前田哲男さんの講演(要旨
テーマ :ソマリア沖の海賊と海上自衛隊の護衛艦派遣について
●講演日時:2009年2月2日


(はじめに)
 平和フォーラムは、1月31日から2月2日までの3日間、香川県高松市で、第45回護憲大会を開催しました。この護憲大会の関連企画として、全国基地問題ネットワークは学習交流集会を行いました。以下は、学習会の講師としてお招きした、前田哲男さんのお話を要約したものです。



 前田哲男です。これから、ソマリア海賊と自衛隊派遣の問題点について、お話をします。
 実は私は、半分船乗りなのです。20年以上前からピースボートに参加していて、1年に1回、1か月半から2か月は船に乗っています。ですから、洋上の平和は他人事ではありません。実感を伴っています。
  90年代には、マラッカ海峡で海賊が跳梁していました。ベトナムから脱出したボートピープルを襲う、インドネシアの海賊です。ピースボートも、何度かボートピープルに遭遇しました。一所懸命助ける努力もしました。
  91年1月17日に湾岸戦争が始まった時、ピースボートはオマーン沖にいました。ブッシュ大統領(父)が開戦を告げた時に、ソマリア海域に向っていたのです。原子力空母が現れました。その船から、次々と空母艦載機が発進していきました。ピースボートの上空を飛んでいくのです。当時は、海賊はいませんでした。米海軍がいただけです。その米海軍が、ソマリアの海賊を作り出す遠因になりました。そこから始まる中東の不安定、冷戦終結後の国際情勢の問題が、今日のソマリア海域に表れているのです。漁師が、網の代りにマシンガンやロケット砲を持って、魚の代りに外国船を狙うという生業を生んだのです。
  ピースボートで旅をしていると、戦争にぶつかったり、難民にぶつかったり、海賊の脅威にさらされたりします。マラッカ海峡では、船の両舷から放水しながら通行したこともありました。当時の船長は、乗客が不安になるので伝えないが、機関室には武器を備えているといっていました。
  以前は危険なマラッカ海峡でしたが、いまでは海賊がいるという話は聞きません。マラッカ海峡の海賊は制圧されたといっていいでしょう。それは、日本の海上保安庁を中心にした多国間協力の成果です。唯一ではありませんが、大きな要因です。海賊対策には、ソフトパワーが重要です。軍隊や軍艦ではなく、海上保安協力です。軍事協力ではない多国間協力です。現実にその力で、マラッカ海峡から海賊が一掃されたのです。
 その実績があり、中心が日本であったのに、なぜソマリアには海上自衛隊の護衛艦を、「それしかない」という言い方で、法的にも極めてあいまいなまま、出そうとするのでしょうか。そこには他に目的がある。そうとしか考えられません。


 海上自衛隊は、自衛隊法第82条の海上における警備行動を適用して、ソマリア海域に護衛艦を出動させようとしています。自衛隊法第82条は、第78条の陸上自衛隊の治安出動や、第84条の航空自衛隊の領空侵犯に対する措置(スクランブル)などと並んで書かれている条文です。つまり主権侵害行為、また間接侵略―革命・反乱―に対する警察作用として述べられているのです。
 海上における警備行動は、これまでに2回発動されました。99年の能登沖不審船事件と、04年の沖縄近海での中国の原子力潜水艦による領海侵犯事件に対してです。どちらも領海侵犯が発動の前提です。
 自衛隊法が成立したのは1954年です。それから現在までに適用は2回です。航空自衛隊のスクランブルは、頻繁に行われています。しかし海上自衛隊の出動は少ないのです。1980年に鹿児島近海で、ソ連の原子力潜水艦が火災事故を起こして、日本の領海を一時通過しました。このときに政府は、海上警備行動を発令しませんでした。後になって自民党内のタカ派から「なぜ発動しなかったのか。やるべきであった」という声があがりました。これに対して当時の防衛庁は海上警備行動の発動に関して、「有事が近くになって、国民の生命、財産を守る必要があるとき」「海上保安庁では手に負えない事態」とし、「領海侵犯の事実があっても、すぐさま発動されるものではない」と答弁しました。
 また能登沖不審船の事例では、護衛艦とP3C警戒機が出動し、爆弾を投下し、威嚇発砲を行い、追跡しました。この時は不審船が日本の防空識別圏を出た段階で打ち切りになりました。中国原潜の場合は、領海を出た段階で追跡は打ち切られました。ソ連原潜・不審船・中国原潜の3件に対する対処で、海上警備行動の持つ地理的な限界がはっきりしました。それは領海ないし排他的経済水域、最大限に拡大しても防空識別圏です。日本の領土がベースになって地理的な枠組みが設定されていることが明らかになっています。
 こうした解釈と運用の実態に照らし合わせても、日本から1万キロ以上離れたアフリカの沖合に護衛艦を派遣することが無理であること、法律を逸脱していることが分かります。


