2024年、未分類、平和軍縮時評

2024年09月30日

偏った北朝鮮報道に苦言を呈す―世界を平和に近づける報道を

渡辺洋介

1.世論をミスリードする日本のマスメディア

 2024年9月9日、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」)の建国記念日に金正恩総書記が平壌で朝鮮労働党と政府の幹部らを前に演説をした。演説の多くは、地方経済発展政策など経済政策に関する内容で、核兵器政策を含む国防に関する内容は決して多くはなかった。それにも関わらず、日本のマスメディアは、核兵器政策の部分だけを切り取って報道した。例えば、2024年9月10日付『読売新聞』は「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記は9日、建国76年に合わせた演説を首都平壌で行い、核開発を継続する方針を示した。『私たちは責任ある核保有国だ。核戦力を絶えず強化する』と述べ、核兵器を『幾何級数的』に増やす政策を実行していると語った」と報じた。記事は、7月に北朝鮮北西部で発生した洪水を受けて、金正恩がその再発防止のため「不可逆的な対策」を講じたことにも触れている。しかし、総文字数548字の記事のうち、国防に関する内容が446字(81%)を占めた[注1]

 同様に同日付『朝日新聞』は「北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)総書記は、9日の建国76年に際した演説で、核兵器の数を『幾何級数的』に増やす政策を貫徹していると述べた。建国記念日を前に軍事関連施設も相次いで訪れており、軍事力強化への強い意思を改めて示した形だ」と報じた。記事のすべてが国防に関するもので、地方の経済発展政策や大規模水害対策については一言も触れなかった[注2]。同日のNHKの報道も同様で「北朝鮮 キム総書記 核兵器増産の方針 核抑止力の強化アピール」と題するウェブサイト掲載記事もすべてが国防に関する内容であった[注3]

 読者の関心の高そうな箇所を日本の視点から切り取って報じるのはマスメディアでよく見られることではある。しかし、それでよいのだろうか。上記のような偏った報道を続ければ、日本の世論をミスリードし、意図的ではないにせよ、北朝鮮との対話を遠ざけ、東アジアを軍事的対立と戦争の方向へ導くことにならないだろうか。

2.金正恩演説を分析する

 では、実際の金正恩演説はどのような内容だったのだろうか。2024年9月10日に『朝鮮中央通信(日本語版)』が報じた記事「金正恩総書記が共和国創建節に際して綱領的な演説を行った」を詳細に見てみたい[注4]

 まず、同記事の構造について説明する。記事は「直接引用文」「間接引用文」の2つの形式で構成されている。前者は金正恩の演説原稿をそのまま掲載したと思われるもので、しばしば「私は・・・」という形式で書かれている。後者は演説内容の要約あるいは抜粋で、多くの場合、「金正恩総書記が・・・した」という形式をとる。演説に関する上記記事は、この2つの形式が混在したもので、金正恩の演説原稿そのものではないことに留意していただきたい[注5]。

 同記事の総文字数は9,839字である。その構成を整理すると以下の通りとなる。

表1:演説記事の構成
内容 文字数 割合
1. 導入 1,191 12.10%
2. 地方発展政策 938 9.50%
3. 経済一般 246 2.50%
4. 水害 202 2.10%
5. 国防 241 2.40%
6. 愛国心 198 2.00%
7. 経済一般 1,188 12.10%
8. 水害 370 3.80%
9. 地方発展政策 2,072 21.10%
10. 国防 997 10.10%
11. 党組織 1,757 17.90%
12. 結語 439 4.50%
合計 9,839 100.00%

 導入部分では、北朝鮮建国76周年に際して、金正恩が「偉大なわが国家の隆盛・繁栄のために一層奮闘しよう」と題する演説を行ったこと、演説の主な対象が、朝鮮労働党と政府の幹部、全ての人民と軍将兵、全ての海外同胞であったことが紹介されている。続いて、金正恩は「世界にわが共和国のように偉大かつ立派で栄えある国はまたとない」と主張。その理由として植民地支配からの独立と朝鮮戦争における「帝国主義連合」の撃退といった「奇跡」を挙げ、そうした「奇跡」は今後も起こりうると聴衆を鼓舞した。

