イラク情勢Watch vol.61 07年12月28日

         発行:フォーラム平和・人権・環境  編集:志葉 玲



Topics
1)イラク関連報道Pick up
2)【解説】複雑化するイラクの勢力図―米軍×スンニ派武装勢力の共闘と反感
3)トルコ軍爆撃機、イラク北部を空爆
4)バスラの民兵組織、現地警察や英軍も管理不能
5)現在も危機にさらされるバグダッドの学者たち
6)FBI、世界最大の生体情報のデータベースの構築を計画



1)イラク関連報道Pick up


【07.12.28 AFPBBNEWS】08米予算案成立、イラク・アフガン戦費8兆円

【07.12.27 CNN】開戦以降の犠牲者数、3900人にと イラク駐留米軍

【07.12.26 共同】拘束者の恩赦法案を承認 イラク、宗派和解狙う

【07.12.24 AFPBBNEWS】イラクでの米民間警備会社、米政府が警告無視し規模拡大

【07.12.23 共同】スンニ派部隊は解散へ イラク政府、主導権警戒か


2)【解説】複雑化するイラクの勢力図―米軍×スンニ派武装勢力の共闘と反感

 今年9月以降、報道されるイラクでの民間人の死亡者は大幅に減少しつつある。今年の2月には、2864人だったのが、同9月は752人、10月は565人、11月は471人、そして今月は398人と連続で犠牲者数が減少しているのだ。これは、米軍がラマディでの破壊や殺戮を行わない代わりに、地元武装勢力がアルカイダ掃討を手伝うという協定が、今年5月頃、イラク西部のラマディ現地部族長と米軍の間で結ばれたことが大きい。その後、各地で同じような動きが広がり、米軍と地元武装勢力との衝突が小康状態になっているのだ。

 また、特にスンニ派武装勢力が米軍の支援の下、スンニ派地区の治安維持にあたっており、シーア派民兵の流入を防いでいることも大きい。この間、イラク市民、特にバグダッド市民にとっては、宗派間暴力こそが最大の脅威だったのだ。イラク支援を続けるNPO法人PEACE ONの相澤恭行氏も、彼のブログで劇的に改善されたバグダッドの状況を報告している。

     
     
各勢力の関係図 普通の矢印が協力関係、有刺鉄線状のものが対立関係
 
 しかし、一方で米軍とスンニ派武装勢力の共闘を好ましく思っていない勢力もある。イラク国会でも最大勢力の一つであるSIIC(イラク・イスラム最高評議会。旧SCIRI)の指導者アブデル・アジズ・アル=ハキーム師は露骨に不快感を示し、「(スンニ派武装勢力による)パトロールは、政府の厳しい管理下に無くてはならない」と発言している。これは、同組織幹部のバヤーン・ジャブル元内相が、「スンニ派狩り」を始めるなど、SIICこそが宗派間対立を煽ってきた勢力であり、米軍が撤退した後のスンニ派武装勢力による報復を恐れているからと見られる。 

 一方、スンニ派住民の中でも、米軍と部族長達の協定に反感を感じている人々もいる。インター・プレス・サービスが26日付けで配信した記事は、「米軍が我々住民たちを殺戮していた間、部族長達だけは安全なところに避難していたくせに」と批判するファルージャの住民の声を紹介している。ファルージャは2004年に米軍による2度の大規模攻撃を受け、街の7〜8割が破壊され、その後も米軍による厳しい封鎖によって、市民生活は困窮している。そのためか、米軍と地元武装勢力の共闘は、ファルージャでも試みられたが、すぐに廃止せざるを得なかったのだという。
 
 現在のイラク市民の犠牲者数の減少は、それ自体は好ましいものだ。だが、かつて米軍がシーア派民兵を支援し彼らを主体としてイラク警察・軍を作り上げたことが、宗派間衝突を招いただけに、米軍とスンニ派武装勢力との共闘が今後どのような展開を見せるかは、まだまだ予断を許さないといえるだろう。


