屋良朝博さん(沖縄タイムス論説兼編集委員)の講演
テーマ:沖縄海兵隊のグアム移転問題について

●会議名称 沖縄等米軍基地問題議員懇談会
●開催日   2010年3月17日(水)午後5時30分〜7時
●開催場所 参議院議員会館・第1会議室


 みなさん、こんには。沖縄タイムスの屋良です。基地問題については10年以上取材を続けています。この10年間、記事の内容はほとんど変わりがありません。日付が違うくらいです。普天間基地の問題に関していえば、1ミリも動いていません。政権交代が起きて、きちんとした議論が行われることを期待しました。しかし今、さまざまな案が出てきますが、それらは10年以上前に出てきた案が、幽霊のように再び出てきているのです。先日、「もういいかげんにしてくれ」という社説を書きました。読者には好評だったようです。
 私は2007年から1年間、ハワイのシンクタンクで、客員研究員として勉強してきました。勉強の中身は、米軍再編による海兵隊員8000人の沖縄からグアムへの移転についてです。なぜこの時期に、8000人の移転が可能になったのでしょうか。これは戦後初めてといっていいほど大きな、軍事構成の変化です。しかしこれほど大きな変化にもかかわらず、「なぜ」「どうして」ということが分かりません。戦略環境が変わったのでしょうか。まったくわからない中で、沖縄の負担軽減という名目の下に、普天間基地の移設を条件にして8000人が移転するのです。日本のマスコミも、私を含めて理由がわかりませんでした。だから喜んでいいのかもわかりません。「これは調べなければいけない」と思って、1年間休職してハワイに行ったのです。ハワイには、米太平洋軍の司令部があります。政治的な事項は、東京とワシントンの間で決まりますが、ハワイには現場監督がいるのです。ですから現場監督に聞けば、なんとなく理由がわかるのではないかと思ったのです。本日は、ハワイでの調査内容も含めて、私なりの分析を話します。


 まず資料を見てください。これは太平洋地域の米軍再編の担当者からもらったものです。ここには現在の海兵隊の配置が書き込まれています。沖縄には「Main Operating Hub」と書いてあります。主要展開拠点です。沖縄にいる司令官が、岩国基地・グアム基地・ハワイ基地の海兵隊を指揮しています。米軍再編後には、司令部がグアムに移転し、沖縄とハワイにはほぼ同規模の部隊が置かれることになります。それは地上部隊・航空部隊・砲兵隊・後方支援群などです。グアムからリモートコントロールをするように、沖縄とハワイの部隊を動かすのです。
 次は太平洋軍司令部のホームページに掲載されていた資料です。これは沖縄に駐留する第31海兵遠征隊(31MEU)の将来の展開を示したものです。まず部隊は米本国から沖縄に来て、次にグアムに行って司令部と合流します。さらにマリアナ諸島で訓練をしてグアムに帰ってきて、次にはオーストラリア・フィリピン・韓国で訓練をして、最後に沖縄に戻ってきてから本国に帰って行きます。そうしてまた次の、新しい部隊がやってくるのです。海兵隊は6か月のローテーションを組んでいます。沖縄には常に同じ部隊がいるわけではありません。今後はグアムの司令部を中心に、アジア太平洋にこのような形で広がっていきます。これは米国の国防総省が現在重視している「テロとの戦い」の戦略に基づいています。
 次も太平洋軍司令部の資料です。「テロリストに勝利するために」というタイトルが付いています。そこには次のように書いてあります。
「アジアのイスラムは順応性があり、従順な人たちです。何よりも彼らのハートをつかむことが、彼らを逮捕したり、殺害したりするよりも重要なのです。アジア太平洋地域との軍事協力は、社会・経済・文化・政治面で協力する下地を形成するために有効です。我々は行く先々で道路を修繕し、学校の校舎を改築し、保健衛生を向上させます。こうした小さなことの積み重ねが、大きなインパクトを持つのです。影響力を行使するためにも、その地域に存在していることが不可欠です。」
 米太平洋軍では、陸・海・空・海兵のそれぞれの軍隊が、多くの時間をかけて、こうした「いいことしようキャンペーン」を行っています。それはなぜでしょうか。「テロとの戦い」と一言でいっても、方程式がありません。テロリストは見えない相手で、どこから来るのかもわかりません。そのテロリストと対峙するために米軍が出している答えが、「民政支援活動」なのです。
 チェ・ゲバラの映画にもありましたが、山村などに入って行ってその集落の人々の支援を受けながら、勢力を拡大していき、最終的には都市部に攻めのぼってきます。ですから小さな村々に、あらかじめ米軍が乗り込んでいって味方を作れば、テロリストが入り込む余地がなくなるのです。それが平時における太平洋軍の主な活動です。


