2023年、平和軍縮時評
2023年01月31日
朝鮮半島で高まる戦争再発のリスク―緊張緩和に向けて米韓は合同軍事演習の一時中止を表明せよ
渡辺洋介
朝鮮半島情勢は緊迫の度を強めている。金正恩総書記は、朝鮮労働党中央委員会第8期第6回総会拡大会議(2022年12月26日~31日)で、軍事同盟の強化を図る米韓日に対抗する必要から、戦術核の量産を含む国防力を強化する方針を示した[注1]。一方で、韓国の尹錫悦大統領は、2023年1月11日、北朝鮮が挑発の水準を高めれば「韓国が戦術核を配備したり、独自の核を保有することもありうる」と述べた[注2]。翌日、米国は韓国の核保有に否定的な考えを示し一定の歯止めをかけたものの、南北双方が核兵器を振りかざすことによって両国の関係は悪化の一途をたどっている。こうした中で、朝鮮半島における緊張を緩和し、戦争再発のリスクを低減させることが喫緊の課題となっている。
その課題に取り組むためには、まず、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の現在の核兵器政策を分析し、どのような問題点があるのか、具体的に把握しておくことは有用であろう。以下では、2022年9月に制定された北朝鮮の「核戦力政策に関する法令」および9月から10月にかけて行なわれた戦術核部隊の発射訓練を詳細に見ていきたい。
北朝鮮の「核戦力政策に関する法令」が抱えるリスク
北朝鮮最高人民会議が2022年9月8日に採択した「核戦力政策に関する法令」(以下、新法)[注3]を見ると、戦争状態が出現したとき北朝鮮はかなり安易に核使用に踏み切る可能性があることがわかる。新法の制定により無効となった「自衛のための核兵器国地位確立法」(2013年4月1日公布。以下、旧法)[注4]と比較しながら具体的に見ていこう。
旧法は、核兵器を米国の敵視政策と核の脅威に対する「防衛手段」(第1項)と明記し、侵略の抑止と攻撃の撃退に使用する(第2項、第4項)と述べるに留まっており、核兵器を実際に使用する条件を法制化する段階には至っていなかった。それに対して新法は、核兵器の基本的使命を戦争の抑止と抑止が破れたときの撃退であるとする点は変わっていないものの、核兵器を実際に使用するに至る判断に関する原則や具体的条件を定めている。その部分に多くのリスクが存在する。米国をはじめ、既に核保有国となっている国々の核兵器政策と比べると、北朝鮮の核兵器使用の敷居は非常に低い。
まず、核攻撃に対する北朝鮮の核使用に関する基本原則については、米国などの使用原則と基本的には違わない。そのうえで、米国など核保有国が、通常兵器であっても北朝鮮に対して重大な侵略と攻撃を行った場合、北朝鮮は「最後の手段」として核兵器を使用するという原則を示している。また、新法によると、核保有国と結託した非核国、例えば、韓国や日本による北朝鮮に対する攻撃も核兵器使用の対象となる。通常兵器による攻撃に対して核兵器を先行使用することについての躊躇が見受けられない点にリスクが存在する。
次に新法第6項4は「戦争の拡大や長期化を防ぎ、戦争の主導権を掌握するため」に核兵器を使用する可能性を明記しており、核兵器により戦局を決定的に変えようとする「先制使用」を許容している。また、新法においては、核兵器の使用条件に基づいてその使用を決定するプロセスにおいても重大なリスクが存在する。新法の第6項2は、「国家指導部と国家核戦力指揮機構に対する核および非核攻撃が強行されたり差し迫ったと判断される場合」には核兵器を使用することができるとしているが、指揮統制システムが「危機に瀕する場合、事前に決まった作戦方案にしたがって…核打撃が自動的に、即時に断行される」(新法、第3項3)と定めている。すなわち、金正恩あるいは指揮統制システムが攻撃され、最高権力者の指揮統制ができなくなったときには、事前に定められた核攻撃計画が自動的に即時に実行されるというのである。
ここで問題となるのは、金正恩が命令を下せない状況に陥った場合、それを核攻撃を自動的に実行する危機であると誰がどのように判断するのかという点にある。また、後述するように多数の核ミサイル部隊が存在すると考えられる中で、上級司令官から末端司令官への命令伝達が戦時に正しく働くかという懸念もある。新法を見ると、このようなリスクが存在するが、それはつぎに述べる戦術核部隊のミサイル発射訓練からも垣間見ることができる。
戦術核部隊のミサイル発射訓練にみられる核使用に関わるリスク
新政策の策定から間もなくした2022年10月10日、朝鮮中央通信(以下、KCNA)は、北朝鮮は9月25日から10月9日にかけて7回にわたり戦術核部隊のミサイル発射訓練を行ったと報じた。KCNA報道は、個々のミサイル発射の訓練目的や内容を説明するとともに、発射訓練は「戦争抑止力と核反撃能力を点検し、それをもって敵への厳しい警告とするため」であり、「さまざまなレベルで実際の戦争のシミュレーションのもとで」行ったと報じた[注5]。