3)トルコ軍爆撃機、イラク北部を空爆

 
緊張が続くトルコとイラク北部のクルド人自治区。26日付けの現地通信社「イラクの声」の報道によれば、前日の火曜日、トルコ空軍は越境しての空爆を行った。爆撃されたのは、クルド人自治区の都市ドホークの東70キロの地点。この山間部には、トルコ領内でも活動しているクルド人ゲリラ「クルディスタン労働者党(PKK)」が潜伏しているとされ、これまでもトルコ空軍による空爆が行われていた。トルコ側によれば、PKKによって40人のトルコ軍兵士が殺害、もしくは拘束されたとされ、今回の空爆もこうしたPKKの活動に対しての報復としている。

 国内にクルド人の独立問題を抱えるトルコは、1990年代に3000もの村々を焼くなど、激しい弾圧を行っている。そのため、クルド人側も一般市民を巻き込んだ過激な武力闘争を活発化させた。1999年2月にオジャラン・PKK議長が拘束されたことで、トルコ軍とPKKの衝突は終息すると見られたが、近年になり再び衝突が激化しつつある。

 CNNなどによれば、今月19日、センソイ駐米トルコ大使は「ブッシュ大統領は、(トルコの)エルドリアン首相に対しPKK攻撃への支援を約束した」「攻撃に必要な情報を米側からリアルタイムで受けとっていた」と発言している。センソイ大使は、攻撃の目的を「PKKの殲滅」としており、今後もイラク北部への越境攻撃を継続すると見られる。



4)バスラの民兵組織、現地警察や英軍も管理不能

 
イラク南部の同国第二の都市バスラでは、相変わらず民兵組織が跋扈しているが、現地警察もその暴虐ぶりを止めることができないのだという。27日、現地紙「アザマン」にバスラの警察署長が語った。

 アザマン紙によれば、バスラ警察署長は「主な港やターミナルが民兵の管理下にあり、我々は、それらを奪い返すことが出来なかった」と話したという。民兵組織は、イラク政府の各派閥との深いつながりがあり、警察や軍といった治安機関にも浸透しているため、取り締まることは非常に難しい。アザマン紙によれば、「戒律に背く服装」の女性を殺害するなど、民兵組織による犯罪が増加しているにも関わらず、現地の警察はこれらに対し全くの無力だという。

 今月16日に現地警察に治安権限を委譲したイギリス軍も、民兵組織の勢力拡大を止めることができなかった。ブラウン首相は治安権限の移譲に際し、「これは敗北ではない」と強調したが、事実上、敗退と言える結果となった。

 


5)現在も危機にさらされるバグダッドの学者たち

 サダム政権崩壊後、イラクでは学者や医者など知識階級が暗殺されることが相次いでおり、深刻な頭脳流出にもつながっているが、17日付けのアザマン紙は、有能な学者がまた1人殺されたと報じた。殺害されたのは、バグダッド大学のアリ・アル=ナイミ教授。英ウェールズ大で博士号を得て、20以上の研究報告を国際的な学術誌で発表していた。
 バグダッド大学の学長によると、同大学は03年4月以来、64人の学者を暗殺により失っていると言う。これは、暗殺された学者の総数の3分の1にあたる。


6)FBI、世界最大の生体情報のデータベースの構築を計画

     
      
US-VISITの説明映像

 
今月22日のワシントン・ポスト紙は、FBI(米連邦捜査局)が約10億ドルを投じて、国内外の人々の指紋や虹彩の情報をまとめた世界最大のデータベースをつくる計画だと、報じた。

 米国では、「対テロ」の名目で、外国人に対し入国の際に顔写真や指紋を撮ることを義務付ける、いわゆる“US−VISIT”が実施されているが、バイオメトリックス(生体情報)という究極の個人情報の収集は、「重大なプライバシーの侵害」との批判も根強い。既にこの二年間で、イラクやアフガニスタンで150万人分ものバイオメトリックスが収集されている他、今年11月には、日本においても、“US−VISIT日本版”が開始されている。米国を訪れた日本人の情報も、FBIのデータベースに組み込まれる可能性が高く、国際的なプライバシーの侵害が懸念される。




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