イラク情勢Watch vol.64 08年4月30日

         発行:フォーラム平和・人権・環境  編集:志葉 玲


本コーナー編集人よりお知らせ:
 本来ならば、今号はイラク現地取材報告の続きをアップする予定でしたが、名古屋高裁のイラク派遣違憲判決をうけて、急遽内容を変更し、この問題について取り上げます。

今号の内容
1)自衛隊イラク派遣・名古屋高裁判決の意味するものは?
2)名古屋高裁判決への、防衛省の見解を問いただす


1)自衛隊イラク派遣・名古屋高裁判決の意味するものは?

 イラクへの自衛隊派遣は憲法違反だとして、弁護士や市民らが国に派遣差し止めや慰謝料などを求めた訴訟の控訴審判決で、名古屋高裁の青山邦夫裁判長は今月17日、「イラクでの航空自衛隊の空輸活動は憲法9条に違反する」と述べ、違憲との判断を示した。判決は、原告の訴えを棄却し、国側の勝訴となったものの、判決理由においては原告側の主張が認められ、実質勝訴となった形だ。これに対し、政府側は福田首相が「傍論だからね、わきの論。判決は国が勝った」と発言、名古屋高裁の違憲判断を黙殺する構え。航空自衛隊の田母神幕僚長は、お笑いタレントの台詞を真似て「そんなの関係ねぇ」と発言、物議を醸した。

  
 
名古屋高裁判決文


◆違憲判断を「傍論」と片付けてよいのか?
 
 裁判の判決においては、主文(被告・原告の勝敗と、それに伴う決定事項)が、法的拘束力を持つ。ただし、今回、名古屋高裁がつまり原告側の要求を退けた理由は、

・原告自体の権利ではなく、憲法判断を民事訴訟で争う妥当性
・原告側に危急の危険が差し迫っているわけでない
・賠償金請求の妥当性の問題


 であって、、主文においても「イラク派遣は合憲」という政府の主張を認めたのではない。つまり、名古屋高裁の判決は、「航空自衛隊の活動が違憲な任務を伴う」という点においては、一貫性がある。しかも、日本における憲法判断は、通常の裁判所が係属した事件に法令を適用するに際し、必要な限りにおいて違憲審査をする方式(「付随的違憲審査制」)で行われる。三権分立の法治国家において憲法判断を行う裁判所が、実際には違憲判断を避ける傾向にある中で、例え主文でなくとも違憲だと判断したことは、他に高裁レベルでの憲法判断がない以上、相当の重みがあると観るべきで、主文以外にも法的拘束力を持たせるべきか否かを、再検討してみる必要性もある。


◆政府・防衛省関係者の発言の問題性

 憲法で三権分立が定められている以上、自衛隊イラク派遣を違憲か合憲か判断するのは、裁判所であり、首相や防衛大臣、防衛省の制服組ではない。今回の判断が主文に反映されていなくとも、4年にもわたる裁判を経て、裁判官が判断したことについて、政府関係者が軽々しく拒絶できる権利はない。まして、田母神幕僚長の「そんなの関係ねぇ」という様な発言は、法の支配自体をないがしろにしているかの様な発言であり、憲法99条の「公務員の憲法尊重擁護の義務」に反すると見なすこともできる。


◆政府・防衛省の説明責任


 あくまで、「自衛隊のイラクでの活動は合憲」と政府側が言い張るのであれば、この間の裁判の中で、イラクでの空自の活動、とりわけC-130機が運んだ米軍兵士達が戦闘行為に参加したのか、していないのか、明らかにするべきであっただろう。原告側の情報開示請求に対し、防衛省の提出した資料は、墨塗りだらけであり、まるで情報公開と言えないものであった。違憲判断を「傍論」と言い捨てることしかできないのは、逆に政府側の説明責任の欠如を如実に表している。



2)名古屋高裁判決への、防衛省の見解を問いただす

  
  
