海賊対策法案の問題点

作成日:2009年6月6日   
作成者:平和フォーラム・八木隆次


法案の審議状況
 「海賊対策法案」は、衆議院では「海賊行為への対策並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会」を設置して審議が行われました。特別委員会では4月14日に趣旨説明が、15日・17日・21日・22日・23日の5日間で審議が行われました。23日の審議終了後に委員会で採決し与党の賛成多数で可決、同日の衆議院本会議も与党の賛成多数で可決しました。
 参議院では、外交防衛委員会が所轄委員会となり、5月28日に趣旨説明と質疑が行われました。外交防衛委員会は週2回、火曜日と木曜日が定例日のため、衆議院と同様に6日程度の審議が行われるとすると、6月16日または18日ごろに委員会採決が行われる可能性があります。
 なおこの法案に対しては、民主党が修正案を提示しており、与党と民主党との間で修正協議が行われる可能性もあります。


これまでの経過
 アフリカ大陸東岸のソマリア沖とアデン湾では、ソマリアを拠点とした海賊による被害が頻発しています。海賊被害から日本関連の船舶を保護するため、日本政府は09年3月13日に、自衛隊を派遣する「海上における警備行動」を発令しました。
 この命令に基づき、3月14日には、海上自衛隊の護衛艦「さみだれ」と「さざなみ」の2隻、各護衛艦に2機・計4機の哨戒ヘリコプター、特殊部隊「特別警備隊」を含む海上自衛隊員約400人が、ソマリア沖に向けて出発しました。
 更に政府は、派遣規模を拡大する命令を5月15日に発令。5月28日には海上自衛隊のP3C哨戒機2機と隊員約100人、P3C哨戒機が展開する空港を警備するための陸上自衛隊員約50人を、ソマリアの隣国・シブチに向けて派遣しました。またP3C哨戒機の出発に先立ち、必要な装備品を運搬するため、5月18日には航空自衛隊のC130輸送機1機をシブチ国際空港に派遣しました。
 派遣部隊は3月30日に船舶護衛を開始し、6月1日までの間に22回の護衛活動を実施しています。

 日本政府が自衛隊をソマリア沖に派遣した根拠法は、「自衛隊法・第82条・海上における警備行動」です。しかしこの法律では自衛隊の行動に制限があるため、政府は恒久法としての「海賊対策法案」を国会に提出しました。法案は現在、参議院で審議中です。
 「海賊対策法案」には、@海賊対策は第一義的に海上保安庁の役割としていながら、実質的には自衛隊の派遣を想定している、A自衛隊の派遣に際して国会承認制度がない、B自衛隊の武器使用基準を緩和している――など、多くの問題点があります。


いくつかのデータ
(1)現在までに派遣されている自衛隊部隊
●第1次派遣 3月14日に出動
 @海上自衛隊 護衛艦「さみだれ」(第4護衛艦隊 広島県・呉基地所属)
        護衛艦「さざなみ」(第4護衛艦隊 広島県・呉基地所属)
 A海上自衛隊 哨戒ヘリコプター「SH−60K」4機(第22航空群 長崎県・大村航空基地所属)
 B海上自衛隊 「特別警備隊」約40名(広島県・江田島基地所属)
 ※海上自衛隊派遣部隊の所属隊員は、約400人とのこと。
 ※海上自衛隊の護衛艦には、海上保安庁の保安官8人が同乗している。

●第2次派遣 5月28日に出動
 @海上自衛隊 「P3C哨戒機」2機(第3航空隊 神奈川県・厚木航空基地所属)
 A陸上自衛隊 「中央即応連隊」約50人(中央即応連隊 栃木県・宇都宮駐屯地所属)
 ※派遣部隊の所属隊員は、海上自衛隊約100人、陸上自衛隊約50人とのこと。

