前田哲男さん(軍事評論家)の講演
テーマ:政権交代と自衛隊
●日時 2009年11月2日
●場所 護憲大会第1分科会「非核・平和・安全保障」
8月末から10月初旬まで、ピースボートに乗っていました。総選挙の結果は、シンガポールの近くで船の中で聞きました。スタッフも乗客も選挙の関心は高く、大きなモニターでインターネット中継を見ていました。
その後、インド洋に入りました。自衛隊が無料ガソリンスタンドを実施している海域です。これまでに244億円分の燃料を提供しています。その後、ソマリアの海賊が跳梁している海域を通過しました。前回、ピースボートがこの海域を通過したときには、外務省や国土交通省からものすごい圧力がかかって、護衛集団に加わらざるを得ませんでした。しかし今回は、日本政府からはまったく指導や助言はありませんでした。ですからピースボートは単独でこの海域を通過しました。もちろん十分に注意しましたし、いざという時のために放水できる準備をしていました。
アデン湾に自衛隊が設定している、チェックポイントA・Bという海域を2日がかりで通過しました。水平線の向こうに海上自衛隊の護衛艦が見えました。イギリスやロシアの駆逐艦も見えました。護衛船団で運行しているタンカーも目撃しました。しかし私たちは単独航海で、アデン湾を横切ったのです。
今回、日本政府からの干渉が無かった背景には、間違いなく政権交代があるでしょう。しかし一方でソマリア海賊対策として、これからも護衛艦の派遣を続ける方針は変わらないようです。あの海域を船で航行しながら考えたことは、「こんなやり方では海賊が防げるわけはない」ということです。船に乗ってみればわかります。1回の航海では、5隻から6隻しか護衛できません。あの海域を通る船は500隻以上です。その全てを護衛することは不可能です。また護衛艦を前後につけて哨戒機を飛ばして護衛している海域は、距離にすれば300キロ程度です。一方でソマリアの海賊は、3000キロくらいの距離で活動しているのです。この海域全体を軍艦で満たして安全確保することは不可能です。現場を見れば、また少し想像力を働かせればわかることです。こうした警戒を続ければ、安い海運料金が破綻してしまいます。ペイしないのです。他の方法を考えなければなりません。
海賊に対して、護衛艦を派遣し続けることは解決策にはならないのです。しかし海賊が存在するのは事実ですから、何かしらの方策を考えなければなりません。では代わりになにができるでしょうか。これに対しては答があるのです。
90年代後半から2000年代始めにかけて、マラッカ海峡で海賊が出没しました。日本船舶の被害も多かった。しかしいま、マラッカ海賊という言葉は聞きません。では、自衛隊を派遣して、軍事力で解決したのでしょうか。そうではありません。他国間の海上保安協力で解決したのです。東アジア諸国による、条約の締結、海上における法執行、訓練、情報センターの創設――などの協力で対処したのです。日本からは海上保安庁が協力しました。それまでは海軍しかなかったフィリピン・インドネシア・マレーシアに、日本の海上保安庁に相当する組織ができました。これらの国々が軍艦ではなく、海上法執行機関の協力によって海賊に対処したのです。こうしたマラッカ海峡の海賊は制圧され、危険はなくなりました。
例えば海上保安庁が巡視船を提供しても、武器輸出3原則に触れることはありません。また海上保安庁の巡視船を派遣しても、海外派兵にはあたりません。これほどの実績と教訓を持ちながら、日本政府はなぜ、ソマリアでは自衛隊・護衛艦という選択肢しか考えつかなかったのでしょうか。
いまソマリアに軍艦を派遣しているEUの国々、イギリス・フランス・ドイツ・デンマークなどの国には海上保安庁がありません。海軍しかないのです。だから軍艦を派遣しているのです。またこれらの国々が護衛しているのは、国連の人道支援物資を輸送している船です。商業船舶を護衛しているのではありません。一方、日本は海上保安庁と巡視船を保有しています。7000トン級、3000トン級の遠洋で活動できる巡視船が14〜15隻あります。海上保安庁で十分に対処できるのです。ここに力を入れればいいでしょう。
しかし新政権は、海賊対処法を継続し、自衛隊派遣を続けるとしています。インド洋への海上自衛隊派遣を中止するのであれば、ソマリア派遣も中止するべきです。その代りに、ソマリアの内戦を中止させ、政府を確立させるための援助を行うべきではないでしょうか。内戦に干渉しない――米国は干渉しています――ことから始まる和平プロセス、内戦終結のプログラムが必要です。その後に、民生支援のための援助のプログラムが必要です。それを考えるのが、自民党政権とは異なる新政権の役割ではないでしょうか。
21世紀に入り、国際社会の潮流は、軍事力行使ではない方向に、緩やかに向かっている兆候を見ることができます。21世紀の最初の10年の前半は、戦争と殺りくの時代でした。「9・11」に始まる新たな戦争と、米国の軍事力の行使です。後半では08年9月にはリーマンブラザースが破たんし、それを契機にした世界恐慌が起きました。この2つの9月に代表される国際社会の状況は、最初の「9・11」が軍事力の行使であったのに対して、リーマンブラザースの破たんに際しては愛国心・保護主義・ナショナリズムが前面にでることはありませんでした。国際協調だったのです。1929年(ニューヨーク証券取引所での株価暴落を契機にした世界恐慌)にはできなかったことを、いまはしているのです。
