■朝日新聞 2008年11月15日 朝刊
●ソマリア海賊 みんな魚師だった
◇無政府状態 仕事失う
【ナイロビ=古谷祐伸】事実上の無政府状態にあるアフリカ東部ソマリアの周辺海域で、海賊が暴れ回っている。13日にも日本人船員1人の乗った中国の漁船が乗っ取られた。人質を取り、身代金を要求する「海賊ビジネス」。その多くは、地元の元漁師たちの犯行だという。
◇13日には日本人1人が人質に
中国国営新華社通信によると、ケニア沿岸で13日夜(日本時間14日未明)、日本人1人を含む24人が乗った中国天津市の「遠洋漁業」所属の漁船、天裕8号が乗っ取られた。他の乗組員は中国人が15人、ベトナム4人、フィリピン3人、台湾1人。けがはなく、ソマリア沿海を航行するよう求められているという。付近で犯行を繰り返している海賊の犯行の可能性が高い。
世界の海賊事件を調べている国際海事局(IMB)によると、今年1〜9月にソマリア沖で起きた海賊事件は63件。世界全体の199件の3分の1を占める。イエメン沿岸警備隊のまとめでは、未遂事件も日本郵船の大型原油タンカー「高山」襲撃を含め100件以上あった。
中でも、注目を集めるのがウクライナの会社が運航する貨物船、MVファイナの乗っ取り事件だ。33台ものT72型戦車など兵器を満載していたことが判明。人質20人は、乗っ取りから1カ月半たった今もソマリア中部の漁港ホビョの沖合で60人を超す海賊に拘束されたままだ。
海賊に詳しいソマリア人記者によると、海賊の大半はハラゼレやホビョなど中部の漁村を拠点にしている。自動小銃やロケット砲で武装し、複数の高速艇で襲いかかるのが手口だ。約15年前から出没し始め、この1、2年で急増。漁業会社がそのまま漁船を使って「海賊会社」に衣替えしたケースがほとんどで、複数の武装集団に全体で300人ほどが属しているという。
ソマリア沖で海賊が横行する背景には、約3千キロもの長い海岸線に監視の目を光らせることの難しさがある。ソマリアは91年以来、無政府状態。国内には武器が横行し、海上警備も対岸のイエメン任せだ。イエメンとの間のアデン湾は年間2万隻もの船が通航する要所でもある。
海賊の狙いは人質にとった船員の身代金で、実際に人質に危害を加えたと報じられた事例はほとんどない。英シンクタンク、王立国際問題研究所は08年だけで海賊が3千万ドル(約29億円)近い身代金を得たと報告している。
金はソマリアのイスラム系武装勢力、シャバブに流れているとの情報も。米国政府が2月に「テロ組織」と認定し制裁の対象にした組織だ。
相次ぐ被害に、国際社会も動き始めた。AFP通信によると、エジプトの首都カイロで20日、紅海沿岸諸国による海賊対策の国際会議が開かれる。国連安全保障理事会は10月、積極的取り締まりを関係国に求める決議を全会一致で採択。共同提案した日本政府も、海賊対策の新法を検討する意向で、海上自衛隊を派遣する可能性が出ている。
だが、海賊による事件は10月以降も、今月12日までに21件起きており、防ぎ切れていないのが実情だ。
◇海軍の変わり 外国船が魚取り尽くした 海賊の広報担当者に聞く
ウクライナのMVファイナを乗っ取った海賊のスグレ・アリ広報担当が、朝日新聞の電話取材に答えた。
――人質は無事か?
「人間として接している。一緒にトランプで遊ぶこともある。心配は無用だ。だが米国などが我々を攻撃してきたら、船を壊し、人質も殺す」
――どういう集団なのか?
「みんな魚師だった。政府が機能しなくなり、外国漁船が魚を取り尽くした。ごみも捨てる。我々も仕事を失ったので、昨年から海軍の代りをはじめた。海賊ではない。アフリカ一豊かなソマリアの海を守り、問題のある船を逮捕して罰金を取っている。ソマリア有志海兵隊(SVM)という名前もある」
――広報活動とは驚きだ。
「我々が語らなければ、真相は誰にも伝わらない。だから積極的に語ることにした」
――各国も取り締まりを強めている。
「ソマリアに軍を送る国は、米国であれ日本であれ間違っている。我々の海をもてあそぶな。すべての外国船が出ていくまで戦う。死ぬのは一度。怖くはない」
――イスラム系武装勢力の資金源との指摘がある。
「関係ない。金は船の維持や、武器購入、仲間の給料に使っている。国を守って給料をもらえるこの仕事に誇りを持っている。
◇「自衛隊よりも財政援助を」 イエメンの沿岸警備隊局長
ソマリア沖の海賊行為を取り締まる隣国イエメンから、沿岸警備隊のアルマフディ作戦局長が来日し、朝日新聞の取材に応じた。日本政府が海上自衛隊の派遣を検討していることについて「高い効果は期待できず、必要ない。むしろ我々の警備活動強化に支援をしてほしい」と述べた。
交通の要所であるアデン湾は、向かいのソマリアが無政府状態のため、約2300人のイエメン沿岸警備隊が主に海上警備を担っている。
だが、現態勢では約1200キロの沿岸線の3分の2は手が回らない。アルマフディ局長は日本側に「この海域では麻薬密輸や人身売買も横行している」として、基地港5カ所の新設や、高速警備艇10艇導入などで財政援助を求めた。海上保安庁からは警備の技術指導も受けたいという。
海賊グループは事件で得た「身代金」で高速ボートや武器、無線などを購入。装備の水準は警備隊をしのいでいる。「日本から自衛官を派遣すれば費用がかかるはず。現場をよく知る我々が高性能の警備艇で取り締まった方が効果があがる」
■毎日新聞2008年11月27日 東京朝刊