 では沖縄の海兵隊は、どのような状況にあるのでしょか。抑止力とは本当なのでしょうか。米軍の総兵力は約115万人です。そのうち海兵隊は約15万人で、全体の約13パーセントです。組織的には海軍に組み込まれている、小さな軍隊です。米軍総兵力の13パーセントしかない海兵隊の、さらに沖縄に駐留している1万8000人が、日米関係を揺るがしているのです。
湾岸戦争の時に、米軍は全軍で約50万人を動員しました。そのうち海兵隊は約9300人です。3か月から4か月かけて、この兵員をサウジアラビアに空輸しました。このときヘリコプター177機、ジェット機や輸送機194機を持って行きました。沖縄から参加した海兵隊員は、わずかに2000人です。これは民間機による輸送です。
 それでは普天間基地にはどのくらいの航空機があって、どのくらいの輸送能力があるのでしょうか。そうしたことが理解された上で議論されているのかが疑問です。普天間基地にはCH−46中型ヘリが23機あります。CH−46は乗組員が3人で、輸送できる兵員は25人です。掛け算をすると輸送人員は575人です。CH−53大型ヘリは4機しかありません。乗組員は2人で、輸送できる兵員は37人、総員は148人です。この2つの機種を合わせて、700人程度です。また米軍再編では岩国基地に移転することになる、KC−130空中給油機が12機あります。この機は兵員も輸送することができて92人です。掛け算すると1100人です。ヘリと飛行機を合わせて約1800人ですね。普天間基地の兵員輸送能力は2000人弱なのです。その2000人弱の輸送能力しかない普天間基地をどうするのかで、14年間も議論をしているのです。この他にも攻撃ヘリや連絡ヘリ、セスナ機がありますが、これらは輸送能力には関係ありません。
 海兵隊は名前の通り、海の兵隊です。船に乗って移動します。ところが沖縄はサンゴ礁に囲まれていますから、いい軍港がありません。ですから海兵隊のための強襲揚陸艦は長崎県の佐世保にいます。強襲揚陸艦にヘリやジェット機を乗せて、太平洋地域を巡回していくのです。


 ここで海兵隊の役割を見てみましょう。海兵隊は外に出ていくときに状況に応じて、海兵遠征軍(MEF)、海兵遠征旅団(MEB)、海兵遠征隊(MEU)という3つの規模の部隊を編成します。大規模な紛争のときには、4万人単位で遠征軍を編成します。太平洋地域では沖縄に第3遠征軍が、カリフォルニアに第1遠征軍があります。太平洋地域全部を合わせると、7万人から8万人の海兵隊員がいます。これは湾岸戦争の時に動員された数と同じくらいです。小規模な紛争では、1万5000人を動員して遠征旅団を編成します。非戦闘員救出作戦・災害救援・臨検・PKOなどの場合には2000人を動員して、遠征隊を編成します。沖縄の海兵隊は、日常的にはこのカテゴリー、遠征隊の活動を行っています。朝鮮戦争の際には5個旅団、7万人から8万人が必要とされています。現在の作戦計画では、太平洋地域の全ての海兵隊を動員することになるのです。
 今年2月18日付の読売新聞に、面白い記事が出ていました。太平洋海兵隊のキース・スタルダ―司令官の話です。専門家による沖縄の海兵隊には緊急時の展開能力がないとされているがとの指摘に対して、スタルダ―司令官は「空軍の輸送や商業船の調達によって、いかなる緊急事態にも対処できる」と答えています。沖縄の海兵隊はそもそも、空軍の協力や商業船の調達が前提になった兵力の配備なのです。しかし沖縄には、海兵隊を運ぶための輸送機はありません。しかも商業船はどこから調達するのでしょうか。有事の際に、日本の民間船舶を米軍が調達することはできないでしょう。ですから有事の際には、大きな部隊は米本国から来るのです。その場合、米本国から人の乗っていない輸送機を沖縄に飛ばして、沖縄で兵員を積んで戦地に派遣するという手間をかけるでしょうか。最初から米本国で兵員を積んで戦地に向かったほうが早いのです。また司令官は日本駐留を疑問視する指摘に対しては、北朝鮮や台湾海峡に近い立地条件をあげて「単なる勘違い」としています。しかしどちらが勘違いでしょう。