 ではなぜ日本政府は、ソマリア海域に護衛艦を出そうとしているのでしょうか。ソマリア海域の海賊は07年、08年に急増し、国際社会で警告されるようになりました。問題がひと際大きくなったのは、昨年9月に戦車や装甲車を大量に積んだウクライナの貨物船が乗っ取られてからです。これが、どこかに渡ったら大変なことになるという危惧から、米国やロシアが動き、国連安保理が召集されました。米国はすぐにソマリア海域に軍艦を派遣し、NATO諸国が続きました。この時に米国政府から日本に対しても、協力要請がありました。日本政府は積極的ではありませんでした。
 ところがしばらくすると、麻生総理が自衛隊の派遣を命令します。この時期に、中国が軍艦を派遣することを決めているのです。毎日新聞の1月25日号に、以下のような記述があります。

『内閣官房の政府高官はそのころ、麻生太郎首相に「中国に負けるわけにはいきません」と進言している。首相は「そりゃそうだ」と答えたという。』
『河村建夫官房長官は12月24日の記者会見で派遣の検討状況について聞かれると「中国の艦船も出発すると報告を受けているので、日本の対応を急がなければならない」と回答。質問にはなかった中国にあえて言及した。』
(※記事全文は、以下のURLを参照してください)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090125ddm001010085000c.html

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20090125ddm003010090000c.html


 米国の要請もさることながら、中国への対抗意識、あるいは「バスに乗り遅れるな」という気持ち、いずれにしても国際貢献とはかけ離れた見栄の張り合いで決められた形跡があります。そこには国際交易に関する広い見地や、日本の長期的な海上政策とは異質の便宜主義、状況追従主義があるように思えます。
 ここに「普通の海軍になりたい」という海上自衛隊の願望が重なりました。そうして、まず海上警備行動で出動し、海賊新法を3月中に成立させて活動中の海上自衛隊に新たな権限を与えることになりました。海上警備行動で出動する護衛艦は、武器使用は警察官職務執行法第7条の正当防衛と緊急避難に限られています。積極的な武器の使用はできません。ですから、まず出ていく。その上で、3月の新法成立以降は、任務遂行に必要な武器の使用を可能にする。積極的な武器の使用に一転するのです。海賊を制圧するために、見たら撃て、警告命令を無視したら撃てという武器の使用になります。これこそ、彼らが待ち望んでいるものです。洋上において任務遂行に必要な武器の使用の権利を手にすれば、最初は海賊相手であっても、やがて海軍相手に戦えるようにエスカレートしていきます。それは容易に想像できます。
 「朝雲」という自衛隊の準機関紙があります。週刊ですが、毎号のようにソマリア沖での海賊問題について報道しています。そこでは、「どう取り組む海賊対策」という連載を掲載しています。まだ派遣決定もされていないのに、P3Cでの哨戒活動を実施する、交戦は排除できないなどと論じています。特別警備隊と特別機動船を搭載することも報じています。2チーム連れていくそうです。特別機動船は全長11メートル、幅3メートル、完全武装の1個チームが乗船し、通常は2隻を同時に運用し、互いに援護しながらヘリとともに着船にあたるそうです。またその2隻を運べる母艦が必要になるそうです。決定の前から、特別警備隊と特別機動船、その母艦、ヘリ、護衛艦という規模がキャンペーンとして報じているのです。そこにはヘリの運用や特別警備隊による追跡、乗船、拿捕などの様々なシナリオが描かれています。
(※朝雲の当該記事は、以下のURLを参照してください)
「どう取り組む 海賊対策〈上〉」(09年1月15日)
「どう取り組む 海賊対策〈中〉」(09年1月22日)
「どう取り組む 海賊対策〈下〉」(09年1月29日)
http://www.asagumo-news.com/news.html

 これは新法の成立と、武器の使用を前提にしてのシナリオです。おそらくそうした準備もされているのでしょう。法律を乗り越えているばかりか、文民統制という大原則も逸脱しています。
 新法が成立すれば、任務は先制攻撃的なものになり、撃沈、せん滅が認められることになるでしょう。それは自衛隊に対して、実質的な交戦権を認めることです。さらにいま、20か国近い国の艦船がソマリア沖に集結しています。自衛隊の護衛艦は、それらの船と連携することになるでしょう。そこでは海賊との戦闘を口実に、一種の集団的自衛権のような形ができます。集団的自衛権は相手の国家を対象とするものですから、海賊が相手では概念的に異なるものになります。しかし海賊を相手に米国と行動を共にするならば、私たちが問題にしている、日米安保条約における集団的自衛権と同じ事が、景色として出てきます。その景色がソマリアで終わらずに、持ち帰られることは予測がつきます。日米安保協力の訓練の場として、ソマリア沖が使われることも考えておかなければなりません。
 こうしたことを通して、憲法の空洞化、なし崩しに近づいていくことも、今回の事例で考えられます。