それはブッシュ政権が否定され、イラクからの撤退と核廃絶を公約したオバマ大統領の誕生にも表れています。そうした中で日本では民主党政権が誕生したのです。自民党が否定され、21世紀の潮流と合致するように民主党が政権を得たのです。
「変わったこと」、「変わらないこと」を前提にしながら、「変え得ること」は何なのでしょうか。それを考えていかなければなりません。1つは本日から始まる国会審議の中で確認できるでしょう。ソマリアの問題であり、普天間基地の閉鎖問題です。普天間基地は移設ではなく閉鎖であることを、日本政府は原点として確認しなければなりません。移設は米国の要求でありプログラムです。移設先を県内に限定するのも米国の要求でしかありません。私たちの要求は普天間基地の閉鎖・返還です。
もう1つは、来年度予算の編成に当たって何を要求するのかということです。ここでは普天間だけではなく、座間・横田・岩国など各地での米軍再編が問われてきます。来年度予算で、予算措置をするのかどうかは大きな問題です。民主党は予算の大幅な見直し、節約を進めています。その中でミサイル防衛を含めて、米軍再編関連予算を認めるかどうか。連立政権が成立したことの意味を予算に反映することができるのか、そのことが問われていると思います。
それから来年は参議院選挙の年です。来年の参議院選挙で、今年の衆議院選挙の勝利を、不動のものにする。後戻りはしないという民意を確認することが必要でしょう。2007年の参議院選挙での自民党の惨敗があり、その延長線上に今回の衆議院選挙がありました。来年7月の参議院選挙でこの流れを定着させることができるか、後戻りはしないという意思を確認することができるのかが、大きな問題です。それができれば、新政権は新しい大きな施策を実行に移すことができるでしょう。
それまでは、自民党時代の政策の流れを止めること、悪政に終止符を打つことが中心で、新しい政策を行うことは難しいでしょう。来年の参議院選挙で確定することができれば、そこから「変え得ることの」の見通しは非常大きくなるのではないでしょうか。そうした流れを睨みながら、憲法論議を活発に行う。何ができるのか、何をなすべきなのかを、われわれも用意する必要があると思います。
今回の総選挙の結果は、画期的なものだと思います。護憲運動・護憲大会にとっても大きな意義を持っていると思います。なぜなら自民党が権力から放逐されたからです。自民党とは1955年に、改憲と自衛軍創設を立党の根拠に明示してできた政党です。その党が否定されたことは、護憲運動にとっては輝かしい勝利です。改憲勢力が権力を失墜したのですから。しかし残念なことに、護憲権力が生まれたわけではありません。護憲勢力が改憲勢力を打倒したわけではありません。そこまではいかなかった。しかし、改憲勢力が失墜したのは紛れもない事実です。この状態を永続することが必要です。
自民党の改憲勢力には様々な流れがあります。その中でも復古的な明治憲法的回帰を求める改憲勢力、岸伸介、中曽根康弘、安部晋三と作られてきた流れは覆されたのです。自民党の中には他の改憲派もいるし、民主党の中にも改憲派は存在します。しかしそれらの改憲派は、打倒された改憲派とは異なる存在だと見なければなりません。「改憲」という言葉だけをとらえて、改憲派と護憲派を分けてもあまり意味はないでしょう。明治憲法への回帰を求める改憲派と自民党が失墜したことを確認し、そこから始まる護憲運動の新たな地平を築く必要があると思います。
そうした状況を私たちがどう活用するのか。それを考えなければなりません。憲法を変えさえないという護憲運動の季節は終わり、憲法を作ることが問われています。当面必要なことは、空洞化された憲法の「埋め戻し」です。もと通りにする作業です。その次には憲法の理念に向けて、憲法から紡ぎだされた政策をこちら側から提起することが必要になるでしょう。この分科会のタイトルは「非核・平和・安全保障」ですが、安全保障とはそうしたことなのです。
平和と反戦による安全保障は可能です。共通の安全保障のように、お互いに依存しないながら、双方が利益を受ける安全保障です。敵と味方、勝つと負けるではない、Win-Winの安全保障が可能です。EUのようにドイツの利益がフランスの利益にもなる、欧州ではそうした安全保障ができています。非核・平和と安全保障は、反対の関係ではなく、親和的な関係として広がっていくことができるのです。それを私たちがどのように作っていくのか、日本と朝鮮の間に、日本と中国の間に作るのです。改憲論者は、「憲法は理想だ・空そうだ」といいます。しかし人間の安全保障や共通の安全保障は、国際社会の中で通用しているのです。日本国憲法は、ずっと早くから言っていたのです。それはいま実現しつつあり、また必要とされているのです。
それを、どのように具体的に打ち出していくのか。連立政権に提案していくのか。そこが問われているでしょう。
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