 続いて、金正恩は地方発展政策を「党と政府の最優先的な革命課題」であると強調した。地方の発展は、これまで約80年間成し遂げられなかった北朝鮮の課題ではあるが、その実行は「もちろん可能である」と述べ、聴衆に奮起を促した。

 また、7月末に北朝鮮北西部で深刻な水害が発生したことに触れ、それに対して党と政府が再発防止策を講じたと述べた。続いて、国防研究と生産における重要な成果および愛国心・忠誠心の重要性に言及した。

 その後、話題を再度経済に戻し、12の重要分野のほとんどが計画通り、目標達成に向かっていると述べたうえで、特に和盛地区の1万世帯分の住宅建設と三池淵市の観光開発を取り上げ、建設部門では質を維持しつつも今年の計画を抜かりなく完遂しなければならないとはっぱをかけた。

 続いて、現在までの水害復旧状況について報告し、復旧のための工事量が膨大であったとしても、建設の質を絶対に落としてはならないと戒めた。

 そして、地方発展政策に再度言及した。金正恩は、地方の発展は単なる経済問題ではなく、社会主義に対する信念の問題であり、朝鮮革命の前途に直結した極めて重要な課題であると主張し、「地方発展20×10政策」の政治的意義を強調した[注6]。

 核兵器政策を含む国防に触れたのは、この後である。金正恩はここで、米国主導の軍事ブロックが重大な脅威であり、北朝鮮の核能力をいつでも使用できる態勢を完備しなければならず、核兵器の数を幾何級数的に増やすという方針を再確認した。また、北朝鮮は「責任ある核保有国」であると主張した。

 続いて、今年の目標達成に向けた闘いの成果如何は、党組織と党活動家の責任感と役割にかかっていると述べた。各級政府の幹部、とりわけ経済幹部の責任感と役割を一層強める必要性を強調し、党中央委員会第8期第9回総会の決定の貫徹まで、あと110余日しか残っておらず、一日一瞬も無駄にせず、任務遂行に邁進するよう求めた。

 演説の最後で金正恩は「その一つ一つの事業がいずれも容易ではなく、困難も少なくないが、われわれは確固たる自信と頑強な意志をもって目覚しい実績を必ず成し遂げることで、今年を国家発展史において誇らしい勝利の年として輝かさなければならない」と聴衆を鼓舞した。

表2:演説記事の内容と割合
内容 文字数 割合
経済 4,444 45.20%
(うち地方発展政策 3,010 30.6%)
党組織 1,757 17.90%
国防 1,238 12.60%
導入 1,191 12.10%
水害 572 5.80%
結語 439 4.50%
愛国心 198 2.00%
合計 9,839 100.00%

 つぎに、金正恩演説の各内容の割合を見てみよう。表2の通り、経済の割合が最も高く、演説全体の45.2%を占めた。次いで多いのが党組織と党活動家の責任感と役割に関する内容で17.9%である。国防に関するものは12.6%で三番目に過ぎなかった。それにもかかわらず、日本のマスメディアは、国防の部分だけを取り上げ、演説全体の半分近くを占めた経済に関する部分をほとんど報じなかった。日本のマスメディアの切り取り方が如何に偏っているかがわかるであろう。

3.戦争ではなく、平和を近づける報道を

 北朝鮮に関する日本のマスメディアの切り取り方に、こうした偏りが見られるのはなぜだろうか。意図的か、無意識的かはわからないが、おそらく北朝鮮を「脅威」あるいは「悪者」とみなすバイアスが報道関係者の間にあるからだと思われる。そのバイアスにしたがって切り取られた偏った内容が、日本で繰り返し報じられている。2024年2~3月に『読売新聞』が実施した世論調査によると、回答者の87%が北朝鮮を日本の安全保障上の脅威と感じていると回答したが[注7]、その原因の1つに日本のマスメディアの偏った報道があるのではなかろうか。