 米国はアジア太平洋地域には、同盟関係にある5か国に兵士を駐留させています。2002年の数字では、アジア太平洋地域全体で約10万人です。また欧州も約10万人で、在外兵力の合計は約20万人です。アジア太平洋10万人のうち、日本は4万人で、その6割は沖縄です。韓国は約4万人弱、洋上に1万5000人です。それ以外の同盟国では200人以下です。いかに日本が多くの駐留米軍を引き受けているのかがわかります。いかに沖縄の負担が大きいか、かなりの集中度です。アジア太平洋に駐留する米軍のうち、26パーセントが沖縄にいます。またアジア太平洋地域の、米国の同盟国の国土面積の合計と、沖縄の県土面積を比較すると、沖縄は0.025パーセントです。点のようなミクロの島に、アジアの米軍兵力の26パーセントが集中しているのです。これはギネスブックを通り越して、世界遺産に申請できそうな位の集中度ですね。そうした状態を、戦後続けてきたのです。よく見る数字ですが、在日米軍専用施設の75パーセントが沖縄です。沖縄本島は琵琶湖の2倍くらいの島です。その島の20パーセントが米軍基地です。面積比は全国の0.6パーセント、人口比は全国の1.0パーセントです。その島が米軍基地で虫食い状態になり、都市機能はほとんど麻痺しています。
 空も米軍がコントロールしています。訓練用の空域がたくさんあります。海にも米軍の訓練海域があります。沖縄では陸・海・空と米軍に管理されているのです。そうした中でも普天間基地の状況は非常に厳しいのです。基地が街の中心にあるために、交通が麻痺しています。事件や事故も絶えません。2004年にはヘリコプターが沖縄国際大学に墜落して、大きな爪痕を残しました。


 その沖縄からグアムへ、海兵隊が移転する理由は何なのでしょうか。それを知るために私はハワイに行って、さまざまな人に話を聞きました。その中でヒントになると思ったのが、『グアム統合軍事開発計画』です。2001年の9・11同時多発テロの後に、海軍と空軍を中心にグアムの基地を強化する案ができました。さらに海兵隊8000人が移転することになったために、グアム島で海兵隊を受け入れることができるかという可能性を調査したものがこの計画です。
 計画は2006年7月11日に完成しています。この日付に注目してください。米軍再編はそもそも、米陸軍を対象にしたものでした。動きにくい陸軍の機動性を、どのように高めるのかというものです。沖縄にいる海兵隊は、そもそも「機動展開部隊」ですから対象ではありませんでした。
 ところが03年11月にラムズフェルド国防長官(当時)が沖縄を視察し、その後に沖縄問題が急浮上し、04年7月には海兵隊の本土移転が話題にあがりました。その翌月の8月には、ヘリコプターが沖縄国際大学に墜落します。にっちもさっちも行かなくなったときに、グアム開発計画のための各軍への聞き取り調査がスタートしました。05年9月です。これは陸・海・空・海兵の各軍隊が、グアム島をどのようにしたいのか聞き取り、それがグアム島で実現できるのかを検討するものでした。
 ところが翌10月には、日米は海兵隊の移転で合意してしまったのです。06年6月に米軍再編の最終報告が行われて、7月には『グアム統合軍事開発計画』が発表されました。実際の調査が、政治合意より後になってしまったのです。この辺りが当時の、米軍再編協議の混乱ぶりを伝えているのではないでしょうか。
 ラムズフェルドが沖縄で稲嶺知事(当時)に会ったことがグアム移転につながったと、ハワイでは聞かされました。稲嶺知事は、沖縄基地の思い切った変革を望みたいと訴えました。これに対してラムズフェルドは、世界的に基地と部隊の見直しをしている最中であり、具体的な基地問題について語ることはできないと答えました。ラムズフェルドは沖縄の基地問題に関して十分な事前報告を受けていないようでした。そこで「これはまずい」と思った稲嶺知事は、席を立とうとするラムズフェルドを引きとめて、抗議にも似た口調で沖縄の基地問題を語りだしました。ラムズフェルドは相当に機嫌を悪くしたようです。
 これはハワイの太平洋軍司令部で、海兵隊のグアム移転計画を作成している人物から聞いた話です。「なぜグアムに行くのか」という質問に対して、彼は「ラムズフェルドだ」と答えました。知事との会合が契機だったというのです。ラムズフェルドは怒っていて、側近に「沖縄には海兵隊が何人いるのか」と聞いたようです。その側近は「1万8000人です」と答えた。するとラムズフェルドは「1万人くらいでどうだ」といったそうです。それが在韓米軍は2万500人に縮小し、ドイツでは陸上兵力を半減し、太平洋では海兵隊を1万人にするという命令になって、ワシントンから伝わってきたようです。
 当事者の側近には取材ができていません。しかし太平洋軍司令部の担当者が、この話を聞かされて作業をしているのは事実です。政治が全てを決めるのは、昔も今も同じなのでしょう。