防衛省

 本コーナー編集人は、名古屋高裁判決を受けての見解を防衛省・航空自衛隊幕僚広報室と、統合幕僚監部の広報室に問い合わせてみた。彼らは、名古屋高裁を判決に対しては「答えられない」としながら、イラク自衛隊派遣は間違っていないとする、矛盾した言動が目立つ上、「上からの命令」だけを強調し、憲法99条「公務員の尊重擁護義務」については、事実上、無視している。勿論、一番の責任はイラク派遣を決定した日本政府にあるが、「政府を絶対視し、憲法や司法、国民の知る権利を蔑ろにする傾向は、やはり注意が必要だと思われる。何より、統幕広報が「空自が運んだ米兵達には治安維持の任務に携わる者もいる」「戦闘もやっているだろう」と認めたことは、ますます名古屋高裁の判断が正しかったことを裏付けるものだ。以下、防衛省とのやり取り。

編集人:名古屋高裁は、イラクでの空自の活動が違憲との判断を示した。自衛隊も公務員であり、憲法99条に従って、違憲である活動を停止するべきではないのか?

空幕広報:イラクでの活動は、国会論議で政府の見解が示されている。我々に聞かれても困る。

編集人:憲法に違反する命令を拒否できることもできるハズでは。

空幕広報:我々は上からの命令で動いている。質問には答えられない。

編集人:では、田母神空幕長ように裁判所は「関係ねえ」と思っているのか?

空幕広報:そこらへんは我々の判断できることではない。

編集人:公務員一人一人の問題として、99条のことを考えてもらわないと。ただ「上から言われている」ということで、首相や防衛大臣の言うことを聞いていたら、なし崩しになってしまう。そこのところを考えてもらいたい。せめて、航空自衛隊がイラクで何をやっているかは、ちゃんと公開すべきだ。

空幕広報:それはホームページで公開している

編集人:全然公開しているとは言えない。国会答弁でも、米軍の人員や物資を運んでいることが明らかになっているのに、それはホームページでは全く反映されていない。例えば、何人の米兵を運び彼らは何をしたのか、事細かく公開するべきだ。そうでない限り、国民も国会議員も判断できない。シビリアンコントロールに反する。

空幕広報:シビリアンコントロールといえば、法の下で決められた枠内で活動している

編集人:あなたは、名古屋判決に関しては自分たちは答えられないと言っているのに、 「イラクでは法に沿って活動している」という。全然矛盾しているじゃないか。

空幕広報:これ以上は、統合幕僚監部に聞いてほしい。

(編集人、統幕広報室にかけ直す)

編集人:今年に入って、イラクに派遣された空自は何人の米兵を運んだのか、教えて欲しい。

統幕広報:それは公表していない。多国籍軍との関係もあるので。

編集人:情報を公開しなくていい法的根拠はあるのか?

統幕広報:法的根拠ではなく、各国がそういう皆そういう対応をしているので。

編集人:イラク特措法は「復興支援」という名目になっているではないか。

統幕広報:安全確保も復興支援の一部

編集人:自衛隊というのは、他の軍隊と違うのでは?憲法9条に規制されるという点で。だから、ちゃんとイラク復興支援をやっているのか、空自の運んだ米兵がイラク人を殺しているのか、きっちり説明する責任があるのでは。

統幕広報:相手のあることだから…

編集人:誰のための自衛隊なのか。国民の知る権利よりも米軍の論理を優先するのか?
    それとも米軍の兵員や物資は一切運んでいないとでも?

統幕広報:いや、運んでいる

編集人:彼らは復興支援のためだけの人員なのか?

統幕広報:復興支援もいれば、治安維持もいる。

編集人:「治安維持」といえば聞こえはいいが、そうした大義名分の下、米軍がどれだけのイラク人を殺害しているか、理解しているか?