●輸送支援
 @航空自衛隊 「C130輸送機」1機(航空自衛隊 愛知県・小牧基地所属)
 ※第2次派遣隊の受け入れ準備のため、シブチ国際空港に、P3Cの整備機材や通信機器を輸送。
 ※今回の輸送には航空自衛隊員14人が参加。航空自衛隊は空輸隊(約90人)を編成し、今後も物資・人員の輸送にあたるとのこと。

(2)派遣活動の実績
●第1回警護             3月30日に実施
●6月1日現在の警護回数    22回
●6月1日現在で警護した船舶数 72隻


■海賊対策法案の問題点
海賊対策、海上保安庁と海上自衛隊のどちらが有効か?
 警察が持っている拳銃と自衛隊が持っている小銃や機関銃では、自衛隊の小銃や機関銃の方が威力の大きいことは素人が見ても明らかです。では強盗や殺人犯を捕まえるのには、どちらが適しているでしょうか。多くの人は、強力な武器を持っている自衛隊ではなく、犯人逮捕の訓練を受け経験のある警察だと思うでしょう。
 それでは海賊を捕まえる場合には、海上保安庁と自衛隊のどちらが適しているでしょうか。以下は民主党の川内博史・衆議院議員と政府との質疑です。

●川内議員 「海上保安庁には、海賊対処、海賊対策のための組織がありますか。」
○岩崎貞二・海上保安長官 「海上保安庁警備救難部国際刑事課の中に、海賊対策室という組織があります。」
●川内議員 「防衛省・自衛隊の中にはありますか。」
○徳地秀士・防衛省防衛政策局長 「防衛省・自衛隊の中には、特に海賊対策のみ、これに専従する組織は基本的にはありません。既存の能力なり組織を活用して、できることをやるとなっています。」
●川内議員 「海上保安庁は、民間船舶と合同で海賊対策の訓練を行ったことがありますか。」
○岩崎長官 「東南アジアに年平均一、二回、沿岸国との海賊対処の訓練のために、その航海の途中に民間船舶と一緒になって海賊対処の訓練を通例おこなっています。」
●川内委員 「防衛省・自衛隊は、民間船舶と協力して海賊対策のための訓練はやっていますか。」
○徳地防衛政策局長 「防衛省・自衛隊は、民間船舶と協力した形で海賊からの防護ということを目的とした訓練は行ったことはありません。」
(衆議院・海賊対策特別委員会 4月15日)

 東南アジア地域、特にマラッカ・シンガポール海峡では、2000年ごろから海賊の発生が増加しました。しかし日本の海上保安庁と、東南アジア諸国の海上保安庁・沿岸警備隊の協力で、この地域の海賊事件は減少しています。現実の海賊に対処しているのも、多国間の海賊対策訓練を行っているのも海上保安庁です。海賊対策では、海上保安庁の方が、自衛隊に勝っていることは明らかです。それにもかかわらず、日本政府は自衛隊を派遣しました。また「海賊対策法案」でも派遣の中心は自衛隊です。政府はなぜ、自衛隊による海賊対策を進めようとするのでしょうか。


海賊対策は一義的には海上保安庁の任務、しかし実際に出動するのは海上自衛隊
 「海賊対策法案」の中身を見てみましょう。第5条には、以下のように書いてあります。
「海賊行為への対処は、この法律、海上保安庁法(昭和二十三年法律第二十八号)その他の法令の定めるところにより、海上保安庁がこれに必要な措置を実施するものとする。」

 次に7条には、以下のように書かれています。
「防衛大臣は、海賊行為に対処するため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において海賊行為に対処するため必要な行動をとることを命ずることができる。」

 政府の法案解説では、海賊対策について、第一義的には海上保安庁の任務であり、「特別な場合」は自衛隊が行うとしています。「特別な場合」とは、「海上保安庁のみでは海賊行為に適切かつ効果的に対処することができない場合」(金子一義・国土交通大臣)のことです。
 しかし、どのような時が「特別な場合」に当たるのか、法案には具体的な要件が書き込まれていません。ソマリア沖へは、海上保安庁ではなく自衛隊が派遣されました。これは法案のいう「特別な場合」に適合するからだと考えられます。なぜソマリアへは自衛隊が派遣されたのか。その理由を見れば、「特別な場合」が分かるかもしれません。
 以下は、海上保安庁を所轄する金子一義・国土交通大臣の発言です。

