2023年、平和軍縮時評
2023年02月28日
外交への道を閉ざした「国家安全保障戦略」で安全・安心は得られない―軍拡の先にあるのは<軍事力による安全保障ジレンマ>だけだ―
湯浅一郎
2022年12月16日、政府は、専守防衛を崩すことになりかねない反撃能力という名の敵基地攻撃能力を含んだ改訂「安保関連3文書」を閣議決定した。3文書とは、まず外交、防衛の基本方針を提示する基本文書である「国家安全保障戦略」(以下、「安保戦略」)(注1)。第2に当面10年間の防衛政策の基本を示す「国家防衛戦略」(これまでの「防衛大綱」)。さらに防衛装備と、防衛費などを定めた「防衛力整備計画」(これまでの「中期防衛力整備計画」)である。そして1月13日、岸田首相は訪米し、国会での論議もしないまま3文書についてバイデン大統領に報告した。3文書については、反撃能力や防衛費の倍増など軍事的な観点から本時評2022年12月号において木元茂夫が論じている。ここでは、全く別の角度から最も基本的な文書である「安保戦略」の問題点と矛盾につき論じたい。
1.「策定の趣旨」では外交力が第1とする安保戦略
安保戦略は、「Ⅰ 策定の趣旨」で、「世界の歴史の転換期において、我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境のただ中にある」としたうえで、国益を守るために、「まず、我が国に望ましい安全保障環境を能動的に創出するための力強い外交を展開する。そして、自分の国は自分で守り抜ける防衛力を持つことは、そのような外交の地歩を固めるものとなる」としている。そのために、「外交力・防衛力・経済力・技術力・情報力を含む総合的な国力を最大限活用するとの視点に立ち、「我が国の安全保障に関する最上位の政策文書となる国家安全保障戦略を定める」としている。
そして「Ⅵ 我が国が優先する戦略的なアプローチ」の中で「我が国の安全保障に関わる総合的な国力の主な要素」として外交力・防衛力・経済力・技術力・情報力の5つを掲げ、その第1として外交力をあげ、以下のように述べる。
「国家安全保障の基本は、法の支配に基づき、平和で安定し、かつ予見可能性が高い国際環境を能動的に創出し、脅威の出現を未然に防ぐことにある。我が国は、長年にわたり、国際社会の平和と安定、繁栄のための外交活動や国際協力を行ってきた。その伝統と経験に基づき、大幅に強化される外交の実施体制の下、今後も、多くの国と信頼関係を築き、我が国の立場への理解と支持を集める外交活動や他国との共存共栄のための国際協力を展開する。」
抽象的で何を言いたいのかよくわからないが、ではどのような外交政策を進めようとしているのかという視点で読んでいくと、見事なまでに具体的な外交政策はなに一つ書かれていない。それどころか、以下、2節で示すように初めから外交の道を閉ざしてしまうような文言が並んでいるのである。
もう一つの特徴は、「安全保障戦略」に平和憲法がほとんど登場しないことである。A4で31ページの「安保戦略」で「憲法」という言葉が登場するのは1度だけである。「この反撃能力は、憲法及び国際法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではなく、武力の行使の三要件を満たして初めて行使され、武力攻撃が発生していない段階で自ら先に攻撃する先制攻撃は許されないことはいうまでもない 」(18ページ)。
このように「憲法」という言葉が登場するのは、反撃能力の保有が「憲法の範囲内で、専守防衛の考え方を変更するものではない」との言い訳的な説明の場面で1回だけなのである。外交力を第1の要素とするのであれば、日本は、平和憲法の精神に則って、いかなる国とも平和外交を作ることを基本として、自らの安全保障政策を作っていくとすべきであるのに、そのような姿勢は微塵もない。
他方で、反撃能力の保有を正当化する言い訳の部分で、「専守防衛は保持する」という形で憲法が登場していることは、ある意味では重要である。逆に言えば、憲法9条が今の形で存続している限りにおいて「専守防衛は変えられない」ということを示している。
「安保戦略」の「Ⅲ 我が国の安全保障に関する基本的な原則」には、その一つとして、「3 平和国家として、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない。」とある。本当か?と疑いの目で見たくもなるが、政府として「専守防衛は変わらない」としていること自体は重要である。そういわざるを得ない背景にあるのは憲法9条の存在だということが、安保戦略に正直に述べられていると言っていい。2022年安保戦略は、安倍政権による「戦争ができる国づくり」の締めくくりに近づいた文書であるが、まだ最終までには至っていない。憲法9条の改悪に見込みが出てこなければ、「専守防衛を変更する」ところまで踏み込むことはできないのである。
2.中国や北朝鮮とは外交を閉ざすような認識ばかりが際立っている