統幕広報:だから何が言いたいのか。

編集人:空自が運んだ米兵達が、ちゃんと説明する必要があるということ。国会で予算をつけるにしても、 情報がなければ判断しようがない。国会議員ですら知らない。情報も何もなく、ただ信用しろ、と言われても困る。いろいろ聞いてみると米軍を運んでいるという。
じゃあ、その米軍は何をやっているのか。

統幕広報:復興のために尽力しているのでは。

編集人:イラク帰還米兵から話を聞いたこともあるが、彼らはイラク人を殺しまくっている。中には面白半分にイラク人を殺しているという情報もある。

統幕広報:それは知らないが…

編集人:いや、知らないといけないだろう。

統幕広報:多国籍軍の任務に必要ということで、我々は兵員の輸送も行っている

編集人:その兵員が何をやっているのか、説明できないのか。

統幕広報:我々はお答えできない。他国のことだから。空自の活動はイラク特措法にのっとってやっているし、それがゆくゆくはイラク復興につながる。

編集人:それは論理が飛躍しているのでは?そもそも、なぜ米軍の兵士を運ぶのか。

統幕広報:外交関係というものがある。一方的に日本側が情報を明かすわけにはいかない。双方の調整も必要だ。

編集人:日本の国民に対する調整は必要ないのか?

統幕広報:これ以上のことを聞きたいのであれば、内局に聞いてほしい。

編集人:何が違憲か合憲か、という問題もある。名古屋高裁の判決をどう受け止めるのか?

統幕広報:あれは、あの裁判官の見解。見解に法的拘束力はないし、主文と判決理由が関係あるようには思えない。単なる裁判官の主観を述べただけ。

編集人:それならば、政府側の主張する「合憲」も根拠がない。なぜ、あなたは政府の言うことは無条件に認め、裁判官の言うことは否定するのか?

統幕広報:我々は勝手にイラクに行っているんじゃない。政府の命令で行っているんだ。

編集人:それは理解しているが、米軍兵士を運ぶのは止められないのか?

統幕広報:なぜ、やめる必要がある?

編集人:集団的自衛権を禁じた憲法に抵触する。

統幕広報:なぜ、抵触する?

編集人:米兵がイラクで何をやっているか知っているはずだ。今まで何人のイラク人を米軍は殺した?戦闘行為を行っていないとは言わさない。

統幕広報:イラクの人道復興支援とか、イラクの安定のための活動をしているわけで。戦闘行為も行っているだろう。イスラム過激派の掃討作戦とかもやっているわけだから。

編集人:イスラム過激派…。それは米軍から観た言い方では?

統幕広報:米軍だけでなく、世界中がそう観ている

編集人:イスラム過激派ではなく、レジスタンスだという言い方もある。

統幕広報:何のレジスタンス?

編集人:イラク解放のためのレジスタンスだ。

統幕広報:だから、それはイスラム過激派。我々から観ればテロリストだ

編集人:レジスタンスがどういうものか、説明したい。組織によっても違うが、私の知っているケースでは、レジスタンスは肉親が殺された者しかなれない。米軍が侵攻してくる中で、一般市民もたくさん殺される。それに対して対抗するために組織されたのがレジスタンス。だから、彼らは米軍の被害者集団でもあるし、いわば自警団。勿論、武装勢力の中には、ろくでもない武装強盗団のような連中もいることは事実だが、あなたの様に十把一からげにするのは、事実認識があまりに甘い。

統幕広報:あなたに事実認識を説明してもらわなくても結構。あなたはレジスタンスが正しいと言いたいのか?

編集人:レジスタンスが正しいか正しくないかは私が口出しすることではないが、日本の国民として、例え彼らがあなたの言うように「テロリスト」だとしても、日本の憲法では海外で自衛隊がドンパチやるのも、外国軍がドンパチやるのを自衛隊が支援するのも、禁じられている。だから、空自が米軍兵士を運んで、その米兵達がドンパチやってたら、それは憲法違反だ。

統幕広報:見解の相違がある。これ以上話しても意味がない。

(以下、略)


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