○金子国土交通大臣 「海上保安庁が保有している装備、それから、ソマリア沖・アデン湾で海賊が使用している武器、ロケットランチャー等々の武器、これに海上保安庁の装備が十分に対応できるのかが一点。二番目が、航続距離が非常に長い、海上保安庁が装備している船艇は「しきしま」級一隻でありますものですから、こういうソマリア沖で継続的に活動をするというのには不十分である。もう一つは、既に各国海軍が出てきて連携をとりながら行動をしているということを総合的に判断し、協議をしたところであります」
(衆議院・海賊対策特別委員会 4月15日/中谷元議員の質問に対して)

 金子大臣の発言を読むと、@海賊が重武装な場合、A対処する海域が日本から遠い場合、B他国が海軍で対応している場合――は、海上保安庁ではなく、海上自衛隊が出動することになるようです。しかしこれらの点が、海上保安庁が出動できない理由になるのでしょうか。


ロケットランチャーの威力は
 日本政府は、海上保安庁を派遣できない最初の理由に、海賊がロケットランチャーを保有していることをあげています。日本政府の説明は、簡単に言うと次のとおりです。
 @海上自衛隊の護衛艦は、ロケットランチャーで撃たれても沈まない構造になっている。
 A一般的な海上保安庁の巡視船は、撃たれて穴が空くと沈んでしまう。
 B海上保安庁の巡視船のうち、航続距離の長い船は「しきしま」・「やしま」・「みずほ」の3隻。
 Cこのうち、ロケットランチャーなどに対応できる巡視船は「しきしま」1隻。

 では海賊の持つロケットランチャーは、どのくらいの威力があるのでしょうか。この問題についても、川内議員が政府に質しました。

●川内議員 「ロケットランチャーというのは、射程距離からきちんと撃って当たった場合、どのくらいの鉄板に穴があくのか、教えていただけますか。」
○岩井良行 防衛省・防衛参事官 「急なお尋ねで、手元に資料を用意していません。検討いたしまして、後刻御報告をさせていただきます。」
●川内議員 「政府からいろいろ説明されているが、最後はロケットランチャーにねらわれたときに鉄板に穴があくからと出た。では、そのロケットランチャーは、どのくらいの鉄板に穴をあけるのか。「やしま」、「みずほ」の船体の鉄板が何センチなのか。これは当然、海上保安庁では無理だということの検討の基礎です。」
○徳地防衛政策局長 「ロケット弾等につきましては、諸外国等、いろいろなものを持っておりますし、またはっきりわからないところはありますけれども、大体、装甲の貫徹力で数十センチというようなものがあると承知をしています。」
●川内議員 「数十センチというと十センチから九十九センチまであります。もうすこし正確に。」
○徳地政府参考人 「明確にどれぐらいということは完全にはよくわかりませんし、撃ち方と、弾の種類にもよると思いますが、数十センチという程度であろうというふうに考えています。」
(衆議院・海賊対策特別委員会 4月15日)

