛義務を負わない」という内容です。しかしこの認識は、明らかに間違っています。日米安保条約は、日本が米国に基地を提供することと、米国が日本を守ることで、対等な関係が成り立っているのです。
 米軍は嫌々ながら日本に駐留しているのでしょうか。そうではありません。冷戦中も冷戦後も、米軍は日本を拠点にして、世界全域で活動してきました。ベトナム戦争で在日米軍基地が果たした役割は、そのいい例でしょう。
 2005年以降、米国は「世界規模での国防態勢見直し」を進めてきました。見直しの柱は世界各地に固定的に配備した軍隊を、米本国に呼び戻すことです。実際に米軍再編によって、海外展開部隊は減っていきました。
 しかし全ての海外展開部隊を本国に呼び戻し、全ての海外基地を閉鎖してしまえば、米国は海外での紛争に介入することができなくなります。そこで米国は、ドイツと日本を海外での「ハブ(主要)基地」にすることにしました。米国は今後も、在日米軍基地を米国の安全保障政策上の重要な拠点として維持し続けようとしているのです。


6.私たちの態度
(1)代替施設建設を前提にしない普天間基地の閉鎖を

 私たちは日本の平和が、日米安保条約や米軍の「抑止力」によって保たれているとは考えてはいません。一方で「抑止力」を重要視する人が多くいること、国政を担う政治家が「抑止力」論に配慮しなければならないことも承知しています。しかし仮に、「抑止力」を認める立場に立ったとしても、米軍に対する日本の負担を考えれば、普天間基地の移転は非常に小さな問題です。
 沖縄県内であれ県外であれ、新しい基地の建設は現実的な話ではありません。普天間基地の閉鎖を、代替施設の建設とセットにしている限り、解決策が生まれるとは思えないのです。そこで私たちは、代替施設の建設を前提としない、普天間基地の閉鎖を求めます。普天間基地に所属している部隊も含めて、沖縄海兵隊の大部分がグアムに移転することが米軍側の文書で明らかになっています。普天間基地の閉鎖は外交交渉の範ちゅうであり、それが日米関係を後退させることにはならないでしょう。

(2)鳩山内閣と民主党に対する働きかけが重要
 鳩山内閣の方針は明らかにはされていません。しかし鳩山首相の言葉からは、首相が「最低でも県外」とした選挙公約を実現したいとの意思を見ることができます。私たちは、鳩山首相の望む「県外」をさらに進めて、「国外」または移転を前提にしない閉鎖を求めます。
 しかし、この問題の主管官庁である外務省や防衛省は米国に対する配慮や、自分たちのこれまでの主張の整合性から「県内」を推進するでしょう。また終戦から65年、日米安保条約の締結から50年が経過する中で、日本の中には米国の代弁者であることで利益を得る組織が生まれています。こうした人々はマスメディアを動員して、日米安保が重要であり、基地の県内移設が必要であるとのキャンペーンを行っています。
 こうした中で鳩山首相が、「国外」や「閉鎖」を決断するためには、その考えが民主党の国会議員の中で多数派になる必要があります。そのために私たちは、デモ行進や集会を通して世論形成を図るとともに、民主党の議員に働きかけを強めなければなりません。

(3)在日米軍再編と日米安保の再検証を
 私たちは外交交渉によって、普天間基地の閉鎖は可能だと考えます。しかしそれだけでは、沖縄にはなお多くの米軍基地が残り、本土各地の米軍基地が削減されることもありません。
 米国は新しい戦略の中で、日本を「ハブ基地」に位置づけています。多くの国家予算を社会保障に向けなければならないオバマ政権にとっては、駐留経費の負担率が高い日本に基地を置き続けることは、財政上からも必要でしょう。また日本政府も、「抑止力」という考え方にとらわれている限り、米軍基地の縮小・撤去に向けた提起を行うことも難しいと思われます。
 しかし「抑止力」という考え方は国家間の対立を前提にしたものであり、米国の軍事戦略は「テロとの戦争」を前提にしたものです。そうした考え方を見直さなければ、米国自身が際限のない軍事拡大から抜け出すことができないのです。いま必要なことは、鳩山政権の側からオバマ政権に対して、軍事力によらない世界平和のあり方を、共同で作りだしていくことを求めることではないでしょうか。日米安保に基づいたこれまでの日米関係や、在日米軍再編を見直すことは、その糸口になるはずです。
 神奈川県の座間市と相模原市にまたがる米陸軍キャンプ座間には、米本土から陸軍第1軍団司令部を移転する計画がありました。しかしこの計画は、より小規模な前方司令部の設置に変更されました。米国自身が、国際情勢の変化や米国内の状況で、日本と約束した再編計画を変更しているのです。米軍再編の日米合意が、固定化されたものでないことは明らかです。
 在日米軍再編は、ブッシュ大統領と小泉首相が始めたものです。ブッシュ大統領は外交面では「テロとの戦争」を掲げてアフガニスタンやイラクに侵攻し、内政面では新自由主義経済を進めて、市民生活を疲弊させました。小泉首相とその後に続いた自民党の首相は、外交内政ともに米国に追従し、米国同様に日本の市民生活を破壊しました。ブッシュ大統領の戦争政策は米国市民の指弾を受けて、オバマ民主党政権が誕生しました。自民党支配も崩壊して、鳩山連立政権が誕生しました。両国ともに過去の政権は否定されたのです。新しい政権は過去の約束にとらわれずに、新しい関係を結ぶべきではないでしょうか。


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