しかし、この報道を見る限り、すべての発射訓練が戦術核兵器の訓練とは言い難い。例えば、10月4日の日本列島越えの「新型中距離弾道ミサイル」[注6]の発射は、戦術的訓練と呼ぶよりも日本やグアムを標的にした戦略的攻撃能力を誇示する「(敵への)より強力で明確な警告」[注7]という政治的意図をもった発射であったと考えられる。
他の発射訓練に関しても、北朝鮮がすでに戦術核を実戦配備し、使用の準備ができていることを米・韓・日に見せつけることにより戦争を抑止することを目的とした側面が強い。それでも訓練内容には北朝鮮の核兵器使用に関して見逃すことのできないリスクが存在する。
10月10日のKCNA報道によると、訓練内容は、核弾頭の弾薬庫からの取り出しと運搬、核弾頭のミサイル本体への装着、標的の選定と核爆発様態(空中爆発、直接攻撃、牽制攻撃など)の決定、決定内容にしたがった発射部隊の特定と命令の伝達、発射台の移動、発射手順の確認と実行、ミサイルの動作と威力の評価など多岐にわたっている。
さらに、韓国軍の発表では、ミサイルは少なくとも6か所の異なる地点―泰川、順安、三石、順川、舞坪里、文川―から発射された。異なる地点からの発射は異なる部隊による発射であると考えられ、戦術核発射部隊の数はそれなりの数に上るであろう。複雑な発射手順を伴う指揮統制の体制は、とりわけ最高司令官を含む体制の一部に事故があったときに、正常に機能しないリスクは高い。北朝鮮の戦術核ミサイルの多くは、通常弾頭のミサイルと両用のミサイルであることを考えると、戦時において核ミサイルを通常弾頭のミサイルと混同して発射してしまうリスクはさらに高まる。
KCNA報道は、訓練において想定された核攻撃の標的についてもいくつかの具体例を示した。600㎞を飛行した短距離弾道ミサイル[注8]の標的を、日本海(東海)上空に設定した9月25日の発射は、当時繰り返し朝鮮半島周辺に展開した米原子力空母を空中核爆発で破壊するシナリオであった可能性が高い[注9]。加えて韓国の空軍基地を近接距離弾道ミサイル[注10]で核攻撃する発射訓練を、爆発様態を変えて数回行っている。また、近接距離および短距離弾道ミサイルを用いて敵の主要軍事司令部を標的に想定した発射訓練も行った。このときの短距離ミサイルの一つは800㎞を飛行したとされるが、この距離は佐世保、岩国などの在日米軍基地に達しうる距離である。さらに敵の主要港湾を想定した近接距離ミサイルの発射訓練も報告されている。北朝鮮自身が「実際の戦争のシミュレーション」と述べているように、これらの標的設定は極めて具体的であり、実行可能なものである。
緊張緩和と核使用リスクの軽減に向けて米韓は合同軍事演習の一時中止を表明せよ
北朝鮮の「核戦力政策に関する法令」「戦術核作戦部隊の訓練」を見ると、すでに述べた通り、誤認、判断ミス、命令伝達上の齟齬などによる核兵器使用のリスクは以前より高まっており、そうしたリスクの軽減が喫緊の課題となっている。そして、その軽減努力が、朝鮮半島の平和に向けた次の外交的ステップにつながるような道筋を構想する必要がある。
このような理由から、現在の優先的課題は核兵器使用につながりかねない朝鮮半島における武力衝突の危険性を減らすことであろう。武力衝突回避のために、米国と韓国は朝鮮半島および周辺における合同軍事演習を当面の間中止することを表明すべきである。同時に米国、韓国、日本は朝鮮半島の軍事的緊張を高めるような発言を慎み、緊張緩和に努めるべきであろう。
ところで、金正恩は「核戦力政策に関する法令」採択の際の演説で「先に核兵器を放棄したり非核化するようなことは絶対にあり得ない」(2022年9月8日)[注11]と述べており、非核化に向けた対話に応じる意思はないように見えるかもしれない。しかし、今後どのような展開になるかはわからない。たとえば、金正恩は、2017年にも「いかなる場合にも、核兵器と弾道ミサイルは交渉のテーブルには乗せず、…自ら選択した核戦力強化の道を一歩も譲ることはない」[注12]と主張していたが、翌年、南北の板門店宣言、またシンガポールでの米朝首脳声明で、米国の北朝鮮に対する敵視政策撤回と安全の保証を条件に、朝鮮半島の完全な非核化に合意したという事例がある。
北朝鮮は一貫して、同国を仮想敵として実施されてきた米韓合同軍事演習の中止を求めてきた。武力衝突と核使用リスクを回避し、緊張を緩和し、平和に向けた次の外交ステップへつなげるために、米韓はまず合同軍事演習の一時中止を表明すべきである。昨年末、韓国は米韓合同軍事演習の規模を拡大する方針を示し[注13]、今年の3月中旬には大規模な合同演習「フリーダム・シールド」の実施が予定されているが[注14]、この決定に対して強く再考を促したい。