 また民主党の平岡秀夫・衆議院議員との間では、以下のやり取りが行われました。

●平岡議員 「ロケットランチャーを持っているのは別にソマリアの海賊だけではなくて、日本の近海にも不審船などについてはあるという話です。ロケットランチャーを持っているから海上保安庁の船は対応できないということでは、業務放棄ではないですか。ついでに聞きますが、これまでソマリア沖でロケットランチャーが使われたケースは大体どのぐらいあるのですか。」
○岩崎海上保安庁官 「北朝鮮の不審船はロケットランチャーを持っております。これは日本近海に出没をするので、ロケットランチャーを持っていても、海上保安庁は多くの船を派遣することができますので、集団で追い詰めながら北朝鮮の船に対処するという能力は持っています。また、そういう整備を進めております。ソマリアでロケットランチャーがどれぐらい撃たれたかということについては、すべての数字を承知しているわけでありませんけれども、民間の商船がロケットランチャーを受けて穴をあけられた、こうした事例については幾つかの報告を受けています。
●平岡議員 「幾つかというのは、どの程度あるのですか。5個ですか、10個ですか、100ですか。」
○岩崎海上保安庁官 「具体的に何件かという数までは承知をしていません。報道や、それから我々独自でイエメンの海上保安機関の職員から情報を入手したり、いろいろなところで情報を入手しており、ロケットランチャーを持っていて、ロケットランチャーを撃ったという事例を聞いています。」
●平岡議員 「その程度のことしか答えられないで、ロケットランチャーと言って鬼の首でもとったような答弁を今までしてきたというのは、おかしいと思います。本当に自衛隊でなければ対応できないのかということの、根幹部分です。それにえられないのは、初めに自衛艦の派遣ありき、それですべてを押し切ってきている、こういうふうにしか評しようがない。」

 報道されている映像や写真を見ると、海賊はロケットランチャーを保有しています。日本政府はそれを重要視し、海上自衛隊の護衛艦を派遣しました。しかし判断の前提となるロケットランチャーの威力、ロケットランチャーによる被害、また海上保安庁の巡視船が撃たれた場合の損害規模については、何も検証が行われていなかったようです。


新たな船を建造しないのか
 海上保安庁は、航続距離が長くロケットランチャーに対応できる巡視船は、「しきしま」1隻しかないとしています。海上保安庁が海賊に対応するための十分な装備を整えるには、どのくらいの費用がかかるでしょうか。この問題についての岩崎貞二・海上保安長官は次のように発言しています。

○岩崎海上保安長官 「ソマリア沖に常時巡視船を配備しようとなると、1隻体制で配備する場合に、船のローテーションがあるので、「しきしま」が1隻ありますので、あと2隻、3隻必要です。それから、今自衛隊のオペレーションのように、常時2隻を配備しようということであれば、合計6隻、「しきしま」が1隻ありますので、新しくはプラス5隻が必要だとなります。
 1隻当たり、ヘリコプターも含めて350億ですので、プラス2隻では700億、プラス5隻では1750億程度です。
 それから建造には、造船も受注残をいっぱい持っておりますので、約4年以上の期間を要すると考えております。
 人員は、「しきしま」級については1隻当たり100名程度の人数が必要だと考えていますので、プラス5隻ですと500名の増員が必要だと思っております。」
(衆議院・海賊対策特別委員会 4月15日 冬柴鉄三議員の質問に答えて)

 緊急の課題であるソマリア沖派遣に対して、海上保安庁には対応できる巡視船が1隻しかないことは分かりました。では、海上保安庁は「しきしま」級の巡視艇を増やそうとしているのでしょうか。以下は麻生太郎・総理大臣の答弁です。
 
○麻生総理大臣 「また、対応能力の強化につきましては、これは、アデン湾は約1万2000キロぐらい離れていると思いますが、そこのために新たに巡視船をもう1台、2台、何台要るのか知りませんけれども、そういったものを新たに追加保有するということを今現時点で考えているわけではございません。」
 (衆議院・海賊対策特別委員会 4月23日 菅野哲雄議員の質問に答えて)

 一方で麻生総理は、この答弁の前に以下のようにも述べています。
○麻生総理大臣 「既に御存じのように、日本は海に囲まれておりますそういう島国でもありますので、しかも、資源というものの大部分を海外から輸入して、日本というのは貿易立国をなしておるという状況にあります。したがいまして、海上輸送の安全確保というのは優先順位としては極めて高いものだ、私はそう理解しております。」
 (衆議院・海賊対策特別委員会 4月23日 中谷元議員の質問に答えて)