●覇権漂流:第3部・オバマ米国待つ世界/1 ブッシュ政権、対テロ戦…
◆ブッシュ政権、対テロ戦「落とし子」
◇「敵は武装海賊」−−翻弄される多国籍部隊
商船や小舟が浮かぶ紺碧(こんぺき)の海を、白い航跡を残し独海軍のフリゲート艦「メクレンブルク・フォアポンメルン」(約4900トン)が進む。艦首部の76ミリ砲がにらむのは、ソマリアなどが位置する「アフリカの角」地域を望むアデン湾だ。
スエズ運河に至る紅海の入り口は、年間約2万隻が行き交う。米主導の対テロ戦争の一環で日本も給油支援する「不朽の自由作戦(OEF)」海上阻止活動の最前線でもある。
だが、臨検班長の1等兵曹(27)は「テロリストよりも海賊の方が怖いね」とこぼした。不審船探索役の中尉(35)も「海賊の脅威は世界に及んでいる」と言い、不審船が表示されるレーダー・スクリーンに見入った。
米同時多発テロ(01年9月)後に始まったOEF海上阻止活動は本来、テロリストと武器、資金などの移動阻止が主目的だ。だが、ここ数年、周辺海域では政治目的のテロとは言えない身代金目当ての海賊が激増。多国籍の艦艇部隊は手を焼いている。
「この海域にテロの脅威はもうほとんどない」と前司令官のポトホフ中佐(41)は言った。他国海軍の摘発例はあったが、独海軍はテロリスト船に出くわしていないからだ。
今年4月、日本船籍の原油タンカー「高山」が海賊に攻撃され被弾、11月にはサウジアラビアの30万トン級タンカーが乗っ取られた。今年の被害は94件(19日現在)。政情不安のソマリアを拠点に、海賊は高速艇に乗り、全地球測位システム(GPS)を操り、携帯型対戦車ロケット弾(RPG)で武装する。
「高山」の被弾の際、駆けつけたのは独フリゲート艦「エムデン」だった。当時艦長のギス中佐(44)は、今年2月からの半年間の在任中、「(民間船から)救難信号の発信のない日は、ないほどだった」と話した。
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ブッシュ米政権下で7年続いた対テロ戦争が今、海賊に翻弄(ほんろう)されている。しかも、「海賊は対テロ戦の落とし子」という指摘すらある。
OEF海上阻止活動を統括する米海軍第5艦隊(本部バーレーン)の報道官は「海賊対策は我々の主目的ではないが、海路の秩序を保つ意味で、任務の一部だ」と語る。
米国は作戦の継続と同盟国の協力の必要性を説く。任期切れまで2カ月弱のブッシュ大統領が解決できなかった課題がまた一つ、オバマ次期大統領に引き継がれる。その根は、ソマリアに伸びている。
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米の「覇権」の弱体化とともにブッシュ大統領が退任する。オバマ氏の新しい米国を世界がどう待ち受けるかを探った。【アデン湾で小谷守彦、カイロ高橋宗男】
◆米「失策」のツケ
◇政変機に海賊激増
ソマリアの首都モガディシオ。現地ジャーナリストのムハンマド・アブドラ氏の話では、06年に暫定政府を支援するため侵攻したエチオピア軍と、イスラム原理主義勢力「イスラム法廷会議」が対峙(たいじ)。「暫定政府メンバーが大手を振って歩けるのは大統領府周辺だけ」と言う。
一方、北部沿岸の町ハラデレやボサソは、身代金膨れした海賊が落とす金で、活況という。AP通信によると、海賊は家を新築し高級車を乗り回している。海賊のためのたばこや軽食の売店、インターネットカフェもでき、住民は歓迎、無秩序な状態が続いている。
海賊対策に躍起な米側は「原因はソマリア政府の不安定さだ。全土を支配できない政府が、海賊を摘発できずにいる」(米海軍第5艦隊報道官)とし、ソマリア側の責任を強調する。
だが、海賊の襲撃が急増し始めたのは、首都を制圧していたイスラム法廷会議が、エチオピア軍に敗れた06年末以降のことだ。法廷会議と国際テロ組織アルカイダの関係を疑ったブッシュ米政権は、エチオピア軍の侵攻を支持した。法廷会議はそれまでの半年間、治安を改善し、海賊の摘発を強化していただけに、米の後押しによる政変が、以後の混とん状態と海賊の激増につながったと指摘される。
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海賊と背後で結びついていると疑われる組織がある。イスラム法廷会議から分派し、「ソマリアのタリバン」とも言われる若い武装勢力「アルシャバブ」だ。現地の情報では、法廷会議より過激で暫定政府をも揺るがしている。海賊と連携し、得た身代金を武器購入にあてているとの報道もある。
米政府は今年3月、アルシャバブをテロ組織に認定した。アルカイダと海賊にも関連づけ、掃討を図ろうとしている。
だが、現地では「対テロ戦争を進めながら、結果的に過激派の伸長を招いた米政策は完全な失敗だった」(アブドラ氏)との見方が強い。5月に米軍の攻撃でリーダーを失ったとされるアルシャバブは反米姿勢を強めており、米側への攻撃も予想されるという。
オバマ次期米大統領は対テロ戦争を継続する構えだ。しかし、オバマ氏にとって父祖の地であるアフリカの戦況に出口は見えない。
米外交問題評議会のブルートン研究員は最新の論文で「短期的には、関与を弱めることが、米国にもソマリアにも唯一の選択肢かもしれない」と指摘している。【カイロ高橋宗男、アデン湾で小谷守彦】
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