■沖縄の米軍基地、その歴史と争点
豊見山雅裕 (米軍基地に反対する運動をとおして沖縄と韓国民衆の連帯をめざす会)


1、概要
 沖縄は、太平洋の北部、日本とフィリピンの間に位置し、大小160の島からなる。現在の人口は130万人である。
 第2次世界大戦末期、1945年3月から米軍と日本軍の地上戦が展開された沖縄戦では、軍民合わせて25万余名が犠牲となったが、そのうち、実に住民の死亡者は15万名、沖縄住民の4人に1人が犠牲になった。
 この時から米軍は沖縄を占領し、朝鮮半島とベトナムを攻撃する戦争の島に造り変えた。基地建設のために銃剣とブルドーザーで住民の土地を奪い、1972年の沖縄の日本復帰以降も、「太平洋のキー・ストーン」として、海兵隊を機軸とする米軍は駐留を続け、戦争出撃拠点となってきた。
 現在、沖縄本島の20パーセントを米軍が占領しているが、日本の総面積の0.6パーセントしかない沖縄に、在日米軍専用施設の75パーセントが集中している。

2、沖縄における米軍基地問題の焦点=辺野古・高江
≪辺野古≫
 1995年の米兵による少女レイプ事件をめぐり、「10・21県民総決起大会」に8万5千名が結集したのをはじめ、米軍基地反対の声が沖縄の声として日本のマスコミにも取り上げられるようになるや、日米両政府は「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」を設置し、普天間基地の返還を打ち出し、世論の沈静化を狙った。基地の整理縮小に期待が膨らんだが、半年後、普天間返還のためには名護市辺野古への新基地建設が条件であるという1996年4月SACO合意が突如発表された。
 これを受けて、1997年1月から、辺野古住民の座り込み監視行動が始まった。12月の名護市民投票では基地建設反対が、政府(防衛施設局)の妨害をはねのけて勝利した。2004年4月から1年半の体を張った海上行動で、ボーリング調査という名目の海上基地建設の着工を完全に阻止した。
 しかし、政府は、海上から沿岸に滑走路の位置をずらした設計図をもとに、改めて環境アセスメント調査を強行しようとしている。この海域に棲息する天然記念物のジュゴンを追い出すなど生態系を破壊する違法な調査方法に、環境影響審査会などで非難が起こったり、政府の違法アセスに対する那覇地方裁判所への提訴(2009年8月19日)もなされ、裁判が始まっている。

≪高江≫
 高江を取り囲む米軍基地=北部演習場は、世界で唯一のジャングル戦のための戦闘訓練施設として、1998年には「ジャングル戦闘訓練センター」と名称を変え、海兵隊のサバイバル訓練や、ヘリコプターでの移動宙吊り訓練、模擬弾を使用する射撃訓練など、戦場さながらの訓練を行っている。問題になっているのは、1996年のSACO合意による北部訓練場の一部返還と引き換えに、海からの侵入路を備えた新たなヘリパッドを高江集落を取り囲むように6ヵ所建設するというもので、辺野古に配備予定のオスプレイ(MV22)の訓練施設になることは間違いない。
 ヤンバルクイナやノグチゲラなど、世界中でもここにしかいない絶滅危惧種が棲息し、世界的な自然保護機関であるIUCNやWWFが保護勧告を出すほど貴重な動植物の宝庫を、米軍基地で潰してしまうことは許せないと、2008年7月から毎日座り込みの闘いが継続している。

3、その他の在沖米軍基地をめぐる問題
 米軍による被害は沖縄戦から64年経った今も変わる事がないばかりか、ますますひどくなるばかりだ。地上戦で戦場とされた沖縄にとって、戦争はずっと別の形をとって64年間止むことがなかったと言っても過言ではない。
 基地による被害は、嘉手納の戦闘機爆音、北谷の返還跡地PCB汚染、キャンプ・ハンセンの山火事、普天間のヘリ墜落、そして米軍による殺人、強かんなど凶悪事件と、数え上げればきりがない。

4、おわりに
 沖縄にとって今年は、1609年の薩摩による琉球侵攻から400ネンに当たり、琉球(沖縄)が独立を奪われ、民衆が圧制と収奪に苦しめられてきた歴史をとらえ返す活動が活発に繰り広げられている。
 とりわけ、明治維新をもって日本が天皇制国家として富国強兵に走り出した最初の侵略出兵が、1879年の琉球処分(琉球国を廃止し、日本の版図に「沖縄県」として組み込んだ)であったことは、日本帝国主義の朝鮮植民地支配・中国侵略戦争の歴史と切り離すことができない問題でもある。帝国主義の戦争によって踏みにじられてきた東アジア民衆にとって、現下の共通の課題である「平和、人権、環境」をテーマに、第2回東アジア国際シンポジウムが、米軍の国際的な再編をめぐって揺れる今日の世界情勢の中で、韓国ソウルで開催されることは大変意義深い。
 国境を介して民族的抑圧が相乗されてきた歴史にピリオドを打ち、戦争によって民衆が犠牲になることのない明日のために、国境を越えるお互いの連帯をより広げ、理解を深めあいながら、共に手を取って進んで行きましょう。


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