 政府の発言をまとめてみると、次のような流れになります。
   @日本は島国であり、海上輸送の安全確保の優先順位は高い。
  ⇒A安全確保のために、「海賊対策法案」を制定する。海賊対策は第一義的には海上保安庁の任務。
  ⇒B海上保安庁は、重武装の海賊に対応し航続距離の長い巡視船は1隻しか保有していない。
  ⇒C海上保安庁には、海賊に対応できる新たな巡視船を建造する予定はない。
  ⇒D海上保安庁で対応できない場合は、自衛隊を派遣する。

 ソマリア沖の海賊が減少するのに、何年かかるのかは不明です。また「海賊対策法案」は、対象地域や期間を限定した特別措置法ではなく、恒久法です。この法案が成立すれば、日本は世界中のあらゆる海域(公海)で発生する海賊に対処しなければなりません。法案には、その第一義的な任務は海上保安庁にあると書きこんでいます。しかし、任務に必要な海上保安庁の巡視船を建造しないのであれば、最初から自衛隊の派遣を前提としているとしか考えられません。


他国海軍との連携
 政府はソマリア沖自衛隊を派遣する3つめの理由として、他国は海軍で対応していることを挙げています。海軍と海上保安庁では、連携がとりにくいという趣旨です。海上保安庁は、他国の海軍と連携した活動を行った経験はないのでしょうか。

 日本政府は、ブッシュ米大統領の提唱で2003年に設立された「PSI(拡散に対する安全保障構想)」に参加しています。これは、大量破壊兵器・ミサイル・その関連物資の拡散阻止のために、各国が連携して取り締まる枠組みです。現在、日本・米国・英国・イタリア・オランダをはじめとして20か国が参加しています。PSI加盟国は、たびたび「海上阻止訓練」を実施しています。この訓練には、各国の海軍・海上保安庁・沿岸警備隊・税関などが参加しています。日本からは海上保安庁と海上自衛隊が参加していますが、中心は海上保安庁です。PSIの訓練では参加する国また機関ごとに、国内法や行動基準が異なるため、さまざまな懸案が持ち上がるようですが、海上保安庁はそうした訓練に対応して経験を高めています。
 また現地のソマリア沖で、政府機構の崩壊したソマリアに代わって、実際に海賊に対処しているのは、隣国のイエメンやオマーンの沿岸警備隊であり、海軍ではありません。
 こうした実情を無視して、他国は海軍を派遣しているというのは、自衛隊を派遣するための言い訳としか考えられません。


国会承認
 海賊対策法案が成立すれば、日本政府は武装した自衛隊を海外に派遣することができます。法案では、自衛隊を派遣する手続きを次のように定めています。
@防衛大臣は、総理大臣の承認を得て、自衛隊に対して必要な行動をとることを命じる。
A防衛大臣は、承認を受ける場合は、関係行政機関の長と協議し、対処要項を作成し、総理大臣に提出する。
B総理大臣は、派遣を承認したとき、行動が終了したときは、遅滞なく国会に報告する。
 一連の手続きの中には、国会での承認が含まれていません。
 政府はこれまでにも、自衛隊を海外に派遣する法律を制定してきました。国連平和協力法(PKO法)では、PKOの本体活動(PKF)に自衛隊を派遣する場合は、派遣開始前に国会の承認を必要としています。国会が不承認を決議した場合は、PKO活動を終了しなければなりません。旧テロ特措法とイラク特措法では、自衛隊が活動を開始した日から20日以内に国会に付議し、国会の承認を求めなければならないとしています。国会が不承認を決議した場合には、活動を終了しなければなりません。
 しかし、新テロ特措法では、政府は法律に国会承認を盛り込みませんでした。これは政府が、国会での法案審議自体が国会承認を兼ねるとしたためです。
 国会承認を必要としない自衛隊の派遣は、今回の海賊対策法案に引き継がれました。なぜ、国会承認が不要なのでしょうか。金子一義・国土交通大臣は次のように述べています。