 海兵隊は50年前にも大きな移転を経験しています。一般的には「沖縄には戦後ずっと海兵隊の基地がある」と、思われているかもしれません。しかし海兵隊の基地は、岐阜県と山梨県にあったのです。1950年に朝鮮戦争が勃発し、53年に岐阜県と山梨県に海兵隊が配備されました。日本に配備されていた米軍は、朝鮮戦争の勃発と同時に韓国に行きました。そのあとに海兵隊がやってきました。その役割は、韓国に配備された米軍のバック・アップ、戦略的後方支援です。それが56年には、朝鮮半島からは遠く、しかも船による輸送手段のないまま沖縄に移ってきたのです。
 なぜそうなったのか。その理由は全くわかりません。米軍基地を担当して10数年間、資料を探していますが見つかりません。合理的な理由が見当たらないのです。ただ一つ、当時の政治状況から推測できることがあります。
 沖縄の米国総領事が、海兵隊の沖縄移転計画に反対してワシントンに中止を求める秘密公文を出していたことが判明しました。中身は、海兵隊を沖縄に持ってくるべきではない、陸軍と空軍の基地で沖縄本島の3割が基地になっている、海兵隊がくれば沖縄の半分が基地になってしまう、さらに1200世帯の家屋を強制退去させて土地を確保しなければならない、そうしたことは行うべきではないというものです。最初に総領事は、米軍基地は1か所に集中させたほうが有効であると考えていたようです。しかしそれは間違いであることに気付いたと書いています。総領事は、陸軍次官が米国から沖縄に視察に来た時に、陸軍次官が海兵隊の沖縄移転に反対していることを聞かされました。司令部が1か所に集まると、司令部機能が混乱するというのです。また海兵隊も沖縄に行きたがっていないことを、海兵隊の将校たちから聞かされます。沖縄に海兵隊が来れば、沖縄の問題は解決不可能になってしまうと、総領事は手紙に書いています。あるときの手紙には、「沖縄移転を説明できるのはウィルソン国防長官しかいない」とも書いてありました。ウィルソンの政治判断だったのです。ですから50年前も現在も、やはり政治が決めたのです。軍事的な合理性ではありませんでした。政治家が基地の配備を決めているのです。
 当時は朝鮮戦争の勃発後で、日本国内では米軍基地を拡張するために土地の収用が行われ、それに反対する運動も大きく巻き起こりました。有名なところでは立川飛行場の拡張計画と砂川闘争です。当時の日本政府は、米国から求められる基地の拡張と、再軍備のサンドウィッチ状態だったのではないでしょうか。そこから出てきた答えが、「地上軍を沖縄に移転する」ということです。
 1955年に日米安保条約を締結した後、岸信介総理とアイゼンハワー大統領は共同文書を発表しました。日米は対等な関係になったのです。それが地上軍の撤退につながりました。なぜなら地上軍の駐留は、占領軍の印象を持つからです。占領状態を一掃するために、地上兵力を引き上げることにしたのです。そこで当時は日本でなかった沖縄に、海兵隊が移ってきたのではないでしょうか。
 50年前の状況と現在の状況は似ています。50年前には朝鮮戦争があり、在日米軍基地の拡張計画があり、反基地闘争もありました。今回のグアム移転のきっかけは1995年の少女暴行事件であり、SACO合意があり、普天間飛行場の迷走があり、日本が内政で揺らいでいる状況があります。50年前は軍部が反対している中で、ウィルソン国防長官の決定がありました。今回も海兵隊の将校は、「全てはラムズフェルドだ」といっています。海兵隊にはそもそも、グアムに行く予定はありませんでした。