注1 「朝鮮労働党中央委員会第8期第6回総会拡大会議に関する報道」、朝鮮中央通信、2023年1月1日。
http://www.kcna.kp/jp/article/q/e6667bf3afa7c65e0939f77ee83eabf9.kcmsf
注2 「[社説]尹大統領の無責任な「核保有」発言、現実的解決策に集中すべき」、ハンギョレ、2023年1月14日。
http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/45634.html
注3 “Law on DPRK’s Policy on Nuclear Forces Promulgated,” KCNA, September 9, 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
注4 “Law on Consolidating Position of Nuclear Weapons State Adopted,” KCNA, April 1, 2013.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。日本語訳は、梅林宏道『北朝鮮の核兵器―世界を映す鏡―』(高文研、2021年)の232-233頁を参照。
注5 “Respected Comrade Kim Jong Un Guides Military Drills of KPA Units for Operation of Tactical Nukes,” KCNA, October 10, 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
注6 米国防総省の定義では「中距離弾道ミサイル」の射程は2700~5500㎞。”United States Government Compendium of Interagency and Associated Terms”
https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/dictionary/repository/usg_compendium.pdf?ver=2019-11-04-174229-423
注7 注5と同じ
注8 「短距離弾道ミサイル」の射程2700~5500㎞。出典は注6参照。
注9 「北朝鮮 日本の上空通過は『新型の中距離弾道ミサイル』」、NHK、2022年10月10日。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221010/k10013854001000.html
注10 「近接距離弾道ミサイル」の射程は500~1100㎞。出典は注6参照。
注11 “Respected Comrade Kim Jong Un Makes Policy Speech at Seventh Session of the 14th SPA of DPRK,” KCNA, September 10. 2022.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
注12 “Kim Jong Un Supervises Test-launch of Inter-continental Ballistic Rocket Hwasong-14,” KCNA, July 5, 2017.
http://www.kcna.co.jp/index-e.htm から日付により検索。
注13 “S. Korea, U.S. to develop ‘realistic’ training scenarios on N.K. nuke, missile threats,” YONHAP NEWS, December 21, 2022.
https://en.yna.co.kr/view/AEN20221221004700325?section=news
注14 「来月中旬に韓米合同演習 北朝鮮が挑発する可能性も=韓国国防部」、聯合ニュース、2023年2月17日
https://jp.yna.co.kr/view/AJP20230217002000882
※この論考の執筆にあたって、監視報告No.36「米韓合同軍事演習の中止表明が緊張緩和への第一歩となる」を参照した。
https://nonukes-northeast-asia-peacedepot.blogspot.com/