●金子国土交通大臣  「この海賊行為というのはまさに犯罪行為でありまして、それへの対処というのは警察行動であります。そういう意味で、海上警備行動と同様に、国会の事前承認に関する規定は設けなかったものであります。」
(衆議院・海賊対策特別委員会 4月22日 高木義明議員の質問に答えて)

 「海賊対策法案」には、自衛隊が使用する武器・装備に制限がありません。また、これまでよりも武器使用基準が緩和されています。今回のソマリア沖派遣では、陸・海・空3自衛隊から、合計で約550人が参加しています。イラク特措法に基づく派遣が、陸上自衛隊約600人・航空自衛隊約200人であったことから見ても、550人の派遣は少ない数ではありません。
 その派遣が、国会での議論もなく行われてしまいました。法案成立後は、同様の事態が続くことになります。「シビリアンコントロール(文民統制)」は、内閣が自衛隊を監督するだけでは不十分です。国権の最高機関である国会が、自衛隊を監督することが重要なのです。


武器使用基準
 PKO法・イラク特措法・新テロ特措法などでは、自衛隊が武器を使用できるのは、自衛の場合に限られていました。しかし今回の海賊対策法案では、海賊が自衛隊の静止を振り切って接近してきた場合などに、海賊への射撃を許可しています。しかし自衛隊が護衛する船舶や自衛隊の護衛艦に接近してくる対象が、海賊かどうかを判断するのは難しいことです。自衛隊が射撃を行い、その相手が海賊ではなくて反政府組織などであった場合には、憲法の禁じる武力の行使に当たる場合もあります。
 民主党の平岡秀夫議員は、自衛隊が国に準ずる組織に対して武器を使用すれば憲法違反になるのではないかと質問しました。この質問に対する答えは以下の通りです。

○宮崎礼壹・内閣法制局長官  「憲法第9条第1項で規定しております武力の行使とは、基本的には、我が国の物的、人的組織体による国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為をいい、この場合における国際的な武力紛争につきましては、国家または国家に準ずる組織の間で生ずる武力を用いた争いをいうのであると考えております。
 その上で、お尋ねの、いわゆる自衛隊の任務遂行を妨げる企てを排除するための武器の使用ということにつきましては、相手が国家または国家に準ずる組織である場合には、憲法第9条1項の禁ずる武力の行使に該当するおそれがあるというふうに考えております。」
(衆議院・海賊対策特別委員会 4月23日)

 それでは、海賊と国に準ずる組織を見分けることはできるのでしょうか。以下は民主党の三日月大造・衆議院議員とのやりとりです。

●三日月議員 「国または国に準ずる者が海賊行為を行うことがあり得るでしょうか。」
○大庭政府参考人 「本法に定めている海賊行為は、私的目的と定めています。また、2条各号に列挙している具体的な行為に関して見ると、基本的にいずれも私人による犯罪行為の範疇に入るものと考えられます。」
●三日月議員 「これは現場で、現に行われている目の前の行為が海賊行為であるかどうか、その要件である私的目的であるかどうか。どのように見きわめるのですか。」
○大庭政府参考人 「海賊行為の定義、第2条1号から各号列挙いたしております。例えば、私的目的で、公海または我が国の領海等において行う次の行為。第1号、「暴行若しくは脅迫を用い、又はその他の方法により人を抵抗不能の状態に陥れて、航行中の他の船舶を強取し、又はほしいままにその運航を支配する行為」というようなことで規定をいたしています。
 このような行為は、公海上、特にどの国の管轄にも及ばず、したがって取り締まり活動がなかなか行いがたい、そういう海域において、武器を持たない商船に向かって、いわば海上における強盗行為を行う行為でございます。そういう行為に関して、その背景事情を確認し、得られる情報によってさまざま判断されるわけでございまして、例えば、目的が身の代金の目的であるとか、小型船を使用して集合して襲撃をしているというような行為の態様とか、そういうようなものに照らして判断していけるものと存じております。」
●三日月議員 「現場で非常に迷いが生じることがないかの確認なんですが、2条の6号の、『第1号から第4号までのいずれかに係る海賊行為をする目的で、船舶を航行させて、航行中の他の船舶に著しく接近し、若しくはつきまとい、又はその進行を妨げる行為』が私的目的かどうかは、どうやって確認するのですか。」
○大庭政府参考人 「ここに規定しております目的の認定に関して、個別具体的な状況に応じて判断をしていくということで、あらかじめ一概に答えるのはなかなか難しゅうございますけれども、一般的にいえば、これまでの海賊事案を踏まえて、船舶の外観、航行の態様、乗組員の異常な挙動、その他の周囲の事情などを勘案して、合理的に判断をしていくということになります。」
(衆議院・海賊対策特別委員会 4月17日)

