イラク情勢Watch vol.22 06年1月7日
         発行:フォーラム平和・人権・環境  編集:志葉 玲

       毎週更新(予定)


Topics
1)週間イラク報道Pick up
2)【論説】イラクの安定のために必要なこと


1)週間イラク報道Pick up

【06.1.6 時事】橋に爆発物、英豪軍が処理=多国籍軍狙った可能性も−サマワ

【06.1.5 毎日】<イラク>自爆テロ相次ぐ 110人以上が死亡

【06.1.5 時事】イラク駐留軍、削減可能に=期限設定重ねて拒否−米大統領

【06.1.4 ロイター】イラク・スンニ派、新政府への参加で基本合意=ポスト配分が焦点

【06.1.4 AP/ライブドア・ニュース】イラク国民議会選の最終結果、2週間を要する=選管委員

【06.1.4 共同】米空爆で8人死亡 イラク北部、民間人か

【06.1.2 AFP=時事】イラク石油輸出は戦後最低



2)【論説】イラクの安定のために必要なこと

 今年3月でイラク戦争開戦から3年目になるが、現地情勢はますます混迷の度を深めるばかりだ。昨年末にサダム後の正式政権発足のための総選挙が行われたが、今月発足されるとみられる政権や国際社会が、イラクの安定のために行うべきことは何なのか。本コーナー編集者の志葉玲の独断と偏見で、イラクの平和のために必要なことを3つにまとめてみた。

1.多国籍軍の撤退・軍事的介入の禁止
2.過激派の封じ込め/地元部族社会による治安維持
3.宗派・民族間の対立の緩和

 以下、順に解説する。



1.多国籍軍の撤退・軍事的介入の禁止

 イラクを混乱させ続けている最大の要因が、米軍による軍事作戦であることは間違いない。「イラク・ボディ・カウント」のプレスリリースや英医療誌「ランセット」に寄稿した専門家チーム等がまとめた統計によれば、イラク市民の最大の死因は多国籍軍による攻撃である。特に一昨年のファルージャ総攻撃以降、イラクの政治プロセスと平行するかたちで、街を包囲しての大規模軍事作戦が行われ、多くの住民が避難を余儀なくされている。さらにアブグレイブ刑務所等へ女性や子どもを含む一般市民を拘束し・虐待してきた。これらのことが激しい反発を招き、武力による抵抗を激化させている。昨年英紙サンデー・テレグラフが10月23日付けの記事で報じたところによると、英国防省は秘密裏にイラク市民に対して意識調査を行ったが、「多国籍軍が治安維持に貢献している」という答えはわずか1%足らずで、「多国籍軍への攻撃を支持する」という答えは45%にも上ったという。もはや、多国籍軍への不信感は取り返しのつかないレベルにまでなっており、多国籍軍の撤退こそが、イラクに平和をもたらすための絶対条件であろう。


・空爆の停止

 ブッシュ政権もイラク駐留米軍の削減を示唆しているが、一方で米軍による空爆の件数も増加している。仮に、地上軍を大幅に削減したとしても、空爆が続けられれば一般市民の犠牲は避けられず、イラクや他のイスラム諸国での反米感情の高まりはおさえられない。それは世界各地でテロリスクが高まることを意味する。米国やその他の国々はイラクに対する軍事的介入そのものを止めるべきだろう。



2.過激派の封じ込め/地元部族社会による治安維持

 イラク戦争開戦以来、イラクには米軍と戦うべく「義勇兵」が多く流入してきた。その中には、違う宗教や宗派・民族であれば、イラク人であっても殺すをことを厭わない「テロリスト」と呼べるような極めて過激な者達もいた。
 だが、これらのいわゆる「アルカイダ系」「ザルカウィ系」と称される過激派グループは、現在イラクでは支持を失いつつあり、イラクの中でも反米感情が最も強いイラク西部アンバル州ですら、地元武装勢力が、「アルカイダ系」「ザルカウィ系」の過激派を追放すべく交戦したり、過激派メンバーを拘束して、米軍やイラク治安当局に引き渡すということも起きている。 
 多国籍軍やイラク治安機関への攻撃のほとんどは、イラク人による武装勢力によって行われていると見られるが、これらの抵抗を完全に押さえ込むことは米軍にも、イラク治安機関にも、もはや不可能なことだ。軍事作戦や不当拘束・虐待を止めることを条件に、地元武装勢力に停戦を求め、地元の部族社会に治安維持をまかせることの方が現実的である。さらに、米軍やイラク治安機関による軍事作戦や拘束等の被害者に対して謝罪し、保障の支払いや支援を行うなど、人々の怒りを静める努力も必要だ。