 残念ながら、上記の世論調査に見られるように、いつからか、日本国民の間に北朝鮮を敵視する世論が定着してしまった。その世論が、日本が北朝鮮との対話を進める際の障害となっている。そればかりでなく、北朝鮮の「脅威」は、日本の右派が、例えば、自衛隊による敵基地攻撃能力の保有や防衛費の倍増といった、より強硬な安保・防衛政策を進める際の都合のよい口実となってきた。日本のマスメディアには、意図的ではなかったかもしれないが、日本の世論を反北朝鮮に導き、日本政府が強硬な安保・防衛政策を採用することを日本国民が疑いもせずに受け入れる土壌を作った責任があるのではなかろうか。

 繰り返しになるが、日本のマスメディアには、北朝鮮が「脅威」であるという認識のもとに、それに沿った事実を切り取る傾向がある。しかし、全体を俯瞰すれば、日米韓が北朝鮮より圧倒的に優位にあるのが現実であり、北朝鮮が脅威といえるかどうか、疑問を呈したくなる。例えば、少し古いデータにはなるが、2015年の国連統計によると、北朝鮮のGDPは韓国の約85分の1、日本の約300分の1、米国の約1100分の1に過ぎない[注8]。北朝鮮が所有する核兵器の総数は、2023年現在、米国の約130分の1と推定されている[注9]。こうした客観的データを見れば、北朝鮮の指導者さえ冷静であれば、北朝鮮の側から戦端を開ける状況にないことは明らかである。北朝鮮は本当に脅威といえるのだろうか。

 日米韓が圧倒的に有利な状況の中、戦争を防ぎ、軍事的対立を緩和するためには、日米韓が軍拡・軍事力強化を自制し、北朝鮮を挑発せず、同国を対話のテーブルに引き入れることが肝要である。日本のマスメディアには、偏った報道によって、意図的ではないにせよ、恐怖心や敵対心、軍事的対立を助長するのではなく、客観的な事実に基づいて、東アジアをより平和な世界に近づけるという観点から報道することを切に求めたい。

注1 「金正恩氏『私たちは責任ある核保有国』『重大な脅威が我々に迫っている』…建国76年で演説」、『読売新聞』オンライン、2024年9月10日。
https://www.yomiuri.co.jp/world/20240910-OYT1T50093/
注2 「核兵器を『幾何級数的に増やす』金正恩総書記が建国76年で演説」、『朝日新聞』、2024年9月10日。
https://www.asahi.com/articles/ASS9B0BQKS9BUHBI00BM.html
注3 「北朝鮮 キム総書記 核兵器増産の方針 核抑止力の強化アピール」、NHK、2024年9月10日。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240910/k10014577801000.html
注4 「金正恩総書記が共和国創建節に際して綱領的な演説を行った 」、『朝鮮中央通信』、2024年9月10日。
http://www.kcna.kp/jp/article/q/2a2f7b267c043671537e8f99f79a849f.kcmsf
注5 金正恩の演説原稿そのものを分析すべきとの指摘もあるかもしれないが、本稿では『朝鮮中央通信』の記事を分析する。なぜなら、報道各社が引用元として利用するのは『朝鮮中央通信』の記事だからである(なお、通常、演説原稿は一般に公開されていない)。本稿前半(1、2)の目的は、引用元の記事と比較して、日本のマスメディアの報道がいかに偏っているかを明らかにすることにある。
注6 「地方発展20×10政策」とは、地方工業の振興、インフラ整備、農業の近代化、観光業の振興などを通じて、北朝鮮の地方経済活性化を図る新たな政策のこと。10年間にわたり毎年20地域の生活水準を向上させることを目標とする。2024年1月15日の金正恩演説で明らかになった。
注7 「安保環境に「脅威」84%、対中国91%・対北朝鮮87%…読売世論調査」、『読売新聞』オンライン、2024年4月8日。
https://www.yomiuri.co.jp/election/20240407-OYT1T50115/
注8 「北朝鮮GDP、鳥取並み 米朝関係は日本の地方自治体が世界一の大国にケンカの構図」、『産経新聞』、2018年1月10日
https://www.sankei.com/article/20180110-2OKVB2XKDVJXJKRF7M6VM6QLHM/
注9 『ピース・アルマナック2024』(緑風出版、2024年)、112頁。

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