 ソマリアは現在、内戦状態が続いています。ソマリアの近海には、海賊だけではなく、武装した反政府勢力の船舶が航行している可能性もあります。また自衛隊が船舶の護衛活動を実施している海域は、米同盟軍が「テロとの戦い」の一環として「海上阻止活動」を行っている海域とも重なります。この海域では、米国と敵対するテロ組織の船舶がアフガニスタンと周辺諸国との間を往復して武器や麻薬の密輸を行っているとされています。またこの法案が成立した後も、自衛隊が派遣される海域によっては、海賊と反政府組織・テロ組織が混在し、自衛隊の側からは区別がつかないこともあるでしょう。
 自衛隊が海賊だと思って射撃を加え、相手が反撃してきたときに、その相手が海賊ではなく、反政府組織やテロ組織である可能性は十分にあります。外国の反政府組織やテロ組織と交戦する可能性のある自衛隊の派遣を、国会の承認なしに実施してしまっていいのでしょうか。


集団的自衛権の行使につながる恐れはないか
 これまで日本政府が自衛隊を海外に派遣する場合は、国際社会への貢献や米国への協力を理由にしていました。ソマリア沖の海賊対策について国連安全保障理事会は4本の決議をあげており、特に決議1851では各国に対して軍隊の出動を要請しています。それでは今回の自衛隊派遣は、国連の要請に基づくものなのでしょうか。平岡秀夫議員が浜田靖一・防衛大臣に質問しました。

●平岡議員 「我が国が今回、海上警備行動で自衛隊を派遣した、あるいは、今度新法ができればまた新法に基づいて派遣する、この行動は、国連の安保理決議1851号等の要請に応じて海上自衛隊を派遣している、あるいは派遣しようとしているという理解でいいのでしょうか。」
○浜田防衛大臣 「今回の海上自衛隊の派遣については、ソマリア沖において海賊事案が多発、急増しており、日本国民の人命、財産を緊急に保護する必要があることから、新法の整備の応急措置として海上警備行動を発令したものであって、御指摘の国連安保理決議の要請に応じて派遣したものではないというふうに考えています。」
●平岡議員 「要請に応じたものではないというと、国連決議というのは、一体、今回の一連の行動としては、どういう関係になるのですか。何か他人事みたいな話ですか。」
○浜田防衛大臣 「いえ、これはもう何回もお話ししているように、我が国の船舶協会あるいは船舶関係の協会の方々からも要請もありましたし、そういった客観的な事実の中で我々として判断したことだというふうに考えております。

 自衛隊のソマリア沖派遣が、日本政府独自の判断であることはわかりました。しかしソマリア現地では、米国海軍と緊密な協力をとるようです。以下は民主党の武正公一議員の質問です。