問題は、「安全保障に関する最上位の政策文書」と名乗り、第1の要素として外交力を挙げているくせに、外交の窓口をふさいでしまうような認識の方が目立つことである。重要な中国、北朝鮮に関する記述を例に見てみよう。
まず中国との外交関係で最も基本となるのは、1972年9月29日、日中国交正常化に際して交わされた日中共同声明(注2)である。この声明は前文と9項目の合意事項からなるが、要約すると以下の4項目が確認されている。
- 前文で「日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する。戦争状態の終結と日中国交の正常化という両国国民の願望の実現は、両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう。」としている。
- 日本側は、過去において日本国が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。
- 中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の合法政府である。台湾は中華人民共和国の領土の不可分の一部である。
- 両政府は、「主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉、平等及び互恵並びに平和共存の諸原則の基礎の上に両国間の恒久的な平和友好関係を確立することに合意する。」さらに「日本国及び中国が、相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」(第6項)。
この第6項は、台湾をめぐり緊張が高まっているとする今となっては極めて重要な内容を含んでいる。「主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉」からすれば、中国の統一問題は内政であって、日本には基本的に関係がないと言えばそれで済む話である。さらに「すべての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」とすれば、日本が中国を想定して戦争準備をするべきではない。
ところが安保戦略には、日中共同声明の合意を再確認する文章は一つもない。1978年の日中平和友好条約についても一切記述がない。その代りに、中国が「力による一方的な現状変更の試みを拡大していること」に強く反対し、これに対抗していかねばならないという文脈が作られている。日中で外交的に合意し、基本的には今も変わっていない合意事項を無視しておいて、どう「外交力を活かす」というのであろうか。
一方、台湾については、2013年の「安保戦略」では「台湾海峡を挟んだ両岸関係は、近年、経済分野を中心に結びつきを深めている」と、間接的に「台湾」という言葉に1回触れただけであった。それが、今回は、台湾問題についてかなり丁寧な記述になっている。
「台湾との関係については、我が国は、1972 年の日中共同声明を踏まえ、非政府間の実務関係として維持してきており、台湾に関する基本的な立場に変更はない」としつつも、「台湾は、我が国にとって、民主主義を含む基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーであり、大切な友人である」とし、いかにも中国の一部ではないような扱い方である。1972年の日中共同声明を踏まえれば、中国は1つであるとの立場を日本はとっていることからすれば、ありえない取り上げ方である。
北朝鮮に対しても、同様で外交的な窓口を自ら閉ざしてしまう論調が際立っている。いわく「日朝関係については、日朝平壌宣言(注3)に基づき、拉致・核・ミサイルといった諸懸案の包括的な解決に向けて取り組んでいく。とりわけ、拉致問題については、時間的な制約のある深刻な人道問題であり、この問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ないとの基本認識の下、一日も早い全ての拉致被害者の安全確保及び即時帰国、拉致に関する真相究明、拉致実行犯の引渡しに向けて全力を尽くす。」(14ページ)とある。
この2つの文章は、前後で全く矛盾している。前半の「日朝平壌宣言に基づき諸懸案の包括的な解決に向けて取り組んでいく」まではいいとしても、後半では「拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ないとの基本認識のもと」取り組むとしているが、このようなことは平壌宣言のどこにも書かれていない。