 一方で準備が進みながら、海上自衛隊のソマリア沖派遣によって、日本にどのような安全がもたらされるのかは、政府によって示されていません。政府は海上自衛隊の補給艦をインド洋に派遣していますが、そのことがアフガニスタンの平和にどれほど役に立っているのか、日本政府は説明することができません。日本政府は答弁に窮して、「学校が増えた」とか「ワクチンを接種できる人が増えた」とか言っていますが、そのことと海上自衛隊のインド洋派遣がどのようにつながっているのか。テロの抑止と言いますが、アフガニスタンでテロが無くなったのか。このことと同じく、海上自衛隊の派遣と海賊の関連について、具体的に説明していません。
 いま日本には約2300隻の外洋商船があります。このうち日本人が乗船しているのは約100隻です。日本人の外洋商船人口は約3000人。100隻以外は、税金などの関係で他国に籍を置いている便宜置籍船です。この便宜置籍船にはフィリピン人約3万人、インドネシア人などを加えると約4万9000人が乗っています。海上自衛隊は、日の丸を掲げた100隻と日本人3000人だけを守るのか。あるいは2300隻、4万9000人の全てを守るのか。そうした議論も行われていません。
 また海上自衛隊がソマリアに行って何ができるのか。出港する船は決まっていませんが、例えばイージス艦が派遣された場合、イージス艦は水面から艦橋までの高さは4階建てのビルくらいあります。イージス艦でも相手が軍艦であれば発見することもできるでしょう。しかし水面を這うようにボートがやってきたら、発見することは難しいでしょう。捕まえる場合も、海面から甲板までの高さがあるから難しい。海上保安庁の船は甲板の高さが低いですから、接舷したり乗り移ったりすることも可能です。海上自衛隊の護衛艦は戦争をするために作られたもので、追跡したり乗り移ったりするためには作られていません。また乗組員もそうした訓練は受けていません。ですから撃沈するような対処しかできないのです。


 冒頭に話しましたが、日本はマラッカ海峡の海賊対策に成功しました。そうであれば、ソマリアでもその方法を行うべきです。また国際社会に対して、海上保安協力による海賊対策の有効性を知ってもらうべきです。
 国際海事局の今年発表のデータがあります。2000年当時は、世界の海賊発生件数のうちほとんどが東南アジアで、262件が発生しています。しかし2008年では、インドネシア海域での発生は9割減少して28件、マラッカ・シンガポール海峡は80件から2件に減少しました。この成功の基礎に、シンガポールに設置された情報共有センターがあります。日本が援助してできたものです。また国土交通省が窓口になって、ODAで巡視艇を提供しています。マラッカ・シンガポール周辺国での共同訓練が年に数回行われ、共同パトロールも実施されています。こうした海上保安庁は「海保外交」と名付けていますが、ソフトパワーによる海賊抑止によって、マラッカ・シンガポール周辺の海賊はほぼ一掃されたのです。
 この協力は、日本のタンカーがシージャックされたことをきっかけに始まりました。2000年に、海賊対策国際会議と北太平洋海上保安長官級会合が行われました。ところで欧州の国には、海上保安庁のような機能がありません。ですから海軍が出ていきます。選択肢がないのです。しかしアジア地域は異なります。海洋国が多いですから、税関警察や海洋警察、沿岸警備隊などの非軍事で内務省や大蔵省が管轄する海上警察を保有しています。日本も戦前は、海軍の駆逐艦が蟹工船を守っていました。しかし戦後は、海上保安庁が守っています。その海上保安庁が東南アジアの諸国と向き合い、海上保安協力を行ってきたのです。
 日本では、海上保安庁がJICAと協力して、海上保安協力・海上犯罪取り締まりの研修を行っています。ここには昨年から、オマーン・イエメンの職員も参加しました。ソマリア沖の海賊対策に、日本はすでに貢献しているのです。こうした事例は、海上保安庁のホームページなどにも掲載されています。実績もあり、効果もあり、自衛隊を出すことの法律的な矛盾も避けられます。それを進めずに、海上自衛隊・護衛艦という理由は、大国意識であり、中国への対抗意識であり、「バスに乗り遅れるな」という意識の話です。民主党や社民党も、海上自衛隊の派遣に反対すると同時に、日本がこれまで進めてきたソフトパワーによる海賊対策・国際協力のモデルを発信し、ソマリア・アフリカ沿岸にこうした国際機関を作ることを提言するべきではないでしょうか。
 各国の海軍が派遣された影響で、海賊の件数は減っています。いまあえて海上自衛隊が行く必要は高くないでしょう。それよりも、腰を据えた長期的な、非軍事型の海上保安協力を提案したほうがいいのではないでしょうか。新法が3月の国会に出てくるといわれています。そこを射程において、議論と運動の高まりを進めたいと思います。


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