●武正議員 「CMF、連合海上部隊ですが、このほかCTF150あるいはCTF151という多国籍海軍部隊、CMF司令官の指揮下にあるCTF150、151との連携というか情報共有というものはいかがでしょうか。」
○浜田防衛大臣 「海上警備行動に基づいて派遣された護衛艦がCMFの指揮下で活動することはなく、また新法に基づいて派遣される部隊もCMFの指揮下に入って活動するとは考えておりません。」
●武正議員 「その話はこれから聞こうということだったので。資料をごらんいただきますと、CTF150、これは多国籍海軍部隊ですね。合同海上部隊、CMF司令部の指揮下での不朽の自由作戦後、OEFの一環として海上治安活動、MSOを実施する多国籍海軍部隊、CTF150である。これについては、既にテロ特措法で、海上での補給活動についてはCTF150の指揮下にはないけれども、やはり情報共有をバーレーンの連合海上部隊、CMF司令部で、同じく海上自衛官2名駐在のもとやっているというお話だったと思います。私が今聞いているのは、このCTF150との連携が今回の海上対処行動、海上警備行動であるのかないのか。また、ことしの1月にCTF150から衣がえをしたと言われている海賊対処を目的としたCTF151、これと同じく連携あるいは情報共有というものがあるのかないのかを聞いております。」
○浜田防衛大臣 「大変失礼しました。先生のおっしゃるとおり、今後も情報交換を行っていくということであります。」
●武正議員 「情報交換ですが、防衛大臣が答えられたように指揮下にはない。指揮下にあるということは当然やはり日本の憲法のもとでは許されない、あるいは集団的自衛権のおそれも当然出てくるということで指揮下にはないということでよろしいでしょうか。」
○浜田防衛大臣 「そのとおりだと思います。それで、今回の法律自身もそういったことにも十二分に配慮しながら法案立ての仕方をしているというふうに思っているところであります。」

 米国は世界を6つの軍管区に分けて、それぞれの地域に部隊を配備しています。このうち、中央アジアから中東にかけての地域を担当しているのは中央軍です。中央軍は、アフガニスタン戦争やイラク戦争の現地司令部を担っています。中央軍の指揮下には、中央海軍があります。米国の中央海軍と同盟各国が派遣した海軍艦船で、CTF(合同任務部隊)150や、CTF151を作っています。これらCTF部隊の司令部としておかれているのが、合同海上部隊(CMF)です。
 米国は現在、世界各地で「テロとの戦争」を進めています。2001年から現在まで続いているアフガニスタン侵攻=「不朽の自由作戦(OEF)」もその一部です。CTF150は、「不朽の自由作戦」の一環である「海上阻止行動」(MIO)を担っています。「海上阻止行動」の目的は、アフリカ東岸からインド洋にかけての海域で、テロ組織による武器や麻薬の海上輸送を阻止することです。CTF151は、CTF150から分離したソマリア海賊対策の専門部隊です。
 また米軍は07年1月に、アルカイダの構成員が潜んでいるとの名目で、ソマリア南部を航空機で攻撃しました。米国は、ソマリアをはじめとした「アフリカの角」と呼ばれている地域が、アルカイダなどの避難地となることを警戒しています。米国は08年にはアフリカ軍を創設し、この地域での「テロとの戦争」を本格化させました。
 米軍はアフガニスタンでの「不朽の自由作戦」、CTF150の「海上阻止行動」、CTF151の「海賊対策」、ソマリア周辺での「テロとの戦争」を同時に進めているのです。
 
 日本政府は新テロ特措法によって海上自衛隊の護衛艦1隻と補給艦1隻を派遣し、CTF150所属の艦船に燃料を補給しています。また今回派遣された部隊は、CTF151と連携しています。日本政府が、海賊対策への自衛隊派遣は日本独自の判断と言っても、実際には米国がアフガニスタン―ソマリアで進めている「テロとの戦い」の枠に組み込まれているのです。これは憲法の禁じる集団的自衛権の行使に抵触します。
 麻生総理が自衛隊のソマリア沖派遣を決定した理由として、中国が海軍を派遣したことへの対抗意識などが取りざたされました。しかし麻生内閣の本心は、アフガニスタン戦争や「テロとの戦争」に対する支援の拡大であったのかもしれません。「海賊対策法案」の国会審議状況や、自衛隊の派遣状況に対して注視が必要です。


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