3.宗派・民族間の対立の緩和

 イラクでは、昨年に行われた選挙や国民投票で、宗派・民族ごとの主張や利害関係がより鮮明になった上、多国籍軍の軍事作戦に対する温度差もある。識者の間でも、このまま宗派・民族間の対立が激しくなり、内戦にまで発展するのではと懸念する声は少なくない。宗派・民族の和解と融和は、イラクから多国籍軍が撤退した後、国家として安定するために、欠かせないことだ。今年2月末から3月初めにかけてイラク各派が和解を目指し国民統一会議の本会合が開かれるが、そこで何が合意されるかで、イラクの将来は大きく変わるだろう。


・治安当局による虐待問題

 宗派間対立で特に深刻なのが、それまで良好な関係にあったイスラム・シーア派とスンニ派の関係が悪化していることだ。特に昨年5月に発足した移行政権で内務大臣にシーア派有力政党イラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)幹部のバヤーン・ジャブル氏が就任して以来、米軍に訓練を受けた治安部隊やSCIRIの民兵組織「バドル軍団」がスンニ派の一般市民や宗教指導者を拘束、拷問した挙句に殺害するというケースが急増しており、スンニ派有力組織のイラク・イスラム法学者協会が名指しでSCIRIを批難している。昨年末の選挙結果を受けての正式政権では、改めて閣僚の人事が行われるが、これ以上シーア・スン二両者の対立を深めないためにも、SCIRI関係者が内務相に就任するのは好ましいことではない。また、不当な拘束・拷問の被害者に対する保障も必要だろう。
 他方、「アルカイダ系」「ザルカウィ系」とされる過激派グループが、シーア派の宗教行事でテロ攻撃を行う等、憎悪を煽ってきた。2.で述べたように、地域の部族社会が過激派を監視し、取り締まることも重要である。


「連邦制」の問題

 SCIRIなどシーア派政党の一部はクルド人政党と、各地域が独立国の様な権限を持つ「連邦制」を主張し、イラクの新憲法にも「連邦制」の文言が織り込まれたが、これがスンニ派やその他のマイノリティーの猛反発を招いている。イラクは石油内蔵量第2位の国として知られるが、有望な油田はクルド人、シーア派が多く住むイラク北部と南部に集中している。クルド、シーア両勢力がイラクの石油資源を独占するのではないか、と懸念しているのだ。イラク西部・中部の武装勢力に影響力を行使できるスンニ派の政治参加は、イラクの安定化に不可欠なだけに、資源の分配は全てのイラク国民に対し平等に行われるべきだろう。


target="FR" ・「サダム裁判」の円滑化と公平性の向上

 クルド人もシーア派は、サダム時代に厳しい弾圧を受け、地域の開発においても冷遇されていた。その苦い経験が両勢力が「連邦制」を主張する一つの大きな要因となっている。民族・宗派間のわだかたまりをなくす上で、特にサダム時代の人権問題を裁く特別法廷が円滑かつ、公正に行われることが必要だろう。被告の弁護士達が充分な警護をつけられず殺されてしまう等、裁判のあり方の公平性が人権団体等から問題視されている。サダム時代の闇を明らかにするためにも、裁判の公平性を高めることが求められている。


バース党員の処遇

 一方、サダム独裁時代は誰であろうとサダムに従うことを強要されたという事実も鑑みて、全てのバース党員を処罰するのは適当ではない。東ティモールでの受容真実和解委員会の様なものを設置し、殺人や拷問、レイプ等の重犯罪は裁くにしても、それ以外の被害については、真相を明らかにすること、和解を促すことを重視する、というかたちが好ましいだろう。同時にイラク政府として被害者達に保障・救済をすることも進めるべきだろう。



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