 では海兵隊は、グアム移転をどのように思っているのでしょうか。ハワイの新聞に商工会議所の勉強会での、海兵隊司令官グッドマン中将の話が掲載されています。そこには「グアムに行くのはフィリピンに行けなかったからだ。もしフィリピンとの協定が許すのなら、私はすぐに8000人をマニラ湾に向かわせよう」と書かれています。フィリピンは憲法で、外国軍の駐留を許していません。6か月以内であれば、訓練目的や一時立ち寄りを許していますが、6か月を超える駐留は憲法違反なのです。またグッドマン司令官は、「マレーシアやインドネシア、台湾でもいい」というコメントをしています。一方グアムについては、「私は何かあったらグアムから飛んでいける。実戦部隊は沖縄から派遣される」といっています。いまの任務がグアムでも果たせるとはいっていますが、グアムに行く利点については話していません。
 米国防総省監察官事務所は、海兵隊はグアム移転で年間465億円のコストが余分にかかるといっています。これは星条旗新聞に掲載されています。日本から移転すると、日本政府からの「思いやり予算」が減ってしまうため、これくらいの余分な負担がかかるのです。
 ワシントンポストの2008年1月の記事では、グアム政府は海兵隊の移転にともない、インフラ整備のために2000から3000億円がかかるとしています。人口増にともない電気・水道・ガスなどの整備を行わなければならないのです。米軍基地の中は、日米の予算で1兆3000億円が支出されて整備されます。しかし基地の外ではどうでしょうか。グアムからは下院議員が選出されていますが、議会での議決権がありません。グアムの下院議員は、ワシントンからお金を持ってくることができないのです。国防省の担当者は、グアムの最大の弱点は予算確保の難しさだと話しています。海兵隊にしても、最初は一定の予算が回ってくるでしょう。しかし10年・20年・30年後に、十分な予算を確保できるのかを心配しています。

 グアムは、さまざまな地域からの中間地点にあります。しかしどの地域からも距離があるのです。そのために輸送力を高めなければなりません。その一つの手段が、高速輸送船です。いまはオーストラリアから1隻チャーターしています。これからはもっと、必要になるでしょう。航空輸送を向上させるために、オスプレイも導入しなければなりません。司令部はグアムで、手足は沖縄とハワイですから、通信コストなども余分にかかります。通信機能も高めなければなりません。お金がかかるのです。米国はイランやアフガニスタンに巨額を投じていて、海兵隊に予算を回してくれるのかが不透明なのです。


 最後に、「こうすれば海兵隊は日本を離れられるのではないか」という私の提案です。1つ目は輸送支援です。2つ目は日米共同の民生支援です。3つ目は、先の2つをもって同盟の深化と位置付けるのです。これらを、沖縄問題を考える際の、知的作業の一助にしていただきたいと思います。
また先ほど見ていただいたように、海兵隊は6か月のローテーションで沖縄に来ます。本国から沖縄・グアム・各地の訓練センターを回って6か月を終えて本国に帰ります。ですから、最初に沖縄に来なければいいのではないでしょうか。沖縄を除いてローテーションすればいいのです。もし日米共同訓練を行うのであれば、沖縄よりも広い演習場のある本土の各地に行ってもいいでしょう。そうした回し方もありだと思うのです。そこで輸送コストがかかるのであれば、高速輸送船を日本がチャーターしてもいいでしょう。そうした「WIN WIN」を考えないで、「海兵隊は出ていけ」というだけでは、交渉が成り立ちません。そうした戦略的な対話をすすめていただきたい、沖縄の基地問題を考えていただきたいと思います。
 海兵隊は米軍の中で一番小さい組織です。さらにその一部の普天間基地のために、一国の首相が首を賭けるかどうか、これは不思議なことです。


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