日朝平壌宣言は、現在も日朝関係を正常化するための基礎的外交文書である。平壌宣言は、前文において「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した」と述べた上で、第1項で「双方は、この宣言に示された精神および基本原則に従い、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注する」としている。宣言の根幹は、諸困難を乗り超えて国交正常化の早期実現に向かうという両国の決意にある。拉致、核、ミサイルといった諸懸案は個別の障害であって、そのどれかを突出させて国交正常化を困難に陥れるとすれば、それは平壌宣言の精神とは全く相反することになる。日本政府の拉致問題を特別視する姿勢は異常である。これでは初めから外交的な交渉は何も進むはずがない。「拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はあり得ない」という考え方をくりかえすことは、政府が「外交的な努力」により事態を前へ進める意思がないことを示している。国家安保戦略は、それを明確に示している。
3.必要なのは北東アジア非核兵器地帯条約構想など具体的な平和構想だ
「安全保障に関わる総合的な国力の主な要素」の第1に外交力を上げながら、実態は、対中国、北朝鮮への対処に見られるように、外交の窓口を閉ざすような認識を強調し、具体的な外交政策は一つとして提示しない。それを前提に「スタンド・オフ防衛能力を活用した反撃能力の保有」などを明記し、「上記の体制整備や防衛に関する施策は、かつてない規模と内容を伴うものである。また、防衛力の抜本的強化は一時的な支出増では対応できず、一定の支出水準を保つ必要がある。」とし、「そのための予算水準が現在の国内総生産(GDP)の2%に達するよう、所要の措置を講ずる。」と安保戦略に書き込んでいるのである。その上で、「防衛力整備計画」において今後5年間で防衛費を43兆円とする倍増計画を打ち出している。これでは相互に敵視し、軍拡に邁進するという、<軍事力による安全保障ジレンマの悪循環>がより深刻になっていくだけである。
しかし国会の議員構成からすれば、残念ながら改訂「安保3文書」の撤回を実現させることは極めて難しい。それでも、憲法9条の存在は、依然として大きな礎えになっており、その精神を活かした外交政策や平和構想を打ち出すべきだとする運動が、いま必要である。
ピースデポが発足当初から主張し続けてきた北東アジア非核兵器地帯構想は、その一つの具体的な平和構想である。朝鮮半島の南北2つの国と日本が非核兵器地帯を作り、米中露3か国が非核兵器地帯への核による攻撃や威嚇をしないとする消極的安全保証を誓約し、6か国で条約を作るという「スリー・プラス・スリー」構想である。この実現のためには、おそらく10年とかにわたる6か国での多様な協議や交渉が必要である。その過程においては、いまだ終わらない朝鮮戦争の終結や北東アジアの平和構想などの議論も行われることで、相互に信頼を醸成していく契機があるはずである。そこにあるのは、「すべての国は安全への正当な権利を有する」ことを原則として、共に生きる権利を相互に認め合う「共通の安全保障」(Common Security)の考え方であり、憲法9条の精神とつながっている。
日本の防衛政策の大転換を加速させ、世界規模で軍拡の契機となったロシアのウクライナ侵略は、第1次世界大戦以降約100年にわたり人類が築いてきた国際法を踏みにじり、人類史を大きく揺り戻した。その意味でロシアの犯罪性は計り知れない。しかし、その一方で米ソ冷戦の終結後、NATOは東方拡大し、ロシアは孤立化を余儀なくされた面も見逃すことはできない。それから30年してロシアのウクライナ侵略が起きたのである。だからと言って、軍事的な抑止力を増強せねばならないという政策判断は、間違っている。問われているのは、米ソ冷戦終結を導いた「共通の安全保障」に基づいた軍事力によらずに安全・安心に共に生きていく道をどう切り開いていくのかである。
安保3文書が閣議決定される前日の2022年12月15日、市民運動家や研究者15名からなる平和構想提言会議が「戦争ではなく平和の準備を-“抑止力”で戦争は防げない-」なる平和構想を発表した。(注4)軍拡のための「戦略」ではなく、平和のための「構想」こそが求められている。全く同感である。こうした文書を活かしながら、平和を構想する外交政策を起こそうとする世論を作ることが今、求められる。憲法9条を守り、活かすことをめざす多くの人々と、基地や軍隊の動向に反対する運動が相互に影響しあっていくことで、状況を打開する道を歩み始めねばならない。
注:
1. 「国家安全保障戦略」2022年12月16日、内閣官房HP。
https://www.cas.go.jp/jp/siryou/221216anzenhoshou/nss-j.pdf
2. 「日中共同声明」、1972年9月29日。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html
3. 「日朝平壌宣言」、2002年9月17日。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_koi/n_korea_02/sengen.html
4. 平和構想提言会議「戦争ではなく平和の準備を」。
http://heiwakosoken.org/wp-content/ uploads/2022/12/20221214_ HeiwaKoso_Final.pdf